「リシュリュー―――なんで、そんなになるまで、オレ達に一言も相談しなかった…?」
ジャン・バールがリシュリューのもとを再び訪れていた時。彼女が見せたのは涙だった。
なぜ、そこまで自分を追い込んでしまうのか。
そこまで自分たちは頼りないのか。
そこまでして、自分一人が矢面に立ちたいのか。
それはもはやだれにも分からない。
リシュリューが誰にも内面を見せないことで誰にも分からなくなってしまった。
ただ、その涙を垣間見たジャン・バールはリシュリューに詰めよると思わず叫んでしまった。
「…アンタにとってオレ達は…涙を見せるに値しないってか!?」
自分でも自分が言っていることはおかしいとは思っている。
それでも叫ばずにはいられなかった。
たった一人の姉妹なのに。
信頼されていないような、斬り捨てて考えられているような感覚。
それはジャン・バールを激昂させるには十分なモノだったのだ。
「…なんで、誰にも言わなかった…!」
「ジャン・バール…」
リシュリューももっと誰かに頼るべきなのではないかとは思っていた。
だが、それ以上にこんな辛苦を誰かに味合わせたくなかったのだ。
それが、姉妹間の仲を引き裂くことになっても。
それは、「リシュリュー」というアイリスの旗印が背負うべきものなのだ。
誰かの矢面に立って、批判されるのは自分だけでいいし、なんなら、戦争が起きたとしても「自分一人で起こした事」にしてしまえば、「リシュリュー」という存在が否定されることになっても「アイリス」という国は残る。
だが、ヴィシアとアイリスにこの国が内分されてしまえばそんなことは絶対に不可能になるし、愛する妹にも自分と同じような責任や辛苦を負わせてしまう。
それは不器用なリシュリューなりにジャン・バールの事を思っていることの証左だった。
だが、そんな独りよがりの愛情を向けられて「はい、そーですか」と納得できるほど、ジャン・バールは理性的ではない。
つまりはこの二人、互いが互いを思い合う故にすれ違いを起こしているのだ。
ユートはジャン・バールに「リシュリューと話してみて」と言った。
ここでがなってしまったらもはや理性的な話などできないだろう。
だが。
もう、我慢の限界だった。
「リシュリュー…!お前は一体どこまでオレ―――オレ達の事をバカにすれば気が済むんだ…ッ!」
「馬鹿になんか…!」
思わず、リシュリューに対しての鬱屈とした感情をぶちまける。
それは、リシュリューではなく、ジャン・バールについていくと決めた者たちの心情の代弁に他ならなかった。
心の何処かで抱えていた、リシュリューに見下されているのではないかという感情が、アイリスを内分の危機に陥らせてしまっていたのだ。
だが、もちろんリシュリューには同胞を見下すなんてことは考えていない。
彼女はただひたすらにアイリスという国、そしてそこに生きる者達を生かすための歯車になろうとしていたのだ。
そして、国を、人を、生かすための歯車になるという事は自分を殺すという事。
それは初めから偶像として作り出されたリシュリューにしかできないことだ。
「…私はアイリスに生きる全てを守りたかっただけです…!勿論貴方達も―――!」
「なら!オレ達の"リシュリューの助けになりたい"って気持ちはどうするんだよ!」
「それは―――!」
確かにそれはそう簡単に無下に出来るものではない。
だが、ここまで、その涙を隠し通してきたリシュリューの意思はとても固いものだった。
「…それでも、私は…。」
「リシュリュー…。」
それでも、仲間に恨まれたとしても。
リシュリューは自分以外の誰にも辛苦は負わせないという決意をしているのだ。
「…でも、それは一人で背負いすぎなんじゃないかな…枢機卿殿?」
だが、少なくとも今までの問答でリシュリューの中の信念を少しだけでも揺らがせることには成功したようだ。
そこに現れたユートの発言を聞いて、リシュリューはただ、下を向いて黙ってしまっている。
その様子を確認したユートはジャン・バールに目配せした。
その意味を悟ったジャン・バールは軽く頷く。
ユートはこの不器用な二人の結末を見届けるためにその場に残ることにした。
「なぁ、リシュリュー。どうしてお前はオレ達のことを―――。」
「…もう、失いたくないからです。」
リシュリューはこの世界にKAN-SENという存在が生まれてから長い間戦場に立ってきた。
その多くでたくさんの人が死ぬのを見てきたのだ。
守れたはずの命の多くを海中に沈めてきて、その中で自分だけがのうのうと生き残るなど、リシュリューには耐えることができなかった。
故にリシュリューは心の何処かで「個の消滅」を望んでいたのかもしれない。
「…本当に、能無しですね。私は…。」
そう悲しそうに笑うリシュリューの姿を見て、もっと早く自分が姉と向き合えていたら。
そう思わずにはいられないジャン・バールだった。
だが。過ぎたことを後悔するにはもう遅すぎる。
つまり、ジャン・バールがここで取るべき行動はただ一つ。
リシュリューの根底にある考えを覆すことだけだ。
しかも、今までの問答で既に皹が入った脆いそれを打ち砕くだけでそれは成されるのだ。
それに本人は自分の事を無能というが、ジャン・バールからしてみれば彼女なりに自分達を思いやっていたというだけの話だ。
その思いやりが明後日の方向へ飛んで行ってしまっただけ。
だから、ジャン・バールには彼女の「在り方」は否定する気満々でも、「彼女自身」を否定する気なんてさらさらなかった。
「…リシュリューは能無しなんかじゃない。…それに、オレ達はリシュリューが思ってるよりずっと強い。だから…もっとオレ達を頼ってくれよ。…オレがこんなこと言うのもあれだけど…オレ達は姉妹なんだからさ…。」
「…そう、ですね。守りたいという気持ちが先行していて―――大切なものが見えて無かったかもしれませんね…。私も、貴女も…。」
「…でも…まだ、やり直せるだろ?」
「はい…。今度は、皆で…」
二人の涙はとうに枯れ果てている。
それでも嗚咽を漏らして互いの体を抱きしめる二人が弱いだなんてとても思えない。
むしろ今までのすれ違いや、喧嘩があったからこそいま、このように二人は和解できたのだと思う。
「…これで一件落着…と。」
ユートはその場から離れると海岸線へと向かう。
もうこれ以上はその場に居る意味がない。
この国の進退はもうあの二人が決めることなのだ。
「…さて、と。
ユートは最近与えられた
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「…もうヴィシアとアイリスは統合を果たしたわ。…でも、まだ、完全に安定したわけじゃないの…。だから今はジャン・バールもリシュリューも顔を見せることはできないわ。」
「そういわれて納得するとでも…?」
「…思わないわね」
リシュリューとジャン・バールが和解してすぐの事。
アイリスの領海にロイヤルと呼ばれる陣営のKAN-SENがやってきていた。
目的はヴィシアという不安因子の排除である。
ダンケルクはひとりでその対応に出ていた。
「…でも。解決したのは事実よ。」
「なら、私達にはそれを確かめる手段がありませんわ…。」
「そうね。…なら、こういえば良いかしら?最後通告よ…
勿論、ここで納得して帰ってくれればそれでいい。
だがもし、帰ってくれなければ。
それこそ戦争の引き金を引きかねないことになる。
ただ、物事というのはいつも思い通りに転ぶとは限らない。
「―――全くこの世界の貴族様は耳が腐ってるのかな?それとも何?反抗しないという確信を得られないと帰れないとでも?」
「―――ユート!?」
例えば、このお人好し過ぎる狩人が戦場に殴り込みをかけてくる―――とかである。
「…貴方は?」
「ユート。通りすがりのただの
「…ええ。そうですね。…それが?」
「交換条件さ。僕の持つ"その飛竜"に関しての情報を君達にあげるよ。」
「―――その代わりここから手を引けと?」
どうやら物分かりはいいようだ。
この世界において情報というのはひじょうな大きな力を持つことを学んだ。
それこそ知らない情報を外交のカードにできるくらいには情報が重視されているのだ。
故にユートは自らが持つ情報と引き換えにアイリスの安定までの期間を時間稼ぎしようというのだ。
「…貴方はあの赤い飛竜についての情報を持っていると?」
「そう。察するにあの飛竜は君たちの所じゃ斃せずに逃がしたんじゃないのかなってね。あの飛竜は気が立っていたようだからね。」
「…分かりました。…その条件を呑みましょう」
「ありがとう。…あくまで僕はアイリスの所属という事は忘れないでね。」
それだけ言うと、ユートはダンケルクに近づいた。
そして、一言二言言葉を交わすとそのまま引き返すロイヤルのKAN-SEN達の後を追っていく。
「…もう。」
ダンケルクは二人の指導者の胃に穴が開くんじゃないかというレベルのやらかしと―――戦争は辛くも回避されたという実感の間で板挟みになった。
だが、ダンケルクの胸の内で一番大きかったものは――半身を失ってしまったかのような異常な喪失感だった。
登場人物紹介
・ユート
自らをロイヤルとの交渉材料にしてアイリスを守った
・リシュリュー
今回のメイン。自分の役目に押しつぶされそうになってしまっていた。
・ジャン・バール
和解完了。
・ダンケルク
断腸の思いでユートを見送った。
・ロイヤル
実は物凄く混乱している。とくに和解を果たしたという面で。
えー二か月もたっていました。
誠に申し訳ありませんでした。
めっちゃ難しかったんですよ…。