『専用個体』というのは非常に特別な存在だ。
個体がトレーナーに最適化する。
と言うと中々イメージが掴めないと思うが、言い方を変えてみれば良いのだ。
最適化した相手であるトレーナーに率いられている限り、常にフルスペックが発揮できるのが『専用個体』なのだと。
例えばの話。
『みず』ポケモンは陸地より水中のほうが力を発揮できる。
それは生態としての部分に起因する話であり、訓練でどうこうできる程度の話ではない。
故に育成で『地上でも水中と同じように動ける』ようにしてやるのだ。
例えば天候『あめ』や『みずびたし』などを条件として場を水気に溢れさせることで『みず』ポケモンはその力を最大限に発揮できる。
逆に『ほのお』ポケモンが『あめ』の中で全力を出し切れるか、と言われると……。
『いわ』ポケモンや『じめん』ポケモンは当然ながら砂地や岩場を利用することでその力を大きく引き出せる。故に『すなあらし』や『ステルスロック』などを起点として使うのだ。
そうすることで『いわ』や『じめん』タイプは起点を使って大きな力を発揮することができる。
正確に言えば大きな力を発揮できるように『育成』することができる。
『育成』とは根本的にはその個体が秘めた力を引き出すための『条件付け』を行うことだ。
『みず』ポケモンなら『水辺』を条件として。
『ほのお』ポケモンなら『熱』や『火』を条件として。
『でんき』ポケモンなら『電気』や『雷』を条件として。
『裏特性』における条件とは単なる制限ではなく寧ろ逆なのだ。
『この状況においてこのポケモンはこういうことができる』という
『専用個体』とはその条件の全てを『トレーナー』に依存することができる。
自らがトレーナーに最適化したからこそ、その相手であるトレーナーが指示を出しているというだけで『最大の力を発揮する状況』になるのだ。
もっと簡単に言えば、適応した相手のトレーナーが指示を出している時に限って『ほぼ無条件で』で『大抵のこと』ができる。
例えば特に条件も無く技の優先度を上げたり、条件も無くダメージを軽減したり、条件も無くHPを回復したり。
トレーナーの『必要』に応じていくらでも自分を『適応』していけるが故に『専用個体』。
だからこそトレーナーの『育成』に応じて理想のポケモンとなる資質を持つ。
けれども結局は『無い袖は振れない』のだ。
『適応』するためには下地となる力が必要になる。
いくら『専用個体』だろうとレベル1ではトレーナーの『必要』に応える『適応』させるだけの『余地』が無い。故にレベルを上げて自らの余力を作ることこそが最も重要だ。
同時に『未進化』ならば進化することでその力を増し、適応する余地もまた残す。
進化できるならしたほうが強い。当然といえば当然の理なのだが……。
「進化しないわね、お前」
「
ガーくん。
私がこのガラルで最初に手に入れたポケモンであり、私の能力を切っ掛けとして孵化したからか私の『専用個体』となって生まれてきたココガラであり、同時にサンダーとの戦いで進化しアオガラスとなった。
アオガラスはもう一段階進化するポケモンで、次の進化でアーマーガアになる、のだが。
「レベルはもう50超えてる……ここまで進化しないポケモンもいないわけじゃないけど」
基本的にポケモンの進化とは『進化に耐えれる』だけの体が作りあがり、『進化するだけのエネルギー』が蓄えられることで発生する。
その両方を一番手っ取り早く備えることができるのがレベルを上げることである。
現在までのデータで通常アオガラスがアーマーガアに進化するのはレベル38とされているが、これはつまり先ほど言った二つの要素を備えれる平均的なラインがそこであるというだけで、育成能力が高いトレーナーにしっかりと育成されればレベル30超えての進化だってあり得るし、個体が未熟で中々体が作れないならレベル40を超えても進化できない、ということも普通にある。
ただうちのガーくんに関してはかなり才能はあるように思える。
となるとレベル50を超えても尚未だに『進化に耐える体』と『進化に必要なエネルギー』が足りないということだろう。
ココガラの時のような両方とも十分に備えている感じが未だに無いので、下手すれば進化可能レベルが60を超える可能性もある。
「『専用個体』だから仕方ないわね、その辺は」
進化する『専用個体』というのがまず聞いたことも無いのだが、基本的に『専用個体』という存在の性質を考えるとより多くのエネルギーを蓄え、強く強く進化しようとするのは当然なのかもしれない。
「まあ、焦っても仕方ないわね」
例えばエネルギーだけなら多分私の『嵐』の力をガーくんにあげれば一気に充填することもできるだろうが、それで溜まるのはエネルギーだけ、結局進化に耐える体が無ければ下手すれば異形に進化してしまう可能性だってあるのでレベルを上げるのが一番手っ取り早いだろう。
「他の子の育成もあるし……しばらくはレベリングね」
「
分かった? と指先でクチバシを突けば、元気の良い返事が返ってきて、苦笑した。
* * *
レベルを上げるには主に『経験値』を溜める必要がある。
レベルという単語自体がゲームシステムのような意味で使われているためトレーナーの間で流行ったスラングのようなものだが、要するに戦闘経験だ。
野生のポケモンやトレーナーとのバトルを得て、戦闘を熟すことでポケモンは戦いの経験を積み上げどんどんそれに適応するように強くなる。
またそうやって積み上げた『経験値』を今度は特訓で消化する。
今まではひたすら経験を積み上げてレベルを上げていたのだが、実のところこれは非効率なのだ。
経験を訓練で実力に換える。これは『育成』の基本中の基本である。
また『ふしぎなあめ』等の『一時的にポケモンのエネルギーを増幅させる』アイテムがあれば簡単にレベル上げもできる。これに関してはこのガラルにはもう少し汎用性の高い『けいけんアメ』なるものがあるらしいのだが、そうやって実際の戦闘での経験を不足させたまま強くなっても、結局のところ『裏特性』を仕込む段階になって実戦経験の不足で悩まされることになるため、基本的にまともに育成しようと思うのなら道具でのドーピングは補助程度に考えておいたほうが賢明だろう。
効果は多少落ちるのだが手持ちのポケモン同士を戦わせることで経験を積ませることもできる。
同じ人間が指示を出すためこちらも補助程度にしかならないが、例えば別の人間に指示を出してもらうことでトレーナー戦と似たような効果を得ることは可能だ。
また重要なのは『将来的な理想形』を常に描いて育成することで、ポケモンはレベルを上げることに戦闘に適応していくわけだが、その戦闘もこちらがシチュエーションを設定してやることで偏った経験値を得ることができるようになる。
一般的にレベル100を超える手法で一番手っ取り早いのがこれだ。
意図的に偏った経験をさせることで普遍的育成の限界を突破する。
当然ながら偏らせた経験をレベルがカンストするまで積ませる必要があるので難易度は特級に高い。
それでも実例があって、ある程度の理論があるだけまだマシになったほうではあるのだ。
私の場合、バトルの際には基本常に『おおあらし』が吹き荒れているはずなので、この『おおあらし』という環境化で戦えるようにまだレベルの低い内から何度も何度も慣れさせる必要がある。
だからこそ『ひこう』タイプで無ければ話にならない。『おおあらし』の圧倒的なパワーに順応できるのは『ひこう』タイプだけだから。同じ浮かぶにしても『ふゆう』ではダメなのだ。
だから正確に言えば私のパーティは単純な『ひこう』統一というより『そらをとぶ』ことができるポケモンと言ったほうが正しい。
「うーん」
思わず唸る。
場所はワイルドエリア。
正確にはつい数時間前まではシュートシティの『ひこう』ジムの施設を借りて手持ちの育成をやっていたのだが。
どうやら練習用コートだけに耐実戦用の加工がされていなかったらしい。
普通のバトルコートというのはポケモンが暴れても大丈夫なようにある程度加工されているのだが、これがされなかったせいで『おおあらし』を発動した瞬間にコートが酷く荒れてしまってリシウムに大慌てで止められてしまったのだ。
よくよく思い出してみれば一昨日クコがギャラドスを従えるために戦っていた時、コートが思い切り凹んでいた。
耐加重加工がされていなかったのだろう。ポケモンは当たり前のように『おもさ』が100キロを超える種族が多く、場合によっては1トン近いような種族だっている……というかあの時クコの使っていたバンバドロなども平均的な『おもさ』は900キロを超えていたはずだ。
そんなポケモンたちが飛んで跳ねてするのだから当たり前の話、普通のコートだと一戦で半壊して次の試合ができなくなる、そういう事態の予防のために耐実戦用加工しておくのだが、これも結構金がかかる。
さすがに18タイプのジム全てのコートに加工を施すようなことはしていなかったらしい。
じゃあ実際のバトル形式で特訓する時は一体どうしているのかと思えば普通に予約しておけば使っていないスタジアムを借りることができるらしい。
シュートシティ含め各地のスタジアムだって毎日毎日何かの試合をしているわけでもないし、そういうところは融通が利くようであり、実際にスタジアムを使わせてもらえるというのはジムトレーナーの特権のようだった。
まあそういうわけで実戦訓練形式でレベリングでもしようかと思っていたのだがアテが外れてしまい、結果的にワイルドエリアまで来たわけだが。
「『深域』はダメだけど『中間域』までは入る許可ももらったし、行ってみようかしらね」
サンダー、フリーザー、ファイヤーと野生のポケモンとしては極めてレベルの高いポケモンたちにあのギャラドスなど狂暴なポケモンもゲットしてきた、ということもあってリシウムからワイルドエリアの『中間域』に入る許可はもらっている。
正確にはリシウムたちジムリーダーが許可を出せるのがそこまで、ということらしい。
『深域』へと入るためにはリーグ委員会から直接許可が必要になるらしく、ジムリーダー等実績などがしっかりした相手でなければ普通は無理、とのこと。
まあ『深域』の危険性を考えればそうもなるだろう、昨日行ったばかりのカンムリ雪原、割合レベルの高いポケモンが多くいたがあれで『中間域』と『深域』の間くらいらしい。
つまり『深域』とはあれ以上がわらわらと湧いてくるような場所だ、育成を完全に完了した後ならばともかく今の状況で行って無事に帰って来れるとは思えない。
ポケモンだって馬鹿ではない。
人の言葉を理解するだけの知恵と知能があるのだ。
そして野生環境で生きる生物というのはそれだけ狡猾になっていくもので、恐らく『深域』に出てくるポケモンのレベルは70,ないし80以上。
だが相手の生息域に向かっていくのだから実際の安全マージンはレベル100以上のポケモンを6体は必要となるだろう。
つまり実質プロの中でもトップクラスのトレーナーでなければ危なくて入れない、というのは至って正しい。
「まあ、この辺が限度ね」
出てくる野生のポケモンを倒しながら進んでいくが、『深域』へ近づくにつれて気配が変わって来る。
これ以上は危険だ、と直感するラインで足を止めて引き返す。
興味が無いわけでも無いが、用事も無いのに進んで危険を冒す必要も無い。
それに朝はジムのほうで育成していたので、そろそろ良い時間ではある。
今からエンジンシティまで戻って列車に乗っていれば帰るのは夕方くらいか。
「早く帰らないとユウリが騒ぐのよねえ」
一度列車の中で居眠りして寝過ごし、帰るのが遅くなってしまったことがあったが気づいたらスマホロトムに着信が大量に入っていて慌てて連絡したことがある。
居候の身でもあるし、余り遅くなるのも悪いので早めに帰ることにしよう。
「それにしてもいつまで居候するのかしらね」
自分で言っててなんだが、実のところ何度か居を移そうとしたことはあるのだ。
その度にユウリに引き留められるのでじゃあ今度に、今度に、といっているうちにずるずると今日でもう半月以上。
さすがに迷惑になっているのじゃないかと思うのだが……。
「取り合えずもう一度聞いてみましょうか」
なんて、言ってもどうせユウリのことだからいつまででもオッケー、とか言うんだろうけれど。
今度何か返せるものがあるか考えてみようかな、なんて思いながら街への道を行く途中。
ひらり、と視界の中を何かが上から舞い落ちる。
「……羽?」
咄嗟に手を伸ばせば手のひらの上に落ちてきたのは一枚の黒い羽。
「…………」
見上げた空に羽の主は居ないが……。
「……そう、招待状、ってことかしらね?」
その羽の主に問うように呟きながら拾った羽をバッグへ入れた。