世間一般でのイメージでいうところのプロトレーナーは年がら年中ポケモンバトルのことばかり考えている廃人みたいな部分がある。
まあ一部のトレーナーにそういう面があるのは否めない事実ではあるのだが、実際のところプロとして活躍しているトレーナーほどメリハリは大事にするため休養日というものを設ける。
何せポケモンバトルをすること自体が余程楽しい、ポケモンバトルが生きがい、なんて人でない限りは一年を通して勝った負けたを繰り返すプロの舞台で精神をすり減らし続けるのだ、偶にはポケモンバトルのことを何も考えない日、というものを作って精神を休めなければやがてポケモンバトルそのものに忌避感を覚えるようになる。
さらに言えば基本的にポケモンバトルにおいてトレーナーは激しい運動をするようなことは無いが、常に思考を全力で回し続けるだけでも相当な疲労が溜まる以上、試合後はその疲労を抜く必要がある。
私の場合ターフスタジアムでの試合後というのに加えて野生のポケモンとのバトルという命の危険に骨身を削るような試合とは別ベクトルの疲労もあって三日ほど完全休養することに決めていた。
のだがワイルドエリアで見つけたタマゴ、そこから孵った新しい仲間。
その世話で丸三日の休養日は完全に潰れていた。
「はぁ……」
「だいじょーぶ? おかーさん」
思わず零れた溜め息。
そんな私の様子を見て、私の背にぶら下がる子供はきょとんとした表情で首を傾げた。
「大丈夫よ、あとお母さんは止めなさい」
降りなさいと言ってみても、いや! と強く抵抗されてしまい諦めはしたが正直日がな一日子供一人背負い続けさせられるのも中々に骨が折れる。
まあそうはいっても本気でダメだと言えば多分諦めるのだろうが……まあいいか、と思ってしまって強く言えないからこうなったのだが。
「……はぁ」
再び嘆息。
いくら擬人種とは言え数日前にタマゴから生まれたばかりでは肉体的にはともかく精神的には未熟だ。
擬人種……そう、つまりこの子供はポケモンなのだ。
まあタマゴから生まれたり、生まれたばかりですでに10歳前後の子供の姿な時点で当たり前と言えば当たり前だが。
正確には外見的には10歳前後の子供なのだがそのサイズは人間の子供の5分の1ほどだろうか。まあポケモンのタマゴのサイズに収まっていたのだから当たり前と言えば当たり前の話。
だが生まれて三日ですでにそのサイズは人間の子供と大差ないほどに育っているのもまたポケモンだから、としか言いようがない。
寝て起きるたびに2,30センチほどずつ身長が伸びていくのだから生命の神秘としか言いようが無かった。
「どうしたものかしらね」
座るのに邪魔だったので前に抱きかかえながら椅子に着くとスマホロトムの画面をタップし、次の目的地となるバウタウンまでの道のりやジムチャレンジ期間中にやるべき行動目標を記載した一覧を表示する。
本来ならば明日からまた次のジムに挑戦するために移動する予定だったの、だが。
「完全に予定外なのよねえ」
手持ちに関しては必要があれば増やすかな、くらいのつもりだったのだ。
それがユウゼンの依頼でこんな拾い
どうも私の腕の中でべたべたとくっついて来るこの子はあのキョダイストリンダーやジバコイルの戦闘の影響で発生した電流が地面を伝わり発生した磁場に大きく影響を受けていたらしく、もうすぐ産まれそうなほどにエネルギーを蓄えていたのだがそこに私が手に取ったことによりそこから伝わるエネルギーによって生まれた……らしい。
このパターン二度目では?
ガーくんの時も同じようなことがあったのでまさか、と思えばどうも『ひこう』タイプの血統*1を強く持った個体だったらしい。
一応言っておくが『ひこう』タイプのポケモンのタマゴを私が持っただけでいくらでも同じようことが起こる、などということは基本あり得ない。
つまるところ
それこそ生まれた時から『専用個体』になっていたガーくんと比較できるほどに。
―――育てれば必ず戦力になる。
それが分かってしまう、だからこそ悩ましいのだ。
「予定が変わり過ぎるのよねえ……」
例えばダーくんたちのような元より野生環境で生き抜いてきた歴戦のポケモンたちならば多少の予定の変更は気にせずに育成しただろう。
元より野生の時に磨いた戦法がある程度完成されており、後はそれを高めながら私の能力にアジャストしていくだけだ。一週間もあれば実戦に出せる程度には育成できる自負がある。
だがこの子の場合、生まれたばかり、なのだ。
戦う恐怖も、傷つく痛みも知らず、強くなる意思もあるかどうかも分からない。
私との相性は非常に良く、さらに擬人種という点で種としての一定以上の才能は保証されている*2。
だが逆に言えばそだれけしか保証されていないのだ。
今の手持ちが不足しているわけではない。
寧ろ育てることができてあと一体が限界だろうという程度には数も質も充実している。
寧ろ当初は育てる気が無かったのだ。
もう完全に自分のことを親のように慕って来るのでさすがに野生に投げだすような真似をする気はないが、所有したポケモンを必ずポケモンバトル用に育てなければならないという決まりなど別に無いのでバトルに出さないポケモンとして扱おうと思っていた。
この子のデータを見るまでは。
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【名前】
【種族】トゲピー/擬人種/特異個体
【レベル】1
【タイプ】でんき
【特性】ちくでん
【持ち物】
【技】はたく/なきごえ/でんじは
【備考】色違い。
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カラーリングから多分そうじゃないかと思っていたのだがやはりトゲピーだったらしい。
ただちょっと色が違うようなと思っていたのだが、まさか色違いとは思わなかった。ただこの場合重要なのは特異個体と表記されるその理由が体色の差異のみ留まらない原因のほうだった。
「ちょうど手持ちにいないのよね……『でんき』タイプ」
先も言ったが、生まれるまであのタマゴはストリンダーとジバコイルの戦闘の影響を強く受けていた。
そのせいか知らないがタイプが本来の『フェアリー』から『でんき』に変わっているし、特性も『ちくでん』になっているし、本来先天的に覚えることのない『でんじは』を覚えている。
さらに気になって他の特性もあるのか調べてみたがもう一つが『そうでんせん*3』で、最後の一つが『てんのめぐみ*4』だった。
『てんのめぐみ』に関しては元々トゲピーという種族が持っているので良いとしても、『ちくでん』や『そうでんせん』など基本的に『でんき』タイプのポケモンしか持つはずの無い特性だ。
タマゴの段階で余波とは言え強力な電撃から命を繋ぐために『ちくでん』という『でんき』タイプの技をエネルギーとして自身に蓄える力を身に着けた、と考えるのが自然だろうか?
或いは遠くホロン地方のように電撃によって発生した磁場によって体質が変化したのか。
理由はともあれ今私の腕の中ですやすやと眠っているこの子は今の私のパーティにちょうどいなかったタイプであることに間違いなく……だからこそ育てる、という選択肢が浮かんでしまった。
実際のところ、この子を育てるとするならば一体どれほどの時間を要するのだろうか?
育成に一月も二月もかかるのは育成リソースをパーティ全体に分けるからだ。
たった一体に集中すれば時間は大きく短縮できる。
ただそれでも二週間はかかるだろうし、それでも突貫にしかならないだろう。
特に実戦を交えないままに育成が完了する、というのは基本あり得ないと言っていい。
「そうよね……結局そうなのよね」
育成を後回しにしても結局実戦を交えないことには完成はあり得ないのだ。
後にしても先にやっても同じ、寧ろ後回しにしたほうが実戦の回数が減る分、損かもしれない。
「……後はこの子のやる気次第、かしらね」
すっと手を伸ばし、胸元ですやすやと眠るその頭を撫でてやる。
「……うへへ、おかーさん」
にへら、と笑みを浮かべながら呟かれる寝言に苦笑し。
「よし、決めたわ」
後でもう一度ちゃんと言ってやる必要があるな、と思いながらぽんぽん、とその背を軽く叩き。
「アンタ、今日からスーちゃんね」
たった今決めたばかりのこの子の名を呼んだ。
* * *
寝こけたスーちゃんを部屋のベッドに転がしておき、スタンドライトの灯りを頼りに荷物からメモ帳を取り出す。
私が幼少の頃からシキ母さんに手伝ってもらいながら作り上げた『育成』に関するメモ。ある意味私のトレーナーとしての半生が詰まったと言って過言ではないだろうそれをぱらぱらとめくりながら思考に没頭する。
―――やはり最低二週間。それ以上はどうあっても縮まない。
そうして考え抜いた結論がそれだった。
ベッドの上ですやすやと眠る子供……スーちゃんの育成にかかる時間を育成メモを見返しながら何度となく計算してみるが、ジムチャレンジに出すための『最低限』の育成を施すのに必要な時間が二週間だった。
次のジム戦に出すのならばこればかりはどうにもならない、と溜め息一つ。
「やっぱり予定、変える必要あるわね」
次にスマホロトムの画面をタップしてスケジュールを開き、独り言つ。
ただのポケモントレーナーならともかく、プロトレーナーというのは基本的に年間の試合日程や大会スケジュールなどが事前に決まっているため、年間を通してある程度の計画性を持って動く必要がある。
何度も言うがポケモンの育成というのはとにかく時間がかかるのだ、試合前日になっていきなり修正を、と言っていきなり訓練してきたものを変えるのは不可能に近いし、試合直前まで疲労を引きずるような事態になれば本番でパフォーマンスを発揮しきれない可能性だってある。
故に事前に『この期間中に情報を集める』『この期間中に育成をする』『試合前からこの期間までは休養に当てる』などの予定を決めて動くのが正しいあり方と言える。
とはいえジムチャレンジに関してはいつジムに挑戦するのかは基本的にチャレンジャーに任されているためその辺は大分緩い。
だがその緩さにかまけていると四カ月という時間はあっという間に過ぎてしまうわけだ。
故にまだ勝手の分からない『推薦枠』はともかく『チャレンジ枠』のトレーナーならばだいたい全員がジムチャレンジ開始前からチャレンジ期間中の大よそのスケジュールは決めてしまっているだろう。
実際私もそうだ。ジムチャレンジの受付をし、申請をしてからの待ち時間などもあるためある程度ルーズに……時間的な余裕を持たせて組んでいるが、少なくとも最初のジムを一週間以内に終わらせて休養日も含め十日以内には二つ目のジムであるバウジムへ受付、申請をしておく予定だった。
だが今から二週間、スーちゃんの育成に時間をかけるというのなら計画を大きく変更せざるを得ない。
「猶予を前倒しして育成に充ててるわけだしどうしても後半がタイトになるわね」
別にバッジを8つ集めるまでのタイムアタックではないので二カ月で終わらせようと四カ月ギリギリまでかかろうと大きな違いというのは無いのだが……。
「スーちゃんの育成に二週間、それにユウゼンから聞いたガラル固有の育成に関しても時間を割かないといけない、となると」
最初に組んだスケジュールはほぼ最短の二カ月でジムチャレンジを終わらせる予定だったので、残り二カ月分の猶予はある……予定通りに行けばここで育成に二週間取られても三ヵ月はかからないだろう。
ただユウゼンから聞いたガラル地方……正確にはスタジアムでのみ効果を発揮する育成の数々にどの程度に時間がかかるか。先日のダンデ選手の試合を見ればこの先ガラルで戦うにあたって欠かすことのできないものであることは明白だったが故に悩ましい。
「後は育成施設の確認もしないと……」
正直スーちゃんのような生まれたばかりのポケモンならば施設を使うよりその辺のワイルドエリアの浅域で実戦させたほうが良いし、ガラル固有効果の育成ならば普通に育成施設で果たして付与できるかどうか怪しいので必須ではないのだが、借りることができるか否かは割と前提条件が変わるので知っておく必要はあった。
「周辺で育成施設の検索は、っと」
音声入力に反応してロトムがスマホを操作し、あっという間に周辺の育成施設をピックアップしてくれる。
スタジアム内の施設などは基本的にジムトレーナーの専用なのだがジムチャレンジ期間中はチャレンジャーにも開放されているので予約すれば借りることはできる、のだが。
「うわ……いっぱいじゃないこれ」
ヤローに負けて育成に励む『推薦枠』のトレーナーで予約は埋まっていた。
周辺の施設も軒並み全滅である。
「となると無しでやるしかないかしらね」
と思いながら検索画面を眺めていると。
「……あら、預かり屋があるのね」
ターフタウンから続く5番道路に『預かり屋』施設があることに気づく。
『預かり屋』という名前ではあるが、やってることは『ポケモンたちがタマゴを作るための環境』を整えることだ。
ポケモンというのは人の見ている前では絶対にタマゴを作ったりしない。
これまでに一人たりともポケモンがタマゴを生んだ瞬間を見た人間はおらず、故に育て屋などでは『ポケモンがタマゴを持っていた』或いは『持ってきた』などと表現する。
なので普通のトレーナーの手持ちがいつの間にか勝手にタマゴを作っていた、なんてことは普通は無いし、逆に言えばタマゴを作りたいならタマゴを作る……正しくは『タマゴを持っている』環境を作る必要がある。
『預かり屋』というのはつまりそういう施設だ。
昔は『育て屋』と兼任するパターンが多かったが、現代においてプロトレーナーは自分でポケモンを育てるか、育成が苦手なら専門のブリーダー*5を雇って代理で育ててもらうので『育て屋』というものの需要が年々減少している。
そのため最近では『育て屋』というもの自体が無くなってきて『預かり屋』一本に絞って運営している店舗も多い。この店もそのタイプだろう。
だが逆に言うと大概の『預かり屋』というのは過去には『育て屋』をしていた時期がある。
つまり昔使っていた育成のための環境や施設が未だにあることが多いのだ。
それらを借りることができるかどうか、聞いてみる価値はあるだろう。
「よし、方針は大まかに決定ね」
窓の外を見やればすっかり日は落ちて闇が広がっている。
時計へと視線を映せば時間はすでに十時を過ぎていて。
「私も寝ないとね」
そう思いながら椅子から立って体全体で伸びをする。長時間椅子に座っていたせいで硬くなった筋肉が解れていくような感覚が心地よかった。
そうして伸びをしながら見えたベッドの上には未だに熟睡している幼女の姿。
「……はぁ」
起こすのも忍びないと嘆息しながらベッドの奥へとスーちゃんを押し込み、その隣に寝ころぶ。
スーちゃんも自分も体格が小さいので一人用のベッドのはずなのだが普通に二人寝転がることができたことに何とも言えない物悲しさを覚えながら。
「おやすみ、スーちゃん」
傍らに眠るスーちゃんの頭を一度撫で、にへら、と笑みを浮かべたその表情に苦笑しながら自身もまた目を閉じた。
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い