沈黙の栄光   作:ノービス

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改めて拙作を手に取っていただき、本当にありがとうございます。

と言う訳で感謝の初投稿です。


第12話「GⅡ 神戸新聞杯 阪神 芝 2000m 小雨 良」

「スズカさん」

「フクキタル」

 

 スズカがゲート前で軽くストレッチをしていると、フクキタルが声を掛けてきた。

 いつになく真剣な彼女の顔に、スズカも顔を引き締めて向き合う。

 

「スズカさん。レースに出てきた以上、今の貴方がどんな状態であっても手加減はしません」

「ええ、分かってるわ」

「うっ。何だかスズカさんの後ろから光がッ!」

 

 ぺかー、と光り輝いて見えるスズカにフクキタルは目を覆った。

 元々何となく自分の走る所が光って見える事があるフクキタルには、今のスズカが身体の仕上がりは兎も角、絶好調で強敵足りえるのが分かった。

 このレース、気を抜いたら負ける。そう直感した。

 スズカの方もフクキタルの雰囲気を肌で感じて、険しい表情を浮かべる。

 仕上がりは向こうの方が上、調子も恐らくそれ程差はない。

 厳しい戦いになる。スズカはそう感じた。

 

「それでも、私は負けませんからね」

「私も、今度は負けないから」

「……今度? スズカさん、前にプリンシパルステークスで勝負した時はスズカさんが勝ってますよね?」

 

 今度も。その言葉を聞いてフクキタルは首を傾げた。

 首を傾げているフクキタルを見て、スズカは自分が何を口走ったのか悟った。

 慌てて誤魔化すように言葉を探す。

 

「あ、その……何でもないわ。良いレースにしましょ」

「はいっ!」

 

 ファンファーレが鳴り響き、各バがそれぞれゲートインを開始する。

 スズカもフクキタルも順調に枠入りし、そして全員が入り切った。

 

 ──ガタン、とゲートが開く。

 

 それと同時に一斉に飛び出した。

 ハナを取ったのはスズカが先だった。持ち前の逃げ脚でグングン伸ばしていく。

 一方フクキタルは前方の様子を窺う事が出来る様に後方に位置取った。

 

(やっぱりスズカさんは速い……。気を抜いたら置いて行かれる……!)

 

 それでもフクキタルに焦りは無かった。

 事前にトレーナーの茜から対スズカの作戦を授けられていたからだ。

 

『スズカは確かに速い。せやけど、逃げはスタミナを大きく使う。仕掛けるなら最終コーナーで仕掛けるんや。それより前では絶対に仕掛けたらあかん。脚を出来るだけ残すのを意識するんやで』

 

(焦ってはいけませんよ、私。茜さんとシラオキ様を信じるのです。今日は友引、気を抜けば吉は凶に変わりますから)

 

 既にレースは向こう正面に入っていた。

 スズカは後続に3バ身程さを付けて未だ逃げている。

 集団は先頭のスズカ、中団、後方の3つに分かれてレースが進んでいく。

 フクキタルは相変わらず後ろに付けて仕掛け所を見極めるために控えていた。

 光るターフは見えず、未だその時で無い事をフクキタルに伝える。

 

 一方、スズカは快調に飛ばしていた。

 あの事故から全力で走る事が怖かったが、今はどうか。

 前以上の気持ち良さで、全力で(・・・)走れている。

 

(シャムちゃんのアレのお陰かしら……?)

 

 思い出すのは額に感じた唇の感触。じんわり温かくて、染み込むような熱。

 改めて意識するだけで、ぽかぽかと胸の奥から温かくなって身体も軽くなったように感じた。

 

(この調子なら、今度は勝てる……!)

 

 その勢いそのままに、スズカは第3コーナーへ入っていく。

 後続は未だ4バ身差。このまま走れれば、勝てる。

 

 ──その慢心のツケは最終コーナーを回った後に払う事になった。

 

 最後の直線に入った時、確かにまだ4バ身差があった。

 残り300m。ここを逃げ切ればスズカの勝ちだ。

 

「先頭の景色は譲らない……!」

 

 勝ちたい。そのために目の前に見えている坂を上るために脚を踏み込もうとする。

 後ろから凄まじいプレッシャーを感じたのはその時だった。

 

「シラオキ様、来てください来てください……よし、来ました!」

 

 最後方に居たフクキタルは最終コーナーの出口付近の外側に、ついに光るターフを見つけた。

 今こそ仕掛け時。光るターフを越え、軽くなった脚を強く踏み込み、一気に加速する。

 狙うはスズカの前。栄光のゴール板──! 

 

「行きますよーっ!」

 

 溜めに溜めていた末脚で一気に坂を駆け上がり、スズカに迫っていく。

 それに気が付いたスズカは逃げ切ろうと脚を動かす。

 しかし、距離は離れるどころか詰められ続けた。

 

「どうして……っ。脚が(・・)もう……っ!」

 

 スズカの脚はもう全く残っていなかった。

 スズカはいつも通りに走ったつもりだった。

 しかし、それはあくまでも全盛期の時の走りであった。

 それをクラシック時代の出来上がっていない身体(・・・・・・・・・・・)でやれば、当然、最後まで持つはずが無かったのだ。

 残り100m。フクキタルは既に真後ろにまで迫っていた。

 

 ──シャムちゃんが見てるのに! 負けたくない! 負けたくない! 

 

 必死に脚を動かす。それでも伸びない。

 息が上がる。力が入らない。

 ゴール板が目の前にあるのに──。

 

 ──横からフクキタルが駆け抜けていくのが、見えた。

 

「ぁ──」

 

 決着は着いた。

 

 ──1着、マチカネフクキタル。

 ──2着、サイレンススズカ。

 

 スズカは、またしても彼女に届かなかった。

 

 

 ⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱

 

 

 レース終了後、スズカは下を向きながら地下道をぽつぽつと歩いていた。

 その様子はさながら亡霊のようで、人が見れば本当に化けて出てきたウマ娘に見えてしまうであろう程だった。

 

「スズカ!」

 

 向かいから聞こえてきた声に、びく、と肩を震わせて立ち止まり、顔を上げる。

 今一番顔を合わせたくなくて、一番顔を合わせたかったウマ娘がそこに居た。

 

「シャムちゃん……」

「スズカ」

 

 もう一度名前を呼んだシャムはスズカに近寄ってくる。

 思わずスズカは一歩下がってしまう。それでもシャムはそれより早く距離を近づけて来た。

 

「シャムちゃん、私……」

「良いの。良いのよ、スズカ」

 

 そう言って、目の前まで来たシャムはスズカを抱き締めた。

 小さい彼女は抱き着いても胸元の少し上辺りまでにしか頭が来ない。

 傍から見れば、まるで彼女の方が甘えているようにも見える。

 しかし、その身体から感じる温もりは冷えたスズカの心を温めるのに十分だった。

 

「ごめんね……ごめんね……」

「よく頑張ったわね。えらい、えらい」

 

 身体を預け、頭を肩に乗せるとゆっくりと頭を撫でられる。

 我慢していた涙がボロボロと零れ落ちた。

 

「う、ううぅ……」

 

 嗚咽を漏らすスズカをシャムは黙って撫で続けていた。

 

 

 ⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱

 

 

「……決着は着いたな」

「お見事、と言えば良いのかしら」

 

 レース掲示板に表示される確定順位を見て、茜は隣に居るハナに声を掛ける。

 それに対してハナは横目で茜に目線を向けた。

 

「いいや、まだまだや。その言葉はこの仕上がりを完成させて、次の菊花賞で勝ってからにしてもらおか」

「あ、そう。上がり3ハロンで35.2秒を叩き出すようなのが仕上がり切ってない、ね。末恐ろしいわ」

「アレでまだ伸び代残ってるからな。ほんま恐ろしいで」

 

 茜の言葉にやれやれと肩を竦めるハナ。

 それから茜に向って手を差し出す。

 

「兎に角、約束は守るわよ。……スズカをよろしく頼むわ」

「任せとき。責任もってちゃんと面倒見させてもらうわ」

 

 茜も手を出し、握り返す事で返答とした。

 

 

 ⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱

 

 

「すごい……あんな走りが出来るんだ……!」

 

 栗東寮に置いてある共用のテレビの1つでレースを見ていた黒鹿毛のウマ娘が感嘆の声を上げた。

 最初からずっと先頭に立って逃げ切りを狙う走り。後ろから外に出て豪快に差す走り。

 全く違う走り同士が競り合い、決着を着ける。

 そんなレースをいつかしてみたい。そのウマ娘はそう思った。

 

「どうだった~?」

 

 後ろから声を掛けられる。振り向けば、芦毛のウマ娘が覗き込んでいた。

 黒鹿毛のウマ娘は興奮したように握り拳を作って力説する。

 

「すごかったよ! あんな走りしてみたいなぁ……」

「どの走り?」

「えっと、どっちもしてみたいんだけど、こっちのマチカネフクキタルさんみたいな後ろから一気に行く方が気になるかな」

「ふぅん……私はこっちのサイレンススズカさんみたいな逃げかな……」

 

 それぞれ違う走り方を指した所で、黒鹿毛のウマ娘は意外そうな顔をした。

 

「あれ、セイちゃんはそっちなんだ。てっきり面倒臭がって差しを選ぶかと思ったのに」

「こういう競り合いがしたいんでしょ? だったら、私は面倒でもゆるりと逃げてみせるよ、スペちゃん」

 

 テレビの方を見ながら、芦毛のウマ娘──セイウンスカイは黒鹿毛のウマ娘──スペシャルウィークにそう言った。

 

「そっかぁ。じゃあライバルだね!」

「ふふ、私ばっかり見て他の子たちを見落としたら駄目だからね~?」

「うん!」

 

 セイウンスカイの言葉に、スペシャルウィークは笑顔で答えた。




神戸に福は訪れ、次に狙うは菊の花。
その栄光の道程の影で、少女は二度目の敗北の涙を飲んだ。


レース部分は滅茶苦茶描写に難儀しました…。


ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想や誤字脱字等ありましたら送ってくださると今後の糧と励みになります。
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