お昼休みの時間になり、クラスメイト達はそれぞれ食堂へと向かっていく。
スズカもその一人で、今日のお昼はお蕎麦にしようかしら、などと今朝までは考えていた。
では今はどうか。率直に言ってお昼どころではなかった。
今朝に編入生だと紹介されていたウマ娘がニコニコ笑顔でスズカの隣を歩いているのだ。
スズカの勘が正しければ、このウマ娘は──。
「えっと、もしかして女神さ──」
「ほい、ここではそれ禁止ね。私はあくまでも一般ウマ娘だから、ちゃんとシャムって呼んでよね」
彼女の正体を口に出そうとしたところで彼女に人差し指で制され、口外禁止と釘を刺された。
そう言われてしまえばスズカは言う通りにするしかなく、耳をしゅんとさせて頷くしかなかった。
気を取り直して、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「……本当だったんですね。最後まで見守るって」
「当たり前でしょ。貴方ほっといたらまたやらかしそうなんだもの」
じぃ、と見つめるスズカに対して女神様──シャムは溜息を吐いて視線を返した。
あの大怪我からの復帰、そして挫折は間違いなくスズカにマイナスの影響を与えていると感じた女神は、過去を取り戻す手伝いの他にそういった精神面への影響を見知ったウマ娘がいることで、多少は軽くできないかと気まぐれを起こしてみたのだ。
女神としての手助けは出来ない、しかし一人のウマ娘としてなら手助けはできる。
そんな暴論にも近い自己弁護で論理武装して他の女神二人を説得したところ、過去行きについてはとても渋い顔をされたが、最終的に折れて送り出してくれた。
この身体も残り二人の女神の手助けによる転生体であり、まさに今を生きるウマ娘として生まれ変わっているわけだが、その代わりに今のシャムには女神としての権能は一切無い。
我ながらここまで入れ込んでいるのはどうかとは思うが、スズカを過去に送っている時でもどうしても頭から離れなかったから仕方がない。
スズカの走りが私を惑わせるのが悪い。シャムは心の中でそう言い訳した。
「ほんと、あの二人には頭が上がらないわね」
「どうかしましたか?」
「なんでも。それより敬語も禁止! 今の私は一般ウマ娘なんだから畏まる必要なんてないわよ」
うっかり独り言を聞かれてしまい、首を傾げるスズカに手を振って否定した後、そのまま人差し指をずびし、とスズカに向ける。
対するスズカは困ったような顔だ。女神ともあろうウマ娘を相手に普段通りに接しろとは無理な話である。
うー、と唸るスズカ。それを見てシャムも襲い掛かるようなポーズで唸り返す。
「そうは言いますけど……」
「がるる……」
「わ、分かりました。……分かったから、落ち着いて? ね、シャムちゃん?」
シャムちゃん、と呼ばれた瞬間、シャムから不機嫌そうなオーラが吹き飛び、花開いたようにぱぁ、と笑った。
その後に取り繕うように慌てて表情を引き締めて見せる。──尤も、抑えきれていない笑みが口端に滲み出ていたが。
「んふー、スズカもやればできるじゃない。満点あげるわ!」
(シャムちゃん、ちょろい……)
満更でもない風に装ってはいるが、耳はピコピコ、尻尾はブンブンと振り回されていて嬉しそうだ。
とても分かりやすい女神様に、スズカは素直に可愛いな、と思った。
「それで、シャムちゃんはお昼どうするの?」
「んー、私はこの時代の食事はあんまり良く分からないのよね。何か美味しいものある?」
「……お蕎麦かしら」
「それ、スズカが食べたいものじゃないの? まあいいわ。どんな味かしら……」
「シャムちゃん……」
じゅるり。そう音が聞こえる程に涎をすすり上げたシャムに、さっきまで彼女を愛でていたスズカは一転して軽く引いた。
その様子に気が付いたシャムは、ハッとしたようにスズカの方を見ると慌てて口元を拭って言い訳を始めた。
「だ、だって、女神様になってからこっち、食事なんてもうずっとしてなかったんだもの。仕方ないでしょ……」
「そういう欲求みたいなのは無かったの?」
「全然。なんかこう、自意識も高くてさ。所謂神様視点ってやつ? それの所為か、そういう気が全く湧かなかったのよね」
「めが……シャムちゃんも大変ね……」
本来なら人間にもウマ娘にも等しく存在しているはずの欲求を長らく満たしていなかったというシャムに驚きの目を向けるスズカ。
女神様になるって大変なんだなぁ、と考えている内に目当ての食堂へ辿り着く。既に何人かは昼食を食べ始めていた。
その様子を嬉々として見つめているシャムを軽く引っ張って受付に向かい、今日の昼食を注文する。
スズカは海老天蕎麦を注文し、シャムもそれに倣って同じ物を注文した。
受け取り口の近くで少し待つと美味しそうな匂いと湯気が立つ丼が2つ出てくる。
それぞれが一膳ずつ持ち、空いている手頃なテーブルを陣取って向かい合わせに座った。
シャムはもう待ちきれないと言った様子で箸を握り締めている。──握り締めている?
「シャムちゃん……お箸の持ち方、分かる?」
「ほえ?」
「えっとね……」
何とはなしにぐさぐさと丼に箸を突き立て始めたシャムを制して、箸の持ち方を教えるスズカ。
紆余曲折を経てシャムの箸の持ち方がとりあえずの形になった頃には、二人の蕎麦は少し伸びてしまっていた。
「ごめんなさい、スズカ。フォークとナイフは使えるのだけど、お箸は初めてで……。初めからフォークにしておくべきだったわ……」
「気にしなくていいのよ、シャムちゃん。ほら、いただきましょう?」
スズカがいただきます、と言ってから食べ始めたのを見て、シャムも同じようにしてから恐る恐る蕎麦を箸で持ち上げて口に運ぶ。
少し伸びて柔らかくなってしまっているが、今まで食べたことのない蕎麦の味が口の中に広がり、シャムの瞳が輝く。
「スズカ! これ美味しいわね!」
「そう? ふふ、ここの食事が気に入ってもらえて嬉しいわ」
少し行儀は悪いが美味しそうに食べているシャムの姿を見て、スズカの顔にも笑顔が浮かぶ。
スズカも蕎麦に手を付け始め、暫く蕎麦を啜る音だけが周囲に響く。
最初に沈黙を破ったのはスズカだった。
「……どうして、最後まで見守ろうって思ったんですか?」
「気になる?」
話を振られたシャムは、スズカが頷くのを見て、ちゅるん、と蕎麦を食べてから首を傾げながら答える。
「……惚れた、から?」
「ぶっ!? げほっ! ごほっ!」
唐突な告白に思わずむせるスズカ。箸を置いて机を掴むほどに苦しいようだ。
何度か咳き込んだ後、ようやく落ち着いたスズカは口をハンカチで拭ってから困ったようにシャムを見た。
「えっと、シャムちゃん?」
「スズカ。私は貴方の走りに魅せられたの」
「あ、そっちなのね……」
「何だと思ったのよ。そうじゃなくて、貴方のあの異次元の走りに、よ」
蕎麦を食べ終わったシャムは、ずず、と出汁を一口啜り、丼を置いてから続ける。
「あんな気持ちのいい走り方は今まで見たことなかった。兎に角すごかった。震えが止まらなかった。私たちの愛する子供たちはここまで来たんだって」
そう言って見せたシャムの笑顔は愛する我が子を見つめる母親のように穏やかで慈愛に満ちていた。
「だから、その走りをずっと見ていたいの。あんな終わり方じゃなくて、貴方の栄光の先を。それじゃ、駄目?」
「ううん。……ありがとう、シャムちゃん」
始祖たる女神の一柱に見初められたスズカは、少し照れ臭くなって鼻の下を擦る。
そして、この愛くるしい女神様にも報いたいと、そう誓うのだった。
シャムちゃんはちょろ甘女神ちゃん。
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