閑話は結構難産しやすいですねぇ……。
カラン、と空になったグラスの中の氷が揺れた。
ちら、と向けられた目線にバーテンダーが新しいグラスに氷を入れ、ウイスキーを注いでグラスを入れ替える。
礼を言ってグラスを手に取ると、ぐいっ、と呷った。
「ねぇ、飲み過ぎじゃない?」
「これが飲まんといられるか阿呆。飲まんと東条とタイマン出来る気せぇへん」
タイマンって何する気かしら、とウイスキーを呷る茜の隣でカクテルを少し飲んだハナはぼんやりと考えていた。
こうなるに至る話もシンプルなもので、突然茜から電話が掛かってきて、
『今日の夜、空いてるか空いてるやんな。ちょっと付き合ぉてや』
などと呼び出されて行きつけのバーに行ってみれば、既に出来上がった酔っ払いがそこに居たのだった。
「それで? 話って何なのよ」
「あぁ、せやな……」
ハナが怪しみながら問い掛けると、茜はグラスの中身を一気に呷り、深く息を吐いてから吸って、ハナの方を向く。
そして、爆弾を投下した。
「単刀直入に言うで。東条の所のサイレンススズカ。あれ、ウチに預けてみんか?」
「はっ──!?」
開いた口が塞がらないとは正にこの事だろう。何を言うかと思えばとんでもない世迷い言を言い出したのだから。
頭を押さえ、呆れたような溜息を吐くハナ。それを見てもなお茜は止まらない。
気を利かせてくれたのか、バーのマスターがお代わりのカクテルをそっと置いてくれた。
会釈をしてから気持ちを落ち着かせるために少しだけ口に付ける。すっきりとした柑橘系の香りが心地良い。
そうして飲んでいる内に、茜は話を続ける。
「東条には悪いと思っとる。けどな、ウチにも意地があるんや」
「何の意地よ……それではいそうですかって言える訳無いでしょう」
「わぁーっとるわぁーっとる。ウチが東条でもそう言うたやろうしな」
「なら、どうしてなのよ」
「新入りの希望や」
ここで茜が初めてハナの方を向いた。
酔いで頬を紅く染めながらも、意思のはっきりした瞳にハナは少し気圧される。
「あの子、スズカのお気に入りらしくてな。どうもお互い意識しとるみたいや」
「それで一緒にしたい、と?」
「早い話、そう言うことや」
そう言って、茜はタブレット端末を取り出していくつか操作するとハナに手渡す。
受け取って画面を見ると彼女の言う新入りと思しきデータが並んでいた。
ハナにとって見覚えのある黒鹿毛。確かスズカが倒れた時に見舞いに来ていたウマ娘だったはずだ。
退院の時もマチカネフクキタルと一緒に様子を見に来ていたことを覚えている。
「シャム……確か先日学園に入って来た子ね。スズカと同室で仲が良いのは知ってるけれど」
「せや。まだ発展途上やけど、悪ぅない身体しとる。少なくとも来年はええとこまで行けるはずや」
「ふぅん……」
熱弁する茜に対して、ハナはあまり乗り気では無さそうに答えた。
興味が無いと言う事ではない。ただ、目の前にいる人間がどういう人間なのか知っているから、それについて問い詰めたところで意味が無いと理解していた。
──曰く。一度掛かったら逃がさない、返し針の桐生院。
目を付けたウマ娘はどんな手練手管を使ってでも引き込むと言われる彼女の事だ。シャムとやらに目を付けたついでに、引き入れるのに必要なスズカまでも持って行こうと言うのだろう。
「それで?」
「ウチはあの子を来年のシニアで走らせたい。入部条件はスズカの移籍や。出来んのやったら【ポラリス】からは即脱退。せやから──」
茜は獲物に狙いを定めた猛禽類のような目でハナを射抜いた。
そら来た。ハナは直感した。ここからが本番だ。
唾を飲み込み、茜の次の言葉を待つ。
「もう一度言うで、東条ハナ。あの子をウチで面倒見るために、君の所のサイレンススズカをウチのチームに移して欲しい」
「……断ると言ったら?」
「無駄な足掻きは止めとき。今のサイレンススズカが絶不調なんは調べが付いとる。このタイミングやし、神戸新聞杯は君の方で出さなあかんやろうけど、そのまま放っておくと間違いなく潰れるで」
「……」
「君でサイレンススズカのケア、やれるんか?」
「貴方なら出来るって言いたいの?」
明らかに不機嫌になりつつあるハナの口調に、茜はふん、と鼻を鳴らした。
ウイスキーのお代わりを注文しつつ、じと、とハナを睨め付ける。
「君はトップチーム【リギル】のトレーナーや。やからこそ勝利にストイックにならざるを得ん。そんなら必然、原因不明の不調を抱えてるサイレンススズカのケアに当てる時間も減るやろ」
「……」
「ただでさえ人数多くて大変や言うのも分かっとる。ウチのとこなら【リギル】程カチカチやあらへんし、ウチとシャムが居ればケアも手厚く出来る。言う事無しやとちゃうか?」
「……」
カクテルに口を付けながらハナは熟考する。
確かに【リギル】は勝利を追求し研鑽していくチームである。
勝利を求めると言う事は当然、その過程に於いて各ウマ娘のメンタルケアなども必要不可欠となってくる。
それだけならば今の【リギル】であっても問題無く行うことが出来る。茜の案を受け入れる必要は本来ならば無い。
しかし、それがサイレンススズカとなると少し事情が変わってくる。
あの一件の後、彼女と少し面談をしたのだが、不調の心当たりは無いの一点張りで結局何も出来なかった。
それが嘘である事は彼女の耳や尻尾の動き方で分かっていたのだが、彼女の何かしらの固い意思からか、結局彼女が打ち明けることは無かった。
原因が分からないのであれば、ずっとそれに取り掛かり続ける訳にはいかない。それは分かっている。
そこまで考えた所でカクテルのグラスを傾け、ゆっくりと一口飲む。
「……条件が2つあるわ」
「何や? 言うてみ?」
「次の神戸新聞杯、スズカが1着だった時は諦めて」
「……成程な。で、もう1つは?」
お代わりが来たウイスキーを傾けながら茜は頷いた。
1着ならスズカの不調は何とかなるか何とかなったという事、と言う訳だ。
逆説、それ以外なら後は任せるという事だろう。
かなり譲歩された条件に、茜は口元が緩むのが分かった。
「そういう顔するの分かっていたから乗り気じゃなかったのだけどね……。もう1つはスズカがそっちに行った時には、ちゃんと面倒を見る事」
「それは問題あらへん。受けるからには最後まで面倒見させてもらうで」
「……それなら、私からはもう何も言わないわ」
「ほうか。なら成立やな。今日の所は奢ったる」
空になったグラスをテーブルに置いて茜は席を立ちあがった。
マスターに会計を済ませると、ハナの肩を叩いてからしっかりとした足取りでバーを出ていく。
一人残されたハナは残ったグラスを傾けながら大きく溜息を吐いた。
「何が酔っぱらわないとタイマン出来ないよ……殆ど酔ってないじゃないアイツ……」
何はともあれ、賽は投げられた。後は結果次第である。
ハナの目は来るべき神戸新聞杯へ向けられていた。
北極星は常に北にあり、旅人を導く光であった。
その輝きは、迷える彼女も導く事が出来るのだろうか。
明日の更新無かったらお許しくださいタキオン博士!
リギルの元ネタであるリギル・ケンタウルスはケンタウルスの脚と言う意味なんですが、日本語訳するとどうしてもバ脚になってしまうという…。
何か正しい物を知っている方が居たら教えてください…。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想や誤字脱字等ありましたら送ってくださると今後の糧と励みになります。