「……口から炎を吐く…?俄に信じられないわね。」
「おいおいおい…僕たちの世界には咆哮一つで隕石を召喚できる存在だっているんだ。」
意味が分からない――。
クイーン・エリザベスは頭を抱えて唸ってしまった。
それもそのはず。
目の前の男が語るあの赤い飛竜の生態が明らかに人知を越えたものだったからだ。
赤い飛竜―――正式名称をリオレウスと言うらしいそれはなんと「空の王者」という異名を持ち、大空を駆け回り炎のを吐き散らすというのだ。
さらに獲物を弱らせる毒まで備えているという。
しかも速度はともかく機動力は戦闘機を遥かに越え空中から急襲仕掛けてくることもあるという。
ありえない。
クイーン・エリザベスが抱いたのはそれだけの思い。
そう。
この世界のどの文書を漁ったとてそんな存在はいないだろう。
もしいたとしてもそれは「御伽噺」のなかだけだ。
少なくとも今、自分が居るこの現実にそんな生物は存在してはならない。
だが、一つの陣営のトップとして質問をぶつけ続けなければならない。
「…で、貴方達―――
「そうなるね。」
「ちょっと待って。頭痛がしてきたわ。…ベル。一旦彼を下がらせて。頭の整理が追い付かないわ。」
「分かりました。」
それ以上に情報が多すぎて混乱していた。
故にクイーン・エリザベスは一度ユートを下がらせる。
本当に情報が多すぎて困る。
今まで彼から得た情報をウォースパイトと吟味するため、彼女は個人用のの携帯を取った。
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一方のユートとベルファストというらしいメイドは煌びやかな内装をした廊下を並び歩く。
しかしながらその間には常に殺気に近しい敵意が流れていた。
アイリスのKAN-SEN達がユートに対して敵意を抱いていなかったせいで忘れそうになっていたがあくまでユートは身元、出身不明の漂着者。
しかもその事実さえも知らない彼女が敵愾心に近い感情を向けるのは仕方が無いと言えるだろう。
もちろんそんな事を知ったこっちゃないユートにとって、ベルファストは殺気を向けてくる存在でしかない。
もしこれがユートの知るKAN-SEN達から向けられたものだったらユートの心はもれなく圧し折られていたであろう。
「…信用されてないなぁ。現実に火竜がこの世界に現れたっていうのにさ。」
「こちらからしてみれば未だに妄言の可能性だってありますから。誰もあれが火を吐くところなんて見ていませんし。―――
それは暗に怪しいことをしたら即座にひっとらえると言っているのと同じだ。
暫くは武具の手入れも何もできないだろう。
それに―――
「大丈夫だよそんなに監視の目を付けなくたって。」
監視までされていては心休まる暇もないのだが。
そもそもの話ここはユートにとっての敵地であるのだが。
こうなったらこの高級そうな廊下でこんがり肉でも焼いてやろうか。
「少なくとも
だが、まあ。
今くらいは大人しくしてようとユートは心に誓ったのである。
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「やっぱり、怪しいですね…あの男。」
「でも嘘は言ってないのよね…。」
「真実だけで煙に巻こうとしているのかもしれません。」
ウォースパイトとクイーン・エリザベスはユートという男について語り合っていた。
虫も殺さぬような顔をして数多くのモンスターを狩ったという男。
「…あの佇まいからそんな気は感じませんでしたが。」
ウォースパイトは案の定ユートという存在を疑っている。
せめて彼の出身地が分かればどうとでもなるのに。
「…そういえば、彼が持つ武器って重桜の子たちが使ってる"カタナ"に似てるわよね。」
「たしかに。…ですが、そうだったら素直に重桜出身というのでは?」
「確かに。今までも嘘はついていなかったからそれもあり得るのよね…。」
どうやったらこの世界の人間ではないというユートの言葉を証明できるか。
たっぷり数分悩んだ末、ウォースパイトとエリザベスの両名が下した決断は―――
「模擬戦させましょう!」
「それしかないわよね…ハァ…。」
模擬戦という単純でシンプルで最も楽で且つ最も正しいものだった。
だが、エリザベスは頭を抱えたままだった。
「でも…物凄く嫌な予感がするのはどうしてなのよ…!」
結論から言えば、その嫌な予感はユートの実力を見切れなかったせいだったのだろう。
彼はほんの数瞬で王家の戦士たちを叩き伏せてしまったのだから。
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自身の実力が嘘でないかという事を見極めるために地上で模擬戦闘が行われるという。
相手はロイヤルのKAN-SENでも指折りの強者なのだとか。
勿論、ユートにはその人物が誰なのか分からない。
更にその模擬戦はロイヤルと同じ組織―――アズールレーンに所属する国家であるユニオンのKAN-SENも見物しに来るらしい。
「見世物…だね。」
正に見世物。
ドンドルマやバルバレで行われていた闘技大会とはまた別の物を感じる。
嫌にねっとりとした視線を感じながら、ユートは模擬戦闘の舞台に立った。
どうやら相手はロイヤルの中で最も戦闘力が高いと噂される二人―――ウォースパイトとシリアスが立っていた。
どうやら二連戦行う必要があるらしい。
が、ユートは既に余裕綽々と言ったふうにそこに佇む。
そして自分の中で一瞬でスイッチを切り替え、狩猟を行う時と同じ精神状態にする。
これはギルドナイトとしての仕事を行う時も行っていることだ。
言ってしまえば今回ユートと相対する二人にはギルドナイトとして
「…始めましょう。ユートさん。」
どうやら初めに戦うのはシリアスのようだ。
メイドとしての彼女はポンコツもいいところだが戦闘を行う時の彼女は中々に手ごわいらしい。
故にロイヤルメイド隊の護衛担当艦。
「…。」
対するユートは一応の情けとして貸し出されている服を脱ぎ、構えた。
それが戦闘開始の合図。
その行為を確認したシリアスは目にも止まらぬ速さで一直線に突っ込んでくる。
(速いね…)
一般人から見たら相当な速度である初撃。
だが、ユートは今まで数多くのモンスターと相対し、生き残ってきた猛者。
動きが速く、なおかつテクニシャンな相手なら今まで何回も戦っている。
つまり、シリアスの一撃はユートにとっては見え見えなモノだったのだ。
「知ってるかい?ギルドナイトって素手でハンマー位は止められるんだよ?」
結論から言えばシリアスの剣は確かにユートの体に当たっていた。
「なっ…?」
今、何が起こったのだろうか。
シリアスは確かに全力でその大剣をユートに叩きつけたはずだ。
なのに、何故目の前の男は片手で簡単に受け止められているのか。
その答えは得られぬままに大剣を腕から引き抜かれてしまう。
そしてあろうことかその大剣の腹でシリアスをぶん殴った。
「…!?」
その一撃で体勢を崩されてしまう。
吹っ飛ばなかった分はさすがと言えるが。
しかしながらユートの一撃は相当強烈だったようでさしものシリアスも足元が覚束ない様子だった。
もちろんこの機を逃すユートではない。
シリアスの大剣を肩に担ぐと全身の筋肉を強張らせ力を溜め始める。
「でぇぁありゃぁぁあぁぁッ!」
そして最大まで溜め込んだ力を解放。
未だに体勢が整わないシリアスの真横に叩きつけた。
凄まじい土煙と音と共にシリアスの横に地面に深々とシリアスの大剣が刺さっていた。
「は…?」
「まだやるかい?」
この日、ユートという存在はこの世界の人間から確実に逸脱していると結論付けられた。
ちなみにだがウォースパイトとの模擬戦も完全制圧して勝利した。
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「アンタが人間離れしていることは分かったわ…。確かに相当な修練を積んだうえでようやくアレが倒せるという事も。…で?なんでそんなアンタがアイリスに?」
「漂着したのがアイリスだったからさ。」
「そうよね…なんか"異世界"って示せるものを持ってれば―――」
と、そう言ってエリザベスは頭を悩ませる。
模擬戦後、ユートはエリザベスと会話していた。
そして少なくとも強さはこの世界の人間ではないと判断。
あともう一押しあれば疑惑の目を払拭できるというエリザベスに一枚のカードが手渡された。
「これは―――」
「ハンターカード。僕の似顔絵と直近のクエストの記録がされている身分証明書みたいなもの、かな。文字体系が全く違うでしょ。」
「確かに。…そうね、完全にこれは―――」
そして、ユートは自らの世界の証明に成功したのだ。
だが。
それは同時にユニオンの面々に目を付けられるという事でもあった。
だが、その事を知るのはもう少し先の話である。
登場人物紹介
・ユート
レッドファイッ!
・シリアス
トラウマ確定