「あのさ、ソラにちっと提案あんだけど」
一日ほど時を戻し、リシウムとのバトルの後。
『ひこう』タイプジムの事務所に置かれたソファーに寄りかかりながらリシウムの淹れてくれた紅茶に口をつける。
「ソラ、確か今年のジムチャレンジ出んだよね?」
「そのつもりよ」
「ん、じゃあさ、ジムチャレンジ終わったら、うちのジム、継がない?」
「……は?」
事も無げにあっさりと告げたリシウムの言葉に、一瞬理解が追いつかなかったが、その意味を理解すると素っ頓狂な声をあげてしまう。
「いや、いやいや、どういうことよ?!」
ガラルのジムリーダー制度が他地方より特殊であることは理解しているが、だからと言って出会って一月も経たない自分に頼むようなことではないというのは分かる。
だがリシウムの目は真剣であり、冗談を言っている風ではない。
「……説明しなさい、まずは」
茶化されているわけでもない、とソファーに深く座ってリシウムを見つめ返す。
こちらが聞く態勢を取ったのを見てかリシウムが一つ頷いて口を開く。
「ぶっちゃけあーしのスタイル、このガラルだといまいちなんよ」
「ん?」
「ガラル地方のバトルの主流は居座り。つまり交代を極力使わないわけ、んなもんで交代際を叩くあーしのスタイルはこのガラルだといまいち使い勝手が悪いわけよ」
告げられる言葉に、それは理解できると頷いた。大会なども見たが、このガラル地方においてポケモンの交代というのはほとんど行われないらしい。
正確に言えば、サイクル戦自体がどうしても試合が冗長になりやすく、傍から見ていて面白みが薄いため忌避されているというべきか。
リシウムのスタイルは何となく分かる。
交代強要と相手の交代際を叩くやり方。
あのネギガナイトなど分かりやすいだろう……基本的にそれぞれのポケモンが特定の相手に『特化』しているのだ。
だから型にはめた相手にはひたすら強い、がそれ以外に対して弱い。
だから交代したくなる、交代すれば簡単に倒せると思う……その一瞬を逃さず叩く。
そういうスタイルは基本的にサイクル戦主体のトレーナー相手にはかなり刺さるだろう。
だがサイクル戦を拒否するこのガラル地方では折角の技術も持ち腐れてしまっている感は否めない。
「それに、あーしはあんま才能無かったしね」
自嘲気味に現『ひこう』タイプジムのジムリーダーは呟いた。
このガラルでも間違いなくトップの側にいるはずの少女は、けれどとても弱々しい表情をしていた。
「先代から受け継いだジムリーダーって地位も、あーしにはいい加減重くなってたし、それにね、気づいてたんよ」
何を?
その問いを視線で促すと、リシウムが嘆息し。
「あーしじゃメジャーは狙えないってこと」
深く深く、悔悟するようにそう吐き捨てた。
* * *
才能、才覚、天性、天賦。
言い方は何だっていい。
つまるところポケモントレーナーとして
それがリシウムには足りていないことに気づいたのは自分の妹と出会ってからだった。
リシウムに無くて、妹にあるもの。
リシウムに無くて、そして目の前の少女……ソラにあるもの。
リシウムに無くて……けれど他のジムリーダーたちにはあるもの。
非才を嘆くような歳でも無いが、だからと言ってあっさり割り切れるようなことかと言われればそんなことは決してない。だからと言って目を逸らしたところで何が変わるというのか。
―――リシウムにポケモンバトルの才能は無い。
けれどそれが辛いのかと言われれば……どうなのだろう?
正直に言えば、リシウムはそれほどプロトレーナーという職種に執着しているわけではない。
トレーナーとなったのは手段であり、目的ではないのだ。
ポケモンバトルは楽しい、だがそれを一生の仕事としていけるのかと言われれば首を傾げざるをえない。
故にポケモンバトルの才能が無いことが辛いのか、と言われれば正直リシウム自身良く分からないと言わざるをえないのだ。
そもそもリシウムがトレーナーになったこと自体がある種の偶然であり、ある種の必然でもある。
だがリシウムがジムリーダーになったことはリシウム自身の努力の結果であり、先代ジムリーダーからの好意と期待でもあった。
リシウムが今ジムリーダーをやっているのはつまるところ、先代からの意思を引き継いだから、というのが大きい。
先代ジムリーダーの意思……この『ひこう』タイプジムをメジャージムに昇格すること。
それは全てのマイナージムに共通する目標であると言える。
だが戦う程に自分の才能の無さが露呈していく。
リシウムの年間の戦績など下から数えたほうが早いくらいだ。
この体たらくでメジャー昇格などとてもではないが狙うことはできない。
ただでさえ来年からは妹という強力過ぎるライバルが参入してくるのだ、正直なところリシウムのメジャー昇格は絶望的というのは自分でも分かっていた。
だったら誰か別のトレーナーに……勝つことができるトレーナーにジムリーダーの座を譲ること。
リシウムに出来るのはもうそれくらいだろう、と思った。
だがジムリーダーというのは生半可な実力でなれるものではない。少なくともリシウム以下の実力しかない今のジムトレーナーたちには不可能だろう。
だからソラというトレーナーはリシウムの理想を描いたような少女だった。
見た目にも派手な異能、強力なポケモンたち、そして強いトレーナー。
『ひこう』タイプを専門として扱いながらこれらの条件を満たすトレーナーがどれだけいるだろうか。
ソラなら勝てる、例えこの混沌としたガラルのトップ争いの中にあって、頭角を現し、『ひこう』タイプジムをメジャージムに昇格させることができる。
何よりも、リシウムにとってトレーナー、ジムリーダーというのは目的ではない。
極論言ってリシウムは明日からプロトレーナーを止めても別に構わないとすら思っている。
リシウムに目的は別にあって、そのためにジムリーダーという地位を必要としたりもしたが、その目的も半ば叶ってしまっている以上、もうこれ以上才能の無い人間がジムリーダーの地位にしがみついているのも申し訳ないとすら思っている。
故に。
故に……。
* * *
例えばの話。
リシウムの話を受けて『ひこう』タイプジムのジムリーダーになったなら。
今現在間借りしているジム施設を大々的に使うことができる。
父さんから借りた資金で細々とやっているトレーナー業もガラル地方のリーグ委員会がスポンサーとなって使える額も大幅に上がるだろう。
リーグ委員会がスポンサーにつくというのは凄い話で、その恩恵は計り知れない。
だから、答えは決まっているのだ。
詳しく、と話を促してはいたが、答えは最初から決まっていた。
そう。
こんな良い話、最初に聞いた時から。
「お断りよ」
―――死ぬほど腹立たしかった。
だってそうだろう。
ジムチャレンジが終わったらジムリーダーの座を譲らないか、なんて。
つまりその提案自体が舐められているのだ。
どうせチャンピオンには……ユウリには勝てないだろう、と思われているのだ。
私の実力を知らない他のやつらが言ったならともかく、直接戦ったはずのリシウムに言われるのは我慢ならない。
つまりやつは……リシウムは、ユウリの実力と私の実力を比べて、私のほうが劣ると判断しているに他ならないのだから。
久々にはらわたが煮えくり返るような思いだった。
プロトレーナーというのは総じてプライドが高いが、私は性格的にその中でも一際だという自覚がある。
だからこそ、舐められるという行為が嫌いだ。本気で嫌いだ。
直前のバトルで負けたのもあるだろう、それは私の油断や慢心が原因で、だからこそ余計に腹立たしい。
だから。
「今度アンタの妹ともバトルするから……アンタ、見に来なさい」
告げて、足早にジムを去った。
* * *
数年ぶりに再会した親友の隣は居心地が良かった。
会えなかった分を埋め合わせるように一緒に暮らし、過ごし、笑って、語って。
昔みたいに一緒に居られて嬉しかった。
けれどもう十分だろう。
少なくとも、この夏の終わりまで……たった一つの座を賭けて競う相手なのだから。
ユウリは親友だ。
だから交友だって深めても良い。
けれどユウリはもう私の戦うべき敵なのだ。
だから慣れ合うことはもう止めるべきだ。
引っ越す、という私の一言に嫌だと駄々をこねるユウリに滔々とそんなことを語って聞かせる。
ユウリだってすでに立派なプロトレーナー、チャンピオンなのだ。
私の言う事だって当然分かっているはずで、だからこそ不満そうな表情を隠しもせず、けれどそれを口にすること無く留めた。
そもそもジムチャレンジが始まれば否応なしに旅に出ることになるのだ。
一か月それが早まるだけの話。
「そ~れ~で~も~! でもでも! も~!」
「アンタはミルタンクか。もういい加減離れなさいよ」
「や~だ~! 半年分のソラちゃん分を摂取するの!」
「意味の分からんこと言ってないで、さっさと、離れろぉ!」
昼食を終え、店を出てからもずっと引っ付いて来る親友を引きはがそうと苦心しながら街中を歩く。
とは言えこうやって二人で出かけるのも半年は無いのだと思えば、ソラだって寂しさを感じないわけではないが。
「仕方ないわね……今日一日めいっぱい遊ぶわよ」
「お? おぉ、ソラちゃんがいつになくノリ気だね」
「その代わり、今日が終わったら半年は我慢よ」
「えぇ~」
「それが嫌ならもう帰る?」
「うぅ……ううぅぅぅ」
しばらく悩んでいる様子のユウリだったが、やがてこくり、不承不承と言った様子ではあったが頷いた。
ユウリが頷くのを見ると共にその手をしっかりと掴んで走り出す。
「ほら、行くわよ。もうあと半日しかないんだから」
「うわっ、とと、ちょ、ちょっと待ってソラちゃん、いきなりアクティブ過ぎだよ」
「時間は待ってくれないわよ」
「もう……私だってソラちゃんと行きたいとこいっぱいあるんだからね!」
笑って。
「服ねえ……私のサイズいまいち無いのよね」
「ソラちゃんちっちゃいもんね!」
「うっさい! ほっとけ」
「可愛いから良いと思うよ~!」
「だから一々抱き着くなって!」
遊んで。
「ボールのデコってなにこれ?」
「モンスターボールからポケモンを出した時にエフェクトが付けれるみたいだよ?」
「面白そうね、それにガラルだと結構ウケるんじゃないかしら」
「だよね、見た目に分かりやすいし、ばばーん! って派手に登場できるからプロならみんな欲しがるかも」
「こう……登場時に風が巻き上がるエフェクトとか無いかしら」
「あはは……そういうのは無いみたい」
「そっか……まあ私の場合、自分で作ったほうが早い気がする」
「まあ、それはそう」
それから。
それから。
それから。
* * *
徐々に沈んでいく太陽が、今日という楽しい日の終わりを告げていた。
シュートシティからハロンタウンまでの距離を考えれば、そろそろ帰らなければならない時間だ。
それは分かっている、分っているが、私もユウリもどちらともそろそろ帰ろう、と切り出すことができないまま気づけば互いに黙って夕焼けの街を歩いていた。
半日はしゃいで遊び回って疲れた、というのもあるが、それ以上にこの楽しかった時間が終わってしまうことが何よりも勿体なくて。
それでも刻限は止まることなく。
時計の針は刻一刻と進んでいく。
ふと立ち止まる。
視線を上げて。
「……ん」
「―――あっ」
二人同時に声が漏れた。
視線の先、このシュートシティで最も広大な建築物がそこにあった。
シュートシティスタジアム。
五か月後に、ソラが順調に戦いを勝ち抜けば必ずやって来る場所。
そして。
ソラとユウリが唯一公式バトルが可能な場所。
「必ず」
見上げて、ソラがぽつり、と言葉を零す。
「必ずたどり着くから」
それは自分に向けての言葉だったのか、それとも隣の親友に向けての言葉だったのか。
「うん、待ってるよ。待ってるから」
だから、だから……だから。
「勝つのは私よ、ユウリ」
「負けないよ、ソラちゃん」
それは親友への一時の決別の言葉であり。
同時に
「ソラちゃん」
だからそれは、大好きな親友への、
「これ……あげる」
自らの腕に巻いたそれを外して、差し出す。
「ガラルで戦うっていうのは、こういうことだから」
差し出されたソレに一瞬ソラが躊躇して……けれど手を伸ばし、受け取る。
「これが……」
それはソラ自身ずっと必要性を感じていたもの。
けれど今のソラではそれを手に入れるアテも無かったはずのもの。
「ダイマックスバンド……私のところまで来るんだよね、だったら使いこなさないとね」
不敵に笑みを浮かべ、ユウリが拳を握る。
「去年私が手に入れてから一緒にジムチャレンジ、チャンピオンカップを勝ち抜いた由緒正しいやつだから、きっとご利益あるよ」
「ふふっ……何よそれ、だったらそのご利益にあやかって、そのままチャンピオンまで倒しちゃうわ」
「それは無理じゃないかな?」
「できるわよ」
互いに苦笑して、握り合わせた拳をこつん、とぶつけ合う。
「ユウリ」
「ソラちゃん」
そうして。
「「勝負」」
尚、まだ引っ越し先が決まってないのでソラちゃんはユウリちゃんと二人でアーマーガアタクシーに乗ってユウリちゃん宅に帰る模様。
ここまでカッコつけたのにそんな有様だから実は内心ちょっと気まずかったり。
ユウリちゃんもユウリちゃんでソラちゃんに乗せられたけど、でもやっぱ親友いなくなっちゃうってことであ”あ”あ”あ”とか嘆いて、お母さんに夜中にうるさいって小突かれてる。
と、いうわけでこれで二章終了です。
次回、クコちゃん戦閑話に挟んだら三章ジムチャレンジ編に行こうかなって。