ーー先の見えない暗闇が身体を包み込んでいた。痛みはない。ただ、浮遊しているかのような感覚だけがそこにはあった。
時はゆっくりと流れているように感じられる。
そして、どこからか声が聞こえる気がする。しかし、それはこもっていてよく聞こえない。
声がだんだんと大きくなる。それと同時に暗闇の世界にも少しずつ光の亀裂が入り、やがて眠っていた意識が覚醒されて……
***
「地面、揺れてない?」
「……本当ね」
「地震……じゃないですよね」
意識が戻ったスバルの目の前にはティオナ達がいた。そして、今スバルのいる場所は先ほどまでいた家屋の屋根の上だった。
「は、腹!!??」
直前の記憶ではスバルは腹を貫かれた。スバルは思わず自身の腹部を両手で抑え、家屋の上でそう叫んだ。
「うわっ!どしたの、バルス?大丈夫??」
「ええと、ティオナ、か……」
スバルの目の前にいるティオナ、ティオネ、そしてレフィーヤは3人ともどうやら無傷のようだ。そして、スバル自身も先ほど受けた傷の面影はどこにもなかった。
「うん、急に“腹!!”なんて叫んで、お腹でもすいたの?」
「さっき“ジャガ丸くん”食べたばっかりじゃない」
ティオナとティオネにそれぞれそう言われるスバル。
「いや、そう言うわけじゃない」
腹に傷はなく、広場もモンスターが出現したことによるダメージを受けているように見えない。
つまり、
「リスタート地点が変更されたってことか……?」
スバルはまた“死に戻り”をしたのだと悟る。しかし、今回の死に戻りはこれまでと少し違った。今までは死んだら召喚直後の広場に戻されていたが、今回は家屋の上へと戻された。つまり、死に戻りで戻される地点が更新されたと考えるのが一番自然だろう。
「いや、だとしてもなんでここなんだよ……もっと早いタイミングに巻き戻してくれて良いんだが……」
もっと早くに巻き戻してくれたら彼女達の武器を取ってきたり、応援を頼むこともできたのに、とスバルはそう思い一人つぶやく。
その時、爆音がスバル達の耳に届く。
『きゃあああ』
それに続いてまたしても女性の叫び声が街に響き、スバルたちの元へと届く。そして、スバルの目にはまたしても蛇のようなモンスターの巨躯が捉えられる。
「あいつ、やばい!!」
「行くわよ!」
先ほどと同じ反応だ、と姉妹の言葉に対し思うスバル。
「こんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張ってきたのよ……」
「いや、新種、これ……?」
レフィーヤが先ほどと同じように呟く。この彼女の言葉と先程のティオナ達の戦闘を踏まえると、彼女達は新種のためこのモンスターに対する戦い方があまり分かっておらず、致命傷を負わせられずにいる様子だった。
「ティオナ、叩くわよ」
「わかった」
しかしそんなことを知る由もないアマゾネスの姉妹は、今回も既に戦闘態勢に入っていた。
「アイズはまだ遠いわね。レフィーヤは詠唱の準備、スバルは周囲の人の安全確保!」
ティオネはそれぞれに対してすぐに指示を飛ばす。綺麗なまでにここまでの流れは同じ。
「まずい……何か変えないと、今回も前回とまた同じ目に遭う」
ティオネの指示があったが、とりあえずスバルはそれに逆らい自身にできることをやろうと決めた。ただ、スバルができることは限られている。あまり勝算は見込めないが、とスバルは自身の持つ魔法を発動させようとする。
「シャマク!」
右手でモンスターに標準を合わせ、魔法を発動させる。黒い霧がスバルの手から放たれ、それがモンスターの身体を包みこんでいく。
「えっ!?」
ただでさえスバルに魔法が発現していることを知らないレフィーヤは、彼がティオネの指示を無視して魔法を行使したこと、さらにはそれを無詠唱で発動させたことに驚きを隠せない。
「たく、指示も聞かずに何やってんのよ……まあ、効果はありそうだけど!」
「決まった!」
ティオネが半分呆れながら言い、ティオナが笑いながらそう叫ぶ。確かにモンスターは蛇のような巨躯を唸らせていて、自身の視界を失っているように見える。
「今のって、無詠唱……え?」
しかしレフィーヤがそう呟いた次の瞬間、蔦が一気にスバルの方に襲い出す。
「なっ?」
それは、先ほど以上に一瞬のことのようにスバルは思えた。なすすべもなくまたスバルは蔦によって自身の身体を突き抜かれていた。
「クハッ……!」
「バルス!?」
「「スバル!?」」
ティオナ、ティオネ、レフィーヤの三人が全員スバルの名を叫ぶ。そして、彼女たちはスバルの元へ駆けつけようとする。
今回もモンスターはスバルを気遣う暇を与えてくれない。
しかし、今回はレフィーヤが動けているおかげで、なんとかティオネがスバルのいるところまで辿り着こうとしている。
一方モンスターによって貫かれたスバルの身体は一度天高く持ち上げられ、そして蔦を抜くと同時に地面に投げつけられる。
「させるか!」
スバルが地面に叩きつけられる前に1人抜け出ていたティオネはなんとかスバルをキャッチする。
「大丈夫!?ってスバル!?」
ティオネがスバルの身体をキャッチした後、遅れてドシャッという音と共に蔦によって突き抜かれた身体から飛び出たスバルの内臓や血が地面に叩きつけられる。
そして、ティオネに抱き抱えられているこの時にはもうスバルの意識は飛んでいた。
***
「地面、揺れてない?」
「……本当ね」
「地震……じゃないですよね」
ティオナ達の声がスバルの耳に響く。
「やばい……」
また死んだのか、と思うスバル。そして、その死は改善の余地もなく繰り返された。その主な理由はリスタート地点があまりにも早すぎることだ。スバルは何かないかと考えるが、焦ってばかりで時間だけが過ぎていく。
また、スバルには一つ懸念があった。この『死に戻り』には回数制限があるのかどうか、と言うことだ。もしも回数に制限があるのならば、一度たりとも無駄にできない。それに、仮に制限がなくても精神がいつまで持つかわからないし、死ぬ辛さを経験しないに越したことはない。
「まずいまずい……」
『きゃあああ』
そんな正常な思考を失いつつあるスバルの耳に、またしても爆発音とそれに続く女性の悲鳴が届く。
「あいつ、やばい!!」
「行くわよ!」
またしてもアマゾネス姉妹が先陣を切る。
「こんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張ってきたのよ……」
「もう出てきちまうのかよ」
スバルはそう呟く。
「いや、新種、これ……?」
またレフィーヤが同じように呟く。
「ティオナ、叩くわよ」
「わかった」
彼女達の会話が、スバルの脳をすり抜けていく。
「アイズはまだ遠いわね。レフィーヤは詠唱の準備、スバルは周囲の人の安全確保!」
「わかりました!」
「ーーどうすれば」
ティオネはそれぞれに対してすぐに指示を飛ばす。しかし、スバルは自身の思考に耽っていて、ティオネの指示に反応しなかった。
「スバル!ぼーっとしない!」
「あ、ああ」
自身の指示に対する返事がなかったスバルに対し、ティオネは厳しめの声をかける。そのおかげで少しだけ冷静さを取り戻したスバル。そして、彼は何か突破口はないかと自身の記憶を辿る。
「厄介なのはあの蔦だ。あれは確かに意思を持って襲ってきていた……1回目はレフィーヤ、そして2回目は俺を目掛けて……ってそうか!」
とそこまで言いかけたところでスバルは一つの可能性を思い付いた。
「みんな、あいつらは……」
スバルは続けて「魔力に反応する!」と叫ぼうとしたが、途中から声が出なくなってしまった。
「くそ、これは引っかかるのか」
どうやら既に見たり聞いたりしたことをもとに考察したものでも、先日のダンジョンでのミノタウロスの出現の時のように間接的に仄めかして伝えればセーフだが、今回のように直接的に伝えようとすることはカンニング扱いされるらしい。
「何て言った?」
「いや、何でもない!」
くそ、どうすれば良い??
2人の打撃は確かに強いが致命傷を与えられていない。彼女達は武器を持っていないから、おそらくこの2人だけでは倒すことは不可能。レフィーヤの魔法はあるがLv.3と言っていたし、詠唱途中に襲われる可能性もある。さらに仮に魔法が行使できてもこの大量の蔦を倒せるかは正直未知数だ。
だとすると、決定打は……
「アイズさんか」
彼女はいずれこの場所には来てくれるだろう。ただ、アイズは逃げ出した別のモンスターの対処中だから、ここに来るまでにどのくらいの時間がかかるのかは分からない。
どうすれば……
「スバル!」
ティオネが叫ぶ。そう、考えに耽っていたスバルはここで致命的なミスを犯していたのだ。
それは、先ほどティオネによって指示されていた周囲の安全確保だ。少し離れたところに子供が蹲っている。そして、一本の蔦がその子供を標的にとてつもないスピードで近づいていた。
「まずい!」
スバルは全力でその子供を助けにいく。しかし次の瞬間、スバルは足元にあった何かに引っかかる。
「?」
何か、長くて柔らかいものだった。よく見ると、真っ赤な自分の臓器だった。そう、スバルの腹部には一本の蔦が貫通していて、そこから飛び出た臓物にスバルは足をひっかけたのだった。
「うっ……!」
ティオネの忠告は、自分の身の危険に対してのものだったことを悟るスバル。しかし、そんな思考も痛みによって打ち消されていく。痛みはやがて熱さに変わり、終いにはその熱も感じられなくなっていく。
「バルス!!」
「レフィーヤ!」
意識が飛ぶ寸前、スバルは何とか情報を得ようと目を見開く。目線の先には子供、そしてそのさらに奥には魔法を行使しようと詠唱を続けているレフィーヤもいた。
まず、子供が蔦にその小さな身体を突き抜かれている様子がスバルのぼやける視界に入る。続いてその奥でレフィーヤが魔力が高まり詠唱が終了したタイミングで蔦による打撃を受け、口から血を流しているのがわかっ……
***
「地面、揺れてない?」
「……本当ね」
「地震……じゃないですよね」
意識を取り戻したスバルは、この短時間で繰り返された死の光景がフラッシュバックしたことにより吐き気に襲われた。
「うっ……うぇえ……」
スバルは誰の家かもわからない家屋の屋根の上で吐瀉してしまった。
「バルス!?」
ティオナがスバルに駆け寄る。
「ちょっと、何やってんのよ。だらしない」
ティオネが少し離れたところからそう言う。
「我慢しないで先に全部出しちゃいなよ。バルス、噛まないでよ」
次の瞬間、近づいてきたティオナは左手でスバルの背中をさすりながら、右手の指をスバルの喉奥へと突っ込む。
外からの刺激に驚きを感じたスバルの食道が一気に中身を逆流させ、スバルに吐瀉を促す。
「大丈夫?」
「す、すまない……」
「体調悪いなら帰ろうか?」
ティオナが心配そうな表情と声でスバルにそう提案する。
「いや、それはでき……」
しかし、当然そんなスバル達をモンスターが待ってくれるわけもなく……
『きゃあああ』
女性の叫び声。そして現れるモンスター。
「モンスター!?」
「なっ……ティオネ、あいつやばい!!」
汚れた手を拭きながらティオナが叫ぶ。
「行くわよ!」
そして、今回も2人が先陣を切ってモンスターを迎え撃たんとする。
「こんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張ってきたのよ……」
「いや、新種、これ……?」
スバルも何かないかと考え続ける。
「ティオナ、叩くわよ」
「わかった」
攻撃体制に入ったアマゾネスの姉妹。
「アイズはまだ遠いわね。レフィーヤは詠唱の準備、スバルは周囲の人の安全確保!もし無理そうならロキのところへ行ってて!」
ティオネはそれぞれに対してすぐに指示を飛ばす。
「分かりました!」
ティオネの指示に先程までと違う文言が入っていたことに気がつくスバル。
「ロキ……ロキか!?」
ここで、スバルは一つの策を思い付いた。
「少しでも勝算を上げるためには……!」
自分にやれることをやるしかない。果たして効果があるのか、それに実現可能なのかは全くわからない策だが、スバルは覚悟を決めた。
「スバル!?」
スバルが戦場を離れようとする様子を見てレフィーヤがスバルの名を叫ぶ。
「ロキのところだ!」
そんなレフィーヤの声に対し、スバルは一応自身の目的地を叫ぶ。
「わかった、お大事にね!」
戦いの真っ最中だというのに、スバルの心配をしてくれるティオナ。そんな声を背中で受けながら、スバルは一目散に先ほどロキと落ち合った場所を目指す。すると、ロキはちょうどスバルの進行方向からスバルの方へ向かって走ってきていた。
「スバル!何が起こっとるんや?」
ロキは慌てた様子でスバルに尋ねる。ここで、スバルは先ほど思いついた一つの方法を実行するために、ロキの質問に答えることはせずに自身の要求を一方的に伝える。
「ステイタスの更新をしてくれ!!」
「は?なんでや?」
スバルが思い付いた策というのは『ステイタス』の更新だった。ロキに恩恵をもらって3日、スバルは一度もステイタスを更新していなかった。ミノタウロスに追いかけられた時のものは入らないにしても、この3日間で多少はモンスターとの戦闘を繰り広げていたスバル。果たしてどのくらいの経験値がもらえて、それがどのくらい自身の力に反映されるかはまったくの未知数だったが、スバルはこの僅かな可能性に賭け、解決への糸口を探っていた。
「いいから、時間がないんだ!」
スバルは少し強めの口調で言う。
「わかった、路地裏いこか」
スバルの真剣な表情を見たロキに彼の思惑が届いたかどうかはわからなかったが、とりあえずロキはスバルの言う通りにステイタスの更新を行う。
「ほな、ちょっと待ってな……なっ?」
ロキがステイタスの更新中に驚きの声をあげた。
「どうかしたか?」
何か問題でもあるのか、とスバルは少し不安に思う。
「いや、なんでもない……ん、終わったで」
ロキはそう言いながらスバルの背中をポンと叩く。そして、スバルは素早く先ほどの場所へ戻ろうとする。
「ありがとう!ロキも安全なところへ避難しておいてくれ!」
「わかった」
スバルは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「あと、アイズさんが戻ってきたら、こっちの応援を頼んどいてくれ!」
「ああ」
ロキは、去りゆくスバルの背中を見ながら、何かを考えていた。
***
「あれ、少し足が速くなったような……」
スバルはステイタスを更新して、少しだけその自身の能力の伸びを実感していた。
「はぁ、はぁ、戻ってきた……って」
戦場に戻ったスバルの目には、詠唱を終えようとしているレフィーヤの姿が最初に映った。
「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」
まずいな、とスバルは思う。そう、彼が戦場に帰ってきたタイミングはちょうどレフィーヤが襲われるところだった。
「え?バルス!?なんで……えっ?」
スバルは体調不良で戦列を離れていると思っていたのに、彼が戦場に戻ってきたことに驚くティオナ。しかし、それ以上にモンスターが急に方向を転換させたことに対して驚く。
「レフィーヤを!!」
モンスターが標準を合わせた存在にいち早く気がついたティオネがスバルに向かって叫ぶ。そしてそんなティオネの指示に従おうとするスバル。
「まただ……」
しかし、スバルの足の速さでは到底間に合いそうもなかった。次の瞬間、レフィーヤは蔦の攻撃をその身で受け、宙を舞う。
「ーーレフィーヤ」
スバルは、モンスターの打撃を受け、血をその口から吐きながら宙を舞う彼女の名をただ茫然と呟くことしかできなかった。そして、レフィーヤは潰れてしまった屋台のテントの上に打ちつけられる。スバルは急いでレフィーヤの元へ駆け寄る。
「レフィーヤ!!」
「うっ……スバル……?」
「ああ、そうだ」
何とか意識はあるみたいだな、とスバルは思うが、また次の蔦がスバルとレフィーヤに襲いかかろうとしていたことに気がついた。
「またか……」
武器も何も持たないスバルには、迫り来るモンスターを対処する術を持ち合わせていなかった。何とかレフィーヤだけでも、とスバルがまた死を覚悟し目を瞑ったその時、声がした。
「【……】」
聞こえてきた声はどうやら魔法の名前のようだ。スバルが思わず目を開けると、紡がれた詠唱の声に呼応するかのごとく石畳の地面が隆起してスバルたちの目の前に土の壁を造った。そしてその壁がスバル達に迫り来るモンスターの攻撃を防いだ。
「大丈夫ですか、ナツキさん」
そんな攻撃を防ぐ壁を造った声の主は、気がつくとスバル達の目の前にいた。そして、そこにいたのは灰色の髪に緑色の帽子を被った、ここ数日で一気に馴染み深くなった青年だった。
お知らせ
すみませんが、作者多忙につきしばらく更新途絶えます。おそらく次の更新は8月になりそうです。それより前に続きが書けたら更新しますが、多分しばらくは無理です。なんとか頑張りますので、お待ちいただけると幸いです。