「ほらほら、どうしたの?座りなよ。ずっと立ってるのって辛いんでしょ?」
ニコニコしながら、
(何故、彼女がここにいるんだ!)
崇継は心の中で叫んだ。無理も無いだろう。今崇継の目の前にいるのは、正真正銘この世界のすべてを掌握している人物だ。彼女の一存でこの世界のバランスはいとも容易く塗り替えられるだろう。そして何より。彼女は、ISを
(なのに何故、彼女はこうも完璧に敵意を見せない?)
なのに、彼女からは何も、いや、何もというと語弊がある。正確には、敵意や悪意に準ずる負の感情。それを、彼女からは一切感じられなかった。彼女からすれば自らの感情を外に出さないようにする事などお茶の子さいさいだろう。だが崇継とて軍人だ。僅かな反応から相手の感情を読み取る事など造作も無い、筈だ。なのに彼女からは一切敵意、負の感情というものが感じられない。
( 厄介だ)
もうこれ以上崇継にできる事はない。相手の観察をし終えたが、得られたものは何も無い。彼女の機嫌を損ねても益はない。
(とりあえず、座ろう)
「簪、君のベッドに座っていいか?」
出来るなら今彼女の前に座りたくは無いが、彼女は簪のベッドを指さしながら座ったら?と言った。大人しくそこに座ることにするのが無難だった。
「ぇ、は、はい」
簪もまさかこんな所に彼女がいるとは思ってもいなかっただろう。少しどもってしまった。だが、返事は貰えたので斑鳩は簪のベッドに座った。ギシィとスプリングが縮む音がする。同じように簪も崇継の隣に座った。左と後ろは壁に、正面は
有ったとしても逃れられないだろうが。
(覚悟を、決めるか)
崇継は1度深呼吸した。息を大きく吸って、大きく吐いた。そして、崇継が口を開こうとした、瞬間。
「あ、そんなに緊張しなくていーよ?まぁ束さん有名人だから緊張しちゃうのはわかるけどさ。ほら、緊張しすぎても良くないから。あっそうだ!じゃ緊張を和らげるために……」
開いた口が塞がらない。めっちゃ早口でまくし立てられた。
……確かに緊張は無くなった。が、今度は緊張とは別のものが出てきた。心労だ。これから彼女と話すのだろうが、その際の心労は今の比では無いだろう。こんな爆弾を織斑先生は抱え込んできたのか、小学生時代から。一体どれほどの心労に悩まされているのか、察するにあまりある。尊敬します、織斑先生。頭痛もします。今度リラックス出来るものを沢山持っていこう。崇継はそう心に決めた。
隣をちらっと見てみれば簪がドン引きしていた。天才と馬鹿は紙一重だが、誰だって天下の篠ノ之束がこんな変人だなんて思っちゃいない。とっつきにくさは無くなっただろうが、逆に賑やかすぎて話しかけられなくなってしまった。良い意味でも悪い意味でも、イメージが崩れてしまった。
(今日は色々な事があったなぁ。さっさと寝たかったのに……)
今日1日だけでもかなり精神面で疲れたというのに、最後の最後で究極に心労を与える存在が来た。とりあえず自分の世界に入ってしまっている彼女を呼び戻そう。
「……篠ノ之博士」
「で、だからね、結局は……あ、ごめん、長かったね!」
「いえ、そういう事では無く。緊張はほぐれました。ありがとうございます」
取り敢えず緊張をほぐす話を終わらせる。出来ればこのままお帰り願いたい所だが彼女が緊張をほぐす話をしに来たのではない事ぐらい誰だってわかる。
「ところで、失礼ですがわざわざそこの窓を開けてまでここに来た理由を聞いても?」
開口一番、崇継は本題に切り込んだ。そもそもお茶を濁す必要など無いのだから当然といえば当然なのだが、こんな空気に慣れていない簪は本当にやめて、もうちょっと話をするのを待って、と切に願った。もちろんそれが通じる筈もないのは本人が一番分かっている。
「ん〜?それはね、聞きたい?」
「えぇ。(出来れば早く終わらせて寝たいんだ)」
篠ノ之束は身体をクネクネよじらせながらうっとりした表情でいる。早く話してくれ。もう本当に。
「……そう。でも、目的はさっき言ったよ?聞いてたでしょ?」
崇継はこれまでの彼女との会話(?)を思い出す。
「…………あぁ、『一度会ってみたかった』って言ってたやつですか」
問いかけのイントネーションでは無い。最後はイントネーションは下降するものだ。
「そうそう。そんな時間経ってないのにさっき言った事を忘れてるゴミも沢山いるからさ〜。君はそうじゃないとは思ってたよ。期待通りで何より!」
何故、こんなに気に入られている雰囲気なんだ……
もはや崇継に相手を探ろうという思惑は一切無い。なのに、相手を探ろうとしている時の倍疲れている。自分はさっきの会話で言われた事をリピートしただけなのに何故こんな上機嫌なんだ…。そう、思っている。
そして、崇継は遂に考えるのをやめた。もう、疲れているんだ、彼は。だから彼は通常の彼なら言わないであろう、何より織斑千冬ぐらいしかこの世で言う人は居ないであろう一言を、言ってしまった。
「そうですか、何よりです。……それではそちらの窓から帰っていただいて」
「「!?」」
崇継以外の2人は驚いた。いや、片方は驚いた程度では済まされない、もはや顔面蒼白である。
(ち、ちょっと、崇継さん!え、ちょ、待って!目の前にいるのは篠ノ之束!あのISを開発した人なんだよ!?知ってるよね、ねぇ!)
何が悲しくて自分はこんな場所に居なければならないのか。もう帰りたい。
そしてもう一方はキラキラしている。
(やっぱり、君は面白いねぇ〜!)
「いや、もうちょっとお話しよう?束さん君に聞きたい事いっぱいあるんだ!」
「えぇ…」
「ほらほら良いから。目が死んでるよ?」
誰のせいだよ…とは口にしなかっただけ良かったかもしれない。もうすでに手遅れだが。
「分かりました。じゃどうぞ……」
いつもの崇継からは考えられない程雑に話を急かし、篠ノ之束は喜々として答えた。
「君、日本人じゃないでしょ!」
(…!)
いきなり核心をついてきた。だが、そこら辺の人間ならともかく彼女にはバレるだろう事ぐらい崇継にも予想出来る。だからこそ、今崇継は嘘をつかない事にした。
「えぇ、そうっすよ。流石ですね。まぁ別に隠してた訳じゃないんですけどね」
「え…?」
簪は話についていけない。
「なんで?君の立場なら、公表しておいた方が安全だよ?」
「ま、それはそうなんですけどねぇ。そうしちゃうと易々とデータ取れなくなっちゃうんですよ」
ここで簪は話に割り込んだ。
「さっきから、何を言ってるんですか?崇継さんの立場がどうとか、意味わかりません!」
本当の、というと語弊があるが身内判定外の者に対する篠ノ之束の態度を知らない簪は、タイミング悪く丁寧語で言うのを忘れてしまった。それに焦ったのは崇継の方だ。彼は
「そこにいる彼は、イギリス陸軍第44戦術機甲大隊・通称ツェルベルスの技術顧問だよ。君の倍、ISについて知っているし立場もかなり良い方だよ」
「え!」
簪はバッと崇継の方を見た。崇継は少し疲れた笑みを浮かべそういう事だ、と一言呟いた。
簪はここが限界だった。脳がオーバーフローを起こし、倒れた。少し焦ったが、脈やら何やらを確認し、自分が座っているベッドに寝かせた。制服のままだが、そこは勘弁してほしい。
「ハァ、で、それがどうかしました?」
「ううん、別に、気にしてないよ!君に聞きたかった本当のことはさ、」
此処で一度、言葉を切った。崇継は目線で続きを促す。彼女は真面目なトーンで
「何でISの事を調べたの?」
そう、彼女は問いかけた。
「何故、とは?」
崇継は意味が分からなかった。確かにISは有名だ。知らない人はそれこそいないだろう。だからといって、調べないかと言われればそうでもないはずだ。なのに何故、
「君はさ、ISの武器を作っている。武器足り得る技術を作っている。私はISを兵器として扱う人は死ねば良いと思ってる」
「そうですか」
なら何故、俺にその話をする?
「でも、君はさ、ISの事を調べた。ISを兵器として見てるゴミ共の言うISでは無く、私が発表したISを」
そう、彼女は既に知っている。彼女は調べたのだ、斑鳩崇継という人物のすべてを。所属を見て、最初は殺意が湧いた。ISを兵器として見てる奴らの中でもトップに立っている存在だったから。だが、彼は初期に1つ、彼女が気になる事をしていた。彼は軍から提供された資料ではなく、束が発表した論文を見ていたのだ。そして何より、彼は、いや
「えぇ。ですが、それが何か?」
「君なら、私の真意を理解してる。そう思ったんだ」
彼女の論文を見た、それだけ。そう。
「さぁ、どうでしょう。少なくとも私はISを戦いに用いていますがね」
殺されたいわけでは無い。だが、彼女ほどISを愛しているわけでも、兵器として見ていない訳でもない。自分ではそう思っている。だが、彼女はこちらを見て笑顔で、言った。
「でも、君はさ、ISにしか使えないものは一切使ってないよね?」
図星だ。
崇継は自らのISに、IS以外には搭載出来ない兵器の類のものを一切搭載していない。これには彼の将来的な目標もあるのだが、事実だ。現存ラプターが使用している武器は使おうと思えば生身の人間でも使えるものばかりだ。
「……やられた。確かに、その通りだ。ラプターが使う武器は、どれも人間が使えるもんだ。そして貴方の論文を見たのも認めよう。あの時、俺は"そもそもISとは何なのか"を知る必要があった。いえ、知りたかった。そして俺は理解した」
崇継は此処で一度切った。目の前にいる彼女は先程の笑顔を無くし、こちらをまっすぐ見ている。
「これは、翼だ。人を
篠ノ之束の目は潤んでいた。彼女の理解者とも言えるべき存在が、増えた。
「だからこそ今の立場に就くことにした。そうすれば、かなりのデータが得られる。ISに替わるものを作れれば、ISは
「……うん、それが聞けて束さん嬉しいよ」
顔を下げて、彼女は言った。
「ちーちゃんですら、ISをそういうものとして言ってはくれなかった」
「そりゃそうでしょう。貴女は世界を知らなすぎた」
オブラートに包むことなどしない。厳しくとも、それが事実だから。それが分かっているから、彼女は何も返さない。
「……そう、ね。私はさ、どこで間違えたのかなぁ…?」
彼女の瞳は潤んでいる。何かに縋るような目で、彼女は崇継を見つめた。写ったのは、姿勢良く真っ直ぐこちらを見ている崇継だった。そして彼は、目を閉じて答えた。
「何が失敗で何が成功かは、すべてが終わった後に、我々で無い誰かが判断する事だ。俺たちに出来るのは、その場で自らが最善だと思った事をするだけ。これはアンタの妹にも言えることだがな、自分ができる事全部やって届かなかったら咽び泣こうが何しようが構わない。だが自分ができる事をせずに結果だけ見るような奴に泣く資格は無ぇ。だからよ、精一杯足掻け。それとも、こう言ってやろう。
「……ありがとう」
彼女は最後に、微笑んだ。
「おう。だが悪いな。お前の妹に手加減はしない。あれは少々驕りが過ぎる」
最後に、崇継は彼女に
「箒ちゃんも、私の被害者なんだ。だから…」
「被害者だから何でもして良い訳じゃない。被害者だからこそ寄り添わなければならない。コイツの姉貴のようにな。妹に厳しくするのもソイツの為だぞ」
「……頼んだよ」
「駄目だったらアンタが慰めてやってくれ」
皮肉を込めてそう言った。そんなものが彼女に通じるとは思わないが。少なくとも篠ノ之箒を案じているのは本気だ。だが一気にその雰囲気は消し飛び、篠ノ之束はウキウキですと言わんばかりの笑顔だ。
「それじゃ、また会おうね!」
「おう。今度は“さん”つけろよウサ耳野郎。俺は年上だぞ」
「ま、そこはそれ!じゃあね〜!」
そう言って彼女は窓から飛び降りていった。彼女の事だ、海にラボを用意するかあのニンジンロケットぐらいはある筈だ。誰にもバレずに帰ることなど造作もない。
窓を閉めて、一言。
「 ようやく寝れる」
言葉遣いが雑だったり一人称がコロコロ変わるのは彼が疲れているからです。また、この作品の束さんは白です。
前回のあらすじいる?
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いる
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いらない