「鬱蒼としてるわね」
やってきた『集中の森』は奥に進むほど日の光も差さないほどに草木が鬱蒼と覆い茂っていた。
入口のほうはまだ日の光も差していて、風通しも良かったのだがここまで奥に来ると風も吹かないのか空気がじめじめと湿っている感覚がする。
まだ昼間だというのに薄暗く視界は悪いが、耳を澄ませばあちらこちらから生物の気配がする。
「予想が外れたかしらね」
ファイヤーがダーくんと同じくらいのレベルである、と考えれば森に居れば相応にざわめくと思っていたのだが、そういう感じではない……ざわざわと生命の鼓動は感じられるが、それはいたって自然なものであり森に何か異変が起きている感じはない。
「やっぱ森だけあって『くさ』タイプや『むし』タイプが多いわね」
よく見ればちらほらとあちらこちらにポケモンが隠れ潜んでいるし、森の中央を流れる川は『みず』タイプのポケモンが多く生息しているようだ。
実に生命に溢れた森だと思う。ホウエンの『トウカのもり』を思い出す。
「まああっちと違ってキノガッサもケッキングも居ないみたいだけど」
数年前、私がまだトレーナーになる前に『トウカのもり』でキノココとキノガッサが大量発生して森全体に『キノコのほうし』がばら撒かれた事があった。
あの時は『ぼうじんゴーグル』を持たせたポケモンと『くさ』タイプ、それから特性『ぼうじん』のポケモンを大量投入しての人海戦術で対処していた。私も父さんに連れて行ってもらって参加したのだが、森というのは結構きっちりとしたバランスの上で命の連鎖が成り立っている。
だから一帯の『ぬし』が交代したりすると森がざわつくし、時にバランスが崩れて異変が起きたりもする。
他所から強いポケモンが入ってきてもバランスが崩れるし、何だったら災害一つで生息域が大幅に変わったりしてそれが原因でバランスが崩れたりもする。
豊富な生命を育てる場所ではあるが、同時にだからこそ一度バランスを崩すと惨事を引き起こしやすい場所でもあるのだ。
そしてだからこそ、森に住まうポケモンというのは『危機察知能力』が高い。
……はずなのだが。
「テチチチ?」
ちょこちょこ、ちょこちょこ。
「…………」
「チチ、チチッ!」
ちょこちょこ、ちょこちょこ。
「……何よ」
「チチ?」
先ほどから人を後ろからつけてくる小さな影に、思わず振り返って尋ねればそこにいたのは私の足元ほどの背丈のネズミにも似た黄色っぽいポケモン。
「デデンネ?」
「テチチ!」
その名を呼べば、大正解、とばかりにぴょんぴょんと飛び跳ねて喜色にあふれた表情を浮かべる。
野生のポケモンの割になんというか……警戒心が薄い。
デデンネってもっとこう……好奇心旺盛で、けれど同時に警戒心も強い種族だったような気がするのだが。
基本的に野生のポケモンというのは、強い種族ほど警戒心が薄く、弱い種族ほど警戒心が強い。
強い分だけ余裕のある種族と、常に他を警戒していなければあっという間にやられてしまう種族の違いと言っても良い。
デデンネはその頬のアンテナで同じ種族同士で遠距離から交信ができる種族だ。
安全な餌場や危険な存在をそのアンテナを使って互いに情報交換しながら生活している。
そうすることで群れ全体での生存力を高めているのだ。
逆説的に言えばそうしなければ野生環境で生存できないほど種族としては弱いのだ。
実際問題、デデンネが体内で生み出すことのできる電力というのは他の『でんき』ポケモンに比べるとかなり弱々しいらしく、街などに住み着いているデデンネは人の家のコンセントなどから電力を得て蓄えるのだとか。
まあ尤も……じゃあデデンネがポケモンバトルで役に立たないのか、と言われると全然全くこれっぽっちもそんなことは無いのだが。
「チーク母さん……えぐいのよねえ」
「チチ?」
よくわからないと言わんばかりに、デデンネが首を傾げた。
今更ながらだが、私の父親『ウスイ・ハルト』博士はかつて『擬人種』であるポケモンとの間に子を成した。その結果私とアオが生まれた……とホップには思われているのだろうがそれは半分正解で半分間違いだ。
実際に父さんが子供を作った『擬人種』は母さんを含めて六体ほどいる。
つまり、私とアオ以外の弟や妹があと九人くらいいるのだ。
私の生みの親は元『ボーマンダ』の擬人種『エア』母さんだ。
父さんはかつてホウエンの地で6体の擬人種と共にチャンピオンの座についたのだが、私の母さん……エアはそのパーティでエースをしていた。
当然他にも5体のポケモン……擬人種がいて、その全員が父さんと子を成している。この辺も父さんに対してちょっともやもやとした感情を持ってしまう要因でもあるのだが、長女である私としてはまあ下の弟や妹たちはそれはそれ、可愛いものだ。
まあそれはさておき、そんな母さんたちの一人……一番ちっこいほうの母親が『チーク』母さん。
元『デデンネ』の擬人種である。
擬人種は人との間に子供を作ると『子供を産むための体』へと変化する、つまりより人間に近くなってしまうので今となってはもうバトルもできないのだが、それでも父さんから聞くかつてのチーク母さんの力というのは相対すれば厄介極まりないものだろうというのは分かった。
つまりデデンネというのはそういう搦め手をさせるならかなり凶悪なことができる種族なのだ。
父さんは育成能力も人並み程度で育成環境も大してなかったがポケモン側の才能だけでほぼ全て解決するというかなり強引な育成をしていた人なので、ちゃんとした育成施設と育成の勉強をしたブリーダーが育てれば同じようなことはできるはずだ。
「まあ『ひこう』でも無いし、私は使わないけど」
「チィ~?」
そもそも何でこのデデンネは私の後を追って来るのだろうか。
「アンタは何がしたいのよ」
「テチチ!」
尋ねてみれば一瞬私の足を引っ張るような仕草をして走り出す。
少し走ってすぐに立ち止まり、こちらへと振り返る。
「追って来いってこと?」
「チチチ!」
そうそう、とでも言いたげに一つ鳴いてまた走り出すその背を見やりながらさてどうしたものか、と考える。
とは言え、今のところファイヤーがいる気配も無ければいた痕跡も見当たらない。
特にアテも無いのだからついて行くだけついて行ってもいいか、と自分の中で結論を出してその後を追う。
薄暗い森の中をけれど器用にひょいひょいと草木をかき分けて進む小さな背を追いながら、一体どこへ連れていかれるのか、と考える。
とは言え擬人種でも無いポケモンが喋れるはずもなく、さすがに初めて入った森のことなど分かるはずも無いのだから考えるだけ無駄か、と嘆息して後を追いかけることに専念する。
そうしてどれだけ歩いたか、それほど時間は経ってないように思うがスマホで見やればだいたい十分ほど歩いたところでデデンネが立ち止まり。
「チチチ」
「ここは……」
案内されたのは森の奥にあって日差しの差し込む開けた広場で……中央にあるのは一本の大きな樹だった。
「これ、偶に見かける『不思議な木』じゃない」
樹木にも色々ある。
森に生えている木々は全て同じ種類というわけではないし、人の生活の中で木というものはたくさんの物に関係している。
木材に使う木もあれば、果物や木の実などを収穫できる木もある。
まあ偶にウソッキーが混ざってたりするのが厄介なのだがそれはともかく。
ガラルに生えている木というのは少し不思議なものがある。
驚く話ではあるが一つの『木』に複数種類の『きのみ』が成っているのだ。
あっちこっちに接ぎ木でもしたのかと言いたくなるが、そんな『不思議な木』が天然で生えているのがガラル地方である。
当然ながら植物学の研究者がこの不可思議な木について研究しているらしいが、詳しいことは全く分かっていないらしい。
ただ傾向的に『ワイルドエリア』が多いらしい、とのことなので何か関係があるのかもしれない。
それはさておき、見やれば多くの『きのみ』が生っているが、恐るべきことにこの『きのみ』を取り尽くしてもたった一日でまた生る。
普通の『きのみ』は長いもので一週間くらいはかかるはずなのだが、この『不思議な木』に実る『きのみ』はその種類に一切関係なく一日でまた多く実る。
そのせいか、ガラル地方では比較的他の地方では希少とされているはずの『きのみ』が多く流通している。
何だったら『カレーライス』制作の材料に使われることもあるらしいくらいには安価らしい。
ただ『不思議な木』に実る『きのみ』の種類は結構ランダムであり、個数もバラバラ、何よりも。
「ちゃーん」
「こいつがいるのよねえ」
ホシガリス。以前もワイルドエリアで見かけたが、『不思議な木』にはだいたいこいつかその進化形のヨクバリスが住み着いている。
『きのみ』欲しさに『不思議の木』を揺らすと時々こいつらが降って来て、襲い掛かって来るから始末に負えない。
別にそこまでして『きのみ』が欲しいわけでも無いし、案内してもらっておいてなんだが無駄足だったかな、と思った。
その時。
―――キィアァァァァァ!
「テチチチチ!」
「ちゃーん、ちゃんちゃーん!」
その声に慌てたように、デデンネとホシガリスが私の後ろに隠れる。
声につられてその視線を空へと上げれば。
「あれ、は」
黒と赤の二色に染め上げられた鳥ポケモンが空から舞い降りてくる。
咄嗟にスマホロトムを掲げ、図鑑アプリでその鳥ポケモンを映すと……。
検索結果>>『ファイヤー』
散々探し求めていた相手がそこにいた。
* * *
―――キィアァァァァ!!
こちらを警戒するように見やりながら威嚇するファイヤーから視線を外さぬままにボールホルスターへと手をかける。
直後。
“もえあがるいかり”
黒く染まった炎がファイヤーから撃ちだされ、降り注ぐ。
咄嗟に発生させた風を盾にしながら攻撃を逸らし。
「ガーくん!」
投げたのはガーくんの入ったボール。
現状一番の強いのは間違いなくダーくんだが、だからこそファイヤーがどんな攻撃をしてくるのか、それを見極めるためにガーくんに出てもらう。
「ファイヤーなら特殊技……なんてセオリーは無意味ね」
サンダーがすでに元と比べてあの変わりようだったのだ。
だったらファイヤーが突然急降下してきて肉弾戦を始めてももう驚くまい。
なんて思っていたのだが。
“ぼうふう”
羽ばたかせた翼から生み出された荒れ狂う風がガーくんへと降りかかり。
「させない!」
風を打ち消すように、逆方向へ旋風を巻き起こしてガーくんを守る。
どうやら特殊技メインで合っていたらしい。
とするとガーくんでは少し相性不利か?
「相手のタイプは……」
図鑑で解析を切れば調べることもできるかもしれないが、その隙を見逃してくれそうにないのは困った話だ。
「キューちゃん!」
「はーい! りょーかいですよ! トレーナーさま!」
腰に回した手でキューちゃんの入ったボールを密かに投げる。
飛び出したキューちゃんが即座に動き出すと同時にガーくんもまたそれを邪魔させないように技を出そうとして。
―――ギィァァァァァァァ!
“ふいうち”
技を出す一瞬の力みを利用して、ファイヤーが不意打ちでガーくんをその大きな翼で叩く。
「ガーくん!」
「キュゥォォオオオ!」
“クロガネのつばさ”
お返しとばかりに硬化させた翼でファイヤーを打つ。
だが根本的なレベル差故かダメージは少ない。
「にひっ……隙あり、ですよ」
“ちょうおんぱ”
ファイヤーがガーくんに気を取られた一瞬を狙って放たれた音波がファイヤーを直撃し、その頭を揺らし、『こんらん』してしまう。
「ガーくん、追撃!」
指示を出すと同時にファイヤーもまた攻撃をする。
“もえるあがるいかり”
「下に躱して!」
放たれる黒い炎をけれど私の指示に従って炎の射線の下を潜って……急上昇。
“クロガネのつばさ”
ファイヤーがその頭部を翼に打たれ、一瞬だが眩暈を起こす。
―――ギィイイイイアアアアアアアアアアアアア!
『こんらん』と眩暈によって揺れる視界。飛んでいられず思わずバランスを崩したファイヤーが『不思議の木』に突っ込んでいき、木に激突する。
―――ギァォォォ
結構な痛手だったらしい、良いダメージになったと思いながら次の手を考える。
その間にファイヤーは短い悲鳴を上げ、ダメージに体を引きずりながらも再び飛び立とうとして……その視線がふと木のほうへと向けられる。
「あっ」
目の前に実った『オボンのみ』を見やり、ぱくり、と一口で飲みこむ。
―――ギィアアアアア!
「ちょ、そんなのありなの!?」
すっかり体力が回復してしまった様子のファイヤーに、さてどうしたものか、と頬を引きつらせた。