知名度が高いことは良いことばかりではない
「はふっ」
欠伸を噛み殺しながらホテルを出ると、隣に併設された『エンジンスタジアム』を目指して歩き出す。
広大な敷地に建てられた巨大なスタジアムはホテルの隣にもあるにも関わらず入口まで徒歩十分とやたらに遠い。
とは言えシュートシティにある自宅から朝からアーマーガアタクシーで数時間かけてのんびりやってくることを考えれば、段違いに早いのもまた事実だ。
「ホテルが大会参加選手優先で助かったわね」
ホテルスボミーインは先も言った通り『エンジンスタジアム』に隣接する宿泊施設である。
平時はともかく、ジムチャレンジの開会式の前日など客でいっぱいになるだろうと思っていたのだが、基本この時期はジムチャレンジに参加する選手のための宿泊施設としてリーグ委員会側で貸し切られており、前日までにジムチャレンジ参加の受付を済ませたトレーナーは優先的に泊ることができるらしい。
「うーん、まだ寒いわね」
基本的にコートの下は白いワイシャツ一枚なのだが、ホウエンならともかくガラルだとやはり寒い。
昨日までならもう少し陽が高くなって温かくなるまで家でぬくぬくとしているところなのだが、今日からガラル中を旅して巡るとなると適当な防寒対策が必要になるかもしれない。
「期間は四カ月。まあ終盤頃には暖かくなってそうね」
ジムチャレンジの期間は四月の初めから七月の終わりまでの約四カ月。
ジムチャレンジが終わる頃にはもうとっくに夏だ。いかに寒冷なガラルとて暖かくなっているだろう。
まあそれはそれで今度は暑そうだが。
そんなことを考えながら歩ていくと、スタジアムの前にはすでに人だかりができていた。
「凄い活気ね」
言い方は悪いがたかがリーグ予選扱いのジムチャレンジのさらに開会式にここまで多くの人が集まる、という事実自体がガラルにおけるポケモンバトルという『興行』の人気を如実に示しているのだろう。
残念ながら他の地方では……少なくともホウエン地方ではリーグ本選でも無ければここまで人を集めるようなことは無い。
ガラルという地方は全国的に見てもポケモンバトルの興行化を他の地方より先進的に行っているという事実は知っていはいたが、こうして目に見える形にして示されると納得するしかない。
まあ自分たちのようなプロトレーナーからすればそれは収入にも直結するので良いことだとは思うが。
「取り合えずエントリーしないとね」
チャレンジャーとしての選手登録は一か月以上前から行われており、自分もとっくに済ませている。
ただこの時点だとまだ仮登録のようなもので、当日本当にエントリーするかどうかの意思確認がなされる。
というか試合用のユニフォームの取り寄せなどもあるので、少なくとも三日以上前には登録する必要がある。
背番号くらいなら当日にささっと縫い付けるだけでも良いのだが、場合によっては新品のユニフォームを選手ごとのサイズに合わせて用意する必要があるのでその辺は必須と言える。
別に当日いきなり登録しても罰則などがあるわけでも無いのだが、過去にそれでサイズの合わないピッチピチのユニフォームを着るハメになって開会式中にユニフォームが破けた、なんてチャレンジャーもいたらしいのでリーグ委員会としては事前登録してその辺の採寸などをすることを推奨している。
推薦されても案外当日に辞退するというトレーナーはいるらしい。
というのもジムチャレンジは実に最短でも四カ月、勝ち進めば半年近くの時間をかけて行われる祭典だ。
自分のようにプロ一本で考え、そのために時間を費やしている人間ならともかく、多少腕が立つから、という程度の理由の人間がそれだけの時間を本当に費やすのかどうか、そう考えると確かに気軽にエントリーする、というわけにはいかないのだろう。
「敷居が高いわよね、この制度」
とは言えチャンピオンへと挑戦する最強のチャレンジャーを決定しようというのだ、その程度は前提でしかないだろう。
少なくとも十数年も前とは違い、ポケモンリーグにアマチュアが出ることは無くなったのだ。
今リーグに参戦しているのはリーグに参加し『プロ』となったトレーナーばかりな以上、敷居は高くなって当然かもしれない。
まあこの程度のことで辞退するようなトレーナーならどうせジムチャレンジに出ても大した結果は出せないだろう。
「私には関係無いしね」
スタジアムに入り、受付でさっさとエントリーを済ませる。
仮登録の時にも一度見せた推薦状を今度は渡し、問題が無いことを確認したら入れ替わりにユニフォームを渡される。
開会式にはこれを着て参加するように言われたが、開会式はまだ一時間以上先なのにこんな半袖短パンのユニフォーム寒すぎて今から着る気にはなれないのでスタジアムロビーのソファーに座りながら周囲を見ておく。
一時間も前に来て何がしたかったのかと言えば、ジムチャレンジに受付に来る人間を見ておきたかったのだ。
ジムチャレンジに参加するチャレンジャーには実は二種類の人間がいる。
それが『推薦枠』と『チャレンジ枠』だ。
* * *
ポケモンリーグというトレーナーたちの戦いの舞台において、昔と今で多くのものが変わっていった。
だがその中で最たるものを言えば『制度』だ。
今では当たり前のようにどの地方のリーグに行ってもある程度トレーナーの実績ごとに『リーググループ』が分けられている。
例えばガラルならば『メジャーリーグ』『マイナーリーグ』『チャレンジリーグ』の三種類が存在する。
現在のガラルにおいて『リーグトレーナー』としてリーグに登録したトレーナーは全て最初に『チャレンジリーグ』に入ることになる。
そして名前から察することができると思うが『メジャージム』のジムリーダー8名が『メジャーリーグ』に、それ以外の『マイナージム』のジムリーダー10名が『マイナーリーグ』に参加することになる。
そして毎年年末ごろに行われるリーグ戦にてそれぞれのジムリーダーたちがバトルを行い、それぞれのリーグ戦績及び、年間のトータル公式戦績をリーグ委員会が精査し翌年の『メジャーリーグ』と『マイナーリーグ』が決定される。*1
ついでに言えばあまりテレビ放映などはされないが、『チャレンジリーグ』でも公式大会というものがあり、そこで良い戦績を残すことによって次回のジムチャレンジへ参加する権利が得られる。
少しややこしい話になるが、基本的に『ジムチャレンジ』への参加には『推薦状』が必要となる。そしてその『推薦状』を得るためには一定以上の地位のある人間とのコネが必要になる。
だが昨年『ジムチャレンジ』で敗退した人間が再び同じ相手から推薦状を貰ってもう一度『ジムチャレンジ』に参加、ということをしていては『ジムチャレンジ』という制度自体に問題が発生する。
だったら一度敗退した人間はもう参加できなくすれば良い、とはいかないのがまた難しい話。
何せガラルの制度上『ジムチャレンジ』に参加できなければ、後はジムリーダーになる以外にチャンピオンへとなる方法が無いが、ジムリーダーになるというのは必然的にタイプを偏らせる必要性が生まれる。それができる上に勝てるトレーナーというのはそう多くは無いし、パーティに自動的に制限が生まれる。
故に『チャレンジリーグ』というものが必要とされたのだ。
ジムチャレンジへの参加枠に『推薦枠』とは別に『チャレンジ枠』を作り、『チャレンジリーグ』の大会で優秀な戦績を納めたトレーナーを毎年何人かずつ『ジムチャレンジ』へと参加させている。
そして『推薦枠』自体はリーグ登録初年度のトレーナーに限定することで、『推薦枠』が増えすぎないように数をコントロールしていた。
基本的に『推薦枠』というのはプロ一年目の新人トレーナーがなることが多いのだが、稀に私のように二年目以降の人間がリーグ移籍などでここに入ることもある。
と言ってもリーグ移籍した人間が移籍先のリーグで推薦状をもらえるほどのコネがあることも珍しいので本当に稀な話のようだが。
そして何故こうやって分けているかと言えば、当然の話ではあるがリーグで一年戦ったか否か、というのはかなり大きな違いが出るからだ。
プロ一年目の新人トレーナーと、プロ二年目のトレーナーでは全く別物なのだ。
ぶっちゃけた話、『推薦枠』というのは一種の賑やかしである。
期待の新人トレーナーに目を付けるためのお披露目の場、とでも言うべきか。
今季の新人トレーナーにはこんな生きの良いトレーナーがいますよ、というのをポケモンバトルファンに見せつける他地方における新人戦トーナメントの代わりのようなものであり、新人トレーナーが顔を売ってスポンサーに声をかけてもらうための場のようなものでもある。
リーグ委員会だってプロ一年目の新人トレーナーがいきなり並み居る強豪プロ全員に勝ち抜いてチャンピオンを打倒し、新チャンピオンになるだなんて夢物語想定していない。
そう、想定していないはずなのだが、それをやった人間が過去二人。
そう先代チャンピオンダンデと現チャンピオンユウリである。
と言っても準トレーナー規制令が成立する前のチャンピオンであるダンデは十歳の時にジムチャレンジを勝ち抜き、成立後のトレーナーであるユウリは十二歳で参加して勝ち抜いているので一般的にはダンデのほうが評価されているのだが……。
「ま、そう簡単な話じゃないわよね」
実際ユウリは何年もの間チャンピオンとしての経験を積んだダンデに勝ってチャンピオンになっているのだから。
とは言え実際のところユウリやダンデのような人間が例外中の例外なだけで、基本的に推薦枠は賑やかし以上の意味を持つことはほぼ無い。
偶に才能あるトレーナーがそれなりに勝ち進んだりするが、大半の推薦枠は新人の登竜門とされている三番目のジムである『カブ』を超えることができていないのが実情だ。
ここ十年の間でもユウリを除けばバッジを全て集めたチャレンジャーは『チャレンジ枠』のベテランばかりであり、『推薦枠』の実力の程度というのものが伺える。
故にここで見るべきは『チャレンジ枠』で参戦するチャレンジャーだ。
私がバッジを全て集め、セミファイナルトーナメントに参加するならば必然的に彼らは強力なライバルとなる。
負けるつもりは無いが、かと言って勝てるとたかをくくれば勝てるバトルも勝てなくなる。
「アドバンテージよね、この辺は」
荷物から取り出した雑誌を眺める。
ポケモンバトルファン向けにガラルリーグにおけるジムチャレンジへの参戦者予想の情報が載っている。
先も言ったが『チャレンジ枠』はジムチャレンジ開幕以前に大会で結果を残したトレーナーだけなので、ある程度絞りやすい。
そして結果を残せるトレーナーということはそれだけ認知度も高いのでその分だけ情報露出が多いということだ。
逆に他地方からオフシーズンに突然移籍してきた私のようなトレーナーの情報というのはまだどこにも載っていない。
以前にも言ったが、情報というのは現代トレーナーにとって非常に重要であり、その情報において秘匿度が高いというのは私の大きなアドバンテージでもあった。
「早速ね」
そうして眺めていると雑誌に紹介されている顔と同じ顔のトレーナーが受付でエントリーをしていた。
雑誌をぱらぱらとめくり、紹介記事を読みこんでいく。
そして事前情報を頭に入れると、実際の様子を見てとる。
ポケモンも出していないトレーナーを見て何が分かるのか、という話ではあるのだがその佇まいを見ているだけである程度分かることもある。
例えば服装、例えば仕草、例えば表情。
トレーナーとしてベテランになればなるほどこういうところに違いが見て取れる。
とは言えまだ二年目の私に読み取れる部分なんて表層部分でしか無いのだろうが、それでも性格一つ知るだけでも実際のバトルの際の『読み』に大きく影響する。
そうして眺めていると二人目、三人目と写真で見た顔が次々とやってくる。
「さっきのはこいつね……それでその後のがこっちのえっと」
「……こいつ」
先ほど見かけた顔を写真の顔を一致させようと雑誌のページに目を凝らしていると、すっと伸びた小さな指がページの一か所を指した。
目を丸くして顔を上げると。
「……クコ?」
「……よう、ソラ」
そこにいたのはここ一か月ほど顔を突き合わせていた少女だった。
ちょっとお試しにメーカーで作った画像で挿絵作ってみた、こういうのどうだろう。
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い