こちらを見つめて動かない少女に首を傾げながら、転んでしまった体を起こそうと手を差し出す。
それでも微動だにしない少女の目の前で手をひらひらと振ってみれば。
「うわっ、な、何?」
がば、と突如少女がその手を両手で掴む。
思わず手を引いてしまう、そうして少女の両手が無理矢理離れたことで少女もはっとなったらしく、慌てた様子で顔を上げた。
「あ、あわわ、ごご、ごめんなさい! なんか……つい、掴んじゃって……手、柔らかかったあ」
「良いわよ……それで、大丈夫?」
両手をぶんぶんと振る少女にようやく話ができると嘆息して、もう一度同じことを尋ねると少女が大げさなほどにぶんぶんと首を縦に振った。
今度は大丈夫ともう一度手を差し出し、少女を起こさせると走りっぱなしでまだ足が揺れている様子の少女が2度、3度と大きく深呼吸して改めてこちらに向き直った。
そうして改めて少女の姿を見やる。
ティーシャツにパーカー、それに動きやすい長めのパンツ。
高価そうに見えるスニーカーにソックス。
そして少女の背に転がるリュック。
そして何より腰のホルスターに取り付けられたボール。
「にひひ! 改めて、助けていただき、ありがとうございました!」
「別に良いわよ、でもここは野生のポケモンのナワバリなんだから、せめてピッピ人形くらいは持ってないと危ないわよ?」
「うっ、そ、そのナックルシティからそう遠くまで行くつもりが無かったので大丈夫だと……」
「でも大丈夫じゃなかった、でしょ?」
「にひひ……すみません」
がくり、と項垂れるその様子、それと先程の外見的特徴を考えるに。
「新人トレーナー……それもジムチャレンジャーよね?」
「あ、はい! そうですけど……どうして?」
どうして、分かったのだろう?
というニュアンス。
「まあこういうのって新人トレーナーが良くやるやらかしの典型みたいなパターンだしね」
「うぐっ……」
「あとはまあすでに3体もポケモン持っててまだ探そうとこんなところに来てる……つまり本格的にバトルしようって手合いなのは分かるし、時期的に考えれば推薦枠の新人が手持ち増やそうと無茶して……ってところでしょ」
「は、はい……まったくもってその通りです」
一般人だってポケモンを持っている人はそれなりに多いが、それでも1体……多くても2体といったところ。
3体以上のポケモンを所持していればだいたいプロトレーナーなどの『ポケモンの力を必要とする』職だと言って良い。
ポケモンレンジャーにポケモンハンターなどの公職もここに入る。
そうでも無ければ数多くのポケモンをまとめて面倒見るというのは一般人には結構な労力だ。
何せ放っておいて勝手に生きるような野生存在ではないのだ。
人の社会の内に入れたのならばしっかりと面倒を見る義務が発生する。
だから逆に3体持っていて、その上でさらにこのワイルドエリアの環境下で次のポケモンを求めるのならばそれはそういう職だから、という理由が一番それっぽくなる。
「はええ……なんだか探偵さんみたいですね」
「同業のことだしね」
「同業?」
少女が不思議そうにこちらを見て首を傾げる。
「プロトレーナーってことよ」
「えぇ!? そうだったんですか?」
「寧ろ私がキャンパーにでも見えるの?」
「迷子だと思ってました!」
「…………」
「ああっ! すみません、つい!」
一瞬頬が引きつりかけた自覚があるが、どうにか心を落ち着かせる。
「アンタね……まあいいわ。それより急いでここを離れるわよ。あの子たちが起きたら面倒だしね」
ちらり、と視線をずらせば後ろのほうでチーちゃんの『うたう』で眠ってしまっているワンパチたちの群れが目に入る。
そのことに気づいたのか少女がハッとなってこくこくと頷いた。
* * *
「あ、トレーナーさま! おかえりなさ~い」
「おかえりなさい、ソラさん……と、そちらの方は?」
少女を連れてシノノメの元へと戻ると、元気よくこちらに手を振るキューちゃん、それとさすがにそれなりに時間も経っていたし体力もいくらか回復した様子のシノノメがキャンプ用の組み立て椅子を出して座っていた。
「ただいま、その辺で野生のポケモンに襲われてたからちょっと連れて来たわ」
「にひひ! どうも、助けられました!」
「胸張って言うことじゃないでしょ」
「にひひ……」
頬を掻く少女を見たシノノメがうん? と首を捻り。
「もしかしてアルカネットさんですか? 推薦枠ジムチャレンジャーの」
「え、あ、はい! そうです! というか今更ですけど名乗ってませんでしたね! アルカって呼んでください!」
「ソラよ、アンタと同じジムチャレンジャー……一応推薦枠だけど2年目だから実質チャレンジ枠のほうの参戦ね」
「ほえ~ちっちゃいのに私より1年先輩なんだ……じゃあソラセンパイですね!」
「先輩……?」
確かにそうなるのだろうか。
去年まで私が1年目の新人だったため後輩なんていなかったが……。
「そっか、後輩とかいるのよね」
センパイ、センパイ……呼び慣れない呼ばれ方だが、なんとなく良い響きだと思う。
「というかシノノメはこの子……アルカのこと知ってるのね」
「そうですね、実をいうとソラさんに断られた時の取材候補でした」
「……そうなの?」
「シノノメ……ってもしかしてノ×3チャンネルのシノノメさんですか!」
「はい、そうですけど、知ってるんですか?」
「去年から見てました! とっても楽しかったんでチャンネル登録してます! 今年は参加する側でまだ見れてないんですけど……でもジムチャレンジ終わったら全部見る予定です!」
「あはは……視聴者さんでしたか、その、実際に会ってみると嬉しいんですけど……なんというか照れくさいですね」
「あとで是非サインください!」
「わ、私のですか?!」
「にひひ」
後ろで賑やかに会話をしている二人を眺めながらふむ、と息を零す。
ここしばらくの付き合いで、シノノメがその辺の新人プロトレーナーなんかよりもよほどプロとしての知識や理解を備えていることを知ったが、そのシノノメが取材候補にする、つまり太鼓判を押したということは間違い無く逸材なのだろうと予想できる。
「この子が、ねえ」
ワンパチの群れに迂闊に追われていた姿からは想像できないが、けれどバトルになれば話は別、という可能性だってある。
まあ何より……。
「結構強力な異能者っぽいし、可能性は十分、か」
出会った時に感じた感覚。そして体を起こす時に触れて感じたもの。
或いはクコに匹敵するかもしれないほどの強烈な異能の気配。
「ふむ……」
少し考えて。
「ねえ、アルカ」
「え、はい! なんでしょう!」
「ちょっと、バトルしない?」
「……はえ?」
そうして私がボール片手に突き出した手に、アルカは首を傾げる。
まあ突然のバトルの誘いだったが、そこは向こうもトレーナーということか、あっさり乗って来た。
アルカの手持ち3体を使った3:3のシングルバトル。
ただしレベル差が激しいのでレベルリミッターを使ってレベル50に制限してのバトル。
「なるほどね」
「負けましたー!」
何故ジムチャレンジが『推薦枠』と『チャレンジ枠』に分けられているのか。
それはプロトレーナーにとって1年目とそれ以降の差がそれほど大きいからに他ならない。
単純なレベルの話でなく、それだけ経験の差があるから。
プロトレーナーの1年目は学びの1年と言われるほどに多くのことを経験する。
その経験を積んだ新人が2年目から大きく飛躍することから、プロトレーナーは2年目からが本番とされるのだ。
数少ない例外を除けば。
例えば1年目にしてチャンピオンとなったユウリやユウキのように。
何だったらチャンピオン戦までたどり着いた私だって周りから見ればそういう存在だ。
本来年月を得て積み重ねていくものを一息に吹き飛ばすほどの強烈なナニカを持った新人。
人はそれを天才と呼び―――。
そして。
アルカもまた、その枠に入っていることを私は今確信する。
シノノメのトレーナーを見る目は大したものだと心底思う。
アルカは現状全くの無名のトレーナーだ。
少なくとも、スマホで調べた限り、アルカが話題になっていることはほぼ無い。
すでにエンジンジムを突破した有望な新人の中でちらっと名前が上がるくらいであって、他の話題性のある新人の話でそれも流され、影に隠れてしまっている状態。
けれどその実力は……恐らく、今年の推薦枠の中で1,2を争うほどのものだ。
アルカ本人に聞いても昔からトレーナーとしてやっていた、というわけでも無く相棒となるポケモンは以前から所持していたらしいがトレーナーとして活動を始めたのは本当に今年になってかららしい。
つまりシノノメがアルカ本人の実力が確認できる機会というのはジムチャレンジが始まって以降のホントに限られたタイミングとなるわけだが、60人を超える推薦枠の中からどうやってピンポイントでアルカを見つけ出したのか、疑問は深まるばかりだった。
* * *
バトルを終えていそいそとキャンプの準備をする。
さすがキャンプが盛んなガラルというべきか。テントの設営もあっさりと終わり、バケツサイズのドラム缶を囲うして作った七輪型のストーブもどきのようなもの*1で火を確保すると次いで夕飯の準備を3人で進めていった。
そう、3人で。
何かしれっと混ざっていると思ったらアルカが何食わぬ顔で一緒に作業していた。
どうやらこんな遠出するつもりはなかったらしく、キャンプの用意も何もしていない上に今から街に戻るのも危険極まりないとのことで一緒に泊めて欲しいらしい。
まあ別に構わなかったのだが、シノノメが交渉でキャンプ配信をするので一緒に出てくれるように交渉していた。
まあそんなことをしている内にどんどん外は暗くなっていって……。
ぱちぱち、とキャンプファイヤーが音をたてて燃える。
とっぷりと日が暮れた空は暗く、黒い闇が景色を包んで目の前の炎だけが周囲を煌々と照らしていた。
「なるほど、こういうのも悪くないわね」
焚火を囲んで3人で作ったカレーを食べる。
かつてホウエンでチャンピオンロードを通った時は野生のポケモンに気づかれないようあまり匂いの強い物は食べれなかったし、飲食の隙もポケモンが襲ってこないかと常に警戒態勢でろくに味を確かめている余裕も無かったのでこうして野外でのんびりしながらご飯を食べるという機会は初めてのことだった。*2
そうして食べ終わり、片づけを終えて後は眠るだけという時間。
「ココアとかどうですか?」
シノノメが持っていたポットでお湯を沸かして粉を溶かしただけの安価なココアを3人で飲みながら他愛のない話をする。
この雑談の間もシノノメはカメラを設置して録画しているらしい。
後で編集してキャンプ配信として投稿するのだとか。
特に面白いことをした覚えも無いし、退屈なだけなのでは? とも思うがシノノメや、シノノメのファンらしいアルカ曰くこういうのも需要があるのだとか……私にはよく分からない世界である。
話の中でアルカのジムチャレンジの話になったのだが、意外なことにアルカはすでに4つのバッジをゲットしているらしい。
「けどさすがに今の手持ちの数だときつくなってきまして……アラベスクジムで負けたんで手持ち増やそうと思って探してたんですよ」
「まあ3体じゃさすがにねえ」
先ほど3:3でバトルしたが、本当にあれで手持ちの全員だったらしい。
3体のポケモンでラテラルスタジアムまで攻略しているあたりに非凡なものを感じはするが、それでも5つ目ともなれば折り返し地点。ジムリーダー側とてそれなりに本気を出してくる。
3体全員が奇跡的に相性が良い、とかならともかくそうで無ければ難易度は跳ね上がることになるのは間違いない。
「ただその……先ほど戦ったなら分かると思いますが、私のパーティって特殊でして簡単には手持ちが増やせないっていうか」
「それで焦って不注意でワンパチに襲われてた、と」
「にひひ……」
笑って誤魔化そうとするアルカだったが、無理があることは自分でも分かっていたのか項垂れるように声が萎んでいく。
「というかどうしてわざわざワイルドエリアまで?」
両手でココアのカップを持ちながら首を傾げたのはシノノメだった。
「アラベスクタウンまで到達したなら『ルミナスメイズの森』なんかがありますよね?」
「え、あ、あー……あう、えっと……にひひ」
シノノメの問いに表情を引きつらせながら誤魔化すように苦笑いするアルカの様子に違和感を覚える。
「『ルミナスメイズの森』ってどんなところなの?」
「『くさ』『ゴースト』『フェアリー』タイプのポケモンが多く生息する大きな森ですね。木々が茂っていて陽光がほとんどささないんですけど、それが逆に森に不思議なキノコが生える要因にもなってまして、絵本の中の世界に紛れ込んだような幻想的な雰囲気の場所ですよ」
「不思議なキノコねえ」
このガラルというのは大地から噴き出すパワースポットの影響か妙な場所が多い。
『まどろみの森』などもそうだ。ちょっと他の地方では見ないような不可思議エリアもあり、『ルミナスメイズの森』もまたその1つということなのだろう。
ただそれだけ、にしてはアルカの様子が妙な気がする。
「その、ですね」
私たちの疑問に、けれど中々答えを返さないアルカだったが、やがて諦めたように、それでも躊躇うように、ゆっくり、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「二人は……『森の魔女』の逸話って知ってますか?」
そして出てきたその言葉に。
「「は?」」
私も、シノノメも、頭に疑問符を浮かべることしかできなかった。
前回の引きからどうやって繋げていくか、凄まじい難産だった……。
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い