沈黙の栄光   作:ノービス

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長らくお待たせいたしました。
今回のレースは実況入りで初投稿です。


第17話「未勝利戦 阪神 芝 1600m 晴 良バ場」

「何だったのよ、もう……」

 

 ほうほうの体で逃げ出してきたシャムは本バ場でのウォーミングアップを済ませ、ゲート前までやってきていた。

 シャムの枠番は15人立て中の3枠5番。やや内寄りの好位置である。

 逃げならもっと内の方が有利ではあるが、阪神の1600mは外回りなので最初の直線が長い。

 今回に限って言えば、あまり問題にならない。

 それよりも問題足り得るのは。

 

(本当はここにいる子達の中で、私以外の誰かが勝つはずだった──」

 

 シャムは周りにいるウマ娘達を見る。どの娘も緊迫した様子でゲートを見つめていた。

 彼女達は何を想って、このトゥインクル・シリーズにやってきたのだろうか。

 聞く事は簡単だ。しかし、それを聞いた所でシャムに出来る事は無い。

 自分が勝てるかどうかは分からない。しかし、ここで勝つ筈だった誰かの夢を邪魔してしまうのかも知れない。

 今までのシャムであれば、その現実に怯え、竦んだであろう。

 

(──けど)

 

 スターターによって旗が振られ、ファンファーレが鳴り響いた。

 それを合図にして、まず最初に奇数番号のウマ娘達が順番に枠入りしていく。

 5番のシャムもこのタイミングでゲートに入った。ゲートの中は狭く、圧迫感を感じる。

 そして、それ以上に枠入りしたウマ娘達からの気迫を感じた。

 

 ──ここで絶対に勝ちたい。

 

 皆一様に考えているであろう事が熱量となって肌に焼け付く。

 ここから先は真剣勝負だ。皆が自分の一番の為に走る戦いだ。

 しかし、この世界にとってシャムは異物だ。歴史を歪め、更には他人の夢をも壊そうとしている。

 

 ──それでも。いや、だからこそ。

 

『いよいよ、阪神レース場第2レース、未勝利戦が始まります──!』

 

 ──私は、絶対に勝つ──! 

 

『各バ、ゲートイン完了です。──今、スタートしました!』

 

「っ!!」

 

 ゲートが開いた瞬間、地面を強く蹴って一気に前へ躍り出る。

 先頭に立って突っ走る中、芦毛のウマ娘が一人だけ真後ろに付けてきた。

 

『まずは最初の直線、先頭に立ったのは5番シャム! 一気に飛ばして逃げを打ちました! 続いて1番ホワイトローレルが真後ろに付けています!』

 

 阪神の外回りコースは最後以外目立った坂は少なく、他のコースと比べると走りやすい部類に入る。

 シャムは気持ち良く前に伸びていった。

 

『5番シャムと1番ホワイトローレル、快調に飛ばしていきます! 後続との差は4バ身、5バ身と開いていく!』

 

 きっと、スズカには遠く及ばないだろう走り。

 それでも先頭を走り続けるシャムは、スズカの気持ちが少し分かった気がした。

 前に誰も居ない静かな景色は、それ程までに心地よい物だった。

 脚が自然と前へ動く。もっと、もっとこの景色を見ていたい……! 

 後ろに誰かが来ているなんて関係が無い。ただ、自分だけの景色を求めて疾駆する姿がそこにあった。

 

『先頭の5番シャムから順に第3カーブに入っていきます! 先頭600mのタイムは35秒フラット! 未勝利戦としてはかなりの速度で飛ばしていますが、残りはまだ1000mある! スタミナは果たして持つのでしょうか!?』

 

 第3コーナーへ入ったシャムは落ち着いて最内を回り、先頭を維持する。

 真後ろに居るホワイトローレルもぴったり後ろに付けたまま、シャムの隙を窺っていた。

 

 

 

 ホワイトローレルは今回で8走目だった。未だ1つも勝ち鞍が無く、このままでは今後の進路も考えなければならない所まで追い詰められていた。

 今回こそは逃げ切りを狙うつもりで、そのために逃げウマ娘は居ないかどうかトレーナーに事前に確認したはずなのに、目の前を走っているアイツは一体なんだ? 

 過去一番のペースで走っている筈なのに、アイツの前に出る事が出来ない。

 このままだとスタミナが先に尽きてしまう。そうなる前にアイツを抜いて1着に──。

 

『さあ、第3コーナーから第4コーナーに入ります! 依然、先頭は5番シャムが走っている! 真後ろの1番ホワイトローレルは前に出る隙を窺っています! 後続はようやく第3コーナーの半ば、これはとんでもない事になってきた! とても未勝利戦とは思えない!』

 

「ッ!」

 

 ──その時、一陣の風が吹いた。

 

『あぁっと! 5番シャムが第4コーナーの半ばから加速した! 後続を一気に突き放しにかかる!』

 

 ここに来てシャムが一瞬息を入れてから加速したのだ。

 あれだけのペースを走っておいて、その上まだ加速すると言うのか。

 ホワイトローレルの表情が一瞬苦しくなる。ある二文字が脳内を過ぎった。

 それを振り払うように頭を振ってから、ホワイトローレルも後を追うように脚を踏み出そうとする。

 ここで追った所でスタミナが持つ筈も無いが、それは現状維持に徹しても変わらない。

 それなら、と勝負に出ようとしたのだ。

 しかし。

 

(アイツとの差が、縮まらない……!)

 

 何度前に脚を出せども、シャムの背中は遠いまま。

 ホワイトローレルは悟った。もう自分に使う脚が残っていない事を、ここで自分はもう終わりだと言う事を。

 ギリ、と歯を噛み締める。こんな、こんな所で──! 

 

「クソ、クソォ……ッ! 待てっ! 待てよ……!」

 

 スタミナが切れたら、後はもう落ちていくしかない。

 必死に前に見える背中に手を伸ばし、叫んだホワイトローレルは後ろから上がってきた集団に飲まれていった。

 

 

 

『いよいよ最後の直線に入ってきました! 先頭は変わらず5番シャム! ここまで先頭をキープしていますが、この後に控える仁川の坂は乗り越えられるのか!』

 

「うっ、脚が……っ!」

 

 スパートを掛けて完全に抜け出したシャムだったが、最終直線に入った所で既に息が上がり始めていた。

 脚を動かしても前に行っている気がしない。それでも前へ、前へと走り続ける。

 シャムが落ちた所を飲み込まんと後ろから後続が迫ってくる音が近付いてきていた。

 一方、目の前には人の身長など容易く超えるような高低差の坂が待ち構えている。

 下り坂で勢いを付ける事で無理やり登り切れば何とかなるだろうか? 

 考えている時間はもう無い。シャムは覚悟を決めて無理やり脚を動かした。

 下り坂を駆け下り、その勢いのまま、上り坂に脚を叩き付ける。そして、そこから一気に駆け上がり始めた。

 勢いが無くなる前に登り切らなければ失速してしまう。既に後続も上り坂へ入ろうとしていた。

 

「うあぁぁぁっ!!」

 

 まるで雑巾を絞るかのように最後の一滴まで気力を振り絞る。後続の足音はすぐ近くまで迫っている。

 その音を聞きながら、シャムは上り坂を登っていく。坂道はシャムの心臓に大きく負担を掛けてきて、息が苦しくなる。

 視界がふらつく。いよいよスタミナを使い果たしたのか、シャムは一瞬体勢を崩した。

 それを見た後続のウマ娘達が、今こそこの逃げウマ娘を捉えんと奮起し、襲い掛かろうとして──。

 

「──シャムちゃん!」

 

 ──声が、聞こえた。

 

「──ッ!!」

 

 バン、と音が弾けた。

 体勢が崩れたかに見えたシャムがそのまま姿勢を低くした前傾姿勢となって坂道を猛烈な勢いで登っていく。

 追い縋ろうとした後続を突き放し、坂道を登り切ったシャムはそのままゴールへ突き進む。

 

『残り100mを切った! 仁川の坂を登り切って、シャム先頭! シャム先頭! 後続はもう追い付けないか! これは決まった!』

 

 そして、シャムは最後まで先頭のままゴール板を駆け抜けた。

 

『未勝利戦の勝者はシャムだ! なんとスタートからゴールまで先頭を走り続けると言う、まさに強い逃げ方でした!』

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 ゴールした所でいきなり止まると倒れてしまうので、ゆっくりと速度を落としながらも口をパクパクさせて酸素を取り込もうとする。

 少し呼吸が楽になった所で、完全に止まって観客席の方を見た。

【ポラリス】のみんなが手を振ってくれていた。他の観客たちも手を振ってシャムへの祝福の言葉を投げ掛けていた。

 

 ──私、勝ったんだ。

 

 遅れてやってきた勝利の実感に、シャムは身体を震わせた。

 手を振ってくれている皆に手を振り返す。

 これからウイニングライブもある。だから、地下道へ向かおうとした。

 

「クソッ!」

 

 ──そのまま地下道に向かっていれば良かった。

 

「こんな所で……っ!」

 

 ──そこで後ろを振り返らなければ良かった。

 

 聞こえてきた声に思わず振り向いて、その光景を見たシャムの笑顔が凍り付く。

 元気そうに立っているのは片手で数える程もおらず、殆どがターフの上に膝をついて崩れ落ちていた。

 そこで思い出す。このレースが未勝利戦であったということを。

 未勝利戦は文字通り、デビュー戦から1度も勝てていないウマ娘達が出走するレースだ。

 勿論、未デビューであってもデビュー戦として未勝利戦に出る事は出来る。

 だが、そんなウマ娘はごく少数。大半は未勝利の娘達だ。

 そして、未勝利のまま敗北が重なれば最後はどうなるか。考えるまでも無かった。

 呆けた顔で見ていても、シャムには恨み言の1つも飛んでこない。

 皆、自分のこれからの事で頭が一杯で、その恨みや苛立ちをいちいち勝者にぶつける余裕が無いのだ。

 観客席からは小さくとも彼女達を応援し、労う言葉が掛けられていた。

 しかし、彼女達はそれにすら反応を返せないでいた。

 そこまで追い詰められていたウマ娘達の地獄が、確かにそこにあった。

 

「……っ!」

 

 それを見続ける事に耐え切れなくなって、シャムは逃げるようにその場から走り去った。

 




夢破れてターフあり
レース場春にして芝深し
秋だけど


少女は自分の願いの為に他人の夢を踏み躙った。
誰かが幸せになるかも知れなかった夢を。
そうして得た勝利の味は、とても苦かった。


実況の描写って中々難しくて、結構筆が迷いました。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
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