―――羽ばたく音が聞こえる。
「……ん」
目を覚ますと暗闇の中にこの二週間ですっかり見慣れた天井が見えた。
まだぼんやりとした頭でしばし天井を見つめ、少しばかり覚醒した頭で壁にかけられた時計を見やる。
―――午前二時。
深夜といって差し支えない時間帯。
普段ならもう一度布団を被って隣に眠るユウリの暖かさに微睡みながら寝入るところだが……。
まだ半分寝ぼけた頭で必死に何かを思い出そうとして……ひらり、と窓の外に舞い散るように黒い羽が夜の闇に溶けながら一枚落ちた。
「ああ……そうだったわね」
半身を起こし、目を擦れば少しずつ意識はしゃんとしてきた。
隣に眠るユウリを起こさないようベッドから抜け出すと足音を殺しながら部屋の端のクローゼットを開く。
一角に借りたスペースにかけたハンガーを一つ取るとパジャマを脱いでハンガーにかけていた服へと着替える。
白のワイシャツにグレーのスカートといつもの恰好。
黒のソックスを履いて……それから、普段はつけないのだがワイシャツの首元へ赤いネクタイを結ぶ。
「これで、よし」
クローゼットの横に置かれた化粧台の鏡で前後を確認する。
夜の暗闇のためはっきりと見えるわけではないが、それでもこの暗闇に慣れた視界なら衣装直しくらいはできる。
最後に腰まで伸びる長い髪をまとめ、帽子を被って仕舞い込んだら、いつものお気に入りの青いコートを羽織ってそれで準備は完了。
この格好をするとスカートを穿いているのに何故か性別を間違えられるのは何故なのだろう?
そんな疑問に首を傾げつつスマホをポケットに仕舞い込み、それから……。
「そうね……そうよね?」
誰に向かっての呟きなのか、自分でも分からないまま独りごち。
ホルスターに装着されたボールの中から
シンと静まり返った居間を抜けて、そのまま玄関へ。
「そろそろ新しい靴でも買おうかしらね」
ここ最近、ワイルドエリアを歩き回ったりヨロイ島を歩き回ったりカンムリ雪原を歩き回ったりと色々なところを歩いていたのであっちこっちがほつれてしまっている。
今日の件が終わったらまたユウリに近場のシューズショップでも教えてもらおうと思いながら玄関の扉を開いて。
ゴウ、と扉を開いた瞬間風が唸った。
咄嗟に帽子を押さえ、髪が乱れないようにするが、こちらのことはまるでお構いなしに風が荒れ狂う。
びゅるびゅると耳元で煩い風の音に耳をやられながら、風の激しさに思わず目を閉じていた。
そうしてしばらく続いた風の音が止んだ時にはすでに目の前にあの時と同じ光景が広がっていた。
「ご招待、されてやったわよ」
まだ耳鳴りのする耳を抑えながらワイルドエリアで拾った黒い羽をひらひらと指先で摘まみ、見せびらかしながら視線を向ける。
その先にいたのは……全長10メートルを超す超巨大なアーマーガア。
ワイルドエリアで私の前に羽を落とし、こんな夜中にわざわざ人を呼んできたのは間違いなくこいつだった。
「…………」
無言で佇むアーマーガアが私を見つめる。
「それで、要件は?」
じっとその視線を真っ向から見つめ返しながら問うた言葉にアーマーガアがふっとその頭を下げる。
さらに差し出された翼、その意味を考えて。
「もしかして乗れ、ってこと?」
―――クラァ
まるで肯定するかのような小さな鳴き声一瞬硬直する、がすぐに一歩足を踏み出す。
差し出された翼に足をかけて一気にその背へ登る。
思っていたよりも安定したその乗り心地と鋼鉄のような硬い翼の触感に戸惑いながらもその背にしがみつき……。
ぐん、と上昇していく景色に少し恐怖心が湧く。
恐らくこれが昼間だったら何も気にならないというか寧ろ興奮するくらいだったのだろうが、今は夜である。
ほとんど何も見えない闇の中、体が上へ上へと引っ張られていく感覚は中々に恐ろしいものがあった。
揺れと恐怖心に思わず目を閉じる。確かに思っていたよりは安定する背ではあるが、それでもアーマーガアタクシーのようにカゴに座っているわけではないのだ、足を滑らせればそのまま空から地上へ一直線に落ちていく、そんな状況で平静でいるのも中々に難しい話だろう。
そうしてしばらく揺れに耐えていると、やがてそれも収まる。
そっと目を開いて状況を確認しようとして……。
「あっ……うわあ」
ただただ感嘆の声が漏れた。
足元のハロンタウンはすでに灯りもすっかり消えて黒一色に染まっているが、遠くに見えるのは……ブラッシータウンだろうか、夜間営業の店舗やポケモンセンターなど24時間開いている施設の灯など黒い闇の中にぼんやりと光る無数の灯たちがとても幻想的で、何とも言えない感動がそこにあった。
「空が近いわね……」
上を遮るものが無い分、ダイレクトに広がった空模様が見える。
といっても夜間なので広がっているのは星々の光だが。
「溜め息付きたくなるほどに綺麗ね」
そこに憧れて、焦がれた。
それでも届かなくて、だから―――。
「どうしてかしらね」
どうして?
どうして私は
* * *
何とも贅沢な景色を味わいながら飛び続ける。
このままずっと味わっていたいような気分でもあったが、それでも終着点は来る。
―――クラァァ!
巨鳥が吼える。
まるでそれは忠告のよう……いや、きっと忠告だったのだろう。
アーマーガアの一声ではっと我に返った私を、直後再びの揺れが襲う。
降下している……下からの風にそのことを自覚しながら帽子が飛んでいかないように抑えつけながらその巨体に必死にしがみつく。
下へ、下へと落ちていくような感覚に再び恐怖心が芽生え始めて……。
直後にぴたり、と止まった。
―――クラァ
着いたぞ、とでも言いたげなその声に目を開くと。
「森?」
薄っすらと霧がかった木々が広がっていて、飛んでいた時間と街の明かりから見た方角を考えるに。
「ここ、あれ……? 確か、そう」
―――『まどろみの森』
そうユウリが呼んでいた場所だったはず。
森全体から感じる不思議な力は、以前森の外から見た時に感じた物と同じだろう。
伝説のポケモンがいたからこそそうなったのか、それともそうだったからこそ伝説のポケモンが住み着いたのか、それは分からないがとにかくこの森自体に何か特別な力があるようだった。
鬱蒼とした森に見えたが、まあそんな森でも一つや二つ開けた場所もあるらしい、ここもそんな一角ということだろうか。
10メートル以上はあるだろうアーマーガアだが、それでも周囲の木々のほうが背が高いためこうして森の中へと入ってしまうと見つからなくなってしまうのだろう。こんな森の中にわざわざ入って来て細かく探すような人間も居まい。
「案外近くにいたのね、お前」
―――クラァァ
どうやらここがアーマーガアの『巣』らしい。
掘り返された地面の上に枯れ木を積み上げられて作られた鳥の巣。本来アーマーガアの巣は木の上に作られるものらしいが、さすがにこの巨体の巣となると地上にしか作れないらしい。
というか巣の中にあれやこれやと物が大量に突っ込まれているのだが、もしかしてあれ全部拾い物なのだろうか……さすがにこの巨体がこっそり盗むなんてできるとも思えないし。
―――クラァァァ
アーマーガアが再び鳴く。
「何よ?」
ある程度一緒にバトルを熟した手持ちたちならともかくいくら鳥ポケモンとはいえ野生のポケモンの言葉なんて分かるはずも無い。
ただ何となくのニュアンスで要求していることは分かる。
「おいで、ガーくん」
たった一つ持ってきたボールを放れば中からガーくんが飛び出してきて……落ちる。
「キュゥ……」
寝ていた。
鼻提灯膨らませながら。
今軽く1メートルくらいの高さから自然落下したと思うのだが一切気にした様子も無く寝こけている。
そもそもここはユウリの家でなく野生の領域なのだが、そんなことも関係無いと言わんばかりに安らかな寝顔を晒していて。
「この子野生じゃ生きてけないわね」
―――クラァァォ
同意するかのように、呆れるかのように、アーマーガアがその大きなクチバシを器用に使ってガーくんをつんつんとソフトタッチする。
「
「おはよう、ガーくん」
「
私の声に完全に目が覚めたのか元気良く鳴き声をあげて……目の前にいる巨鳥に気づく。
一瞬、硬直してそれから見入る。
騒ぐことも無く、ただただ目の前の巨大なアーマーガアに視線を釘付けにされていた。
恐らく両者は親子なのだろうし、アーマーガアが生まれたばかりのガーくんの居場所をすぐに見つけたように、もしかするとガーくんにも何か感じるものがあるのかもしれない。
「キュアァァ?」
―――クラァォ
しばらく見つめ合う両者がやがてぽつり、と鳴き声をあげる。
私に対しての言葉でないせいかは分からないが、ガーくんが呟いた言葉の意味は私には伝わってこなかった。
けれどたった一言の会話で何かが通じたのか、ガーくんがぱたぱたと翼を羽ばたかせて私の傍にやってくる。
同時に。
―――クラァァァァォ!
轟、とアーマーガアが大きく翼を羽ばたかせて飛び上がる。
そのまま森の上空まで飛び立ち。
―――オオオオオオオオオオオォォォォォ!!
咆哮をあげる。
そしてそれに呼応するかのように。
「キュワァァァァァァァ!」
ガーくんもまた咆哮し、加速をつけて飛び上がる。
―――それが開戦の合図となった。
* * *
ここまで連れてこられた時も思ったが、あの10メートルを超す巨体で何故あれだけ上手く空を飛べるのか。
基本的にデカイ=重いということであり、重いということはそれだけ飛ぶことは難しい。
にも拘らずあの巨体でまるで泳ぐように空を飛ぶその秘密は……。
「ガーくん! 避けなさい!」
“エアロバースト”*1
“ダイブクロウ”*2
上空からの襲撃に叫べば、ガーくんが間一髪で攻撃を避ける。
反撃とばかりにガーくんも攻撃技を出そうとするが。
“ヨイヤミガラス”*3
『よる』*4の闇の中に溶けるように消えて行き、すぐに見えなくなる。
先ほどからこの調子で防戦一方を強いられていた。
見ている限りではアーマーガアの能力は主に二つ。
攻撃の際に『自分の背に集めた風を爆発させて勢いをつける』能力。
凄まじい加速で瞬く間に距離を詰めてしまう。恐らく昼間など見上げた瞬間には消えて行ってしまっているのはこの能力で加速して一瞬で距離を突き放してしまうせいなのだろう。
そしてもう一つが夜の闇の中に完全に同化し、音も無く飛んで移動する飛行技術。
まるでジュナイパーのように風を切る音がしない。そのせいで一旦見失うとどこから来るのか攻撃の直前まで気づけない。
攻撃の直前、風を爆発させる故にその音で気づいて指示は出せるが、それが無ければ攻撃された瞬間まで気づかない可能性すらあった……あの巨体で、だ。
というか薄々気づいていたが、あのアーマーガアはこちらにわざと気づかせている。
あの風の爆発でわざとガーくんに避けさせているのだ。
一体何をやりたいのか……多分ガーくんを育てようとしている、それは分かるのだが。
けれどこれはこちらにとっても都合の良いことでもある。
果たして将来的にガーくんがあんな風になるのかは分からないが、あれはガーくんにとって至るだろう未来の可能性の一つだ。
自分の上位互換と戦うことはガーくんにとって良い刺激になるだろうことは間違いなく。
だからこそ。
「勝つわよ、ガーくん!」
「
私の声に応えるかのようにガーくんが叫びをあげる。
戦うこと自体がガーくんにとって大きな経験になる。
けれどはっきり言うが私は負けるのとか大嫌いだ。
やるなら勝つ!
そのために私は今ここに立っているのだから。
さて、そのための具体案だ。
究極的にいって今問題なのは二つ。
一つは相手に『せいくうけん』を取られていること。
一つはこの闇で視界が非常に悪いこと。
その対処法は……ある。
この二つを一気にどうにかする方法が。
なんて言ったって、私にできることはいつだって同じ。
「さあ、反撃といくわよ、ガーくん!」
「キュァァァァ!」
叫び、心の中で撃鉄を落とす。
“ぼうふうけん”
―――そうして荒れ狂う嵐が夜の闇に渦巻いた。
【名前】ヨイヤミガラス
【種族】アーマーガア/原種/特異個体
【レベル】100
【タイプ】ひこう/はがね
【性格】ずぶとい
【特性】せいくうけん(『ひこう』タイプの技のダメージや効果を受けず、相手に最大HPの1/8ダメージを与える。相手の特性が『せいくうけん』の時、効果が無くなる。)
【持ち物】――――
【技】よろいのつばさ/ダイブクロウ/????/????
【裏特性】『????』
――――
【技能】『エアロバースト』
特性が『せいくうけん』の時、相手を直接攻撃する技の優先度を+1する。
【能力】『ヨイヤミガラス』
場の状態が『よる』の時、『単体』を対象とする技を受けない。
場の状態『よる』の効果で命中が低下しない。
【備考】
ガーくんの産みの親。
よろいのつばさ 『はがね』『単体接触物理技』
効果:威力110 命中100 攻撃時、自分の『ぼうぎょ』ランクを上げる。
ダイブクロウ 『ひこう』『単体接触物理技』
効果:威力100 命中95 急所にあたりやすい(C+1)。