「悪かったわよ……だから機嫌直しなさいって」
「……べっつに、もういつものことだなって思っただけだよ」
「拗ねてんじゃないのよ」
「拗ねてないし、姉ちゃんのやることにもう一々怒ってたら身が持たないってだけだよ」
「あんですって?」
「事実じゃん」
対面のソファーに並んで座りながら互いに睨み合っている姉弟を見やりながら隣に座る友人と二人苦笑する。
折角だし座ってお茶でもしながら落ち着いて話そうと誘ったのはホップだが、この姉弟は先ほどからずっとこの調子だった。
お陰でまだまともに話せては無かったが、それはそれとして家族ならではの姉弟喧嘩を見ているのは微笑ましかった。
―――オレは……兄貴とはそういうの無かったなあ。
なんて少しばかり過去を思い出す。
ホップとしては憧れだった兄に対して喧嘩に発展するような感情を抱いたことが無かったのだが、こうして見てみるとこういう家族の繋がり方もあるのか、と何となく斬新な印象を受けた。
「仲良いな、この二人」
「だよね~。ソラちゃん何だかんだでアオ君のこと大好きだし、アオ君も何だかんだソラちゃん大好きだからね~」
「「誰がこんなやつ!!」」
一瞬の間も置かずにぴったり揃って反論を返す二人にまた笑みが零れる。
しかし、まあこうして見ると本当に良く似た姉弟だった。
性別の違いで微妙に違いはあるが、同じくらいの身長の時に髪を同じくらい伸ばして同じ格好をさせたら絶対に見分けがつかないな、と思う。
これでこの姉弟の片方が人間で片方がポケモンだなんて誰が思うだろうか。
ヒトガタ……つまり擬人種。
人の形をしたポケモンの呼び方。
その最大の特徴は『強さ』だと言われている。
だがそれはトレーナーの理論だ。
ホップは研究者としての道を選んだが故に擬人種が何故擬人種足りえるのか、というその理由を知っている……というか薄々気づいていたが、この姉弟。
「もしかしてだけど……二人はウスイ博士の家族なのか?」
感じていた違和感に疑問が口を突いて出る。
その言葉に先ほどまで仲良く喧嘩していた姉弟が揃ってぴたり、と止まりこちらへと視線を戻す。
それから一瞬、また二人で視線を合わせて……姉の、ソラが口を開いた。
「そうよ、父さんのこと知ってるの?」
「多少なりとも研究職をかじってれば擬人種の研究の第一人者の名前を知らないなんて無いんだぞ」
ホウエン地方のウスイ・ハルト博士は世界で十数年前においてほぼ唯一と言っても良かった『擬人種』の研究者である。
擬人種……当時のヒトガタというのはとにかく強いポケモンの代名詞であり、だからこそトップトレーナーたちが喉から手が出るほど欲したために研究に回せるような個体がいなかったのだ。
ジムリーダーや四天王、果てはチャンピオンが持つ……それもエースクラスのポケモンたちを研究のために貸してくれ、とはさすがに無理がある話で。
その希少性と需要の関係上、擬人種の研究はいつになったら進むのか、と思われていた当時。
トップトレーナーたちの中でも一握りのパーティに1体……ないし2体いれば多い方と言われていたヒトガタポケモンを10体近く集め、研究を始めたのがウスイ・ハルト博士だった。
その研究報告には一時期学会が騒然とした。
曰く。
擬人種とはポケモンが『性交』を行うための一種の『進化』形態である、と。
そもそもの話、ポケモンには雌雄における『差異』というものが存在しない。
雄と雌で姿が変わるポケモンもいるのだが、それでもその体内における作りというのは基本的に同じなのだ。
簡単に言えば『生殖器』が存在しない。雄に『男性器』は無いし、雌に『女性器』が無い。
だからこそ育て屋などで偶に見つかるタマゴも『産んだ』のではなく『どこかから持ってきた』という言い方をするのだ……するしかないのだ。
生物学的に言えばポケモンは『性別が無い』生物なのだ。
かと言って単為生殖できるのか、と言えば雄と雌がいなければタマゴが生まれないことを考えるとおかしいことになる。
そもそも単為生殖するなら雄と雌で区別する必要が無くなる。
まあこの辺を研究している研究者もいて、それについての考察等々色々あるのだがそれは置いておいて。
人とポケモンは全く別の種族だ。
だがポケモンは人類の隣人と言われるように人と心を通わせることができる生物でもある。
故に時々だがいるのだ……ポケモンを真剣に愛する人間というのも。
自分と全く違う姿形をしていても。
種族的に……いや、生物的に繁殖を不可能としていても。
それでもポケモンを愛し、結婚する人間というのは世界中で一定数存在する。
そして人がポケモンを愛するように、ポケモンもまた人を愛することもある。
そして、だからこそ『人と交われる』体をポケモンが求め。
―――それを可能とするだけの『才能』があるポケモンが『人の形』へと変異する。
人と交わるために人に適応し人の形を成したポケモン。
つまりそれがヒトガタ……『擬人種』である。
というのがウスイ博士の理論であり。
論より証拠とばかりにウスイ博士は『ヒトガタポケモン』との間に子供を為したらしい。
つまりその子供というのが……目の前の二人なのだろう。
論文の発表に先駆けるように世界中で擬人種の数が増大し、擬人種が一般社会に馴染むにつれて十年以上経った。
元々全く姿形が違う時だってポケモンを愛する人間は世界中にいたのだ。
まして自分と同じ姿になった相手ならばさらにそのハードルは下がるのも当然の話で。
今となっては人と擬人種が結ばれた、という話もちらほらと聞くようになっている。
社会的に言えば『子を為せる以上は問題無い』というのが結論らしく、だいたいの地方では受け入れられている。
だがそれは今となっては、の話だ。
まだ世界的に希少だったヒトガタポケモンと子を為した、なんてウスイ博士以外にいるのかどうかすら怪しいし、ソラとアオの年齢を考えると必然的にウスイ博士との関連性を考えてしまっていたが、どうやら本当に関係者……というか実の娘と息子だったらしい。
研究者を目指す身としてはその分野で一角の人物であり、擬人種研究の先駆者でもあるウスイ博士のことは尊敬している。
ただ。
「何年か前からウスイ博士は公の場に出てないらしいんだけど、今は?」
何年か前からウスイ・ハルトは公から姿を消した。
まあ今も研究所は稼働しているらしいし、どこかで活動はしているのだろうが、というか十二年ほど前に発表したという擬人種の論文から先、ウスイ博士の研究はなんというか……手広過ぎる。
確か擬人種の考察の次に発表したのが『ポケモンの能力値の考察』で今のポケモン図鑑におけるポケモンの能力……ステータス表示の参照元ともなった。
その次が『ポケモンの後天的能力値上昇要素基礎ポイントについての考察』でプロトレーナーたちから内容を絶賛され、今でもポケモン育成の理論の一つとして取り入れられている重要な論文だ。
それから元ホウエンチャンピオンのツワブキ・ダイゴ氏との共著で『技の分類・仕様・仕組み』の研究論文。アローラ地方でポケモンの技を研究する博士が、学会で興奮し過ぎて倒れたとかいう……この論文を元にブリーダー協会が技術研究を重ねることで『育成で技を創り出す』ことが可能となったとかなんとか。
他にもいくつかの論文や研究発表がされているのだが、どれもこれも『擬人種』とは余り関係が無さそうなものばかり。でも発表した研究や提出した論文が大概何がしかの反響を呼んでいるせいで、特に有名というか代表的なのが『擬人種』についての研究というだけで実際には興味のあることならなんでも研究してるんじゃないか、とか言われている。
「父さんなら今はイズモに新設された『公認トレーナースクール』で教鞭を取ってるわよ」
「ああ! 例の条例で作られたやつだな」
トレーナースクールは割とどの地方にもあるポピュラーな施設だろう。
ただしその頭に『公認』の文字が入るとこれが一変する。
ポケモン協会の規定としてはポケモン協会の統括範囲内地域における『成人』は基本的に10歳とされている。
『小学校卒業みんなが大人法』とかいう名前を考えた人間の頭が狂っているとしか思えないような名前の法律でそれはきちんと規定されている。
この『成人』と同じタイミングで『ポケモン保有資格』の取得が可能となる。
内容自体は講習と簡単なペーパーテストで半日ほどで終わるので大概成人と同時にみんな取ってしまうのだが、何年か前まではここにさらに『トレーナー資格』試験があった。
この世界では至る所にポケモンがいて、ポケモンと共に戦うトレーナーがいて、トレーナーがいればポケモンバトルが発生するが、実のところこの『トレーナー資格』が無ければ『正規トレーナー』として認められない、ただの自称トレーナーになるのだ。
まあこの試験も同じようにペーパーテストで簡単に手に入るのでだいたいの人間が持っていたのだが、実際のところ正規トレーナーでなければ何か困るのか、と言われると大半の人間は実は困らない。
正規トレーナーになるとポケモンリーグ提供のいくつかの権利が与えられる。
その中で最も大きいのは『リーグ公認ジムへの挑戦資格』だ。
逆に言えば別にポケモンリーグを目指さないのならば正規トレーナー資格など無くても困らないのだ。
というか正規トレーナー同士がバトルする時は『賞金の設定』やら『ルール制定』やら色々面倒が増えるので真面目にトレーナーを目指すつもりが無いならあえて取らない、という人も一定数いたりする。
まあそんなわけで、だいたいの地方において『正規トレーナー』であることはハードルが低かったのだが。
近年になってこれが見直されるようになってきた。
―――準トレーナー規制令。
確か発布されたのは十年前だったはずだ。
全国のポケモン協会が協議を重ねた末に実施された、
逆に言えば十二歳未満の子供は正規トレーナーとして認められない、ということだ。
これまで十歳の子供でも解けるレベルだったペーパーテストの難易度がぐんと上がり、そもそもテストを受けるための年齢条件が十二歳にまで引き上げられた。
これによって今まで十歳で旅を始めていた子供たちが十二歳まで待つようになり、さらに十二歳になっても難関のテストを潜り抜けねばトレーナーになれなくなった。
―――これが解けるなら知識面だけならそのままエリートトレーナーになれる。
とすら現役プロトレーナーに言わしめたほどの難問でトレーナーとして生きることができる子供の数がぐんと減った。
『公認』トレーナースクールとはそんな制度が生み出した『救済処置』である。
通常のトレーナースクールがポケモンの基礎的な知識やバトルの初歩の初歩を教えている学校だとするならば『公認』トレーナースクールは『プロトレーナー育成所』と言ったところだろうか。
少なくともこのスクールを卒業できればそのままテストをパスして『トレーナー資格』が手に入る、と言えば分かるだろうか。
当然ながらその教鞭を取るのは知識ばかりの人間であってはならない。
未来のプロトレーナーを育てる教育機関なのだから、そこで教鞭を取るのは『同じ目線』を持つ人間……つまりプロトレーナーでなければならない。
そういう事情もあって、その需要の割にその数は未だ全国的に見ても多くはない。
まあ確かにウスイ博士ならば教師としては適格だろう。
すでに現役は引いているとは言え。
その強さは未だに折り紙付きであり……。
「羨ましいな、オレもその授業受けてみたいぞ」
素直にそう思ったので口にすると。
「えっと……うん、そっか」
ソラが何とも言えない表情で口を濁したのに首を傾げた。
* * *
別に父さんが嫌いというわけではないのだ。
昔は凄く強かったというのも聞いているし、今でも研究者として色々功績を残していて尊敬もしている。
父さんも母さんたちもみんな家族仲が良く、結構幸せな家庭だと思う。
ただ娘としては母親が7人もいることに思うことが無いわけでも無い。
何より。
母さんに似ている、と良く言われるが自分の母も昔は私と同じくらい小柄だったらしい。
そんな母さんと……そういうことをして、結果的に生まれたのが私とアオということになる。
今の私と同じくらいの時に?
と考えると余計にもやもやしたものが残る。
別に父さんが襲ったとか無理矢理したとかそういうわけではない。
互いの合意で、その上父さんも当時はまだ十二歳……体格的に考えればまあそこまで無理ではない。どう考えても早すぎるとは思うが。
ただ今の自分と同じくらいの時に母親が孕まされたという事実を知っていると、それをやった父親に対して娘としては複雑な感情を感じられずにはいられないわけだ。
さっきも言ったが別に嫌っているわけではないのだ。
下の弟や妹たちも可愛いし、大家族ではあるが全員ひっくるめて愛してくれている父親を好いてはいる。
ただどうしても……ねえ?
なんというかこう……。
服とか一緒に洗って欲しくないなあ、とか思うし、父親が入った後のお風呂はお湯を入れ換えたいなあ、とか思うだけなのだ。
言ったら父さん泣きそうな気がするが。
というわけでソラちゃんとアオくんは前作主人公の子供たちだったんだヨー!
ナ、ナンダッテー?!
まあ前作読んでた人なら「知ってた」だろうけど。
自分で書いててなんだけど、改めてこう……酷いね???
いや、まあドールズ読めばわかるけど、あのタイミングでソラちゃんたち『仕込んで』なければバッドエンド一直線だったわけだからタイミング的には仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど……それでもやっぱ娘目線で見たら『自分とそっくりの母親』を『自分と同じ年齢くらいの時』に致した……となるとやっぱね?
ソラちゃん今13歳、今年で14歳……お年頃なのです。
エアちゃんの子供だけど、ソラちゃんはれっきとした人間だからね……色々とやばいもの受け継いでるけど。