「お待たせしました~」
2月最後の水曜日、午前9時。
シュートシティスタジアムの選手控室の扉を開けば多くのトレーナーたちが集まっていた。
最後に入ってきたのだろうユウリに一同の視線が集まると、その全員を代表するかのように一人、前に出てきて。
「ユウリ、時間ギリギリよ」
「あ、マリィ! ごめんごめん、ちょっと寝過ごしちゃって」
「相変わらず朝起きるの遅かと」
話かけてきたのは去年のジムチャレンジで同期だった少女、マリィだった。
現在は先代『あく』タイプジムのジムリーダーだった兄ネズさんの跡を継いで今代の『あく』タイプジムのジムリーダーとして活躍している。
若手ジムリーダーではあるが、一年目にして見事メジャージムの座を獲得したその実力は確かだった。
「いち、にー、さんの……うわ、ホントだ。みんないるね!」
「当たり前たい! チャンピオンと戦うチャンス逃すトレーナーなんておらんと」
「だってスタジアム調整でいきなり二週間もズレたし、半分くらいは無理かなーって思ってたよ」
そう、本来ならば2月の第二週に行われるはずだったチャンピオンカップのはずが、三日前になってスタジアムの一部設備の破損が発見され、その交換のために大会の開催が突如二週間もズレてしまっていた。
まあそのお陰で今日はソラちゃんが応援に来てくれるんだけどね!
最初にバトルした時に誘っては見たものの、第二週だと案外ワイルドエリアに赴いたまま大会のことなんてすっかり忘れてしまっていた可能性があったのでユウリとしては僥倖と言えた。
「ふふ……頑張らないと」
親友が見ているのだ。情けない姿は見せられない、絶対にだ。
* * *
今代のチャンピオンユウリは昨年のジムチャレンジで並み居るチャレンジャーたち倒し、その日のために牙を研ぎ続けてきたジムリーダーたちを打ち払い、ついには無敵とさえ言われた歴代でも最強のチャンピオンダンデを破ってチャンピオン位へと就いた。
驚くことにジムチャレンジに参加したのは正規トレーナー資格の取得とほとんど入れ替わり。
つまりつい一月ほど前までアマチュアだった少女がジムチャレンジに参戦し、半年にも満たないジムチャレンジ期間中に急成長しついにはチャンピオンを討ち果たしたということだ。
それはかつて十歳の時にジムチャレンジに参加し、そのままチャンピオンへと至った先代チャンピオンダンデを彷彿とさせるような光景であり、そのダンデを打ち倒した以上はユウリこそがこのガラルにおいて最強のトレーナーである……とは言えないのがポケモンバトルの難しいところだった。
確かにチャンピオンユウリは強い。
あの無敵のチャンピオンを倒し、その座を奪ったのだからそれを否定するトレーナーは誰一人として存在しないだろう。
だがダンデと比べてどちらが優秀かと言われると……ダンデと答えるトレーナーは多いのではないだろうか。
そもそも現代のポケモンバトルには『
かつてのトレーナーのように自分の持ちうる力の全てを振り絞って戦い尽くすのではない。
ただ強ければ、勝てるのならばどんな能力を持たせるのもトレーナーの腕次第などということは無い。
本当に無敵のパーティなんてものがあるならばそれはレギュレーション違反だ。
現代のポケモンバトルは『誰が相手でも勝ち目が存在する』し『誰が相手でも負ける可能性は捨てきれない』。
一番分かりやすいのはレベルだろう。
パーティ合計700。一体あたり最大120。
これが現在の共通レギュレーションだ。
これが無い場合、ユウリの手持ちの伝説と称されるポケモンたちはレベル200を超える。
それが3体……これでまともなバトルになるか、と言われればならない。
というかそんなもの同じ伝説のポケモンを連れてこなければ勝負にならない。
これは極端な例だが、トップトレーナーたちというのは一種飛び抜けた力と才覚を持つが、それを十全に発揮させれば勝負が余りにも一方的になる。
絶対に負けない勝負など勝負ではない、ただの勝利だ。
勝ちも負けもあって、初めて勝負と呼ぶのだ。
故に全てのリーグトレーナーはルールとは別のところでレギュレーションによって制限をかけられている。
だからこそ運一つで本来の実力より下の相手に負けることもあれば、本来の実力よりも上の相手に勝てることもあるのが今のリーグにおけるポケモンバトルだ。
そんな環境で10年無敗を貫いてきたダンデというのはだからこそ根強い人気と絶対視があった。
逆にユウリはそんなダンデに勝ったものの、その若さから安定性に欠けるのではないか、と言われている。
例え伝説のポケモンを使用していようと、レギューレションによって制限をつけられている以上、敗北の可能性は常に存在する。
極端なことを言えば9月に行われるチャンピオンカップの最終戦、ファイナルトーナメントを勝ち抜いたトレーナーとチャンピオンとのバトル、ここで負けなければ他でいくら負けてもチャンピオン位は変動しない。
実際、歴代チャンピオンの中でも大会で負けることなど何度もあったことだ。
ただこれは10年間、無敗を貫いたダンデというチャンピオンの存在が、チャンピオン位の価値を大きく上げてしまった弊害とも言える。
今のガラルにおいてチャンピオンに求められるのは『不敗』『無敗』『最強』『無敵』そんなものなのだ。
故に現チャンピオンユウリは難しい立場にあると言える。
先代チャンピオンダンデが貫いてきたチャンピオンというブランドを守ることができるか否か。
この最初の一年がユウリにとって最も重要な一年となることは明白であった。
* * *
チャンピオンユウリはまだ年若いトレーナーだ。
トレーナーになってまだ一年ほどなのだからそう言われるのもさもありなんといったところ。
故にまだまだその認知度は低い。
あの無敵のチャンピオンを破ってチャンピオン位になった、という事実は知られていてもどんなトレーナーなのか、どんなパーティなのか、どんなバトルスタイルなのかというのは熱心なリーグファンくらいにしか知られていないだろう。
それでも知られていることをあえて述べるのならば二つ。
一つ、チャンピオンユウリは『伝説のポケモン』を使うということ。
そして二つ。
テンションの上がりきったチャンピオンは誰にも止められない、ということだ。
『強い、強いぞチャンピオン! 今大会三度目の6タテだぁぁぁ!』
『今日のチャンピオンは凄まじくノリが良いですね。絶好調ということでしょうか。そのチャンピオンのテンションがそのまま先頭のポケモンに伝わっているせいか、暴れに暴れ回っていますね。この勢いはちょっと止められませんよ』
『凄まじいとしか言えません、今大会に参加しているのはガラルのトップトレーナーたちばかりですが、こんなことあり得るのですか』
『若さというのが安定性の無さを指すならその短所が良いほうに降り切れた結果、ということですかね。いや、しかし今日のチャンピオン本当に強いですよ。残すところは二戦ですがこのまま全勝してしまいそうです』
『さあチャンピオン、このままの勢いで突き抜けることができるか、期待していきましょう』
―――馬鹿じゃないの。
と言いたくなるのをぐっと堪える。
あまりにも的外れなことばかり言っている解説だが、観客席からそれを言ったって仕方ないのことだ。
5戦5勝。
その内3回は先頭1体での6体全抜き。
残り2回も2体目で。
確かに今日のユウリのバトルはちょっと神懸っていると言っても良い。
他のリーグトレーナーたちの実力は低くない。無いがユウリが強すぎる。
だがそれは偶然などではない。
本人の気分一つで結果がコロコロ変わる程度の差ではない。
観客席から客観的に見ていたから分かる。
ユウリの一番の長所は恐らく『対応力』だ。
相手に合わせた柔軟な対応、それこそがユウリの最大の強み。
ポケモンバトルにおいて必須の能力が三つある。
一つは『指示』する能力。
一つは『育成』する能力。
一つは『統率』する能力。
これにさらにバトル中の『技術』を含めれば四種。
ユウリのバトルスタイルはこの四種に起因している。
相手より『指示』が上回るなら先出しの指示が出せる。
相手のほうが『指示』が上回るなら味方のポケモンに『身構え』させる。
相手より『育成』能力が高いならば相手の弱みを即座に見つけだし。
相手のほうが『育成』能力が高いなら徹底的に『隙』を減らす。
相手より『統率』する力が高いならば味方全体を『鼓舞』し。
相手のほうが『統率』する力が高いなら致命の一瞬に『激励』する。
相手より『技術』があるならば相手を倒した一瞬に『交代』し。
相手のほうが『技術』があるなら交代する相手の一瞬を『待ち伏せ』る。
相手の弱みに対しては積極的に攻勢に出るが、相手の強みに対してはひたすらに守勢に回る。
基本と言えば基本だが、それをここまで突き詰めているのは何ともユウリらしい。
一つ一つの『有利』を押し広げ、『不利』を押しとどめる。
それをここまで徹底しているトレーナー、というのも少ないだろう。
強みが発揮しきれないし、弱みを隠しきれない。
それは相手からすれば厄介極まり無い話だ。
とはいえ積み重ねているのは『小利』だ。試合の趨勢を決めるほどのものではない。
はっきり言えば、多少尖らせるだけで一気に強くなるだろうやり方だが、恐らく尖らせればその分だけ相性の面が強くなることを恐れているのだろう。
徹底的な凡庸性。
ユウリがこのスタイルを貫いているのはそれが欲しかったからだろうし、それが貫けるのは『手持ち』が極めて凡庸ではないからだろう。
伝説と称されるポケモン。
その圧倒的な力があるからこその選択。
どんな相手とバトルしようと、『小利』を積み重ね、大きな有利は取れなくとも、大きく不利にはならない。大きく不利にならなければ後はポケモンたちのポテンシャルがその差を埋めてくれる。
そう考えれば中々に強気な選択であるとも言える。
そしてそれはどんな相手だろうと一定以上の不利にならない立ち回りでもある。
ユウリを指して安定性が無い、などというやつは間違いなく何も分かっていない。
爆発力こそ無いが、ユウリのパーティは安定性が極めて高い。勝つには全てにおいてユウリを上回る万能性を持つか、汎用性で補いきれないほどの尖りきった一点突破能力を持つかの二択しかない。
例えばトッププロでも年間を通しての勝率は大よそ6~70%。
つまり10試合すれば3,4回は負けるのが普通だ。
ガラル地方で言うならばメジャージムのジムリーダーの勝率の平均が72%ほど。
あの最強のジムリーダーと呼ばれるキバナですら勝率は86%。つまり10試合に1~2回は負けているのだが、この数値ですら飛び抜けた戦績と言われる。
年間勝率100%なんてあり得ない数字を10年も続けてきたダンデという怪物の存在のせいでそれ以外が霞むが、他地方のチャンピオン勢だって勝率は90%あるかないか、と言ったところだ。
つまり現代のバトルにおいて、敗北とはほぼ常に付きまとう可能性なのだ。
相性一つ、運一つで浮かび上がる敗北の可能性、それをどこまで抑えることができるのか、それがプロトレーナーとしての一つ腕の見せ所。
つまりそれを突き詰めたのが、チャンピオンユウリのパーティだった。
* * *
『いっくよ~! ザシアン!』
“きょじゅうざん”
振り抜かれた一撃に、天を突かんばかりの巨体が崩れ落ち、その足元が爆発すると同時に全身が縮んでいく。
ダイマックスポケモン同士がぶつかり合うのが現代のガラル地方のポケモンバトルらしいのだが、ユウリだけそんなもの知ったことかと言わんばかりにばったばったとダイマックスポケモンたちを斬り伏せている。
他のトレーナーの試合も見たかぎりだが、ダイマックス状態のポケモンは耐久力が飛躍的に伸びているようなのだが、そんなものお構いなしに斬り伏せるあのザシアンというポケモンはその耐久力を無視できる何かがあるらしい。
恐らく『ダイマックス』状態のポケモンに対して技の威力が上がるだとか、ダメージが上がるだとかそういう能力かそれとも技かを持っているのだろうと予測できる。
ただこれに関してはユウリが例外的過ぎるだけで、他の大半のトレーナーはダイマックスポケモンにはダイマックスポケモンをぶつけ、その結果が勝敗を大きく左右していた。
手持ちに余裕があれば非ダイマックスポケモンで手数やリードを稼いでからダイマックスへ繋げることもあるようだったが、ダイマックスポケモンというのはかなり強いようでダイマックス状態でない相手ならば2体や3体簡単に倒してしまう。
「確かにこれは大きいわね」
ダイマックスが使えることは、ガラルのトッププロたちにとって当然の話なのだろう。
ただダイマックスを使うにはダイマックスバンドというものが必要になるのだが、それは簡単に手に入る物ではないらしい。
だがこのガラルで勝ち抜くためにはあの力は必要だろう。
こうして試合を見ていると余計にそう思う。
「さて、どうしたものかしらね」
湧き上がる声援を一身に受けながらスタジアムを去るユウリの背を見やりながら、困ったように呟いた。
【技能】『ユウリをえる』
『指示』が相手より高い時、味方の技の優先度を+1する。相手を攻撃した時にテンション値(個別)を+1する。
『指示』が相手より低い時、相手から受けるダメージを0.9倍にする。相手から攻撃技を受けた時にテンション値(個別)を+1する。
『育成』が相手より高い時、味方の攻撃のダメージを最大にする(乱数ダメージを最大値で固定する)。相手を倒した時にテンション値(個別、全体)を+1する。
『育成』が相手より低い時、味方が受ける攻撃のダメージを最低にする(乱数ダメージを最低値で固定する)。場に出た時にテンション値(個別)を+2する。
『統率』が相手より高い時、味方の全能力を1.1倍にし、テンション値が下がらなくなる。
『統率』が相手より低い時、味方が『ひんし』になるダメージを受けた時に10%の確率でHPを1残す。テンション値の上昇値を2倍にする。
『技能』が相手より高い時、相手を『ひんし』にした時に味方が交代することができる。味方と交代して場に出た時にテンション値(個別)を+1する。
『技能』が相手より低い時、味方と交代して出てきた相手に与えるダメージを1.5倍する。相手が場に出た時にテンション値(個別)を+1する。
何がとは言わないけど、どっかのチャンピオンのスキルの一つ。
一つ一つは小さいけど、全8種の効果の内4種が同時に発動する上に、発動タイミングが多いので手数は圧倒的に多い。
そして一つ一つの利は小さいけど、試合中の発動回数を考えると割と馬鹿にならないというか洒落にならない。
ユウリちゃん本人のコンセプトは『利の積み重ね』。