やっぱり土日だけ連続更新は大変だぁ…。
ごそ、と物音がすると自分の身体に触れる感触があった。
──まただ。
物音で目が覚めたシャムは目線だけを横に向ける。
そこに居るのは見慣れた栗毛、スズカだ。
彼女より小さい自分は抱き枕にしやすいのか、夜な夜なベッドに潜り込んでくるのだ。
最初は甘えたいのかな、くらいに考えていたのだが、自分を抱き締める腕が震えている事に気が付いた。
一度寝たふりをしてみた所、やはりと言うべきか悪夢にうなされているようで、それで目が覚めてからこちらのベッドに潜り込んで抱き枕にして寝ているらしい。
それを知って以来、シャムは黙って彼女の抱擁を受け入れているのだった。
それに明日はスズカの大事なレースの日でもある。今晩は特に好きなようにさせてあげよう。
──阪神競馬場 GⅡ神戸新聞杯 芝 2000m。
「スズカ。勝ってね……」
スズカが寝ている事を確認すると身体を反転させ、正面から向き合う。
寝息が顔に掛かって少し恥ずかしい。
それでも首を伸ばして、額に小さく口付けを落とした。
そのレースの結果が見えていたとしても、女神はただ勝利を願った。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
また、あの夢を見た。
私にとって忘れられないあの日曜日の夢を。
夢の中の『私』はとても気持ちよくターフを走っていた。
誰よりも先頭に立って、誰も見た事の無い景色を見ていた。
他の子たちは遥か後方で、『私』に追い付く事が出来ない。
脚の調子もとても良くて、どこまでも駆けて行けそうだった。
「駄目よ、止めて。それ以上走らないで」
私は『私』にそう言った。でも、『私』は静かに微笑むだけで止まる事は無かった。それどころか、ずっと加速していく。
そして、またその時がやってくる。
第3コーナー、大ケヤキの向こう側でさらに加速しようと左脚を踏み込んだ『私』は、あまりに速過ぎたが故にその左脚を自ら踏み砕いた。
左脚に力が入らなくなり、しかし、急には止まれない身体は脚を砕きながら前に進む。
歪な体勢で走り続け、後続が全員抜けたところでコースの大外へ走り出た。
どうしてこうしたのだったか。
誰かが走るコース上で倒れたくなかったのかも知れない。
あるいは、こうする事が何か大事な事だと感じたからだろうか。
何れにせよ、大外に出た『私』は減速しようとしても脚に力を入れられない所為でそれが出来ないまま躓き、そして、ターフの上に転がり倒れた。
『私』の意識はそこで途切れた。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
ガバッと布団から跳ね起きる。
呼吸は荒く、心臓は早鐘の様に打っていた。
あの日以来、ずっと毎晩見ている夢。どれだけ頭を振っても、リハビリに打ち込んでも、決して消えない悪夢。
ふる、と無意識に身体が震えた。一度自分を抱き締め、少しだけ落ち着かせる。
それからシャムの方を見て、寝ている事を確認するとベッドから降りた。
音を立てない様にゆっくりと歩き、そのままシャムちゃんのベッドに潜り込んだ。
そっと腕を回してシャムちゃんを抱き締める。小さめな彼女の身体は自分より少しだけ温かかった。
こうしてから寝れば、いつも悪夢を見ずに済む。
でも、迷惑を掛けたくなくて、少し恥ずかしくて、最初から一緒に寝たいとは言えていなかった。
朝起きた時に何も言われないから、それに甘えていた。
ほんの少しの罪悪感を感じながらシャムちゃんの後ろ髪に顔を埋める。シャンプーの良い香りが少し残っていた。
ここまでなら何時もの事だった。だけど、今日は少し違った。
少しうとうとし始めた頃、もぞ、とシャムちゃんが動いた。
起こしたのかな、と思うも、寝たふりを装ってもう一度寝てもらおうとした。
しかし、シャムはそのままぐるりと身体を反転させてこちらを向く。
お互いに抱き合う形になり、私は急にドキドキしてきた。
どうしたのかと思う間も無く、シャムちゃんは私のおでこに軽く口付けしてきた。
「スズカ。勝ってね……」
シャムちゃんはそれだけ言うとまた寝てしまった。
私はと言えば、さっきまでのドキドキよりずっと大きくて強い物に襲われていた。
でも、不思議と良い気分だった。
「……ありがとう、シャムちゃん。私、頑張るわ」
囁くぐらいの小さな声でそっと呟く。
それから落ちるようにすぐ眠れた。
──悪夢は、もう見なかった。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
レース当日。阪神競馬場は、昼前から馬場に影響が殆ど出ない程度の弱い小雨が降っていた。
リギルのメンバーとハナが見守る中、スズカがパドックに現れた。
ジャージを脱ぎ捨て、己の機能美を見せつけるスズカの表情は誰から見てもテンション爆上げ状態に見えた。
『7枠8番、サイレンススズカ、今日は調子が良さそうですね』
『やる気を高く保つのは良い事ですね。やはり走る事にモチベーションは必要ですから』
『東条ハナトレーナーのコメントでは、仕上がりはそれなり、と言う事です』
『調子でどこまでカバーできるか注目ですね』
「どや、スズカの様子は」
脱ぎ捨てたジャージを拾い、裏に戻っていくスズカを見送るハナの横から聞き慣れた声が掛けられる。
振り向けば、茜がメイショウドトウを連れてやってくる所だった。
「貴方、中山のオールカマーの方はどうしたのよ。あっちはメジロドーベルが出るんじゃないの?」
「あっちは葵とリョテイに行ってもろてるわ。かーっ、チームメンバーが同時に2か所でレースしてるやなんて、トレーナーがウチだけやったら分身する羽目になってたわ」
「あ、そう……」
はっはっはっ、と高笑いする茜にハナはやれやれと頭を振った。
やがて笑い声を収めた茜はじっと目線を向けてくる。
「んで? 実際どやねん」
「6割」
「あの状態でそこまで持っていけてんなら、まあ上々やな」
「よく言うわね……」
感心したように言う茜を横目にパドックを見やる。
ちょうど、【ポラリス】のメンバーであるマチカネフクキタルがパドックで手を振っていた。
身体はしっかりと鍛えられており、上々の仕上がりと言ったところだった。
「あれだけマチカネフクキタルを仕上げておいて、本当」
「言うたかてメインは菊花賞や。こんでもまだ8割ぐらいやで」
「この化け物……」
「どの口が言っとんねん」
二人が軽口を叩き合っている内にパドックの紹介が終わり、ウマ娘たちがゲート前へ向かっていく。
「いよいよやな」
「そうね。……今日のスズカは調子良いわよ」
「ウチのフクもや。せやから、どっちが勝っても恨みっこ無しや」
「分かってるわよ」
ハナの言葉にふ、と笑みを漏らした茜はそのままコースの方を向く。
どうやら決着が着くまでここに居るつもりらしい。指定席でも無いから別に構わないのだが。
それよりも。ハナはゲート前で左回りにくるくる回っているスズカを見つめた。
この間の件からずっと胸に澱んでいる嫌な予感。
いつか、いつかとんでもない事になりそうで、恐ろしかった。
どういう結果になろうとも、無事に帰ってきて欲しい。
険しい顔のまま、ハナはそう願った。
そして、GⅡのファンファーレが鳴り響く。
──神戸新聞杯が、始まる。
泣いても笑っても、一発限りの大試合。
様々な想いを乗せて、ウマ娘たちは走る。
けれど、この日の空はどこか、誰かの心を映していたかのように暗かった。
更新遅れまして申し訳ないです。
時間を土日だけ夕方か夜にした方がいいのでしょうか?
これについてのアンケートを出しておきますので良ければ。
一応次の土曜まで置いておきます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想や誤字脱字等ありましたら送ってくださると今後の糧と励みになります。