「悔しい~! 負けたああ!」
ベッドの上でゴロゴロと転がりながらうめき声を上げる。
思い返すのは今日のバトルのこと。
負けた、完璧に負けた。
3対3シングルだから……というのは言い訳だ。
―――別に負けても良いと思っていた。
だからこそ負けた。
バトルが好きなポケモンたちの適度な息抜きになれば良いと思った。
積み上げてきた育成訓練の調整にちょうど良いと思った。
言い訳ならいくらでも出てくる。
でもだからこそ。
その言い訳こそが私の敗因なのだ。
「あ~もう! こんな消化不良になるなら全力で叩き潰すんだったわ」
「あはは。荒れてるねソラちゃん……ゴロゴロしてるソラちゃん、可愛いなあ」
自分のベッドの上でじたばたしながら唸る私を見ながらユウリが苦笑する。
ふと私を見る目が怖いような気がするが、多分気のせいだろう。
「負けた……のは最悪良いのよ、どうせ100戦100勝なんて無理なんだし」
「それはまあそうだよね。私も比較的安定して勝てるほうだとは思うけど、どうしても運の要素は入っちゃうよ」
「でも今回のはそれ以前の問題! 勝つことを二の次にしてた……だから負けたのよ」
「けどそれも間違いじゃないよね?」
ユウリの問いに、沈黙で返す。
そう、それも間違いではない。露出した情報は必ずどこかで漏れる。
そこらを歩いている一般人ですらスマホ片手に世界へ情報を発信できる時代なのだ。
露出すれば情報は必ず広がる、どれだけ抑え込もうとしても必ず、だ。
リシウム自身、それを理解しているからこそ3対3のバトルを挑んだのだ。
もし仮に6対6のバトルを挑まれたら私は断っていただろうから。
「でも下手したら負け癖が付いていたかもしれない。反省だわ……」
とは言え負けるにしても負け方、というものがある。
どうせ負けるにしても次に繋がるような負けが必要だ。
余り無様に負け続けるようならば、プテラ、サンダー、ファイヤー、フリーザーあたりはトレーナーを見限ってもおかしくない。
あれらが私に従うのは私が強者だからだ。
野生の中で戦い、打ちのめし、ゲットしたからこそ私を認め、従っているのだ。
故にトレーナーである私が弱い、と思われると途端に指示に従わなかったり、最悪逃げ出して野生へと戻る可能性だってある。
まあさすがに一度や二度の敗北でそんなことにはならないだろうが。
「甘えてたかしら」
例えばこれが10年も昔、まだリーグごとに規定が違い、統一リーグの無かった時代ならば100戦100勝だってあり得ただろう。
だが現代における統一リーグは必ずレギュレーション規定でパーティに『隙』を残す。穴を埋めて絶対に勝てる、なんていうパーティは作らせてもらえない。
さらに言うならば10年前と違い、育成論が進み、ポケモンの能力がより具体的に数字で見ることができるようになっている現代ではトレーナーごとの『資質』の差は確実に埋まっている。
過去天才と呼ばれたトレーナーたちが感覚で行っていたような所業は、時の流れの中で少しずつ汎用性のある技術へと落とし込まれて行っているのだ。
それ故に現代におけるトレーナーごとの格差というのは幾分か埋まっている。
まあそれとて同じ条件でならば、という但し書きがつくのだが。
才覚の差が埋まってしまえば、次は環境の差が広がった。
同じ才覚のトレーナー同士ならば次にものを言うのはどれだけ金をかけた環境でポケモンを育てることができるか、ポケモンバトルに集中できる環境か、そういう部分でトレーナー同士に差異がつき出した。
だから次は環境を揃えることに専念した。
バトルを専業とし、スポンサーに金銭的支援を受けながらバトルのためだけに生きる『プロトレーナー』*1が生まれた。
故に一定以上の力を持ったトレーナーというのは大多数がスポンサーを持ち、育成環境を整えたプロトレーナーだ。
そうして才能の差が埋まり、環境の差が埋められていくと、次に来るのが情報の差。
日進月歩で増え続けるポケモンについての情報を常に集め続け、自らのバトルの糧とし続けることが求め続けられた。
情報の利というのは非常に大きく、たった一手でも相手の知らない情報を叩きつけることができればそれは勝利を大きく引き寄せる。
現代のポケモンバトルとはつまり相手の情報を集め、対策し、自らの情報を隠し、奇襲することに他ならないのだから。
知られれば対策される、プロならば当然の思考だ。
寧ろ相手の手が分かっていて対策しないなどというのは手ぬるいだけだ。
故にプロのトレーナーならば常に最新の情報を追い求めている。
そうして情報の差すらも埋まったら。
最後に来るのは精神……つまりメンタルだ。
* * *
トレーナーでない人間がぱっと見ている分には分からないかもしれないし、実際これを勘違いしている人は多いのだが、ポケモンバトルにおいて、トレーナーの占める役割は非常に大きい。
バトルにおいて戦っているのはポケモン同士だ、確かにそれはそうだ。
傷つくのもポケモンであり、トレーナーはそれを外から指示しているだけ、と言われれば確かに否定はできない。
だからと言ってトレーナーという役割が簡単なものかと言われれば決して違う。
寧ろただ戦うだけのポケモンよりもトレーナーのほうが精神的負担は大きい。
勿論肉体的には実際に戦うポケモンのほうが負担は大きい。
だがそれをトレーナーがそれを外から眺めているだけだと思っているのならば大きな間違いだ。
トレーナーはポケモンの目であり、耳であり、声であり、脳である。
一歩引いた位置からフィールド全体を見渡しながら、常に味方と敵の位置を把握し、互いの状態を把握し、余力を考慮し、指示を出す。
当然ながら敵も味方も立ち止まっているはずがない、そんなのは良い的だ。
故に状況は、戦況は絶えず変化する、変化する戦況から一瞬たりとも目を逸らすこと無く、状況の変化を認識し、戦況を考察し、次の指示を出していく。
これをどちらかのポケモンが6体倒れるまで延々と繰り返すのだ。
当然ながらボードゲームのように手番も待ったも無い、思考が停滞すれば行動が止まる、当然相手は待ってくれない。
矢継ぎ早に出す指示によって戦況がどのように変化するか、そして変化した戦況にさらに相手の思惑が絡み時を重ねるごとに複雑化していく戦局を読み切り、決定的な手を打てるか、または相手の思惑を読み切り、決定打を防げるか。
そうして絶えず思考を回し続ける。
ポケモンバトルにおいて戦っているのはポケモンだけではない。
ともすれば余波や流れ弾に当たるやもしれない危険性を承知でその危険地帯で立ち止まり指示をするトレーナーもまた共に戦っているのだ。
バトルフィールドが広大に作られているのは何のためか。トレーナーの立ち位置、トレーナーゾーンのスペースが大きく取られているのは何のためか。
ポケモンバトルとはつまり、トレーナーもポケモンも共に命を賭けて戦っている。
否、肉体の脆弱性を考えればトレーナーのほうがよりその危険は大きいと言える。
現代におけるフルパーティ*2でのシングルバトルの平均的試合時間は十五分に満たない。
これはトレーナーがまともに思考能力を保てる上限の時間とも言える。
逆に言えばこれくらいは思考をフル回転させることができない人間は現代ではプロトレーナーにはなれないという敷居でもある。
このたった十五分という時間、常に命の危機を感じながら思考を回し続けるという作業がどれだけトレーナーの骨身を削るのか、トレーナーでない人間には想像もつかないのだ。
故にトレーナーならば誰だって知っている。
プロトレーナーの最も根源的な資質。
それは精神力だ。
引き締められた鋼のような精神力、それこそがバトルにおいて勝敗を決める最後の一押しになるのだから。
故に、負けても良い、なんてとんでも無い甘えた思考で勝てるはずも無い。
―――いつからか思考が甘えていた。
別にそれ自体は悪いことではない。
365日常時気を張ってピりピりしているようなトレーナーなんて滅多にいないし、いてもだいたい数年で潰れてしまう。
力の入れどころ、抜きどころを上手く調整し、モチベーションとコンディションを保つというのはプロとして当然のことだ。
ただその甘えが、バトルの時にまで出てしまっているのは問題と言える。
意識の切り替えがしっかりとできていない、つまり理性が緩んでいるということでもあり、それはプロとしてのメンタルに問題があるということでもある。
「メンタル作りとか本当に基礎の基礎じゃない……弛んでたかしら」
あと一ヵ月とちょっとでジムチャレンジが始まる。
それに参加するまでは今日のバトルでの経験を活かしながら育成と8月からの本番に向けての対策をしようと思っていたのだが、さらに平行してメンタルトレーニングも必要なようだ。
「ああ……ちょうど良いのがあるじゃない」
ふと思い出したのは先日交わした友人とのバトルの約束だった。
* * *
明けて翌日。
「ポロックじゃない……こっちで見るのは珍しいわね」
「あ、ホントだ! ホウエンならともかくガラルだと輸入雑貨系のお店くらいしか無いからね~」
「お土産に買って行こうかしらね」
「あ、ソラちゃん! こっちにはポフィンもあるよ」
「……なんで真空パックに詰められてるの」
「『宇宙食用ポフィン』だって! 宇宙に行っても食べられるよ!」
「私宇宙に行く予定無いから遠慮しとくわ」
ガラル地方最大の街シュートシティはとにかく広い。
朝からユウリと二人でぶらぶらと歩いているが、それでも回れたのはその広大な街並みの一角に過ぎないほどだ。
とは言えそれでも良いのだ、こうして何気なく親友とお店を見て回るだけでも十分に楽しいのだから。
メンタルトレーニングが必要だ、とか言った翌日ではあるが、それはそれ、これはこれだ。
3対3とは言え、ポケモンバトルはトレーナーにもポケモンにもそれなりに負担なのだ。故に肉体的にも精神的にも休息というのは必要であり、だからこそバトルの翌日などはゆっくりと休むことも大切なのだ。
手持ちのポケモンたちも今日は『ひこう』タイプジムに預けてきている。訓練スペースとは別に、家で大型のポケモンを置いておけないトレーナーたちのための預かりスペースだってジムにはある。手持ち全員そちらで今頃文字通り羽を伸ばしている頃だろう。
「うーん、朝からずっと歩きっぱなしだしお腹空いてきたな~。ソラちゃん、何か食べない?」
「ん、良いわよ。この辺で何か良い店とかある?」
「あるよ~! 早速案内するね!」
そうしてユウリの案内で少し歩いた先にあったのは。
「なんか見覚えあるわね」
「そだね~前も来たし」
ガラルに来て初日にユウリと一緒に入ったカレーハウスだった。
「しっかしガラルってカレー好きよね」
「何年か前から大ブームらしいね!」
ガラルで過ごしていて実感するが、ガラル地方の人たちは本当にカレー好きだ。
ブラッシータウンのような比較的小さい街でもカレーハウスが二つ三つはあるし、あっちこっちの駅の食堂でもカレーハウスが当たり前のように存在し、商店に食料品の買い物に行けばカレーやカレーの具材、トッピング用のあれこれと、コーナーができるくらいに一角がカレーに染まっている。
「ここ偶に来るんだけど、その度に新メニューにチャレンジしてるんだよね」
「私は前のと同じので良いわ……あれ結構美味しかったし」
なんて話ながら店員に注文を済ませる。
そうして空いた待ち時間、ユウリを他愛無い話を交わして。
「あ、そうだユウリ、今の内に言っておかないといけないことあるんだけど」
「どしたの?」
ふと、昨日から考えていたことを話しておこうとユウリへと呼び掛けて。
「近い内に私、引っ越すことにしたから」
告げた言葉にユウリが一瞬、ぽかん、と呆け。
「……え?」
ぽつり、と硬直した口からたった一言が漏れた。
一回最後1000字くらいデータ飛んでしまったの辛い……書き直したけど。