そもそもの話、ポケモンリーグというものが発足した当初、ポケモンバトルという『競技』は決してメジャーなものではなかった。
それはポケモントレーナーという存在が野生のポケモンという自然の脅威に対する防衛戦力としての役割を持っていたからであり、ポケモントレーナーに求められたのはそのトレーナーの持てる全てを詰め込んだ強さだった。
故に昔のリーグというのは強いトレーナーはただひたすらに強く、強いトレーナーと弱いトレーナーでは100回戦えば100回の勝者と100回の敗者が生まれる。
ある程度の実力の拮抗があれば運が介在する要素もあったかもしれないが、飛び抜けたトレーナーが圧倒的な力でリーグを席巻し、チャンピオンとなるのが常だった。
だが時代が移ろい人類の発展と共に野生の脅威に対してある程度以上の抑止が生まれ、ポケモンバトルは純粋な闘争の場から公平性のある競技の場へと移行し、それに伴って一人一人のトレーナーに対して上限が設けられた。
分かりやすく言えばパーティに対してレギュレーションが発生するようになった。
これによってトレーナーごとの資質の差が確実に縮まり、強いトレーナーと弱いトレーナーの差異は『運』一つでひっくり返る可能性のある程度となったのだ。
ポケモントレーナーにとって最も重要な役割の一つ『育成』に天井が生まれたことによって、トレーナーが勝利するためにはそれ以外の能力が必要となった。
それが『情報』だ。
昔の『ポケモンリーグ』というのは基本的に年一回リーグ大会以外で『ポケモンリーグ』が主催する大会というのは余り無かったし、何よりプロとアマの境目が曖昧だった。
故にぽっと出のアマチュアトレーナーがリーグを制覇し、そのままチャンピオンになる、なんてことも時にはあった。
それが今となってはプロのライセンスが発行され、ライセンスの有無によってプロトレーナーとアマトレーナーの区別がはっきりとつけられた。
その上でプロトレーナーはその全員が地方リーグに登録を義務づけられた。
これによってプロトレーナーが戦う相手は同じプロトレーナーに限定されたのだ。
そしてプロとして活躍すればするほど自分のパーティや戦術といった情報は周囲に流れていくわけで、当然ながら相手もプロならばそれに対して対策を立ててくる。
昔のように大会に参加してから相手の情報を集めるのではない、情報のある相手が大会に参加するか否か、それすらも一つの情報としてやり取りされるようになった。
それから自分のパーティとの相性なども考え、勝てる大会に参加し戦績を残す、そういう戦略性まで求められるようになった。
さらに言えばポケモンリーグの発足から何十年という積み重ねの末に戦術や育成などの基礎理論が構築され、プロトレーナーの誰しもが一定以上の実力を約束された現代において、プロトレーナーの上と下の差というのは大きいようで小さい。
昔ならばパーティの全てのポケモンをレベル100にするだけで地方の最上位へと昇り詰めることすらできた。だが今となってはレベル100など最底辺のプロですら達成できて当たり前だ。
昔ならばポケモンに技術を仕込めるのは一部の育成特化の天才たちの特権だった。だが今となってはアマチュアトレーナーですら本一冊で基礎的な技術を仕込むことができる時代だ。
情報が拡散された結果、底辺レベルの底上げがされているのに、レギュレーションによって上限が付けられた今の環境において情報一つが勝敗を左右することすらある。
故にプロトレーナーは情報の扱いに対して何よりも慎重になる。
自分のパーティの情報は一つでも多く隠そうとするし、他のパーティの情報は一つでも多く欲する。
そういう意味で、彼女……リリィの立ち位置というのは非常に便利だった。
「えっと、これかしら」
リリィはこのガラル地方の『ノーマルタイプジム』のジムリーダーだ。
だがそれ以上にこのガラルにおける……否、最早世界規模の『トップアイドル』として知られている。
シュートシティにでも行けば街頭のディスプレイのあちこちにその顔が映っているだろうし、何だったら自宅のテレビで全てのチャンネルを回せばだいたいどの時間でも一度は顔や名前が出てくる程度の知名度を誇る。
そんなリリィのアイドルとしての所属は『テレビマクロ』、つまりマクロコスモス系列の会社であり、このガラルで最も大きな放送事業者……つまるところテレビ局である。*1
そのためリリィはテレビマクロのスタッフとしてある程度、その情報を知ることができる立場にある。
まあ当然、社外秘などもあるし、特定の部署でのみ秘匿されている情報などもあるので全ての情報を開示してもらえる、というわけではないが。
例えば、他地方でのリーグバトルの公開中継の録画など、得ようとすれば得ることができるわけだ。
先も言ったがテレビマクロはガラルにおける放送事業の最大手である。
当然そのツテは他地方にも及ぶし、そこから流れてくる情報もあれば、頼んで取り寄せてもらうこともできる。
リリィが持つDVDもまたそう言った物の一つ。
「取り寄せるのにちょっと時間がかかったわね」
恐らく現時点でのガラルのトレーナーで、これを手に入れることができるのはリリィだけだろう。
「戦績だけならネットでも良いのだけれど」
基本的にリーグ戦績といのはリーグの公式HPなどに表記されているのでそこを見ればどのくらい勝っているのかくらいは分かるが、逆に言えばそれくらいだ。
「あの子がわざわざ他地方から呼んだトレーナーね」
残念ながら大会への誘いはあっさり断られてしまったため、その実力を見る機会は現状このDVDの中でしかない。
それも去年のもの……とは言え、参考くらいにはなるだろう。
「どんなものかしらね」
もしも、相応の実力があるならば、今年のジムチャレンジで戦うことになるかもしれないトレーナーだ。
「お手並み拝見ね」
呟きながらDVDを再生した。
* * *
三月に入ってもガラルの冬は寒い。
元々が北のほうにある地方なので仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでもこの寒さの中でバトルする身にもなって欲しい。
「まあジムチャレンジはあと一月後から……チャンピオンカップに関しては夏だし大丈夫でしょうけど」
聞いた話では、このガラルでプロトレーナーとして公式試合に出る時は必ずユニフォームを着る必要があるらしい。
ただそのユニフォームというのがまだ寒そうな半袖半ズボンというのがまた……。
まあ、今はそんなことはどうでもいい話だ。
「ん……じゅんびはいいか?」
ただ今は。
「とっくに」
目の前の相手と。
「そうか……なら」
全力で。
「しょーぶだ、ソラ」
戦うだけだ。
―――ジムリーダーの クコが しょうぶを しかけてきた!
「ウーちゃん!」
「オーくん!」
互いが投げたボールからポケモンが飛び出す。
こちらの初手はウッウのウーちゃん。
対して向こうの初手は……。
「ニドキング、ね」
紫色の怪獣のようなトゲトゲしいフォルムのポケモン、ニドキング。
タイプは『じめん』『どく』、相性としては悪くない。
「さいしょからぜんりょくでいくぞ」
コートの対面でクコが拳を突き上げた。
“グラビティチェンバー”
コート全体を覆うようにして『じゅうりょく』が発生し、互いのポケモンを大地へと縛り付ける。
強力な異能である、正直今まで見た中でもかなり高位の異能者であると言える。
だが、それでも。
「こっちも、今日は加減抜きよ」
“ぼうふうけん”
心の内で撃鉄を落とすと同時にフィールドに発生した『おおあらし』が吹き荒れる。
いつもなら天候と『おいかぜ』だけで済ませているが、今日は全力だ、故に。
―――ふきあれるあらしが ばのすべてを ふきとばす
クコが動揺するのがここからでも分かった。
それはそうだろう、今しがた発生したばかりの『じゅうりょく』が突如としてかき消されたのだから。
異能トレーナーは持ちうる異能が強力であるほどその異能を起点としたパーティを作る。
故に異能トレーナーにとって天敵というのは『自分と同じ類で自分より強力な異能』を持ったトレーナーになる。
これは私も決して人の事を言えない話だ。私が『ひこう』タイプに苦戦するのは私の力が有利に働かないから。『おおあらし』を起点とする裏特性は発動するため全く無意味というわけではないが、場合によっては『おおあらし』の展開がデメリットになることすらあり得る。
それでもそれ以外に対して私の力は絶対的だと言っていい。
何せ奮える力の強度がまるで違うのだ。
異能とはルールの錯視だ。
世界の理を『錯覚』させることで騙す。
故に異能とはいつまでも続く力ではない。理とていつまでも騙され続けるわけではないのだから。
そういう意味で私の能力は『異能』ではない。
説明が面倒だから体外的には異能と称することが多いが、実際のところ私のそれは『理の錯視』ではなく『理の書き換え』なのだから。
本来人間が使うような能力ではないが故に、負担はどうしても大きくなるが、けれどそれは異能とはまるで強度の違う力だ。
「ここでは私が絶対のルールよ」
この『おおあらし』の内側は私の領域、私こそがルールを決める側だ。
故に私に都合の悪いルールはこの嵐にかき消される。
「さっきも言ったけど、加減は抜きよ」
『おおあらし』の展開と同時に『おいかぜ』が吹き始める。
『おいかぜ』に背を押され、ウーちゃんがスイスイとフィールドを動き回り……。
「わるいじょうだん、けどまけてられない。オーくん!」
自らの異能が跳ねのけられたことに動揺を隠せないクコだったが、それでも拳を握りしめこちらを見据える。
“かげむしゃ”*2
同時に場のニドキングがその場に『みがわり』を生み出し、その後ろに隠れる。
「やるわね、でも関係ないわ! ウーちゃん!」
“なみのり”
『おいかぜ』によって背を押されたウーちゃんが大波を生み出しながらニドキングを飲みこむ。
だが『みがわり』を盾に攻撃を受けきったニドキングはノーダメージ。
まあそれは分かっていたことだ、音技でも無ければあれはどうにもならない。
“うのミサイル”
“とんちんかん”*3
“たくわえる”
だが『なみのり』によって特性の条件を満たした。
大波に乗って戻ってきたウーちゃんの口の中にいつの間にかサシカマスが咥えられている。
本当にどこから持ってきたのか知らないが、それはとにかく特性の発動によってサシカマスを『たくわえる』ウーちゃんが波に乗ってそのままボールの中へと戻って来る。
“なみにのまれる”*4
「来て、キューちゃん!」
入れ替わるようにボールを投げ、飛び出したのは。
「はーい! 出番ですかー? トレーナーさま!」
ペリッパーのキューちゃんである。
“とっきゅうびん”*5
キューちゃんはパーティ内における繋ぎだ。必然的に攻撃を受ける機会は増える。
故に能力ランクを積み上げながらの交代が必要になる。
「こーたい……めずらしい。でもかんけーない、オーちゃん!」
「―――ォォッ!」
クコの指示を受けたニドキングがその拳を振り上げて。
“おうのかんむり”*6
“いわなだれ”
「わ、わわっと」
フィールドへと拳を叩きつけた衝撃で地面が抉れ、岩の塊となってキューちゃんへと激突する。
だが『ぼうぎょ』の能力の上がったキューちゃんにその攻撃は大したダメージにはならない。
何よりこの『おおあらし』は『らんきりゅう』を元に作り上げた力だ、『ひこう』タイプ限定とは言え弱点ダメージを半減してくれるこの状況で、同じタイプでも無い『いわ』技などろくなダメージになるはずがなかった。
クコもまたそれに気づいたのか、目を細めている。
ただ思ったよりダメージがかさんだ気がする。
数値として見えるわけでもない故に体感ではあるが、思ったより威力があった。
急所に当たった様子も無かったのに、となると。
「『いのちのたま』あたりかしらね」
となれば相手のニドキングにもダメージはあったはずだ。
最初の『みがわり』と合わせれば残りは6割か7割……。
“おうのかんむり”*7
そう考えたのだが、余りダメージを受けたような様子は見えない。
いや、寧ろ回復しているように……。
「ああ、そういうことね」
ガラルのプロトレーナーのスタイルの特徴として、居座り型が多いのは知っている。
それ故に、ポケモンが場持ちするような育成をするのが一般的らしい。
その傾向からすれば回復能力があるのは当然として。
「特性『ちからずく』ってわけね」
発動すれば『いのちのたま』の反動を受けず、デメリット無しで威力を上げることのできる特性。
そこに特性自体の威力上昇が乗れば確かにそれなりのダメージになるかもしれない。
「やるじゃない、クコ」
呟きながら次の一手を考える。
ストーンエッジがちからずくの対象にならないってさっき初めて知ったわ(
【名前】オーくん
【種族】ニドキング/原種
【レベル】110
【タイプ】どく/じめん
【特性】ちからずく
【持ち物】いのちのたま
【技】どくづき/じしん/アイアンテール/いわなだれ
【裏特性】『おうのかんむり』
相手からダメージを受けなかった時、技の威力が1.5倍になる。
相手からダメージを受けた時、100%の確率で相手を『どく』状態にする。
相手にダメージを与えた時、HPを最大HPの1/8回復する。
【技能】『かげむしゃ』
場に出た時、自分のHPを最大HPの1/4だけ減らして『みがわり』状態になる。最大HPが1/4未満の時この効果は発動できない。