「ママ、あの人変な服着てるよー」
「しっ!静かに!」
「もう訳わかんね……」
意識が戻ったスバルは、またしても同じ場所で同じ場面に遭遇したことで思考が停止し、しばらくその場に立ち尽くしていた。そして、ふと先ほどまで一緒にいた冒険者を思い出した。
「そうだ、ベル!とりあえずベルを探さないと」
またスバルは塔への道を進む。するとベルは、案の定食堂の前で店員と一緒にいた。ちょうど店員からお弁当を受け取ってる最中だった。
「ベル!」
スバルは、ベルが店員と話し終えるのを待たずに遠くから大声で呼びかける。しかし、
「ええと、どちら様でしょうか?」
「知り合いですか?ベルさん」
「いえ、少なくとも僕は会ったことはないと思うんですが」
「うそ、だろ……?」
スバルは相手の予想外の反応に驚きを隠せない。
「あ、あの。僕に何か用でしょうか?」
ベルが少し申し訳なさそうな顔でスバルに尋ねる。
この時、スバルは悟った。自分はこの異世界召喚で一つの能力を手に入れたことを。それは自分が先ほどから経験したこと、見ている光景から推測すると、死を経験するたびに時間を巻き戻す力、という結論に行き着いた。
「そういうことなのか?」
「ええと……?」
「ああ、悪い悪い。それより、これからダンジョンに行くんだよな?」
「え?ええと、そのつもりですけど」
「ダンジョンには行くな」
「え?」
「俺を信じてくれ。なぜなら、俺には死んだら……」
「時間を巻き戻す力がある」とスバルは自分の能力についてそう話しかけたが、それ以上口を開くことは出来なかった。まるで呪縛を受けたかのように。
「何故かは、ちょっと言えない。が、とにかく信じてほしい」
「そんな……」
ベルは迷っているようだった。しかし、しばらくした後ベルは、己の目を見開くと同時に口も開き、決意を宿した言葉を発した。
「でも、僕は行きます。」
「何で……?」
「僕の【ファミリア】は僕1人しか団員がいなくて、とても貧乏なんです。神様がバイトするくらいには……」
ベルは頬を指でかきながら言った。
「あの日、神様が僕を【ファミリア】に入れてくれなかったら、きっと今頃僕は飢え死にしていたかもしれません。それなのに、まだ僕は神様に何も返してあげられてない。だから、今はせめてダンジョンへ行ってお金を稼ぐことしかできないんです」
「ベルさん……」
横で話を聞いていた店員が彼の名をつぶやく。
「そうか、なら仕方ないな……」
そうだ、仕方ない。仕方ないんだ。
「はい、せっかくの忠告ありがとうございます。でも、僕は行きます」
でも、俺はお前のことを守りたい。お前に死んでほしくない。だって、お前が教えてくれなければ、この世界のことだって知らなかった。お前は覚えてないかもしれないけど、俺は覚えてる。そのせめてもの恩返しをしたい。
だから、
「俺も一緒に行って良いか?」
「え?」
「だから、俺もお前と一緒にダンジョンに行くって言ってるんだ」
「そ、その格好で!?」
やはり先ほどと同じような返しがきた。だが、スバルはベルから目を逸らすことはしなかった。そして、そのスバルの目には確かな決意が宿っていた。これからやってくる最悪を回避するべく運命に立ち向かい、変える決意を。
「ああ、見ての通り俺は丸腰だ。だから、俺はお前のサポーターとして同行したい。」
「サポーター……?」
「お前が戦って俺が魔石を拾った方が、はるかに効率が良いだろ?別に報酬を独り占めするつもりはないよ」
「そ、そうですね。では、お願いします。ええと……?」
「ナツキ・スバルだ、よろしくなベル!」
こうしてベルとスバルによる
***
ダンジョンを進む2人。できるだけ深く潜りすぎないよう、それとなくスバルはベルを誘導しようとしたが、モンスターがいないため、お金を稼ぐためには深い階層まで潜らざるを得なかった。
「結局、ここまできちまうのか」
今、2人がいるのは五階層。前回のループでスバルたちがミノタウロスに襲われた階層だ。今回も階層内はとても静かで、2人の足音が鳴り響く。そしてベルの顔は、やはりどこか不安を滲ませていた。
「やけに静かだ……」
「ひょっとして、いつもはここにいるはずのないものがいて、それを恐れていつもいるモンスターが身を潜めてるんじゃないか?」
スバルは、先ほど見た光景を元にした彼自身の推測をそれとなく伝えることができることを知った。
「
その時だった。
『ッオオーー』
何度も聞いたうめき声が階層中に響き渡る。スバルは自らの視野のぎりぎり端っこで動く何かを捉える。「速い、もう来てる!」と心の中でスバルは呟く。
でも、
「スバル!!」
ベルの叫び声がした。
「大丈夫だっ、科学技術の力を思い知れ!」
カシャカシャカシャ
スバルはポケットからケータイを取り出し、フラッシュを怪物に向ける。
『ウォォォーー!』
暗いダンジョンの中でいきなり焚かれた激しい光で混乱したミノタウロスは目測を誤り、振り下ろした腕がダンジョンの壁や床を傷つける。また、今回は事前に襲撃を知っていたことで素直に一歩目が出てくれたため、凡人であるはずのスバルでもミノタウロスの最初の一撃を避けることができた。そして、ミノタウロスから素早く距離を取ることもできた。
「ミ、ミノタウロス!?何で5階層に!?ってか、スバル、何それ!?」
ベルは驚きを隠せない。
「とにかく逃げるぞ!」
そんなベルと比べて比較的冷静なスバルは叫ぶ。しかし、悲劇はまだ続く。
『ッオオーーー』
「2体目!?」
ベルが目を見開く。
「おいおい、それは流石に聞いてないぞ」
スバルはここへきて少し焦りを感じた。
「ここは二手に別れよう!」
それでも、この時のスバルは比較的落ち着いていた。
「うん!」
ベルはスバルの提案に乗り、二手に分かれた。お互いダンジョンの中にあるいくつかの分かれ道の中から、それぞれ適当なものを選び進んでいく。
「どうやら、2体いたミノタウロスも二手に分かれたみたいだな」
スバルの方がミノタウロスとの距離があった。祈るような目でベルの方を見るスバル。
「無事でいろよ、ベル……ん?」
『ヒュン』
ほんの一瞬の出来事だった。向こうの方、要するにベルの逃げた方で“風”が吹いた、気がした。
「まあ良い。距離があるとはいえ、とりあえず俺も逃げないと」
スバルは追ってくるミノタウロスから距離を取ろうと、また走り出した。しかし、スバルはダンジョン内のマップを知らなかったため、より奥へ逃げていることに気がつかなかった。
ドスドス
ミノタウロスの足音がだんだん近づく。
「はあ、はあ……」
焦りと疲労により、スバルの心拍数はどんどん上昇する。そうなると、彼の脳に供給される酸素の量は必然的に少なくなる。つまり、判断の遅れに繋がる。そして無我夢中に走っていた彼は、階層を下っていることにも気づいていなかった。
ドス、ドス
「やばいな、思ったより速いぞ。これは……」
「追いつかれる」と言おうとしたとき、スバルは前方で蠢くいくつかの“影”を見つけた。
「な!?“影”?こいつらはウォーシャドウか。てことは、俺、いつの間にか6階層にきちまってたのか」
『ッオオー』
「ハァ、前にはウォーシャドウの群れ。後ろからは、ここにいるはずのない、ミノタウロス。これ詰んでね!?」
息を切らしながらスバルは現状を整理し、理解する。
『ウォォォー』
ミノタウロスが、腕を振り上げ、スバルに標準を合わせる。そして、前方からはたくさんの“影”がスバルを飲み込もうと迫り来る。
「またか……」
スバルが死を覚悟したその瞬間、声がした。
「大丈夫か?」
とても澄んだ声がダンジョンの通路内に響き渡る。藁にもすがる思いでスバルはその声の主に向かって叫んだ。
「た、助けてくれぇ!!」
すると、
『ヴォ!?』
『ヴォォォォーー!』
そんな呻き声とともに、後ろからスバルを追っていたミノタウロスは一瞬のうちに灰となり、ドスっと魔石が落ちた。
気づいたら前にいたはずのウォーシャドウも消えていた。
「今のは、魔法……?っっ!!」
そして、前方からは緑色の髪でローブを着た耳の長い、おそらくエルフであろう女性がやってきた。スバルはその妖精のような標榜に見惚れていた。スバルは、自分の頬が熱くなるのを感じた。そして、それは走ったことによるものではないと悟った。
「た、助かった。ありがとう」
スバルは何とか言葉を捻り出し、近づいてくるエルフの女性にお礼を言うが、
「な?お前、何故そんな格好でここを彷徨っている?それもここは6階層だぞ!?死にたいのか!」
綺麗だが鋭い彼女の声が階層中に響き、それでスバルは冷静さを取り戻す。
「すいませんすいません」
その厳しい声に思わずスバルは縮こまる。社会人顔負けのお辞儀だ。
「まあまあリヴェリア。すまない、怪我はしてないかい?」
そのエルフの女性の後ろからまた別の声がした。
「ああ、大丈夫、です」
金髪で背の低い少年のような男が後ろから来た。
「ような」というのも、見た目や声は少年そのものだが、口調が少年のそれではなかったからだ。そして、手には長い槍のようなものを持っていた。
「とりあえず早く地上へ戻ろう。君からすればこの階層は危険すぎる。」
「あの!もう1人、仲間がもう1人追われてて」
スバルはベルの安否が心配だった。
「大丈夫だよ。もう1人の方は別のメンバーが助けに行ってる。とっくに片付いているよ。」
「そうか、本当に、よかっ、た……」
もたらされた安堵によって、異世界に召喚されてからスバルの心にずっと張り詰めていた緊張の糸が切られる。そして安堵を手にした代わりに、スバルは自らの意識を手放した。
***
意識を失った少年を抱えて、地上への道を行く
「この子は相当精神的な疲れを溜め込んでいたみたいだね」
「仕方ない、【ディアンケヒト・ファミリア】に連れていくか」
「いや、ホームへ連れて行こう」
「な、フィン!?」
「この少年はお金を稼ぎにダンジョンに潜ってたんじゃないかな。多分、武器も買えないくらいお金に困っているんだよ。それなのに【ディアンケヒト・ファミリア】になんか連れて行ったら、この少年は借金まみれになってしまうよ。それに、こうして襲われたのは僕らの失態だ。お詫びをするのが筋だろう」
「それだけか?」
「ーー彼から漂う臭い。何か引っかかるんだ」
「なっ……!?」
「僕はこの少年をロキに会わせたいと思う。ロキの意見を聞きたい」
「そうか」
「この少年は”何か”ありそうだ」
そう言いながら、2人はスバルを自らのホームへ連れ帰ることにした。
その身体から邪悪な香りを漂わせた少年を。
ダンまち17巻凄かったですね