沈黙の栄光   作:ノービス

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UA5700突破とお気に入り80件突破していました。
本作品を手に取ってくださった方々に改めて感謝の意を表します。
ありがとうございます。これからもよろしくお付き合いください。

今回はシャム視点です。


第9話「決意と勧誘の後に」

「スズカのおバカ……あんぽんたん……」

 

 フクキタルのテントを飛び出してから、シャムは一人行く当てもなくトレセン学園の敷地を歩いていた。

 路傍の小石を軽く蹴飛ばし、それなりの距離を転がっていくのを見ながら溜息を吐く。

 あの時、スズカに詰め寄ったのは間違っていたとは思わない。あれほど走ることを望んでいたスズカが、レースを回避するなんて認められる訳が無かった。

 しかし、その熱意が消えかねない程の恐怖が彼女を襲っていることも、頭の中で理解はしていた。

 なら、どうすればそれを祓ってあげられるのだろうか。当面のシャムの悩みの種はそれであった。

 

「きっと、言葉だけじゃ駄目よね。何かきっかけが無いと……」

 

 相部屋になってから毎日のようにスズカがベッドに潜ってきてはシャムを抱き枕代わりにしてくるのだが、それでも一時の安息でしかないのだろう。

 スズカの退院の翌日から【リギル】のトレーナーが練習メニューを軽めにしてはくれているが、それでも走る時には顔が歪んでいるのが中央のコースで練習していたシャムにも良く分かった。

 走るのが怖いのなら、何かをきっかけにしてそれを反転させれば良い。ただ、その方法をどうするのかが思いつかない。

 

 思い悩みながらふらふらと彷徨っていたシャムがふと気が付くと、人気の少ない練習場にやってきていた。

 人気が少ないと言っても、自主練等で訪れているウマ娘がちらほらと目に入る。

 シャムは道端に座り込むと頬杖を突いて、眼下に見える練習場を見下ろした。

 

「もう2周行くよー!」

「むぅーりぃー!」

「無理じゃなぁい!」

「いっち、にっ! いっち、にっ!」

 

「元気ねぇ……」

 

 練習している光景を見ているとあまり乗り気ではないが、本能的に走りたいという欲求が湧き上がってくる。

 この気持ちをスズカにあげられたらなぁ、と思っていると、ふと思い付いた。

 

「あっ、そうか。私がレースに出ればいいんじゃない? それで走ってるところをスズカに見せたら元気が出るかも」

 

 レースには出たくないとは言っていたが、トレセン学園ではレースに出なければ学籍抹消……つまるところ退学処分が下されることがある。

 つまり、シャムもやがてはメイクデビューしないといけない訳だが、傍観者で居たかったためにギリギリまで粘るつもりだった。

 もう傍観者から当事者になりつつある今、シャムがメイクデビューを渋る理由は一つとして無くなっていたのだ。

 しかし、メイクデビューすると決めた所で、ある問題が出てくる。

 レースに出るためにはどこかのチームに所属している必要があるのだ。そして、シャムは未だ未所属であった。

 今から探しても見つかるのだろうか? 

 デビュー時期としては遅咲きも良い所だ。粗方選抜は終わっているだろうし、良いチームはもう埋まっているかもしれない。

 

「でも、出来れば【リギル】が良いな……。スズカぁ……」

「【リギル】に入りたいんか?」

「うん……って、ひゃあっ!?」

「けど、あっこは自分とこ用の選抜レースやっとるからなぁ。来年のクラシック組やないと出来へんのとちゃうか?」

「あ、そうなんだ……。って、だ、誰なのよ貴方!?」

 

 ぽつり、と漏らしてそれに返ってきた返事に頷き、それから一拍して全身を総毛立たせて飛び上がった。

 振り向けば、黒くて長い髪を靡かせた女性がシャムの顔を覗き込んでいた。

 綺麗だな。などとシャムが呆けていると、目の前の女性はニッコリ笑顔を浮かべてシャムの手を握る。

 

「ウチは桐生院(きりゅういん) (あかね)! 君、お名前は何て言うんや?」

「わ、私はシャムだけど……」

 

 知らない人間に話しかけられて混乱の極みのまま返事を返したシャムは、彼女の襟に光るバッジを見つけた。

 そのバッジはトレセン学園に籍を置く者なら誰もが知っている、ウマ娘達が尊敬して求めて止まない──。

 

「……と、トレーナーバッジ」

「その通り! ウチは通り掛かりのトレーナー! 君をスカウトしに来たんや! あ、これ今考えたんやけど、ちょっとかっこ良ぅない? キャー♡ ウチってばイケメーン♡ 惚れてもダメやでぇ。ウチと君はトレーナーとウマ娘の関係なんやからね!」

「行き当たりばったりじゃない! 浪漫の欠片も無いわよ! あと、勝手に自分の世界に入らないでよ!?」

 

 どやぁ、と鼻を鳴らしたかと思えば、次には頬に手を当ててくねりくねりと腰を揺らす茜にシャムは頭を抱えた。

 このトレーナー、大変癖が強い。たった二言三言だけでカロリー消費が尋常ではなかった。

 厄介なのに目を付けられたと思ったシャムは逃走準備を図る。

 しかし。

 

「あかんでぇ~! このウチに見つかって、ただで逃げられると思わんことやぁ~!」

「ひぃぃぃぃぃ!?」

 

 ジャリ。たった一歩引いた音がしただけでトリップしていた茜が即座に世界に戻ってきて、ぐわし、と鷲掴んできた。

 

 ──シャムの両脚を。

 

 ぞわわわっ! とシャムの全身がまた総毛立つ。

 温かな手のひらの感触、思った以上に柔らかな女性の手のひらの感触、脚を撫で回される擽ったい感触。

 未知の感触に思わず悲鳴を上げて逃げようと藻掻くが、何ということか。足が全く動かせない。

 相手はただの人間のはずなのに、ウマ娘のバ力を以てしても振り解けないのだ。

 この人は一体何なのだ──!? 

 

「うーん、素質はありそうなトモやけど、全然鍛えられてへんな。まるで最近鍛え始めましたって感じや」

「……っ」

「でも、これはちゃんと鍛えたら来年のシニア路線、良い所まで行けるかも知れへんな? ねね、シャムちゃん。良かったら、うちのチーム──【ポラリス】に来ぇへんか?」

 

 漸く両脚から手を離した茜は興奮冷めやらぬ様子で、今度はシャムの肩を掴む。

 疲れて気力も無くなったシャムは抵抗せずされるままに身を任せていた。

 頭の中で今の言葉を反芻する。チームに来ないかということは、つまり。

 

「それって、スカウト?」

「もちのもちや。一から育て甲斐のある子って中々居らんからな。君みたいなウマ材は是非とも確保したいんや」

「行くのは構わないけど、1つ条件があるわ」

「何々? 何でも言ってええで?」

「ありがと。それじゃあ──」

 

 もう何があっても加入させるという強い意志を漲らせている茜に対し、シャムは一度深呼吸をして、口を開いた。

 

「──【リギル】のサイレンススズカも一緒に移籍させて。それなら受けるわ」

「よっしゃ、任せてぇな! ……え?」

 

 どーん、とノータイムで胸を叩いた茜は、それから言われた言葉を良く嚙み砕いて、飲み込んで、固まった。

 

「い、今、【リギル】のサイレンススズカ言うたか?」

「言ったわよ。何でも言っていいんでしょ?」

「言うたけどなぁ~! トップチームからエースの卵引っ張ってくるとか、あの東条が許すとは思えへん……!」

「出来ないの?」

 

 じぃ、と見つめるシャムの無言の圧力に茜は下を向いてプルプル震え始め、震えが最高潮に達した瞬間、ついに爆発した。

 

「──やってやろうやんけこんちきしょう! 君を手に入れて、サイレンススズカも手に入れたる! ウチを無礼るな!」

 

 そうと決まったらやること多いで! と力こぶ? を作ってむん、と気合を入れた茜は、改めて居住まいを正すとシャムの正面へ立った。

 

「君の希望は叶えたる。せやから走れ、シャム」

「……分かったわ」

「おっしゃ! 契約成立や! 後は万事任しとき!」

 

 シャムの手を握ってブンブン振り、晴れやかな笑顔で茜は去っていった。

 それを見えなくなるまで見送ったシャムは大きく息を吐いて肩の力を抜く。

 

「……疲れた。嵐みたいな人だったわ……」

 

 もう、帰ろう。スズカも寂しがってるかもしれないし。

 そう思い、軽く走り始めたシャムの頬を、秋の訪れを告げる風が撫でていった。

 

 

 ⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱

 

 

 一方、その頃。

 

「シャムちゃぁん……。どこ行ったのぉ……」

 

 喧嘩別れしてしまったシャムを求めて学園内を彷徨うスズカがあちこちで目撃され、ウマ娘達はまるでお化けのようなその姿に震え上がっていた。

 




秋の嵐は厳しい冬への序章。
凍えるような寒さを跳ね返す熱は、そこに有るのか。それとも、無いのか。
その答えが出る日は、近い。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想や誤字脱字等ありましたら送ってくださると今後の糧と励みになります。


※おまけ
・桐生院 茜(きりゅういん あかね)(??)
トレーナーの名家【桐生院家】の分家に属する女性。桐生院 葵とは従姉の関係に当たる。
分家は関西圏にあり、癖の強い関西弁で話す。

ウマ娘のトモに目が無く、トレーナーになった動機も大手を振って担当ウマ娘の鍛えられたトモを触れるからである。
所謂へんたいふしんしゃなのだが、実力は確かなので担当ウマ娘達は何も言えない様子。
チーム【ポラリス】のトレーナーをしている。

※筆者は関西圏ですが、関西弁が達者ではないのでガバはあるかもしれません。お許しください!タキオン博士!
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