ポケモンのタマゴとは摩訶不思議なもので。
なんとパソコンのボックスの中に収容できる。
いやそれ自体はポケモンという存在の特異性故の問題なのかもしれないが。
パソコンのボックスの中に収容されたタマゴはどれだけ時間が経っても孵化しない。
これに関しては昔、ウツギ研究所のほうで研究された事例があり。
ポケモンのタマゴとは周囲の『生命力』のようなものを少しずつ吸収して孵化するらしい。
ボックスの中で孵化しないのはボックスの中にはエネルギーとできるような生命力が存在しない、或いはポケモンを一緒に保管したボックスだろうと、ボックスの中に収容された状態のポケモンからは生命力が得られないからだと言われている。
実際、周囲から隔離状態で放置したタマゴと、なるべく多くの生命に囲まれた状態で過ごしたタマゴとでは後者のほうが圧倒的に孵化速度が速かったらしい。
自然界の中で偶に放置されたままのタマゴが見つかるが、あれはあれで自然の中の木々や大地から自然の生命力を得ることで孵化しているのではないか、と言われている。
生命力、と言ったがタマゴが吸収している『エネルギー』らしきそれを仮称してそう呼んでいるだけで、実際に生命力を吸い取られたら健康に被害があるのか、と言われるとそんなことは無いそうだ。
複数のポケモンのタマゴと生活しているからと言って体調を崩したという報告はこれまでに無いし、そもそもウツギ研究所自体ポケモンのタマゴに関して専門的に研究している関係上、研究所に数えきれないほどのタマゴがあるらしいがそれで研究員たちが変調をきたしたことは無いため、生命力=命というわけではないらしい。
ただそのエネルギーを一定量吸収することで卵が孵るというのは間違いないらしく、エネルギー=タマゴの命、という意味では生命力という定義にも間違いはないのではないか、という意味で呼称されているらしい。
他にも実験結果として。
『走ったり自転車を漕いだり』など『激しい運動』を伴うことで孵化が早まるという結果がある。
これは運動をすることで生物の生命力が高まるからではないか、と言われている。
そして非常に特殊な例として。
これに関してまだデータが取れていないが、そういう事例があるらしい、程度の話だそうだが。
私の力は……まあ分かると思うが『ひこう』タイプと極めて相性が良い。
実際、私のホウエンにおける登録パーティは『ひこう』統一だ。
あとはまあこちらも母さんの影響か『ドラゴン』タイプに対してもかなり相性が良かったりするのだが、それはさておき。
ココガラというポケモンは見た目通りの鳥ポケモン……つまり『ひこう』タイプで私の能力と極めて相性が良かったらしい。
まだ孵化に時間がかかりそうだと思っていたところに私の力をぐんぐん吸収して一気に孵化した結果。
「ぴぎゃ! ぴぎゅぅあ!」
「分かったから落ち着きなさいよ」
人の頭の上に乗った体を揺らしながら鳴いている丸々とした体躯のココガラに嘆息する。
ただでさえアーマーガアの運ぶゴンドラのような乗り物が揺れているのに、余計に揺らさなくとも良いのだ。
それにしても、だ。
ポケモンというのはいわゆる『刷り込み』のようなものがあるらしいが、そんなの関係無いのではないかと言わんくらいに私に懐いてくるのは多分まあ
実際ユウリと一緒に覗き込んだ状態で孵ったのだから、私と同時にユウリも見ているはずなのに一方的に私に懐いてくるのはタマゴの時に感じた私の力を感じるからなのだろう、とユウリも言っていた。
「これ……私が育てるしかないわよね」
「だねー。ソラちゃんにばっちり懐いてるし、ソラちゃん以外には警戒心強いみたいだしね」
そっとユウリがココガラに手を伸ばした途端に、びくり、とココガラが震えてぎゃーぎゃーと騒ぎ出す。
ユウリの指先をクチバシで突かんとするが、一瞬早くユウリが手を引っ込める。
手が近づいて興奮したのか暴れ出すココガラ。生まれたばかりの体長20センチほどの赤子とは言え、さすがに頭の上で暴れられるのは溜まったものじゃないと、頭の上から掴んで降ろすとそのまま膝の上に乗せる。
「ソラちゃんが触っても全然嫌がらないね。私が触ろうとしたら突かれそうになったのに」
ユウリの言う通り、こうして抱いてみても特に抵抗は無い。寧ろ安心したかのように目を細める始末だ。
試しに頭に手を置いても特に反応は無いし、撫でてみれば緩んだ表情で鳴いている。
「まあ、良いけどね」
こうまで懐かれておいて悪い気はしない。
それにホウエンに置いてきた残りのメンバーを早急に使えない以上、どうせならこちらで新しくパーティを揃えても良いかと思っていたところだ。
「お前、私と来る?」
「ぴぎゅ?」
つんつん、と額を指で押しながら問うてみると首を傾げるかのような動作をしながらココガラが鳴く。
「まあまだ子供だし、分らないわよね」
「ココガラは進化するとアーマーガアになるよ! ソラちゃんの好きな『ひこう』タイプだからばっちりだね!」
なんてユウリは言って来るが、リーグトレーナーの手持ちになる、というのは中々に修羅の道だ。
リーグトレーナーなんて、誰も彼も頂点を目指してひたすら強さを欲する修羅道に落ちた人間たちばかりなのだから、そんな中で勝ち上がっていくのには相応の覚悟が必要となる。
「まあもう少し大きくなったら改めて聞いてみましょうか」
「
「誰がアンタの母さんよ……全く」
「ん~?」
「
「お腹空いたの? きのみでも食べる?」
「んん~??」
「
「そ、美味しいなら良いわ。もう一個あげる」
「んんん~???」
空腹を訴えかけるココガラに鞄の中に入っていた『オレンのみ』を与えると美味しそうに食べる。
餌付けしている気分になってくるが、やっていることは完全に餌付けだったので否定できないな、と思いつつもう一つもう一つと催促するようにクチバシをぱくぱくとするココガラに苦笑する。
そんな私を見やりながらユウリが首を傾げて。
「ソラちゃん?」
「何よ」
「ココガラちゃんが何言ってるのか分かるの?」
「……ん?」
問われて、ふと気づく。そう言えば何となく何言っているのか理解できてるな、と。
「そう言えば確かに何となくだけどニュアンスは理解できるわね。私が孵したから、かしらね?」
元々『ひこう』タイプに関しては共感が強く働く性質で、擬人種と違って言葉が語れない原種のポケモン相手でも何となくの気持ちは理解できていたが……さすがにここまではっきりと理解できるのは初めてだった。
私の力を受けてタマゴから孵ったポケモンだけに私とより強く共感作用が働いた、ということだろうか?
「ふーん」
手を止めてしまった私の代わりにココガラの頭の上、ギリギリ届かないくらいの高さでふらふらと『オレンのみ』を揺らし必死にクチバシでキャッチしようとするココガラをもてあそぶユウリが遊ばれていることに気づいてキレたココガラに太ももを啄まれて本気で痛がっているのを横目にしながら……。
―――口元が弧を描く。
「お前……育てたら思ったより面白くなるかもしれないわね」
果たして私の育成能力でそこまで育て上げることができるだろうか。
果たしてこの子はそこまで私について来るのだろうか。
果たして、果たして、果たして。
考慮すべきことは多い。
前提が空論だらけの
それでも、全部上手く行けば。
―――とても面白い育ち方をするかもしれなかった。
* * *
アーマーガアタクシーというのは思ったより面白い。
ホウエンなら街から街への移動となるとトレーナーならだいたい『そらをとぶ』を覚えたポケモンの背に乗って飛ぶのが普通だ。
自然が多く残り、道路整備もそれなりにはされていてもやはり曲がりくねった道や遠回りが多くなる関係上、トレーナー一人移動するなら直線で突っ切れる飛行手段が優秀なのは仕方のない話だった。
ただ『そらをとぶ』は結構速度を上げて飛ぶ関係上、進路以外を見ている余裕が無い。
ポケモンの背中に乗って、風を受けながら方向を間違えないように神経を尖らせながら移動するのは中々に疲れるのだ。
後はまあ一部チルタリスなどのトレーナーが客を背に乗せて飛ぶ航空タクシーという似たようなのもあるのだが、あれもあれで客が乗るのはポケモンの背中であるため下が見えない。
だからまあこうしてゴンドラに乗ってゆったりと景色を楽しみながら飛ぶというのは中々に楽しいものがある。
「空が近いわね」
気球などならともかく運んでいるのがアーマーガアなので比較的上のほうの視界は開けている。
背もたれにもたれながら近づいた空に手を伸ばしながら思わず呟いた一言。直後に腹部に衝撃。
「そうだね! ソラちゃんがとっても近いよ!」
視線を降ろせばタックルでもするかのように抱き着いて来る幼馴染の姿。
「全くアンタは……」
嘆息一つ。
「仕方ないわね」
苦笑した。
ハロンタウンという町にユウリの家はあるらしい……が到着したのはブラッシータウン。
「どういうこと?」
「私の友達がここの研究所にいるからついでに先に紹介しておこうかなって」
まあブラッシータウンからハロンタウンまで徒歩30分もかからない程度の道のりらしい。
そろそろ夕暮れと言っても良い時間帯にはなっているが、まあ特に急がなければならない用事があるわけでも無いし、先導はユウリに任せているので構わないかと納得する。
そこまで大きな街、というわけではないらしいブラッシータウンだったが、さすがに駅前となると多少人通りがあるようで、そのせいか満面の笑みを浮かべながら歩くユウリを見てざわめきが起きていた、
まあユウリ本人は気にした様子は無いが、やはりチャンピオンともなると知名度は高いらしい。
一緒にいる私を指さして妹かな、などと言っている声は聞こえない……断じて聞こえない。
駅前の道を駅とは反対方向へと進んでいくと、それほど時を置かずして大きな建物が見えてくる。
紫の屋根の大きな館と言った感じだが、入口の上にポケモン研究所を示すモンスターボールのペイントが描かれていた。
「ここがマグノリア博士のポケモン研究所だよ……て言ってもマグノリア博士はもっぱら家のほうにいるからこっちはあんまり居ないんだけどね」
なんて言いながら慣れた様子で入口を抜けていく。
「こんにちわ~!」
入ってすぐに木製のカウンター。室内は吹き抜けの広々とした空間になっていて、部屋の奥のほうにはたくさんの本棚にぎっしりと本が敷き詰められていた。どうやら本棚のあるあたりが2階構造になっているらしい、2段重ねになった高い本棚に合わせて階段が作られている。
入口から入った先でユウリが声を挙げると、奥の階段から誰かが降りてくる。
「ユウリ、よく来たな!」
「あ、ホップ! やっほー」
やってきたのは浅黒い肌の少年だった。短く刈った髪にハツラツとした笑みが特徴的な少年。
ここに来る途中ユウリに特徴だけは聞いていたのですぐに気付く、彼がユウリがこちらでできたという友人のホップだろう。
自分を見る私の視線に気づいたのかホップがこちらへと視線を向けて。
「ユウリ、あの頭の上に寝こけたココガラ乗せた子は誰なんだ?」
「前に言ってた大親友のソラちゃんだよ、それにアレすっごく可愛いよね~」
「おお! ユウリが前に話してた子だな、覚えてるぞ」
ぽん、とホップが手を打ち、こちらへとやってくる。
男の子だから、だろうかユウリよりも少し背が高いように見える。
つまり私よりも頭一つ二つ分ほど高い……けっ。
「オレ、ホップ。ユウリのこっちでの友達だぞ、色々話は聞いてるし、会えて嬉しいぞ」
「私はソラよ……ユウリの、まあ幼馴染ね。何言ったかは知らないけど、まあこっちも色々聞いてるわ」
差し出された手を握り返し、互いに握手する。
何というかユウリに聞いた通り、あの笑みは凄い。警戒心とかパーソナルスペースとかそういうのをするり、と抜けて気づけば差し出された手を握り返していた。
なんというか……全身から善人オーラが溢れているような少年だった。
まあ嫌いではない。
「あー、ところでソラ?」
「ん、何?」
と思っていた直後に、その笑みが困惑したような苦笑しているようなものに変わり。
「なんかボールがすっごい勢いで揺れてるぞ?」
「ん?」
言われて腰のホルスターに手を当て……。
「あ」
アーマーガアタクシーに乗るのに二人乗り用座席しか無かったのでボールに押し込めたまま数時間放置して忘れていた弟の存在を思い出した。
ユウリちゃんのソラちゃんへの好感度は100%で表すと120%くらい……え? 100%超えてる?
まあそんなこともあるよ。
まあそれなりに理由はある(設定してるのもあるけど、多分そのうち突然生えてくるのもある