―――僅かの迷いも無く嵐を最大強化する。
轟々と唸る風が砂塵を巻き上げ、どころか周囲にゴロゴロと転がる一抱えほどもある岩すらも持ち上げて吹き荒れる。
ほんの一時の岩と砂を風の壁を作り上げ、即座に隣に立ったユウゼンの手を掴み走り出す。
「走って!」
「は、はいぃ!」
風だけならばともかく風の防壁に混じった岩にぶつかればポケモンだろうと多少のダメージは免れない。
こちらを見て襲い掛かろうとした上空のジバコイルが接近を逡巡する。
それでいい、そもそも推定今しがたまで争っていただろうキョダイマックスストリンダーがまだそこにいるのだ、まだここにいただけの私たちとどちらを優先するか。
逡巡したようだが結局先にストリンダーのほうを向いたのを確認して即座に『おおあらし』を解除し、近くの岩場に隠れる。
「……大丈夫?」
「だ、だい……大丈夫、ですよ」
荒い息を吐くユウゼンがけれど強がるように返す。その手にはいつの間にかボールが握られている。どうやら先ほど出したピカチュウを咄嗟に収めてきたらしい。咄嗟にしては中々の反応だと思う。
呼吸の荒さが収まらない様子だがまあプロトレーナーならすぐに回復するだろう、クコのように年不相応なほどに体が小さく体力が無いというわけでも無いようだし。
「で、あれ何?」
「はぁ……はぁ……すぅーふう。はい、分かりません。分かりませんけど、多分あれがもう一体のバウンティーですねぇ」
「
私が聞いた話だと『ワイルドエリアでストリンダーらしきポケモンが暴れている』という内容だったはずだ。
少なくともダイマックスポケモンがもう一匹……それもバウンティー指定されているようなのがいるというのは聞いていない。
少なくとも、ただ強いから、とか特殊だからなんて理由では普通バウンティー指定なんてされない。
バウンティー指定されているのには相応に理由があり、だいたいは『存在することで生態系を乱す』か『人間の社会において有害であるから』のどちらかが理由になる。
今回の内容で言えばストリンダーが『深域』で暴れているせいで『深域』のポケモンたちが『中間域』に逃げ、押し出されるように元々『中間域』にいたはずのポケモンたちが『浅域』に出てきてしまっていることが問題になるためバウンティー指定の理由としては前者となる。
「そうですねぇ……お話しておくべきだったと今となっては後悔するばかりです。いえ、決してわざと言わなかったとかそういうことではなく、正直今回の件には関係しないと思ってたんですよぉ」
失敗したなぁ、と嘆息しながらユウゼンがそのポケモンについて語り始める。
バウンティモンスター【アンノウン】。
それが最初に現れたのは凡そ一年前。
いや、正確には『現れたと思われるのが』一年前というべきか。
何せ【
基本的にアンノウンは人を襲わない。野生環境で暴れたとかでもなく、建物を破壊したわけでもない。
ならば何故アンノウンはバウンティー指定されているのかと言えば。
凡そ一年前、ガラルのとある街が突然停電した。
停電していた時間はほんの30分にも満たない時間だったが、街から全ての灯りが消え去っていた。
当然街の人間は原因を探った……結果として、発電施設にポケモンが侵入し電気を奪っていったのだろう、という結論に至った。
実を言えばこういうことは過去を遡れば時折あったことなのだ。
『でんき』タイプのポケモンは電気を主食とするものがいるし、そうでなくともおやつ感覚で電線などに群がって電気を食べている『でんき』ポケモンは街中でも偶に見かけられる。
問題はそういった時のために減った電力を過剰発電によって供給するシステムで対策が施されていたはずだということだ。
街一つ分を支える電力なのだ、当然そんなものが一匹や二匹のポケモンで受け止め切れるはずがない……と思われていたので当時は相当な数の『でんき』ポケモンが発電所にやってきていたのでは? という推測がされていた。
ただ問題は街の周囲には『でんき』タイプのポケモンが生息していなかった、ということ。
じゃあ一体何がどこからやってきたのか、そんな疑問を街の人たちが浮かべている間に次の事件は起こる。
今度は遠くの別の街。同じようなことが起こり、同じような結果が出て、そして同じように首を傾げ……また別の街で同じような事件が起きる。
何か、いる。
先も言ったが『でんき』タイプのポケモンが発電所などにやってきて電力を食べているというのは時々あることなのだ。だがそれでも停電まで行くほどの事態となると全国的に見ても数年に一度あるかないか、という程度の話のはずなのに半年で片手の指の数を超えるほどの回数が起こった、となると何かあると考えられたのも当然だろう。
ガラル各地の街で警戒がされる中、何度目かになる停電が起こる。
当然そういう事態が起こり得ると考え警戒していた人たちは即座に発電所にかけつけ……。
空に消えていく何かを見た。
暗い新月の夜だったが故に人々はそれを『黒い影』としか認識できなかった。
ただ羽ばたく音は無かったために鳥ポケモンではないということだけは分かっていた。
それ以降も同じことは何度も起こった。
それは非常に周到だった。
それは非常識なほどに秀逸だった。
人に危害を加えることも無く、建造物を破壊するでも無く、誰もいない時を見計らい、誰にも気づかれない内に発電所の電力を根こそぎ奪い、駆け付けた時には影だけ残して消えていく。
ソレは人と決して敵対することが無かった。
野生のポケモンとは思えないほどに闘争心を滾らせることも無く、人の接近を遠い間合いより感知して即座に空に消えていく。
だからこそ人々に手の打ちようが無かった。
何せガラル各地にいくつもある街のどこに現れるのか、いつ現れるのかも分からず。
暗い夜に空から、或いは地を滑るように現れ短時間で目的を遂げて去っていく。
これに対処しようとするならば発電所周辺に複数人の警備を配するしかないわけだが……いつまで警戒すればいいかも分からない相手をどこに現れるか分からない以上各地に配する、というのは不可能に近い。
しかも人の接近を敏感に察知し逃げていく以上、警戒している間は出てこないことも十分にある。
こうして町を治める人間たちをおおいに悩ませるソレは、バウンティモンスター【アンノウン】とはそういう経緯でバウンティー指定されることとなった。
* * *
「で、その正体不明なバウンティーを実は昨夜ダンデ委員長が発見、戦闘しました」
曰く本来ならばキョダイマックスストリンダーを依頼され赴いたはずなのだが何故かそういう変な運を持っているダンデがよりにもよって正体不明を引き当て戦闘、といっても夜だったこと、さらに遠くから技を撃ち合っただけだったことからダンデ自身その正体を当てることはできなかったらしい。
「ただ『でんき』タイプだったこと、宙に浮いていたことから少なくともストリンダーではなかったというのは分かったらしいですぅ」
そもそもいきなり奇襲気味に攻撃を放たれ咄嗟に躱して対抗したは良いが相手も即座に撤退したらしくシルエットすら判別つかないほどの距離もあってほとんど情報はなし。
「ただぼんやりとですが影が空へと昇って行ったこと、それから放たれたのは『でんき』技だったことから直感的に去年から騒がれていた【アンノウン】じゃないのか、と思ったらしいですぅ」
そもそも野生のポケモンがナワバリに入ってきた相手に攻撃をすることは珍しくないが、一度攻撃して即座に逃げ出すなどというのはどう考えても普通じゃない。
かなり知能が高いポケモン……それもポケモンが本来持つ戦闘意欲、闘争心を抑えることができるほどに理性的、となるとそれが【アンノウン】であるという考えもあながち間違いとは言えなかった。
「でも委員長との戦闘で【アンノウン】はどこかへ逃げて行ったらしいですぅ。今までのアンノウンの神出鬼没ぶりから考えてもう遠くに行ってしまった、と思ってたんですがねぇ」
それがまさかのまだこのあたりにいた、と。
「もしかしてこの辺りがナワバリなんじゃないの?」
「かもしれませんねぇ……何せ今まで何のポケモンなのかすら分かってませんでしたのでぇ」
だがもうほぼ確定なのではないか、とユウゼンは思っている。
じばポケモンジバコイル。
確かにジバコイルなら磁力を操ることで『でんじふゆう』することができる。
そしてコイル種のポケモンならば主食となる電気を求めて発電所にやってくることも良くある。
そして人の接近に素早く気づくその察知能力も微弱な電波を飛ばしソナーを出せるコイル種ならば可能だ。
闘争心の抑制に関してもコイル種のような無機物系のポケモンは通常の生物的ポケモンより闘争心が薄い……というより本能が薄く機械的なきらいがあることが分かっている、これも適合する。
つまり現在判明している【アンノウン】の特徴全てに合致するのだ。
「えーソラさん、ご相談があるのですが」
「片方相手するならやってもいいわよ」
「ぐっ……ですよねぇ」
因みに間に抜けた会話は『ジムリーダーとしては【アンノウン】のほうも無視できないのですがどうにかならないでしょうか?』だ。
ユウゼンの立場を考えればどっちも放っておけないのも分かる。
「まあ……そう時間はかからないと思うけど」
「はい? えっと、それはどういう?」
余りにも突発的な事態に急展開ばかりで思考が追いついていなかったが、落ち着いてシチュエーションを考えれば分かることだ。
「まず私たちがここに来るまでにストリンダーとジバコイルはすでに戦闘に入っている」
「はい、それは分かりますけどぉ……って、あっ」
こちらの言いたいことに気づいたのかユウゼンが目を大きく開く。
さすがは、というべきか、それともやっと、というべきか。
さすが、というならばジムリーダーだけに頭の回転は速いようだ、まあそうでなければポケモンバトルで強くはなれないのだが。
やっと、というならばトレーナーとして野生ポケモンとしての経験が足りてないのだろうと思う。ホウエンでいうならばチャンピオンロードを通過するような経験をしたことがないからこそそこまで察せなかったのだ。
「分かったみたいね、そう、もう戦闘は始まっている。そしてあの『どくのあめ』が降り出したタイミングですでにストリンダーは私たちの上空にいた」
何で? と言われれば間違い無くジバコイルの仕業だろう。『テレキネシス』という技があるが『でんき』ポケモン……かつじばポケモンのジバコイルならば磁力を駆使し相手に『でんじふゆう』をかけるような真似もできるのかもしれない。
本来『でんじふゆう』はそこまで超高度まで届くような技ではないが、ダイマックス状態で出力が強化されているのだと考えればまあ納得できなくもない。
つまりすでに戦闘開始からかなりの時間が経過しているのだ。
通常のフルバトルですら十五分とかからない、ましてポケモンが一対一で戦えばその決着は意外とあっさりつく。
勿論ダイマックスやキョダイマックス状態におけるタフネスも考慮すればまだ戦闘が続くと考えるべきだろうが……それでもストリンダーにはすでに相当なダメージが入っていると考えるべきだろう。
何せ上空から叩き落とされたのだ。
それをジバコイルが追ってきた、というシチュエーションはどう考えてもジバコイルの優勢を示し、すでにストリンダーはかなり追い込まれている。
そして私たちがこうして岩陰に隠れている間にも遠方では再度の戦いが始まっている。
タイプ相性的に考えても、こうして劣勢に立たされていることを考えても恐らくストリンダーにジバコイルへ痛手となる技が無いのだろう。
「問題はだったらどうしてストリンダーが逃げ出さないのか、だけど」
普通の野生ポケモンならばそこまで追い込まれた時点で逃げ出す。
なのにストリンダーは明らかな劣勢でそれでも逃げ出さない。果敢に戦う音が聞こえてくる。
そんな疑問にユウゼンが「多分ですけどぉ」と前置きし。
「キョダイマックスしてる影響で暴走しちゃってるんだと思いますぅ」
そう言ってユウゼンがスマホロトムを操作し、図鑑アプリを起動せさ画面を見せた。
>毒が 脳まで 廻り 暴走。 暴れるたび 毒の 汗が ほとばしり 大地を 汚す。
図鑑にはキョダイマックスしたストリンダーについてそんな一文が載っている。
キョダイマックスストリンダーというのはその膨大な力を『暴走』することで引き起こしている。
とはいえ本来ならばトレーナーの指示を聞く程度の理性は残るのだ。本来ならば。
「推測ですがぁ……暴走の度合いが普通の個体よりも酷いんじゃないですかねぇ」
まともな思考が残らないくらいに暴走してしまっているせいで逃げるという思考が残ってないのかもしれない。
そんなユウゼンの推測になるほどと一つ頷き。
「一応聞くけどこのままストリンダーが倒れるまで待つっていうのは?」
「本当にこのまま逃げないならアリ、なんですけどぉ……」
結局暴走が酷くて逃げる思考すらない、というのもまたユウゼンの推測に過ぎない以上、常に逃走の危険性は存在している。そして逃がしてしまうと再度捕捉するのにどれだけの時間がかかるか、そしてその間にどれだけの被害が生まれるか。
そう考えるとジムリーダーとしては素直に頷けないらしい。
「さっきも言ったけど、もしやるならストリンダーに集中的に攻撃して速攻で落としてジバコイルを相手にすることになるわ。ストリンダーの残りの体力を考えればそう時間もかからない……とは思うけど」
その間もう片方がジバコイルの相手をしなければならない。
そしてこの場合ジバコイルを相手にするのは―――。
「私、ですよねぇ……」
求められているのは時間稼ぎだ、そしてバトルの実力はともかく実戦での能力を求められた時、わざわざ戦力として私を連れてくる程度のユウゼンが暴走状態のストリンダーを相手取るのはリスキーとしか言いようがない。
「う、ぐぐぐ……これが終わったら絶対にリーグ委員会に休暇申請してやりますぅ」
呻きながらも分かった、と頷くユウゼンに一つ目配せ。
「それじゃ……全部ぶっ飛ばしに行くわよ」
ボールを片手に握り、岩陰から飛び出した。
ちょっと補足するとユウゼンさん足手まとい風に書いてますけど、ぶっちゃけトレーナーとしての実力はジムリーダーな時点で足りてます。
ただ野生ポケモンの場合、普通にトレーナーにダイレクトアタックされる危険性があるので咄嗟に身を護る手段が無い場合常にポケモンを出して防御できる態勢を取る必要があるわけですね。
そして常に正面から攻撃してきてくれるだけなら分かりやすいですが、気づかない内に背後から襲撃! なんてことも当然あるわけで、野生のポケモンを相手の戦闘は普通のトレーナー同士のポケモンバトルとは別の能力が要求されます。
いやまあこの世界の住人、スーパーマサラ人じゃないけど大概丈夫だから一発食らっても誤差かもしれないが……。
当小説は結構その辺はシビアなので、寝ぼけたカビゴンの下敷きになっても「お、重い……」で済みません、普通に染みになります。
ダイサンダー食らったら普通にアフロじゃすみません、黒焦げの消し炭になります。
因みにソラちゃんの場合、常に化け物みたいな嵐でだいたいは防御できるのでその辺が大分強い。
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い