これからも頑張ります。えい、えい、むん!
それはそれとして、朝ぴょいしたので初投稿です。
皆さんは健康的な生活を送りましょう……。
神戸新聞杯の翌日、スズカはハナに呼ばれて【リギル】が使うミーティングルームの1つへ来ていた。
人払いは済ませており、この場にはスズカとハナの二人だけである。
その二人は机を挟んで向かい合う形で座っていた。
先に口を開いたのはハナの方だった。
「スズカ。昨日のレースの事だけど……」
「はい……」
対するスズカの表情は暗い。耳も尻尾もしょんぼりと垂れていた。
何せ、飛ばし過ぎて逆噴射したせいでフクキタルに差し切られるなんて醜態を見せてしまったのだ。
思い返せば、1回目の時もそんな感じだった気がする。
あの時のオハナさんはどんな様子だっただろうかと思い出そうとしていると、ハナが顔を覗き込んできた。
「……大丈夫? 別に怒っている訳ではないからそんなに身構えなくてもいいわ」
「そう、なんですか?」
「ええ。確かに少し飛ばし過ぎって思ったのはあるけど、マチカネフクキタルのあの末脚相手じゃどうやっても勝てなかったでしょうし」
「うぅ……すみません……」
「だから気にしなくても良いって言ってるのに……」
ハナの慰めの言葉も、スズカには逆効果だった。
軽く涙を浮かべて俯く姿は、とても弱々しく見えて、ハナは息を吐くと一枚の紙を取り出した。
表題には『移籍届』と書かれていた。チーム欄には【リギル】から【ポラリス】への移籍の届けである事が書かれていた。
「それからスズカ。貴方に移籍の話が来てるわ」
「え……あっ……」
「その様子だと既に話は聞いていたようね。ええ、【ポラリス】の桐生院 茜から貴方を是非チームに入れたいと要請があったわ」
「はい。……その」
「貴方はどうしたい?」
ハナから切り出された移籍の話に、咄嗟に言葉が出ないスズカにハナが重ねて問い掛ける。
スズカは少し悩むそぶりを見せた後、そっとハナの様子を窺うように顔を上げた。
「……何も、聞かないんですね」
「貴方の状態は理解しているつもりよ。少なくとも、ここに居続けるよりはマシだと思うわ」
「……ありがとうございます」
「貴方のお気に入りも居るらしいし、ね」
「えっ、そのっ、シャムちゃんは、えっと、お気に入りと言うか、あの……」
シャムの事を話に出しただけで頬を染めてもじもじしだしたスズカを見て、ハナは軽く胸焼けした。
え、そこまでだったの? みたいな驚愕に染まった顔で思わず口を押さえそうになる。今なら砂糖が出て来そうだった。
「ぅぷ……。こほん、そこまで仲が良いならケアも問題無さそうね」
「本当に良いんですか?」
「貴方が望むなら止める理由は無いわよ」
そして移籍届の用紙とペンをスズカの方へ向ける。
ペンを手に取ったスズカは一度ハナの方を見てから、自分の名前を書いた。
「おハナさん、書けました……」
「ええ、記入漏れは無し。これで貴方は正式に【リギル】から【ポラリス】に籍を移すことになるわ」
「……今までありがとうございました」
ハナの言葉に席を立ち上がり、一礼をする。
それを見て、ハナはふ、と表情を緩めた。
「こちらこそありがとう、スズカ。新しい所でも頑張るのよ」
「はい……!」
こうして、【リギル】のサイレンススズカの物語は終わった。
そしてこれからは、【ポラリス】のサイレンススズカの物語が始まる。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
「ようこそウチの【ポラリス】へー! 歓迎するで、シャムにサイレンススズカ!」
「いらっしゃいませーっ!」
「え、えっと……?」
「う、五月蝿いわねぇ!」
ハナに【ポラリス】のチームルームの場所を教えてもらい、シャムと一緒にやってくるといきなりクラッカーと紙吹雪の洗礼を受けた。
少し五月蠅くて耳を伏せて周りを見る。よく見れば皆見知った顔ばかりだった。
「さあ、歓迎の挨拶もした所で、メンバー紹介と行こか」
「とは言っても茜の姐さん。大体知ってる面子っすよこれ……」
『歓迎ッ!』と書かれた扇子──恐らく理事長の扇子の模造品だ──をパン、と開いてメンバーに自己紹介を促す茜に小さな黒鹿毛のウマ娘が呆れたように口を挟んだ。
「そうよね。でも、折角同じチームになったし、改めて挨拶はしても良いんじゃない? ほら、並んで並んで」
鹿毛で左耳に緑のリボンを着けたウマ娘が宥めると、とりあえず皆を1列に並べる。
それから自身もスズカ達の方へ向くと一番最初に口を開いた。
「それじゃ、最初はアタシから。アタシはメジロドーベル。よろしくね」
「ドーベルは今年の樫の女王や。ちなみに昨日のオールカマーも勝っとるで」
「次の秋華賞も頑張るね。じゃあ次」
ドーベルに次を促されたのは小さな黒鹿毛のウマ娘。珍しく耳飾りの類を付けていない。
「あー、俺はキンイロリョテイってんだ。よろしく」
「リョテイ。こないだの阿寒湖特別、良かったで。ようやっと3勝目やな」
「うるさいっすよ、茜の姐さん。俺は次の菊花賞も勝って見せますよ。ほら、次」
リョテイは更にその隣にいる鹿毛で左耳に青いリボンを結んだウマ娘──と言うかメイショウドトウだ──に繋げる。
「あ、はいぃ……。メイショウドトウですぅ……。改めてよろしくお願いしますぅ……」
「ドトウはまだ中等部1年やからメイクデビューはしとらん」
「いつかデビューできるように頑張りますぅ……それじゃあ」
「ハイハイ! 次は私ですね!」
ドトウの言葉を途中で遮り、フクキタルが手を上げる。
「マチカネフクキタルです! 改めてよろしくお願いしますね!」
「正直、こないだの神戸は勝てると思ってても一瞬肝が冷えたで。やっぱスズカ速いわ」
「シラオキ様と茜さんのお陰ですよ。それでは次の紹介ですね」
そう言って隣に立つ黒髪の女性に促す。茜に似ているが、その黒髪は長い茜とは対照的に短く整えられていた。
「えっと、
「葵はウチの従妹や。葵の方が本家やから、桐生院の格としては上やけどな」
「も、もうっ! 腕はお姉ちゃんの方が良いでしょう!?」
「年季が違うだけや。そっちには『トレーナー白書』あるし、その内に抜かれてまうわ。ほんなら次の紹介と行こか」
ここまで合いの手を入れてきた茜が二人の方に向き直る。
「さて、改めて紹介するけど、このウチ、桐生院 茜が【ポラリス】のメイントレーナーや。改めてよろしゅう頼むで。ほな、次は新入り達やな」
「は、はい……。私はサイレンススズカです……。よ、よろしくお願いします……」
漸く順番が回ってきた二人は頷くと、まずはスズカから口を開く。
見知った顔とは言え、新しい場所で改めて挨拶するとなると少し恥ずかしい。
「昨日の神戸、ペース配分以外は文句無しやったで」
「うぅ……すみません……」
「責めとるわけやあらへん。あれだけ走っても最後までほぼ垂れずにゴール出来たんは流石、と言うべきやろうしな」
「はい……」
「そこはこれから追々鍛えとけばええ。ほな、最後や、しっかり〆や」
茜に水を向けられたシャムはこほん、と咳払いを1つしてから口を開いた。
「私はシャムよ。まだデビューしてないけど、よろしくね」
「ポテンシャルは間違いなくあるから磨き甲斐がある子や」
「そんな言われる程の事じゃないわよ、多分」
「そんなことあらへん。ウチが保証するで」
「……そうかな……そうかも……」
初めは手を横に振って否定していたシャムも、茜からのプッシュに何となくできる気がしてきた。
それを見て、リョテイが溜息を吐く。
「そうは言うけどよ、いきなりシニア級だぞ? 今からデビューして間に合うのかよ」
「せやから今週末デビュー戦や。そっからオープン投げまくって夏前には重賞行けるようにするで」
「うぇ、俺の時よりエグいスケジュールだぁ……」
ひぇ、と手で口を押えるリョテイだったが、茜の言葉に一番ハテナを浮かべたのはシャムとスズカである。
「えっ」
「週末にデビュー戦……?」
「せや。やから、明日からみっちりきっちり鍛えたるから覚悟しぃや」
茜のイイ表情をしばらく見つめていたシャムは、事を理解するとサーッと顔を青ざめさせた。
口をパクパクさせながら茜を指差し、漸くの事で言葉を絞り出した。
「嘘でしょ……!」
「嘘や無いでー」
「そんなぁ……助けてスズカぁ……」
無慈悲な茜の宣告を聞いて、涙目になってスズカに泣きつくシャム。
しかし、スズカの表情はとてもにこやかに笑っていた。
「シャムちゃん」
「スズカぁ……」
「デビュー戦、応援に行くから。頑張ってね」
「スズカぁ……!」
味方が誰も居ない事実に気が付いたシャムは、ひーん、と鳴き声をチームルームに響かせたのだった。
新しい場所。新しい仲間。
少しずつ変わり始めた未来と変わらなかった結果。
それでも少女達は運命に抗おうとしていた。
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