ガーくんが擬人種になった。
その事実に頭を抱える。なんだったら頭痛もしてきそうだった。
前提として言っておくと原種*1と擬人種の間に能力的な差はない。
元の3メートルほどの巨大な鳥ポケモンの姿だろうと、今の身長150超えた程度の小柄な少年の姿だろうと図鑑で計測、算出される能力値は常に同じになる。
ただしそれ以外は割と変わる。
一番分かりやすいところで外見だろう。
何を当然のことを、と言うかもしれないが全長が変わっているのだから当然『直接攻撃』等の技のリーチも変われば体重が変わるので『重さ』で変化する技等の効果も変わる、何より重心も変わるので体の動かしかたまで異なって来る。
そしてそういう違いは『技術』である裏特性や技能にまで影響してくるのだ。
調整できるレベルならば問題は無いが……下手をすれば育成し直しである。
すでにジムチャレンジも始まった今の時期になってガラルに合わせてキョダイマックスエースに添えたポケモンが育成し直しなど普通ならあり得ないことだ。
「スーちゃんの育成だってまだ抱えてるのに……どうすんのよこれ」
スーちゃんをゲットしたあたりで事前に立てていたジムチャレンジの予定はもうガタガタだったがガーくんの擬人化でとうとうボロボロに崩れてしまった。
完全に予定組み直しだ。いや、その辺はまだ良いのだ。いや、良くはない、良くはないがまだどうにかなる範囲だ。
まだバッジ一つ目、一月も経っていないのだから組み直しは可能だ。予定外の労力にがっくりと肩を落としはしても気を取り直してやって行けばいい。
問題はガーくんの擬人化が完全に私の予定の外で起こったことだということだ。
何を言っているのかと思われるかもしれないが、これでもトレーナーとして手持ちのポケモンたちとの関係を良好に保つための努力はしているつもりだ。
訓練ばかりではストレスも溜まると気晴らしもさせているし、適度にボールから出してコミュニケーションしたりもしている。
ガーくんは『専用個体』だけあって原種であっても意思疎通に困ることも無く、だいたい考えてることは理解していたし、どんな感情を持っているかも分かっていた……つもりだった。
それがいきなり、である。
それらしい兆候も無くいきなりだ。
いや、正確には昨夜部屋の中で出てきたのは兆候だったのかもしれない。
だが不満と呼べるほどのものでも無かった。甘えたがりなのは分かっていたし、構ってやれば良いと思っていた。
だが一晩経ってみればこの有様である。
擬人種……正確には擬人種への変貌を指して専門用語では『擬人化』などと言ったりもするもするらしいが、原種から擬人種への変貌……擬人化というのはそうそう起こることではないが全く起こらないわけでも無い。
というかキューちゃんなどはまさに進化の過程で擬人化した個体と言える。
だがキューちゃんに関しては正直そうなる可能性はあるかもとは思っていた。
元より人懐っこい子だったこともある、初対面で無警戒に人に寄って来るような野生のポケモンならば素養さえあれば人と触れ合う内に擬人種になることもある。
だがガーくんの場合、その可能性を考えていなかった。
原種の姿でも十分に満足していたように見えた。特に人の姿に憧れているようには見えなかった。人の姿を渇望するような様子も無かった。
そもそもガーくんは専用個体だ。
つまり私に進化の際に原種のまま進化したということは原種の姿が私というトレーナーにとって最適だと本能が判断しているわけだ。
にも関わらず擬人化した、というのはつまり本能を超えるほどの情動をガーくんが抱いたということであり、それだけの感情を私が見抜けなかった、ガーくんのことをきちんと理解しきれていなかったということに他ならない。
否それだけではない。
もしかしたら他の子たちも予想もしていない場面で突然擬人化してしまう可能性だってあるのだ。
実際ガーくんに関して予想できなかったのにもう一度同じことが無いと言えるはずもない。
ポケモンが擬人化するには『人と共にあることを望む』ことが必要だとされる。
だが
だからポケモンが原種から擬人化し擬人種となるというのはちょっとやそっとの渇望では起こりえない。
文字通り本能が自らの体がそれを欲するほどの体に染みつくような願い。
それが奇跡のような変貌を引き起こす。
だが結局私は研究者ではないのでそれ以上のことを知らない。
もっと具体的に知ろうとするならば、専門的な知識を得ようとするならば専門家に聞くのが最も手っ取り早い方法なのだろう。
擬人種の専門家。
幸いというべきか、私にはその心当たりがある。
ついでに言えば伝手もある、あまりにも太い伝手がある。
故に今ここで電話一本かければ話を聞くことができるだろう。
「……あんまり頼りたくないわね」
自身のそんな感情を無視すれば―――だが。
* * *
『で、俺に電話かけてきてどうすんのさ』
「うっさい、それよりアンタも擬人種でしょ、なんか分かんない?」
電話の向こうで呆れたように嘆息する弟に、内心で今度会ったらしばくと決めながら催促するとしばし考えた上で。
『いや、分からないかな』
「しばくわよ」
あまりにも端的な回答放棄にスマホを握る手と声に力が籠る。
『つっても俺がガーくんに会ったのもう一か月近く前の話だしね。そっちでどんなことがあったとか良く知らないし。それに今のガーくんってもう進化したんだろ?』
「そうね、もう最後まで進化してるわ」
『とするとやっぱり分からないかなあ。俺も進化した時に感じたけど、何というのかな心が一足飛びに成熟するような一気に歳を取るような……そんな感覚。それを二回も経験してるんだからココガラの時とはもう別人みたいなものだよ』
「心が成熟、ね」
その割に甘えたなところが変わらないような気がするのだが。
『まだ自分の心に上手く慣れてないんじゃないかな? 特に一回目の進化と二回目の進化が早かったんでしょ? 幼かった心が突然二度も大きく成熟したせいで心と体のバランスが取れてないのか―――』
そこで一度言葉を止める。
『いや、やっぱりはっきりとしたことは分からないや。俺も本質的には野生のポケモンの擬人種のことは分からないし』
「そう、ね……」
アオは確かにポケモンだ。擬人種だから人の形をしているし、幼い頃は本当に私と瓜二つなほどに似ていたが、それでもポケモンなのだ。
だが同時にどうしようも無く人の手で育ってきたポケモンだ。
私の双子の弟として、家族として、共に育ってきた。
自らの親を知り、親に愛情を持って育てられた。
その辺りはガーくんと違うのかもしれない。
『やっぱりこの手のこと父さんに頼むのが一番だと思うよ』
「う……うん、まあそうなんだけど」
『こんなこと姉ちゃんに言っても理解されないと思うけどさ』
「……ん?」
『一つだけ言わせてもらうなら』
なるべく先延ばしにしていた結論を告げられて言葉に詰まる私にアオが少し溜めて。
『人もポケモンもそんなに変わらないと思うよ』
そんなことを言った。
* * *
「仕方ない、か」
少しだけ躊躇しながらスマホロトムに登録された連絡先をタップする。
時間はすでに夕方を過ぎて夜も近くなっている。
さすがに仕事も終わっているだろうと予想しての連絡だが、呼び出し音が鳴り続ける。
十秒近く待って出ないのでまだ忙しいのかと通話を切ろうとして……。
『もしもし?』
繋がった。
「あ、も、もしもし」
僅かに声が上擦ったのを自覚しながら片手でスマホを耳に当てる。
『ソラだよね、珍しいね、キミが俺に電話してくるなんて』
「そうね……うん、ちょっと、その……父さんに聞きたいことがあって」
手持無沙汰なもう片方の手が無意識に机を指でとんとんと叩き始める。
『聞きたいこと? うん、何かな?』
「その、えっと……ね」
ウスイ・ハルト。
それが私の父さんの名である。
そして同時にそれはこの世界における『擬人種研究』の第一人者の名でもあった。
十数年前、まだ私が生まれる前、当時『ヒトガタ』と呼ばれ『理由は良く分からないけれど何故か人の形をしている強いポケモンたち』とされていた存在を『擬人種』と定義し、その存在理由を明確にした研究者。
つまり擬人種について質問するならばこれ以上ないほどにうってつけの人物と言えた。
親に頼るということにやたらに抵抗感があることを考慮しなければ、だが。
『ふむ、なるほどね』
大よその流れを話した父さんの反応はそんな軽いものだった。
「何か分かる?」
『うーん、そうだねえ……』
曖昧な返しに焦れそうになるのをぐっと堪える。
やがて考えがまとまったのか父さんが口を開いた。
『分かる、と言えば分かるかな』
「ホント?」
『うん、でもね。ソラ、キミには分からないかもしれない』
「……どういうことよ」
自分には分からないという意味が分からずやや尖った声になってしまったことを自覚しながら続きを促せば、うーん、と電話の向こう側で懊悩するような声が聞こえてくる。
『うーん、だって今分かってないってことは言っても理解できないと思うんだよねえ。というか理解できていないのが意外というべきか……いや、もしかしてエアが言ってたのってそういうことなのかな? 憧れているからこそ現実的に認識できない? 俺に似てるかなあ……?』
しばらくぶつぶつと呟いていたようだったが、やがてまだ通話中であることを思い出したか咳払いを一回。
『一つ聞きたいんだけど、ソラにとってポケモンてどんな存在?』
「……どういうこと?」
『ほら人とポケモンの接し方って色々あるじゃん? 家族だったり、友人だったり、仲間だったり。その中でソラにとっては手持ちのポケモンたちはどんな存在?』
「それは勿論……」
トレーナーとして何を当たり前の質問を、と即答しようとして……答えが出なかった。
『多分ソラがガーくん? のことを分からないのはそこだと思うよ。その子にとってキミは親のような存在なんだろうね。でもキミにとって彼はどんな存在なの? 他の子たちは? 戦友かい? それとも仲間かい? 或いは家族? キミが彼らを理解しきれないのはキミ自身が彼らとの関係性を曖昧にしてしまっているせいじゃないかな?』
反論しようとして、けれど言葉が出ない。
何度も何度も、口を開いては、けれど何一つとして言葉にならない感情が湧いては消えていく。
喉がカラカラになって、視線を彷徨う。
『きっとそこにちゃんとした答えを出せば関係性も必然的に見つめ直すことになるんじゃないかな?』
…………。
『キミの知りたかった答えはきっとそこにあると思うよ』
…………。
『これまでキミが意識的か、或いは無意識的にか、目を逸らし続けたものを真正面から見つめた先に』
…………。
『それと一つだけ俺からアドバイスしておくなら』
…………。
『―――人もポケモンもそんなに変わらないと思うよ、少なくとも俺にとってはね』
* * *
――――ポケモンになりたかった。
と言えば大半の人は首を傾げるだろう。
確かにポケモンは人間と比べても凄い存在だとは思うが、人間なんて辞めてポケモンになりたい、なんていう人間は普通いない。
別にポケモンを見下しているというわけでは無い。
無いが人とポケモンはあまりにも生き方が違い過ぎる。
上とか下とかではなく、全く別の生き物なのだから。
ソラは人間だ。どう足掻いてもそれ以外にはなれない。
けれど異能……いや、最早異能とすら呼べないほどの人間離れした力を持っている。
だから幼い頃、自分と家族……例えば血を分けた双子の弟が同じ生物だということを疑ったことが無かった。
弟はまだ幼い頃からその才能の片鱗を見せていたが、ソラもまた自らの力で同じようなことができただけに気づかなかったのだ。
自分が人であること、そして弟がポケモンであること。
幼い頃のとある事が切っ掛けとなってソラは自分と弟が別の存在であることを知った。
同時に大切だった家族が、新たに生まれてきた弟たちが、妹たちが人とポケモンというそれぞれ違う種族であることを知った。
そして最も尊敬し、敬愛していた母親が自分とは違う種族であることを知った。
だから正しく言えばソラは『ポケモンになりたかった』のではない。
―――大好きな母と同じ存在になれないことに憤ったのだ。
その時、生まれて初めて自らの半身に嫉妬した。
同時にどう足掻いたって自分はポケモンになれない。人でしかない。そのことを突きつけられた。
自分は弟のようにボールの中に入ることはできない。
自分は弟のようにポケモンの技を受けて平気な顔はできない。
自分は弟のように強くはなれない。
自分は、自分は、自分は……弟のように、弟のように、弟のように。
いくつもの差異が突きつけられるごとに自分の憧れが遠のくことを理解して。
―――ポケモンとして生まれたかった。
そんなことを思うようになった。
そんなソラがポケモンをある種特別視するようになったのは必然だったのかもしれない。
『人もポケモンもそんなに変わらないと思うよ』
『―――人もポケモンもそんなに変わらないと思うよ、少なくとも俺にとってはね』
親子揃って同じことを言う。
示し合わせたかのように、だが実際にはそれが本心なのだろう。
『こんなこと姉ちゃんに言っても理解されないと思うけどさ』
『うん、でもね。ソラ、キミには分からないかもしれない』
ああ、全く良く分かっている。
よく理解されている。
正直に言おう。
「分かんないわよ、そんなの」
だったらどうして自分はこんなに苦しんだのだ。
ソラちゃんのポケモンという種へのコンプレックス自体はアドリブじゃなくて割と初期からあった設定です。
つか書き始めた頃にはすでに固まってた設定なので、実に二年以上の歳月をかけてようやく出せた……。
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い