まさかの元チャンピオン参戦という珍事に騒然としていたエンジンスタジアムだったが、時間は刻一刻と流れるもので、開会式の時間となる。
今年のジムチャレンジの参戦者は70人を超える。ユウリの時が確か50人弱、毎年の平均が同じくらいなので例年より参戦者が多いようだった。
理由の一つとして、恐らく昨年のチャンピオンの交代劇が挙げられるだろう。
十歳でチャンピオンに就任して以来、一度として負けることの無かった無敵のチャンピオンと、就任したばかりの十三歳の少女。果たしてどちらが勝ちやすいか、という問題だ。
尤もその十三歳の少女はその無敵のチャンピオンを破ってチャンピオンへと就任したわけだが、そのことをどこまで重く見るかはまた人それぞれと言うことだろう。
少なくともダンデを相手にするよりかはユウリを相手にするほうが勝率が高いと多くの人間が思ったわけだ。
「長い挨拶はオレも嫌いだ! だからリーグ委員長として一言挨拶させてもらうぜ! 今年もおおいに盛り上っていこう! そして最高に楽しんで行こうぜ! 以上だ!」
そしてそういうトレーナーの多くがまさかのジムチャレンジにダンデ参戦の報に顔色を失くしていた。
「では今年も出て来てもらうぜ! 我がガラル地方が誇るジムリーダーたち!」
* * *
ゆっくりとした足取りで歩いて来る八人のトレーナーを見ながら少女、ユウゼンは面白く無さそうに鼻を鳴らす。
「今年もこっち側とか、ちょーつまんないですぅ」
「いや昇格できなかったんじゃしゃーなしだし」
「でもリシウムさんだってあそこに立ちたいとか思いますよねぇ?」
客席に座ってぶーたれるユウゼンに隣に座っていたリシウムが呆れたような視線を向けるが、そんなリシウムに同意を求めるユウゼン。
「いや、あーしは……」
正直言えばリシウム自身はそこまでメジャー昇格にこだわっているわけでは無いのだが、とは言え『ひこう』タイプジムをメジャーにしてやりたい、という気持ちが無いわけでは無いので言葉を濁す。
「ダメですよー? 気持ちで負けてたら来年もまたここで観客になっちゃいますぅ。ああでもそのほうがライバルは減るのかな? いやでもそれじゃあたしだって気持ちよく無いし」
自分の意見に自分で考え込みだしたユウゼンを見やりながら嘆息する。
このガラル地方には18タイプ全てに対応した18のジムが存在する。
だがメジャーリーグに出場できるのはその中で半数以下の8タイプのジムのみだ。
つまり18のジムのジムリーダーの中で、今あのバトルコートに立てるのはたった8人だけなのだ。
逆に言えばそれ以外の10人はそこに立つ資格が無いということで。
だからこそ、毎年こうして観客の一人として客席側でそれを見下ろすことになるのだ。
「まったく……どうせならもっと原作知識の活用できる世界が良かったですぅ。まあポケスペみたいな世界じゃないだけマシかもしれませんけどぉ。みんな強すぎだし、楽しいですけどぉ、もっとこうゲームの時みたいなレベル100で無双みたいなお手軽な感じにならないもんですかねぇ」
「ゆ、ユウゼンちゃん? どうかした? 顔が怖いよ?」
「なんでもないですぅ、そーいうチドリさんこそ顔色悪いですよ?」
「う、いや、開会式見てたらなんか緊張しちゃって……お腹痛くなってきちゃった」
「いや、なんで自分が参加するわけでもねーのに緊張してるんですかぁ」
「だ、だって~」
そんな彼女たちのやり取りの間にも開会式は進んでいき、ジムリーダーの紹介が終わると次はチャレンジャーたちがバトルコートへとやってくる。
「こ、今年のチャレンジャーは74人もいるらしいですよ」
「豊作ですねぇ。ジムトレーナーに何人か引っ張っていきたいところですぅ」
「あーしもあと一人か二人くらいは余裕あるし、生きの良い新人欲しいわ」
別にマイナーリーグのジムリーダーたちも付き合いで会場まで来ているわけではない。
自分たちが推薦状を出したトレーナーたちが出るから、というのもあるのかもしれないが、それ以上に『推薦枠』でジムチャレンジに参加しているトレーナーは『将来性を期待されたトレーナー』ということに他ならない。
優秀なジムトレーナーというのはどこのジムも欲しがっているし、俗な話になるがジムトレーナーの数が増えればそれだけジムへの『助成金』も増額される。
他の地方の一般的ジムと違い、リーグ直下のガラル式ポケモンジムにおいて、ジムトレーナーというのは『ジムで雇っている』人材だ。つまり雇用費が発生する。いわゆる他の地方における『四天王』制度に近い。
その代わりジムトレーナーになったらジムの仕事をする義務が発生するわけだが、基本的にこの雇用のための費用というのはリーグ委員会が負担するのでジム側に金が無くて給料が出せない、などということは無いのだがジムの実績によって当然年俸は上下する。
そしてジムトレーナーの数やジムトレーナーの実力は実績となるわけだ。
ただ当然ながらというか残念ながらというか、マイナーリーグで上の席を争っているよりメジャーリーグでジムチャレンジを担当しているジムのほうが人気が高く、目をつけていた人材がそちらに流れていく、なんてことも良くある。
故にマイナージムにとって開会式当日こそが最初にして最大の山場なのだ。
メジャージムはジムチャレンジを担当する。
つまりガラル各地のジムに散ってしまって、チャレンジャーがそこまでたどり着くまで接触する機会は少ない。
なのでジムチャレンジャーたちが一同に集うこの開催式の日にどれだけめぼしい人材を確保できるか、逆にこの日を逃すとチャレンジャーたちは街を飛び出してしまい、中々接触する機会を得られなくなってしまうのだ。
なので開会式当日にはマイナージムのジムリーダーたちが多くやってくる。
『ひこう』タイプジムのジムリーダーであるリシウム。
『でんき』タイプジムのジムリーダーであるユウゼン。
『はがね』タイプジムのジムリーダーであるチドリ。
三人は性別が同じでなおかつ年が近いこともあってそれなりに交友関係があり、去年同様に一緒になって開会式に集っていた。
「クーも誘えば良かったかね」
リシウムにしては珍しく今回妹であるクコは誘っていなかった。
本来姉妹とは言え、他のジムの事情に口だすするのは余りよろしくないことだ、というのもあったが、どうせ妹は来年にはメジャーに行ってしまうだろうから別に良いだろうと思っていたのが大きい。
こうやってマイナージムが人を確保しようとするのも結局マイナーリーグから抜け出せない現状の脱却を狙ってのものだ。
マイナーリーグで二年戦ってきたリシウムからして妹の実力はメジャーリーグのジムリーダーたちに匹敵……或いは凌駕するレベルだと思っている。
実力を考えればメジャー昇格有力な妹には必要もないことだろう、そう思ってのことだったがいざ来て見るとなんだか置いてきてしまったような気がしてきてなんとなく罪悪感にかられた。
「ん? あね、よんだか?」
なんてことを思っていたリシウムの背後からかけられた声に振り返り。
「妹ちゃん、なんでいんの?」
「ん? ソラのおうえん、きてた」
不思議そうに首を傾げる妹の姿に、がっくりと肩を落とした。
「なんかソラと仲いーね、妹ちゃん」
「それほどでもない」
妹に友人が出来て姉として嬉しい反面、友人に傾倒して姉離れしていくようで寂しさも感じるこの複雑な心中をけれど口に出すことなく代わりに溜め息を吐く。
そんな姉の内心を知った風も無く、スタジアム入りするチャレンジャーをじっと見つめながらクコが告げる。
「それより、あね、しってるか」
「あん? 何がよ」
「チャレンジャーのなかに、ネズとダンデ、いる」
「……は?」
告げられた言葉の意味が一瞬理解できずに顔をしかめるリシウムだったが、すっと突き出されたクコの指の先には……チャレンジャーのほうへと走っていくリーグ委員長の姿と端のほうにすっと立つ見覚えのあるモノトーンな髪色のトレーナーだった。
「は? なんで? え? マジでなんで???」
あまりにも意味が分からない状況に思考が止まる。
ユウゼンとチドリも同じように気付いたのか、ぽかん、と口を空けたまま目を丸くしていた。
* * *
開会式が終わり、そそくさと更衣室へと向かって寒々しいユニフォームを着替え、ようやくひと心地ついたと安堵しながらスタジアムのロビーに戻ると端のソファーにクコと……何故かリシウムがいた。
「来てたのね」
「あーうん、あーしらからするとここでジムトレーナースカウトしとかないと良い子入んないしね」
「ふーん、そんなものなのね」
何故か疲れた表情をしたリシウムに首を傾げるが、それを問うより早く私と同じく着換え終わったのだろう他のジムチャレンジャーたちが少しずつロビーへと戻り、そのままの足で出て行こうとする。
「あー、悪いけどあーしも行かないと……ソラもリーグ終わったら前に言った件考えといて」
「前にって、ジムリーダーになってくれとかいうやつ?」
「そそ、あーしは本気だから。覚えといて」
そう告げて去っていくリシウムの背中を見送りながら複雑な内心にどんな表情をすれば良いのか分からず困惑する。
だがまあ頭の片隅には置いておく。全部負けたらの話だ……勝てば問題無い。
「で、クコは行かないの?」
「ん? うちのジムはひとでじゅーぶんだからだいじょーぶだ」
「そうなの」
「それでソラはこれからどうする?」
「カブさんに会いに行ってくるわ」
「カブに?」
「前月捕まえたエアームドの件、ようやく何とかなったから、引き取りに行くのよ」
「ああ……ボマーか」
クコにも無関係というわけでも無いので一緒に行くか、と問うたが首を振ったクコと別れてスタジアムの奥へと進むと、関係者以外立ち入り禁止の通路の前に目的の人物が立っていたので近づいていく。
「カブさん」
「やあ、ソラくん。久しぶりだね」
「一週間前にあったばかりですし、久しぶりというほどでもないと思いますが」
先月の話である。
私は一匹のエアームドを捕まえた。
問題はこのエアームドでサイズ異常の『特異個体』でなおかつ生態異常の『変異種』というとんでもないキワモノであり、『ひこう』タイプのエキスパートとしての自負を持つ私から見ても単独ではまともに『生命活動』させることすら困難だった。
というのもどうやら『ほのお』タイプを持たないはずのエアームドの体内に何故か『発炎器官』が存在しており、それが炎を生み出しては『ほのお』に対して耐性を持たないエアームドを体内から焼いていたのだ。
はっきり言って野生環境のまま放っておけば一年以内に死ぬだろうことは間違いなく、かと言って私としてもボールの中に入れっぱなしにして発炎能力を制限するしか対処が無いという極めて厄介な個体だった。
ポケモンとは環境に適応して進化する種なので育成を施せば或いは発炎器官に適応し、更なる変異を起こす可能性もあったがそれにはどうしても『ほのお』タイプのエキスパートの力が必要になる。
そこでクコに紹介してもらったのがこのエンジンスタジアムの主にしてガラル地方『ほのお』タイプジムのジムリーダーであるカブさんである。
「それで、あの子は?」
「ああ、連れてきているよ……ほら」
差し出された手の中に置かれたボールを手に取ると、早速出そうとして……。
「ここだと狭いですね」
「そうだね……ジムで使ってる簡易コートがあるからそちらで出そうか」
そのまま通路を進んでいき、突き当りの扉を開くと外に繋がっていたようで『ひこう』タイプジムのものよりさらに二回り広いバトルコートが広がっていた。
「これで簡易コート……」
メジャーとマイナーの悲しい格差を見た気がしてなんとも言えない気分になりながらも広々とした空間に出たので早速ボールを投げる。
「キシャアアァァォォ!」
ボールから飛び出してきたのは全長5メートルを超える鋼鉄の巨体だった。
以前までは体内の発炎器官が暴発するかのように口から炎を吐き出し、羽根に溜まった『ほのお』エネルギーが抜け落ちると同時に爆発する全身危険物のような有様だったが、それも改善された。
そのお陰か気性の荒さも大分なりを潜め、こちらの言う事もちゃんと聞くようになった。
多少『いじっぱり』な性格なようだが、バトルをするならそれくらいで良いと思う。
「問題無さそうですね」
「そうだね、こんなとびっきりのイレギュラーを育成したのはさすがに初めてだったし、上手く行って良かったよ」
「助かりました、私一人だとどうすればいいかとっかかりすら見つからなかったので」
「いやなに、こちらこそソラくんの『ひこう』タイプに対する知識と経験にはおおいに助けられたよ」
こうして見ていても以前のようにばちばちと『ほのお』タイプが暴走し、誘爆する様子もない。
結果的に『変異種』をさらに変異させ、根本的に『タイプ』を変更するというかなり強引な手法を取ったが結果的にそれが功を奏したらしい。
「じゃあ行きましょうか。ってアナタの名前まだ決めてなかったわね」
「キシュァ?」
「そうね……エアームドだし、ムーくんね」
「キシャァ!」
「よろしく、ムーくん」
告げながらエアームドことムーくんをボールに戻してカブさんに向き直る。
「それじゃあ、私はもう行きますね」
「ああ、次に会う時はこのエンジンスタジアムのジムリーダーとしてだろう。キミがここまでやってくるのを楽しみにしているよ」
「では」
別れの挨拶をしてそのままエンジンスタジアムを去る。
敷地を抜けて表通りに出るとなんだか途端に解放感が押し寄せてきた。
「さて、と」
もうこのエンジンシティでやることは無くなった。
となれば次へと進むべきだろう。
「最初の目的地は……ターフタウン、ね」
そこにあるターフスタジアム。
ジムリーダーは。
『くさ』タイプジムのジムリーダー、ヤローだ。
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い