書き溜めの調子が良ければそのうち毎日更新になるとは思います。
さて、昼食を無事に終えた二人は午後からのトレーニングに出てきていた。
チーム毎に大コースの使用時間が割り当てられており、また大コースの中にある各種練習用コースは事前申請制の元、自由に利用することが出来るものだ。
スズカはチーム【リギル】の所属であり、今日の【リギル】の大コース使用時間は昼一番であった。
チームに合流し、さっそくストレッチを開始するスズカ。シャムはまだチームに所属していないため、空きがあるコースで一人走ることになっている。
足を開いて身体を前に倒す柔軟運動をしながら、スズカは先程シャムと会話した内容を思い出していた。
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『そういえば、シャムちゃんはレースに出るの?』
『んー、そうね……』
更衣室で体操着に着替えながらスズカはシャムに聞いた。
女神様がウマ娘としてトレセン学園に来たのなら、折角だし一緒に走りたいなと思ったのだ。
話を振られたシャムは唇に指を当てて暫く思案していたが、やがて頭を振って答える。
『出たい気持ちはあるけどね。貴方と違って私はイレギュラーだから、出来るだけ避けようかなって思ってる』
『えっ、走らないの?』
『そもそも、私は生前でもレースなんてしたことないのよ。だから気にしなくてもいいわ』
シャムの言葉に目に見えてスズカがしょんぼりする。耳もペタンと垂れて悲しそうだ。
それを見てシャムは、うっ、と声を漏らすも、スズカの頭に手を置くとゆっくり撫でて言い聞かせるように声を掛けた。
『シャムちゃん……』
『ほら、辛気臭い顔しないで、貴方は貴方のことに集中なさいな』
『うん……』
シャムに柔らかな笑みを向けられたスズカは小さく頷くことしかできなかった。
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「もったいない、とまでは言わないけれど……やっぱり、一緒にレースを走ったりしたいわね」
「ほう? 誰と一緒に走りたいんだ?」
「シャムちゃんと……って、エアグルーヴ!? 私、声に出てた?」
「ああ、ばっちり聞こえていたぞ」
独り言が大きかったのか、チームメンバーであり副生徒会長であるエアグルーヴに聞かれてしまい、羞恥に顔を赤くするスズカ。
エアグルーヴは小さく笑うと隣に座り、柔軟運動を始めながらスズカの方へ顔を向けて話を続ける。
「……っと。シャム、というのは確か、今日からお前のクラスに編入してきたウマ娘だな。気になるのか?」
「ええ、まあ……」
「なるほど、新たなライバル出現、という訳か。もう少ししたら選抜レースがある。その時にでも実力をじっくり見る機会を作ればいい」
「そうね。でもその前にあるレースに集中しなきゃ」
むん! とガッツポーズを決めるスズカを見て、エアグルーヴは首を傾げた。
今のスズカから感じる違和感。そう、違和感だ。
スズカが外でこんなにも感情を露にしたことがあっただろうか?
エアグルーヴが知っているスズカは寮ではともかく、練習をしている時は抜き身の刃のような雰囲気を醸し出し、物静かに練習に打ち込んでいたはずだ。
どうにも様子がおかしい。何か変なものでも食べたのだろうか。
気になったエアグルーヴは平静を装いながら、もう一度スズカに話しかける。
「なあ、スズカ。何か変なものでも食べたか?」
「どうしたの、急に。お昼は天ぷら蕎麦よ?」
「朝は?」
「新鮮なニンジンよ」
「……そうか」
「ふふ、変なエアグルーヴ」
くす、と笑うスズカの仕草を見て、変なのはスズカの方だ、とは口に出せなかったエアグルーヴであった。
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しっかりとストレッチを終えたところで、ようやくトレーニングの開始だ。
今日の並走トレーニングの組み合わせは、スズカとエアグルーヴだった。
「さて、スズカ。練習とはいえ、負けるつもりはないからな」
「私の方こそ負けないわ。それじゃあ、よろしくね」
「ああ」
他のチームメンバーたちが見守る中、初めは軽くジョギング、向こう正面に回る頃には少し速めに流すように、スタートラインに戻ってきた後は一旦息を整えてからお互いの全力で。
「よーい! スタート!」
ヒシアマゾンの号令と共に飛び出す二人。
まずスズカがハナを切って突き進む。エアグルーヴはその真後ろからわずかに後退していく形で位置取った。
初めからスズカの暴力的な速度に合わせていては脚が残らない。だからと言って最初から後方に位置取ってもそれは変わらない。
彼女との距離を離され過ぎないようにするために結局ハイペースに呑まれ、最後には彼女の更なる末脚で千切られてしまうだろう。
ならば真後ろからスズカよりわずかにペースを落としつつ下がっていき、スパートを掛けるタイミングで上手く最適な位置に付けられれば良い。
──この作戦を予めエアグルーヴに伝えていた【リギル】のトレーナーたるハナは自分が考えていたようにレースが進んでいることに満足していた。
この世界線において、東条ハナはサイレンススズカの最大とも言える理解者である。
スズカの大逃げ戦法が
基本的に大逃げは勝ちの定石ではない。しかし、スズカが勝つための定石ではある。
実際、彼女に逃げを越えた大逃げを指示し、それに合わせたトレーニングを施したところ、彼女はメキメキと力を付けていった。
ただ、その適正に気が付いたのはクラシック三冠の内二冠が終わった後であり、適正が無い菊花賞以外の二冠を勝ち取ることは叶わなかったが。
もっと早く気付いてあげられたら良かったとは、後にハナが語った言葉である。
さて、そうしてハナはスズカの実力を伸ばしていったが、もちろん他の【リギル】のウマ娘たちも勝たせなければならない。
そうなれば、必然スズカと対戦することになる機会は増える。
なので、彼女に対抗するための試行錯誤をここ暫くの練習で行っているのだった。
これでも全力のスズカに勝てるかは五分に近い。しかし、それをやらねば影すら踏めない。
サイレンススズカとはそう言うウマ娘なのだ。
一方、スズカとエアグルーヴは向こう正面に入ったところだった。
相変わらずスズカは先頭を走り、エアグルーヴは少し後ろに付けていた。
既に彼女のベストポジションに付いたのだろう。二人の差は変わらず、そのまま進んでいく。
ここでハナは何か違和感を覚えた。
「エアグルーヴがもうスズカのペースに合わせている……?」
エアグルーヴにはスズカのハイペースに釣られず、末脚を残すことを意識して離され過ぎない程度にゆっくりペースを落とせとは言った。
だが、ハナの計算ではこのポジションに付くのは第3コーナーと第4コーナーの間ぐらいのはずであった。
ならば、この状況は一体──?
違和感の正体を掴み切れないまま、スズカが第3コーナーへ入り、抜ける。その時だった。
「スズカ!?」
思わずハナの口から驚愕の声が漏れた。
スズカが第3コーナーから抜けた直後、一息入れて加速しようとしたところで急に失速したからだ。
走り方が歪になり、一気に失速したスズカをエアグルーヴが驚愕した顔で見ながらもその横を走り抜けていく。
レースに絶対はない。だからこそ、どんな時でも何があっても最後までゴールを目指すというハナの教えに従ったものだった。
「トレーナーさん!」
「っ、行け! タイキ!」
「了解デス!」
だから、ハナは代わりに最強のマイラーたるタイキシャトルをコースの外側から向かわせる。
頷くや否や、ラチを越えてあっという間に加速していくタイキを見送りながら、ハナはどうか何事も無いようにと祈った。
健全な肉体に不健全な精神が宿れば、肉体もまた不健全となる。
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