『ミロカロ湖』の北部をさらに東へと進んでいくと『深域』の一つへと突入することになる。
この辺りは『エンジンリバーサイド』にほど近く、エンジンシティからナックルシティへ移動するために『中間域』を通る必要があるため実はそれなりに交通があったりするのだが、現在は人一人いないがらんとした様相を見せていた。
まああちらこちらで『深域』で暮らしているような強力なポケモンが気が立った状態で暴れ回っているのだから並のトレーナーなら命惜しさにそうするだろうことは当然の選択だった。
「これ、いるわね、確実に」
「ですねぇ……」
何がと言われれば、恐らく件のキョダイマックスしたというストリンダーが。
何故かと言われれば非常に分かりやすく『空の色がおかしい』。
『中間域』のあたりまでは普通に晴れていたはずの空が『深域』から少し進んだだけで暗雲に包まれている。
先日自ら試合中に使用したから良く分かる。
これはポケモンがダイマックスした時に起こる現象だ。
つまりこの先に『ダイマックス』しただろうポケモンがいて、そんなポケモンから逃げ出すように他のポケモンたちと何度かすれ違う。
野生のポケモン……それも『深域』に暮らす強者たちがこちらに脇目もふらず逃げていく様を見ればもう何がいるかなんて決まりきっていた。
「山の麓近いからか、岩が多いわね」
「気を付けてくださいね、空があの調子ですし視界が悪いですからぁ」
少し遠くを見ればワイルドエリアを隔てるように山脈が見える。
そこから転がり落ちてきたのか私たちの三倍も四倍もありそうな高さの岩がそこら中に転がっていて、陽が差し込まない上空も合わせ見通しは非常に悪い。
岩の反対側が見えない……どころか巨大過ぎて距離を置かないと上から見ることすらできないので迂闊に進んでいると目の前にストリンダーがいた、なんて展開も起こり得る。
「ストリンダーはキョダイマックスすると姿勢が低いですからねぇ……見えなかった、なんて普通に起こりそうで怖いですぅ」
「まあさすがに音で分かるとは思う、けど」
ぺた、と頬に落ちてきた何かに言葉が途切れる。
手をやり拭えば何かの液体が。
やがてぽつり、ぽつり、と上から降り注いでくる雫に思わず上を向きかけて……。
「雨?」
「っ!!!! ユウゼン!!!」
咄嗟に突き出した手から風が吹き荒れて空から落ちてきた
同時にじくじくと液体に触れた指先と先ほどまでそれが付着していた頬に痛みが走る。
「雨、じゃない! 多分これ……」
空の色のせいで一瞬気づくのが遅れた、だがスマホを取り出し照らしてやればそれが濃い紫色をしているのが分かる。
少し遅れてユウゼンもそれに気づき、すぐさま付着した液体を拭う。
「毒!! 毒ですよこれぇ。私としたことがぬかりました、ストリンダーだって分かってたのに」
ここに来る前にポケモン図鑑アプリでストリンダーのことを調べたのだ。
特にキョダイマックス状態の時の説明として体内に大量の毒液を貯め込んでおり、動くたびに毒の汗が飛び散り、雨のように降って来るという説明があったのを思い出す。
「ごめん、こっちもぬかったわ」
初めてのポケモンだった故に気づくのが遅れた、というのは言い訳にならないだろう。もしあと少し気づくのが遅れて毒液を全身に浴びていればすぐさま撤退しなければ命に係わるほどの症状が起きていたかもしれないのだから。
動揺する心中を落ち着かせるように胸を……心臓のあたりをきゅっと掴む。
服に皺が寄るがそんなことを気にしている場合では無かった。
吹き荒れる風をドーム状にして上から降り注ぐ毒液は弾き飛ばしているが、どんどんと降り注いでくる毒液が周囲を濡らし溜まり始めている。
「ユウゼン、この毒は気化するの?」
「
触れるのもアウトだが、そもそも周囲にあること自体が不味い。となるともう風圧で吹っ飛ばすしかない。
「っ、この雨いつまで続くのよ!」
「体内に100万リットル貯め込んだ毒液ですよぉ!? キョダイマックス状態が解除される……ダイマックスパワーが切れるまで終わりませんよ!」
何より厄介なのはこれだけ雨と降り注ぐ毒液があるというのに、肝心の本体の姿が影も形も無い。どころか動き回る
キョダイマックスストリンダーの全長は図鑑説明によれば大よそ24メートル超。
それだけの巨体が動いているのにその音すら聞こえないほど遠くに本体がいて、なのにここまで毒液が飛散してくるのだ。
「本体を探して叩かないとどうにもならないわね」
最早『どくびし』ならぬ『どくのあめ』状態である。
ポケモンを出した途端に『どく』状態にされそうな勢いだが、かといってここで引けるかと言われれば、だ。
「二人で来たのは正解だったわね……もう二、三人いたらさすがに守り切れなかったわよこれ」
「むしろチドリかクララ呼んで来れば良かったですぅ! 『はがね』タイプか『どく』タイプいないと本気でどうにもならないんですけどぉ!?」
今この『どくのあめ』と地面に溜まった『どくぬま』をどうにかする方法はある。
使う気は無かったが『ぼうふうけん』で『おおあらし』を引き起こし根こそぎ吹き飛ばしてしまえば良い。
常に降り注ぐ雨と吹き荒れる風が毒を薄め、吹き飛ばし、場を清めてくれる。
ただそれをやるには今使える能力をいくつか消す必要があるので、調整するための時間が必要になる。
ゲームのシステムみたいにそう簡単にスキルの付け替えができるわけではないのだ異能者というのは。
そしてその間風が起こせなくなる、つまりこの雨を防ぐ手段が無くなるわけだ。
「ムーくん……はダメね、そのまま爆発しそう。ならガーくん?」
ムーくんを出して全部蒸発させれば、とも思ったが蒸発して気化した毒が誘爆しそうなので却下。
となるとガーくん……だがガーくんの場合この雨を吹き飛ばす手段が。
「雨、雨か……よし、こっちで行きましょう」
一瞬考え、それから腰のホルスターから二つのボールを取り出す。
「来て、ムーくん。それからキューちゃん」
投げたボールから巨体のエアームドが飛び出す。
先ほども言った通り、ムーくん単体だと誘爆しそうで怖いので却下だったのだが。
「はーい! 久々に出番ですね、トレーナーさま!」
もう一体……というか一人というか、キューちゃんを出せば話は変わる。
“あめふらし”
キューちゃんの特性により出てくると同時に雨が降り出し始める。
ざあざあと降り注ぐ雨が疑似的な『しめりけ』のようになっていて、これだけ降っていれば引火も誘爆も大丈夫だろう。
「キューちゃん、適度に『あまごい』しながら天候を維持してて」
「はーい! 分かりました」
「ムーくんは私たちの上でこの『どくのあめ』を防いで」
「キシャァ!」
こちらの指示に従って二匹が動き出すと一端風の防御を解除する。
「あのソラさん? 風、消えちゃいましたけど大丈夫なんですか?」
「ちょっと待ってて、今作り変えてるから」
「……は?」
頭の中で必要なものをイメージしながら感覚で強い強い嵐を組み上げていく。
大きく息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。
心の中で、撃鉄を落とす。
“ ぼ う ふ う け ん ”
直後、私たちを中心として巨大な嵐が巻き起こった。
* * *
「いやいやいや? え? これ、こんな、嘘ですよね!? こんなのもう異能なんてレベルじゃ……」
荒れ狂う嵐を前にユウゼンが戸惑ったように呟く。
ユウゼンの能力はあらゆるものを『数値化』する。
実機というあらゆるものが『数値』で表されるゲームを通していたプレイヤーたるユウゼンにとってポケモンとは『数値』で表すことができるはずのもので、この世界で生まれたユウゼンは気づけばそれを自らの能力としていた。
正確に言えばそれは『異能』とはまた少し違う力であることをユウゼンは気づいている。
あらゆるものを『数値化』できるが故に、『異能』と自分の力が少しだけ違うことを理解できた。
ただそれを具体的に示すことができないのはこの能力が『ユウゼンの認識』に寄って表されるが故でもある。
例えばポケモンの技のエネルギー値を表すのに『PP(パワーポイント)』という実機にもあった概念を当てはめる。
実機のように技ごとに何回まで使えるといった概念ではなく現実においては『〇〇タイプのPPを××保有している』という風に表記され、技ごとに『消費PP』のようなものがあって技を出すごとに『PP総量』が減少していき、時間経過で回復していく様がユウゼンには見える。
これを異能者に当てはめると今度は例えるなら異能で消費しているのは『MP』といった風に表記されるわけだがこれが『メンタルポイント(精神値)』になるのか『マジックポイント(魔法値)』になるのかはユウゼンには理解できない概念となる。
そしてユウゼン自身が使用する力で消費するものは例えると『SP』と表記される。
この時点でユウゼンは自分の使用している力が異能とはまた異なるものであると理解はできるのだが、だったらこの『SP』は何を示しているのか……と言われると首を傾げるわけだ。
そして発動する効果自体は『異能』と何が違うのか、と言われるとまた首を傾げる。
どちらも普通の人にはできない、感じられない力であり……結局普通じゃない『異なる能力』という区分で見れば『異能』であることには違いないのだから。
「でも、どっちでも無い、ですよね」
試合を見た時から気になっていたのだがソラの能力は一見すると『異能』にしか見えないのだが消費している力は異能のそれではない。
だったら何なのかと言われるとユウゼンにも分からないのだが……なんというか見たことも無い言語で書かれていると言えば一番的確だろうか、とにかくユウゼンには理解のできない表記がされている*1。
さらに言えば今展開されているこの嵐……こんなのは最早異能のレベルに留まらない。
確かにぱっと見ただけならば同じようなことができる異能もあるかもしれないが、全てを『数値化』できるユウゼンには分かる。
今行われているのは『世界の書き換え』だ。
異能とは本来そこまで超常的なものではない。
結果だけ見れば超常の産物としか言い様が無いのだが、原理としては『世界の偽装』だ。
例えば『さかさま』なんて異能があったとして、それは『プラス』を『マイナス』に、『マイナス』を『プラス』に偽装しているだけなのだ。上から下に働く重力という力に対して『上』と『下』を入れ換えて偽装する、そうすることで『空に向かって落ちていく』という現象が起きる。『上昇』と『下降』を入れ換えて偽装する、そうすることで『下降するはずの効果で上昇が起こる』し『上昇するはずの効果で下降が起こる』。*2
つまりやってることが例え『宙に浮かび上がる』ような結果だろうと、法則自体は『物体は重力に引かれて上から下に落ちる』という物理的法則が使われている。
だが『世界の書き換え』とはつまり『法則』そのものの書き換えだ。
本来風一つ起こっていなかったはずの場所に、嵐の気配すら無かった場所に『自分を中心として嵐が引き起こされる』という法則を上から貼り付けている。
「こんなのアリですかぁ?!」
チートもいいところだ、もしこの嵐をポケモンバトルに持ち込めばそれは『どうやっても解除できない』彼女だけのフィールドが出来上がるのだから。*3
異能でも同じようなことを起こせるがあちらはどちらかといえばポケモンの技や特性に近い。
つまり後出しで上書きできる、一部の天候のように変更するのに特定の能力を必要とするものもあるがそれでも変更する手段はある。
だがこの嵐は無理だ、何せ『世界がそうある』ように上書きしているのだ。つまりソラを中心として嵐が巻き起こることが今の世界の理となっているのだから。
「何者ですか、本当に」
ユウゼンのような転生者ではなく、この世界特有の異能者という存在でもない。
サイキッカーたちのような超能力者でもなく、これではまるで……。
―――カミサマみたいな。
喉元まで出かかったその言葉をぐっとこらえ飲みこむ。
同時に思いだす。
過去に似たような存在を見たことがあったことを。
「……ムゲンダイナ」
チャンピオンユウリの所有する伝説のポケモン。
公式試合でも何度となく使用されたが故に当然ユウゼンも見たことがある。
ボールから解放された瞬間、
ソラのやっていることはつまり、あれと同類だった。
「えぇ……それホントに人間なんですか」
才能なんて言葉じゃ片付かない理不尽の権化を前にして、思わず顔が引きつった。
書いたの前作だったかもしれないけど基本的にソラちゃんみたいな『超越種』の能力は『世界の書き換え』によって起こっているのに対して異能は『世界の偽装・錯覚』によって法則を誤魔化してるだけなので絶対的な優位性があります。
システム的に言えばソラちゃんの『おおあらし』を解除するには同じ種類の能力……つまり超越種の能力が必要ですがこれができるのは基本的にホウエンの3匹だけですね。
他の超越種は干渉能力自体は勝っても特化の方向性が違うので。
因みにザシアンだけはこの手の能力をぶった切れるので書き換えはできないけど無効化はできる。
ムゲンダイナは実は同じ『天候』干渉枠なんだが、かなりの特殊天候で基本的に他の天候と重複するので無効化はできないが相乗りはできる。
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い