ジェミニ杯頑張るぞー。えい!えい!むん!
「お願いします! 私をポラリスに入れてください!」
練習場でトレーニングをしていた【ポラリス】にやってきたスペシャルウィークが最初にした事は、茜に頭を下げる所からだった。
茜は困惑した。いきなり来たかと思えば頭を下げられたのだ。
困惑するなと言う方が無理な相談であった。
「えーっと。取り敢えず名前教えてや」
「はい! スペシャルウィークです!」
やれやれ、と頭を掻きながら聞いた茜に元気良く返事を返すスペシャルウィーク。
名前を聞いた茜はふむ、と首を傾げた。
──スペシャルウィーク。
確か、先日リギルの選抜テストで2位と言う才能の片鱗を見せたウマ娘だったか。
あのレースは茜も見学していたのでよく覚えている。スタートこそ一瞬で遅れたものの、終盤での末脚には光るものがあったのを感じていた。
そんなウマ娘が次の日に【ポラリス】へ入りたいとやってくるのは、少々驚きであった。
まさか、手当たり次第なのか? 昨日の選抜レースの時も、終わった後にハナから何事かを聞いたスペシャルウィークは呆然自失とした様子でふらふらと練習場を出て行っていた。
【ポラリス】が中堅以上のチームだという自負はあるが、それでここを選んだのだろうか。
見極める必要がある。茜はそう決めた。
「ふぅん。スペシャルウィークか。昨日リギルの選抜レースにおったな?」
「はい。……負けちゃいましたが」
「そら天下の【リギル】の選抜レースやしな。トレセン学園中の猛者が狭き門を潜りに来るさかいしゃーない」
「しかも、サイレンススズカさんがいるって聞いて受けたのにもう移籍してたし……」
「スズカ?」
あれ? 何だか風向きが変わって来たな?
茜は首を傾げた。どうしてここでスズカの名前が出てくるのか。
茜の困惑はさらに深まった。そんな茜を他所にスペシャルウィークは話を続ける。
「私、サイレンススズカさんとマチカネフクキタルさんのいるチームに入りたくて……。それでグラスちゃんに誘われて【リギル】の選抜レースに出たんです」
「そもそも選抜レース自体がスズカの移籍があったからなんやけど……」
「はい……終わってから聞きました……」
「はぁ……まあええわ……」
取り敢えずの理由は理解できた。そうした所で、次は入部の件である。
入部させるのは簡単だが、果たしてこのウマ娘は【ポラリス】で着いて来られるのだろうか?
試してみる必要があるな、と考えた茜は早速テストしてみる事にした。
「せやな。ウチのチームに入りたいなら、今の実力をいっぺん見せてもらおか」
「実力、ですか? レースとか?」
「そんなとこやな。さて、誰と走らせたろか……」
やっぱリョテイかな、と首を傾げた所で、スペシャルウィークがはい! と元気良く手を上げる。
「はい! サイレンススズカさんとマチカネフクキタルさんと走りたいです!」
「スズカとフクぅ? まあ、二人が居るから入りたい言うてたもんなぁ。ちょいと待ちや」
おーい、スズカぁ、フクぅ、と呼び掛けると、トレーニングしていた二人が早速やってきた。
「はい、何でしょう、茜さん。……あ」
「呼びましたか、茜さん! おや、入部希望者さんですか!」
呼び出された二人の反応は綺麗に2つに分かれた。
かつての世界線で顔を見かけていたと言う事に加えてシャムから話を聞いていたスズカと、その事情は知らずにただ入部希望者が来たと言う事だけを理解したフクキタルの2つだ。
そして、そんな違う反応に茜が気付かない筈も無かった。
「何やスズカ。知り合いか?」
「あ、いえ……。寮の食堂で時々見かけたぐらいです……」
「そうだったんですか? 食べるのに夢中で気が付きませんでした……」
その反応についてスズカに水を向けると、目線を逸らしながら返事が返ってくる。
一方のスペシャルウィークも直接の面識が無いと言い、茜はやはり首を傾げた。
「あー。まあ、そう言う事ならええわ。取り敢えず、二人には併走の一環として、このスペシャルウィークと模擬レースをしてもらうで」
「模擬レースですか?」
「せや。距離は2000mの左回り。フクは心配しとらんけど、スズカは飛ばし過ぎんようにな」
「わ、分かりました」
「入部テスト、と言う訳ですね! お任せください!」
気合十分と言った様子でスタートラインに向かうフクキタルとは対照に、チラチラとスペシャルウィークを見ているスズカの様子に、茜はやはり違和感を覚えていた。
(よぉ分からんなぁ。知り合いちゅう訳でもあらへんのに妙に意識しとるなぁ? なんか引っ掛かるわ)
しかし、考えた所で答えは出ない。頭を振ってその違和感を追い出した茜はレースを見守るためにゴールライン側へ向かった。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
「行きますよ。位置について、用意──スタート!」
スタートラインで旗を振った葵の合図に従って三人のウマ娘が飛び出す。
先頭を切ったのはやはりと言うべきかスズカだった。その後ろにフクキタルとスペシャルウィークが並走しながら付いていく形でレースが始まる。
あっという間に後続との差を広げるスズカに対して、フクキタルは焦らず自分のペースを守りつつ離され過ぎない様に追走していく。
しかし、デビュー前でレースの経験が選抜レース程度しかないスペシャルウィークは、目の前で突き放していくスズカに釣られて前目に出てしまう。
「は、速い……!」
スズカの走りに目を奪われながらも負けじと走るスペシャルウィークだったが、釣られてハイペースになった結果、向こう正面からコーナーに入る頃にはすっかりスタミナを使い切ってしまっていた。
一方でスズカとフクキタルはお互いに息を入れてペースを守っており、まだ脚に余裕があった。
「来てください来てください……来ましたぁ!」
「先頭の景色は譲らない……!」
「わわっ!?」
最終コーナー手前からギアを変えて一気に伸びていくフクキタルに交わされ、離されていく。
スズカも最終直線に入った所で二の脚を使って加速し、逃げ切ろうとする。
スペシャルウィークは二人の競り合いを後ろから見ながら、それでもそれ以上離されない様に必死になって付いていくだけで精一杯だった。
驚異的な末脚でスズカを捉えたフクキタルだったが、スズカも抜かれまいと力を振り絞り、結局二人同時にゴールラインを越えた。
少し遅れてスペシャルウィークがゴールし、そのまま芝の上に崩れ落ちる。
「はぁっ、はぁっ……これが……二人の速さ……!」
とても速い。それが率直な感想だった。
1つ上の先輩たちとは言え、それがここまでの差だとは思っていなかった。
そして、それ以上に二人に負けた事でテストに落ちたのだと理解してしまった。
「うう……やっぱり入部出来ないのかなぁ……」
「何言うとんねん。合格や、合格」
「……ほえ?」
しゅん、と耳を垂らして項垂れるスペシャルウィークに、茜が手を横に振りながら近づいてくる。
そして茜から告げられた言葉に、スペシャルウィークは首を傾げて目の前まで来た彼女を見上げた。
「負けたから不合格なんじゃ……?」
「んな訳あるかい。クラシック真っ盛りの連中にデビュー前から勝つようなんがおったら今頃トレセン学園は大騒ぎやで」
「た、確かにそれはそうです……」
「ウチが見たかったのは最後まで喰らい付こうって言う根性や。実際、最終コーナーでフクにぶち抜かれても君は最後まで諦めへんかった。今はそれで十分や」
「そ、それじゃあ……」
茜が無言で頷くのを見て、スペシャルウィークは歓喜の声を上げて両手を空へ突き出した。
テンションが高くなったスペシャルウィークを抑えつつ明日からの説明を始める茜達を、スズカは離れた所からじっと見つめていた。
(あれが、スペシャルウィークさん……。私の運命を変えてくれるかも知れない人……)
スズカの脳裏には、この時間軸にやって来た時に見たスペシャルウィークの背中が浮かんでいた。
──これが、サイレンススズカとスペシャルウィークの初めての邂逅であった。
離れ離れになっていた歯車はついに出会い、噛み合う。
物語は1つ進み、また新たな運命が始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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