『ひんし』のポケモンを回復する実機プレイヤー御用達しの道具。
ゲームでは使用すると即座にHPを半分回復してくれていたが、現実に『ひんし』状態からいきなり元気に戻れるわけねえだろ、という理論によりだいたい2~30分くらいかけてじわじわと効力を発揮する。
ゲームでやってた『ひんし』→『げんきのかけら』→『ひんし』→『げんきのかけら』といったゾンビ戦法みたいな真似、現実にやってたらちょっと怖すぎるので基本的にこの世界のトレーナーは野生バトルの時などでも『ひんし』にならないように注意しながら立ち回る。それでもなるときはなるが。
『ひんし』になったギャラドスに『げんきのかけら』を与える。
数分もすれば『ひんし』を脱したギャラドスが意識を取り戻し、目の前に立つ幼女……クコを見やる。
意識こそ取り戻せども、まだまだ体はまともに動かせる状態ではなく、無防備にけれど視線だけはじっとクコを射抜いていた。
「ん」
けれどそんなギャラドスの視線にも構わずクコが無警戒にギャラドスへと近づき、その顔にそっと触れる。
「いいこ。いいこ」
二度、三度と撫でるたびにギャラドスが戸惑うような視線をクコへと向ける。
そんなギャラドスの視線にクコはけれど無表情に何度となく撫で続けて。
「もっとつよくなりたいか?」
「―――ッ! グガァァ!」
ふとした瞬間に漏れだしたかのように呟いた言葉にギャラドスが一瞬言葉に詰まったように表情を変え、直後に吼えた。
原種のほうは『きょうあく』ポケモンとすら呼ばれるほどに恐ろしいその風貌と咆哮だったが、けれどクコは顔色一つ変える事無く……否、寧ろ
「わたしといっしょにこい」
じっと、見つめるギャラドスの視線の圧に屈すること無く、逆にその視線でギャラドスの気迫を削ぐかのようにじっと見つめ。
「いっしょに、こい」
もう一度、同じ台詞を告げる。
そうして。
「―――グガァァ」
ギャラドスがその頭を垂れた。
* * *
「案外あっさり落ちたわね」
「妹マジ天才ちゃんだし『じめん』タイプには無類に好かれるんよ」
「ああ、分かるわ。私も『ひこう』タイプなら大体どうにかできるし」
「お前もかよ」
まあ相手に好かれることと私が好いていることはまた別なのだが。
多分私でもあのギャラドスを従えることはできただろうが、致命的に戦法が合わないのだから仕方ない。
『統率』能力とはトレーナーの必須事項だ。
だが他の能力もそうだが、こういうのはある程度生まれ持った才覚、資質のようなものを必要とすることが多い。
それでも補う方法はいくらでもあるわけだが、逆に言えば生まれ持った資質だけで十全にポケモンを統率するトレーナーだっている。
私もどちらかというとそちら側だ。
『ひこう』タイプと……あとは『ドラゴン』タイプ、この二つのタイプのポケモンからほぼ無条件に一定の敬意のようなものを持たれる。敵対している時だと余り効果は無いのだが、特に一度バトルで倒した相手からはその傾向が強くなる。
あのギャラドスのように荒くれ者なポケモンだろうと、ダーくんのようなプライドの高いポケモンだろうと、一度バトルで勝って上と下を擦り込んだ相手にはそれがより一層強くなる。
気性の荒いポケモンはバトルで活躍しやすい反面、統率に難儀する。
統率、というと難しく聞こえるかもしれないが、要するに『ポケモンにトレーナーの指示を聞かせる』力だ。ポケモンバトルにおいて、ポケモンは戦う力であり、トレーナーはそれを補うための考える知恵、頭、そして同時に外からの目でもある。
故に戦っているポケモンよりもトレーナーのほうが得られる情報は多く、実際にバトルしているポケモンよりも客観的に判断がしやすい。
だが統率できていないポケモンは『トレーナーの言う事』を聞かない。トレーナーの判断よりも自分の判断を優先したり、トレーナーを舐め切っていたりとバトルが成立しない場合すらある。
最悪の場合、ポケモンがトレーナーに歯向かうことすらあり得るのだ。
新人トレーナーは手っ取り早く『強いポケモン』を求める傾向にあるが、けれどそれは大きな間違いだ。
経験未熟なトレーナーでは我の強いポケモンを十全に扱えない。十全に扱えないということはそのポケモンからすれば足を引っ張られているに等しい。
脱走したり、言う事を聞かないだけならまだマシで、トレーナーを襲ったり、怪我をさせて逃げだしたり、逃げ出した先で野生化して暴れ回って本来の生態系を乱したり。
群れを率いる力の無いリーダーはリーダー失格なのだ。
まあクコにはそんなことは関係無いのだろうが。
目の前であっさりとギャラドスを倒し、頭を垂れさせる手腕を見るに相当に統率能力が高いことが察せられる。
しかも先ほどのバンバドロ……図鑑で確認すればレベルは120。
つまりリーグのレギュレーションの限界まで上げているあたり育成能力もある。
後は指示能力だが……まあプロトレーナー、ジムリーダーが致命的なほどに低いわけがないのでそれなりにあるとするなら、異能と合わせてかなりレベルの高いトレーナーと言える、幼女なのに。
天才、とリシウムが称するのも分かる気がした。
* * *
「そら」
こちらに気づいたクコがとことこと走り寄って来る。
私の名を呼びながら、手の中のボールを何度となく撫でて。
「ありがとう、とてもうれしい」
「リシウムへの礼みたいなもんだから、気にしなくてもいいわよ」
「ん。姉も、ありがとう」
「いーってことよ。妹」
「ん」
無表情ながらもどこか喜色を滲ませたその雰囲気に思わず頬が緩む。
何となく下の妹たちを思い出した。まあうちの妹たちはこんな無表情じゃないのだが。
まあそれはそれとして。
「少し気になってたんだけどクコって何歳なの? ぱっと見、トレーナー資格取れる年齢には見えないけど、ジムリーダーになんでしょ?」
「じゅーよん」
「ちな、あーしが妹と4歳違いで18」
「は?」
今何かあり得ないようなことを聞いた気がするのだが。
じゅーよん。じゅうよん、十四、14歳?!
「え、私より年上?!」
「ゆーてソラも大分ちっちゃいよね」
「おまえがひとのこといえるか」
「うっさいわよ」
確かに同年代より
どう見ても八歳か九歳だ。本気で成人前と勘違いしてしまうほどにその容姿は幼い。
「つまりわたしのほうがおねえさん」
「それは無いわー」
「無いわね」
「……あね、きらい」
「ぬわ?! ちょ、ウェイウェイウェイ!? ちょーまちってクーちゃん? 妹ちゃん??」
ふんす、と鼻息を荒くしながら悲しいほどにまったいらな胸を張るクコの言葉を即座に否定すると、むすっとした様子で鼻を鳴らした。
ぷい、と顔を背けてリシウムから視線を外すと、慌てた様子のリシウムがポケットからロリポップを出し。
「ほら、飴ちゃんあげるし、仲直りしとこ?」
「……ゆるす」
差し出されたキャンディーを直接口でぱくり、と噛みつくように受け取ると幾分か表情が和らぐ。
というかリシウムのポッケはどれだけロリポップが入っているのだろう。
しかしまあ……こうして見ると良く似た姉妹だ。
片方ずつ見ると余り似ているとは思えないのだが、並べて見ると確かに血の繋がりを感じる。
うちの姉弟は容姿に関しては基本的に全員母親の色が強く出てしまって並べても余り血の繋がりを感じられないので何となく不思議な感じがした。
「あね」
「ん? どったの?」
「もういっこくれ」
「まだ食べ終わってないっしょ」
「いいから」
「ん? まあいいけど」
さらに一つ、ポケットから次のロリポップが出てくる。
それをクコが受け取ると、とことことこちらにやってきて。
「そら、やる」
「私に? ありがとう」
「いいこ、くれたから。れいだ」
「手土産だし良かったのに。まあ、ありがたくもらっとくわ」
クコに手渡された飴の包装を解いて口に咥える。
甘ったるい味が口の中でじわっと広がっていく感覚を覚えるが、その後に優しい風味が来る……『モモンのみ』あたりだろうか、これは。
普段余り甘い物を食べないのだが、これはこれで美味しい。
どちらかというと辛い物が好みなのだ、私は。
と言っても別に甘いのが嫌いなわけでも無いが。
「あーそう言えば」
スマホロトムを操作して、
うちの三番目と四番目の双子の妹たちが甘いのが大好物で、よくクッキーやマシュマロ、マカロンなど買い込んでは部屋に蓄えている。
それを二番目の妹が掃除の邪魔だと片づけたり二番目の弟がひっそりつまみ食いしたりしてるのはまあ余談としても。
そんな甘い物大好きな妹たちに以前にカロス地方のお菓子を貰ったのを思い出す。
量子保存技術のお陰で状態に関しては保存されているだろうし、どうせ忘れてたくらいなら……。
「あ、あったわ。良かったら、これいる?」
所持品から出したお菓子の包みをクコに渡すとクコが目を丸くしてその包みを見やる。
じっと包みを見つめ、それから視線をこちらへ。
「いいの?」
「良いわよ、私もさっきまで忘れてたし」
これのお礼、と口に咥えたキャンディーを見せるとクコが少し黙して、口元を緩める。
「ありがとう、そら」
「どういたしまして」
年上のはずの少女の姿が、けれど下の妹たちと被ってみえて、思わず苦笑した。
* * *
「あ、わっり……ちっとジムメンの面倒見なきゃなんないから、勝手に帰ってくれてていいから」
と言って事務所を出て行ったリシウムの背を見届け、残されたのは私とクコの二人。
正直もう用事も終わったので、帰っても良いかなと思っているのだが。
「ん」
「えっと、ありがとう」
気づいたらクコが事務所に備えつけのポットで紅茶を入れてくれていたため、じゃあそろそろ、なんて言いづらい状況。
別に急ぐ用事があるわけでも無いので構わないと言えば構わないのだが。
ただ今日初めて会ったクコと二人きりにされても、何を話せば良いのか分からない。基本的に私は人見知りの気があるのだ、相手のことも良く分からないままでいきなり楽しくおしゃべり、というのもハードルが高い。
「……あ、美味しい」
気まずい雰囲気を感じながらカップに口をつければ、程よい渋みと口から入ってすっと鼻から抜けていくような爽やかな香りが何とも心地よい。先ほどまで甘ったるい飴を舐めていたせいで、口の中が大分甘味で占められていたのをすっと押し流してくれるようだった。
マイナーとメジャーというのがどのくらい差異があるのか良く分からないが、ポケモンジムらしく使っている茶葉は結構いいやつのようだ。
それにシア母さんから聞いた話だが、紅茶というのは結構入れる人間によって風味が変わるらしいので、この紅茶を入れてくれたクコの腕が良いというのもあるのだろう。
「紅茶淹れるの上手なの……ね……」
話題ができた、と思ってクコのほうを見やれば自分で淹れた紅茶に角砂糖をごろごろと入れてティースプーンでかき混ぜているクコの姿があった。
というかカップの底に白い層が出来ているのだが、一体どれだけ砂糖を入れたのか。
紅茶を淹れる腕は良いのに、その風味を全部消し飛ばすがごとき量の砂糖。もう砂糖直接齧っても同じなのでは無いだろうかと思うほどにその量は酷いの一言だ。
薄々思っていたが、この幼女……凄まじい甘党なのでは?
まあそれはさておき、下の妹たちがくれたお菓子の包みを開けると丸い形のお菓子が出てきた。
「なにこれ……クッキー?」
にしてはサイズが二回りほど大きいし、何より分厚い。
中央には三方が凹んだ三角形のようなマークが入っている。
「みあれがれっと」
「ミアレガレット……聞いたことあるわね、これがそうなのね」
はて一体どういう経緯でもらったのかも思い出せないが、まああの子たち買い込んでため込む割に他人が欲しいと言ったら簡単にくれるので、何かの流れでもらったのだろう、多分。
食感は堅めだが指で押せば僅かに沈む……中は柔らかいのだろうか。
初めて食べるお菓子だが、まあミアレガレットはミアレの銘菓だと聞くし不味いわけが無いだろうと思いながら一口齧る。
「あ」
「ん」
舌の上に広がる甘味と同時に感じた塩味に思わず声が漏れた。
どうやら甘いお菓子なのは間違いない。ただほんの少し、アクセント程度に塩味も感じる。
あまじょっぱい、というのだろうか、何とも不思議な味だ。
外側はサクサクとしているのに中はふわふわとしていて何とも不思議な食感。
一つ食べ終えて口の中に残る味を美味しい紅茶で押し流せば、後味もすっきりとしてもう一つ、と欲しくなる。
「美味しいわね、これ」
「びみ、とても」
どうやらクコにも好評らしく二人して黙々とミアレガレットを食べ続け、気づけば包みに入っていた分は全て無くなっていた。
名残惜しそうにテーブルの上の空っぽの包みへと視線を送るクコに苦笑しながら。
「また妹たちにもらったら持ってくるわ」
そう告げると、クコが視線をこちらへと向けて。
「たいへん、かんしゃ」
ぺろり、と唇についたガレットの破片を舌で舐めとる様を見やりながら、やっぱどっちかって言うと妹よね、なんて思って……。
―――おねーちゃんはこみゅしょうなんだから! おともだちといっしょにたべるといいとアカリちゃんはおもいます。
そんな台詞と妹が共に包みを渡してきた時のことを思い出して。
「ね、クコ」
「なに」
だからだろうか?
「私と」
気づけばするっと、言葉が出てきていた。
「友達になってくれる?」
本編に説明長々書いてると一向に話が進まないという罠にようやく気付いたので、今度から適当に前書きにtips書くことにしました。
実機などにあるものの本作の世界観に基づいた説明、みたいなやつですね。