黄金の船は、好奇心を満たすべく時空を超えた。例えその行動が、自分の心を苦しめる結果になるとしても──

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100年後ヒマ?空いてたら宇宙行こうぜ

「諸々の事情を省いて結論だけを述べるが、単刀直入に言うと、ゴールドシップは100年後の未来からタイムトラベルしてきたウマ娘だ。

 

 その理由は祖母であるメジロマックイーンを一目見たかったからなのだが、そんなゴールドシップは、幸か不幸かとあるトレーナーと出会い、URA優勝を目指すことになってしまった。

 

 そしてゴールドシップの秘密を知ったトレーナーには……機密保持の為に犠牲になってもらわなければならなかったのだ。

 

 悪いがトレーナー、お前を殺す」

 

「URAファイナルズ優勝から数時間後の舌の根も乾かないうちによくもまあワケわからんことをベラベラ喋れるなお前」

 

「へへっ、よせやぁい」

 

 褒めてねぇよ、というトレーナーの言葉を余所に、ゴールドシップは鼻を指で擦る。

 彼女と出会ったとある砂浜で波の満ち引きを眺めるトレーナーは、一拍置いて続けた。

 

「んで、記者会見やら乙名史記者の取材やら諸々が終わってからのスケジュールなんだが、次のレースは何月のやつにする予定だ?」

「あーん? ゴルシちゃんはちょっち疲れたから、しばらくは良いかな~って思ったり思わなかったり思ってるようで思ってなかったり」

「つまり?」

「飽きたからお休みでゴルシ」

「最初からそう言え」

 

 舌をだらんと垂らして顔を傾げるゴールドシップに、トレーナーが呆れた声色で話す。

 

「てーかトレーナー、さっきのアタシの一世一代な告白を無視しやがったな」

「ああ……あの未来がどうとかいう。わかったよ乗れば良いんだろ? マックイーンがお前の祖母って時点で色々と疑問が生じるがな……」

 

 完全に冗談の類いとして受け流していたトレーナーがゴールドシップに返すように言うが、薄暗い夜の砂浜では、彼女の顔色が窺えない。

 しかし、じっと見てくる行動に妙な威圧感を覚えて、トレーナーは思わず一歩後ずさりした。

 

 ザザーッという波の音をBGMに、暗がりで爛々と光るゴールドシップの瞳にじっと見られているトレーナーが、彼女に問い掛ける。

 すると、普段のゴールドシップからは想像も出来ない声色が飛び出てきた。

 

「ご、ゴルシ……?」

「──ほんとはさぁ、婆ちゃんの顔を見て満足してさっさと帰ろうと思ってたんだぜ。

 なのに偶然にも間抜け面のトレーナーと出くわしちまったもんだからさぁ、誤魔化すのに必死だったよ。なにせアタシぁ戸籍も無いからな」

 

 それはカラカラと、鳴らない鈴を転がすように、あまりにも哀れに見える笑い声。

 

「……何を言ってるんだ」

 

「上手いこと書類偽造とかしてトレーナーと契約してからの3年間は楽しかったよなぁ~。レースに出たり、マックイーンを弄ったり、レースに出たり、海で遊んだり……楽しかったよなぁ」

 

 一歩、トレーナーに近づく。

 

「ああそういやぁ覚えてるか? マックイーンが減量中にうっかりパフェ食っちまって、大慌てでダイエットしてたよな」

 

 一歩、トレーナーに近づく。

 

「夏祭りの時なんて、ゴルシちゃんも思わずおめかししちまったしよぉ~」

 

 一歩、トレーナーに近づく。

 

「トレーナーが褒める度にやる気が出て……次も勝ってやるって思えてさぁ」

 

 目の前に、ゴールドシップのうつ向いた頭が見える。そのままポス、と胸元に頭を預け、力なく振られた手がトレーナーの肩を叩いた。

 

「──()()()()()()なんて思うようになっちまったのも、トレーナーのせいなんだぜ?」

 

 ぽす、ぽす、と顔を胸元にうずめたまま両手で肩を叩き、最後にはトレーナーの服を掴み、絞り出すように喉を震わせて言った。

 

「……あんたと出会わなきゃ良かった。そうすりゃあこんな気持ちを味わわずに済んだし、あんたのことを──好きになんてならなかった」

「ゴールドシップ……」

 

 服に水気が染み込み、それが彼女の涙だと理解する。とん、と肩を押されて下がるトレーナーは、雲が晴れて月明かりが照らす、暗がりの奥にいるゴールドシップの顔を見た。

 

「──なあトレーナー……100年後ヒマ? 空いてたらさ、宇宙行こうぜ」

 

 ──涙を流しながら、歪んだ笑みを浮かべて、ゴールドシップはそう言った。

 

「っ……なんつってな、変なこと言っちまった。じゃあ、トレーナー……アタシそろそろ帰るわ。長居し過ぎて、これ以上はぬるま湯に浸かってるみたいで、戻りたくなくなっちまう」

 

 ごしごしと顔を乱暴に腕で拭って、ゴールドシップは踵を返す。月の光を遮る雲で出来た影の向こうに走り去ろうとする彼女だが、そんな彼女の腕を、トレーナーが掴んで止めた。

 

「ゴールドシップ、約束だ。100年後に会おう」

「……ふつーに考えて無理だろ、やめてくれよ……アタシに期待させないでくれ」

「方法は考える。絶対に約束を守る。せめて──お前を悲しませるような男にはならない」

 

 腕を引いて、ゴールドシップを抱き締めると、トレーナーは耳元で続ける。

 

「少しだけ待ってろ。ほんの100年だけだ」

「はっ……それは流石になげーよ」

 

 トレーナーの腕の中で、ゴールドシップは笑う。夜が明けたその日から、トレーナーやウマ娘たちが、彼女の姿を見ることは一度も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──カツカツカツと、ブーツの踵が廊下を踏み鳴らす。病院の一角、とある男性の病室に訪れたゴールドシップは、面会用の名札を首に垂らしてガラリと扉をスライドさせた。

 

 室内のベッドの上で横たわり、窓の外をぼんやりと眺めるチューブがあちこちに通された老人は、気配を感じて首をそちらに向ける。

 

「よう、トレーナー。ちょっと会わない間に、随分とまあ男前になったじゃねえか」

「…………そういうお前は、昔と変わらず美人だな。流石はメジロ家のお孫さんだ」

 

 定型文のような世辞を受け取りながら、彼女はトレーナーの傍らにパイプ椅子を広げて座る。頭の飾りを外して髪を下ろした彼女は、トレーナーから見ても、本当にマックイーンに似ていた。

 

「お前は……『今この時間に居るゴールドシップ』か? それとも『あの日俺の前から消えたゴールドシップ』なのか?」

 

「……両方、だな。本来のアタシはタキオン博士と一緒にタイムトラベルの理論を組み立ててる最中だったのに、ビビッと記憶が統合されて、あんたや婆ちゃんとのあの3年間を思い出した」

 

 思いを馳せるゴールドシップは、しみじみとそう呟く。枯れ枝のようなトレーナーを慈愛の眼差しで見下ろして、彼女は言う。

 

「まだ70年だぜ、もう30年頑張れよ」

「無茶を言うな……90年以上生きてりゃ大往生だろ。お前は知らんだろうが、一応、マックイーンの葬式にも並んだんだからな」

「そりゃ……ありがとな。しっかしトレーナーよぉ、アタシというものがありながら結婚して孫まで残すたぁこの浮気者め」

 

 からかうようにそう言うと、トレーナーは口角を緩めて言い返した。

 

「お前は俺に、二度と会えないだろう女を想い続ける独身で居ろって言うのか?」

「……今のアタシも、似たようなもんじゃねえか。こちとらまだ独身だぜ?」

「人のせいにすんな、バーカ」

 

 (しゃが)れた声で小さく笑うトレーナーは、それから表情を戻して、真面目なトーンでゴールドシップに問い掛ける。

 

「──どうして俺だったんだ」

「……そりゃどういう意味だよ」

「あの時お前の周りには俺以外のトレーナーも居たのに、よりにもよって、どうしてわざわざ俺をトレーナーに選んだんだ」

 

 その言葉に、ゴールドシップはハッとしてその言葉の真意を理解する。

 自分だけが『そう』であったと思っていたが──トレーナーもまた、ゴールドシップに出会わなければ、大事な人と会えなくなる悲しみを背負うことは無かったのではないだろうか。

 

「先立った妻とかつて結婚したときも、子供が産まれたときも、孫が出来た時も……本当に隣に居て欲しかった奴が、居てくれなかった」

 

「……トレーナー」

 

「お前に会えて良かったよ。でもこんな気持ちになるなら、お前と出会いたくなかった」

 

 ゴールドシップは悟る。この瞬間、今にもトレーナーの命が体から抜け落ちていると。このタイミングで、これから、彼女のトレーナーは死ぬ。

 

「……なあ、トレーナー」

 

 前屈みになったゴールドシップは、彼の皮と骨だけの細い手に自身の手を絡ませて、耳に届くようにと優しい声色で語り駆ける。

 

「すげー暇そうな奴がいるなって思ったんだ」

 

 目尻と口角を緩めて、彼女は続ける。

 

「アタシと出会えて……あんたの人生、面白くなっただろ?」

「────!」

 

 その言葉に、トレーナーは目を見開く。

 そして、ふっと笑い、まぶたを閉じる。

 

「………………」

 

 緩やかに、トレーナーの呼吸が止まって──異変を知らせる心電図のアラームが、ゴールドシップの耳に騒音を奏でていた。

 

「なあ、トレーナー……」

 

 手をほどいて、彼の顔を見るゴールドシップは、おもむろに自分の顔を近づける。

 彼女は閉じたまぶたにそっと口付けをすると、1滴の涙を流して声を震わせた。

 

「──約束を守るって、言ったじゃん」

 

 その問いに答える者は、もう、居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っていう所までは考えたんだけどさあ、これ映画化イケそうじゃね?」

 

「そこまでキザなセリフを吐いた覚えは無いし、そもそも俺死んでるじゃねーか」

 

「どうやったらメジロ家から常識の定義が270°回転した方が産まれてくるんですの」

 

「おっと好評。こりゃ全米の涙でプールが作れそうだな、泳ぎたくねえけど」

 

 ガッハッハッハ、と豪快に笑うゴールドシップに、トレーナーとマックイーンは顔を見合わせて渋い表情を作る。壮大な()()()を前に、二人は露骨なまでに反応に困っていた。

 

「あーでも、ゴルシって頭のやつ外して髪下ろすとマックイーンに似てるんだよな」

「ひぃぃぃっ!? トレーナーさん! 妙な信憑性を持たせるのはやめてくださいまし!」

 

 頬に手を当てて戦慄するマックイーンだったが、はたと疑問が脳裏を掠めて口を開く。

 

「……どうして髪を下ろしたゴールドシップさんの素顔を知っているんですの?」

「え、アタシとトレーナー付き合ってるし」

「……………………は?」

「あー、俺まだ言ってなかったっけ」

 

 あっけらかんとした回答に、マックイーンはポカンと口を開ける。それから交互にゴールドシップとトレーナーを見て、再起動した。

 

「は──っ!? Why!? いつ!?」

「URA優勝したあとそのまま勢いで、だな。

 さっきの話の砂浜は当時のシーンを流用してるから夜だったんだわ」

「だからさっき言っただろ、『そこまでキザなセリフを吐いた覚えは無い』って」

 

「……どこまでが嘘でどこからが本当なのか分からなくなってきましたわ……」

 

「ほぼ本当だしなんならマックイーンの楽しみにしてたプリンを食ったのもほんとだぜ」

 

 さらりと余計なことまで言い放ったゴールドシップに、ぐりんと頭を曲げてマックイーンが睨むように目線を向け、トレーナーはため息をつく。

 

「名前を書いた紙をテープで貼り付けておいたのに貴女というウマ娘は──ッ!!」

「ちょっと待て流石のゴルシちゃんもアルゼンチン・バックブリーカーは致命傷になりうる────があああああああああっ!?」

 

 バキバキバキバキ! というおおよそウマ娘の体から響いてはいけない音を耳にしながら考え事をしていたトレーナーだが、うーんと声を漏らしてから軟体生物と化したゴールドシップに問う。

 

「タイムトラベルって、やっぱりどこかで矛盾が起きるだろ。未来が変わるじゃん」

「アホだなあトレーナー。タイムトラベルで過去に行っても未来は変わらないってエンドゲームで言ってたし科学的にも証明されてるぞ。

 仮に変えられるなら、今頃世間では宝くじの店が何個も潰れてるっての」

 

 そう、バック・トゥ・ザ・フューチャーは嘘なんだよ。と床に落ちながら言うゴールドシップは、暫くしてから立ち上がる。

 

「未来は変わらない、か。……いや、案外変えられるかもしれないぞ」

「ほーん、どうやって?」

「愛だよ愛。インターステラーでも愛は時間と空間を超越してただろ?」

「急に非科学的な要素ぶっこむじゃん」

 

 呆れて表情を緩めるゴールドシップに、マックイーンを手招きしながら片手で携帯のカメラを起動するトレーナーが淡々と言った。

 

「──ゴルシ、お前は100年後に、俺の言葉が正しかったことを理解する。絶対にな」

「……あの話は作り話ですのよトレーナーさん、彼女の話を真に受けてませんか?」

「はいチーズ」

「ちょっ──!?」

 

 眉をひそめるマックイーンを無視して二人を抱き寄せ、トレーナーはカメラのシャッターを切った。ゴールドシップの記憶には、その時の『パシャリ』という音が、今でも残り続けている。

 

 

 

 

 

 ──おうい、という気の抜けた声。研究室の一角で、ボサボサの髪を放置している白衣のウマ娘に、ゴールドシップは呼び掛けられた。

 

「なんすか」

「月面基地の○○という人から君宛のメールが届いているんだよ。仮眠を取るから、適当に確認しておいてくれたまえ」

「ういーっす」

 

 ブルーライトカットの伊達眼鏡のズレを戻すゴールドシップが、フラフラとした足取りのウマ娘を見送ってから、くだんのメールを確認するべく席に座りパソコンを起動する。

 

「○○……って確か、トレーナーの孫だよな。へー、宇宙飛行士になってたんだな」

 

 そう口にして、ゴールドシップは、その口を押さえるようにして手を宛がい汗を垂らす。

 

「──いやいやいや、おかしいだろ。祖父がトレーナーで、父親もトレーナー。なんで孫だけが宇宙飛行士なんだよ……?」

 

 その疑問を解消するために、彼女はメールを開く。そこにはただただシンプルに、『祖父の伝言を預かっています』と書かれていた。

 

 続きを読むと、下の行にどことなく見覚えのある文章で『言っただろ、約束を守るって』とあり、添付された画像を開くと、そこには──

 

 

「っ…………ふっ、はははは、あっはははははっ!! そうか、そういうことかよ!」

 

 騒音を気にすることなく、彼女は笑う。笑って、笑って──ぼろぼろと涙を流す。

 

「酷い矛盾だ、タイムパラドックスだ! こんなことありえないだろ……っ、あのときから計算して、100年後のアタシ宛にメールを送るように、遺言まで残してやがったのかよ!」

 

 涙でぐしゃぐしゃの顔を両手で覆い、なんとも言えない感情に支配された胸の内が、ただただ歓喜に震えている。

 

「はははは。そりゃそうだよな。最初に『愛で時間と空間を超えた(タイムトラベルした)』のはアタシだ」

 

 ゴールドシップは笑うしかなかった。わざわざ作り話と予防線を張っていた話に真剣になったトレーナーの本気をこれでもかと味わっていた。

 

「いつか宇宙飛行士になるだろう孫に、宇宙からメールを送らせるとはなぁ……なあ、トレーナー……あんたやっぱ……すげーよ……」

 

 

 ──マックイーンとゴールドシップの肩に腕を回して、三人で写るように撮影したあの日のトレーナーの写真。そのデータが、月面基地から送られていた。なるほど確かに『ゴールドシップとトレーナーは宇宙に居る』と、心の底から感心した彼女は膝を叩く。

 

「婆ちゃん、トレーナー……好きだ、大好きだ。愛してる。今までも、これからもな」

 

 涙でぼやけた視界のまま、ゴールドシップは画面の写真に手を伸ばし、二人の顔を指で撫でる。それから数十分経過して落ち着いた頃に、キーボードを叩いてメールを返すのだった。




『100年後ヒマ?空いてたら宇宙行こうぜ』

咄嗟に口を衝いて出た言葉に、あの人は律儀に応えようとして──その答えとして、自分の孫にあとを託す選択をする。
そんなあの人のことが、どうしようもなく愚かしくて、どこまでも、どこまでも愛おしい。

「……100年分、愛してるよ」

今年も黄金の船は、花を手に墓参りをしていた。


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