特級呪術師、五条悟。日本呪術界において御三家と称される五条家に生まれた彼は、六眼と無下限術式を併せ持った存在だ。
学生時代に紆余曲折あり名実ともに『最強』となった五条悟は現在、奈良県の辺鄙な山奥へと足を運んでいた。
「おや?思っていたよりも早かったねぇ、五条悟」
「よく言うよ。あんなのをバラ撒いておいて………見つけて下さいと言わんばかりだ」
その理由は、目の前にいる呪詛師にある。
高級感が漂う黒スーツに身を包み、顔の全体を黒いマスクで隠した男。この男には現在、つい先月に日本全国で引き起こされた呪術テロを首謀した疑いがある。
当然素性を呪術界が総力を上げて調査をしたが、名前すら判明しなかった呪詛師。男の実力は最低でも、『最悪の呪詛師』である夏油傑と同レベルだと推測されている。
「さて、と。色々と聞きたいことがあるからさ、大人しく同行してくれない?」
「生憎だが、そのつもりはないよ」
「ま、だよね」
言って五条悟は己の眼で、男を直視した。そして思わず目隠しの包帯の下で、眉をひそめた。
(何、こいつ?見えない訳じゃないのに、術式が複雑過ぎて分からない)
これまで六眼を通して様々な術式を見てきた五条悟だが、呪詛師の男が持つ術式がどんなものかが分からなかった。
「僕の術式が理解できないのかい?」
「………さぁ、どうだろうね?」
そう言い終わると同時に、五条悟は攻撃を仕掛けた。無下限術式を反転させて、敵を弾く『赫』を男にぶつける。
並の術師であれば反応すら出来ず、1級以上の呪霊すら葬る『赫』。それは狙いを外すことなく男に直撃して………………………
………………………
「は?」
術式反転『赫』は、ただの呪力強化で防げる代物ではない。男が防御したならば、何かしらの術式を行使した筈。そして男の持つ生得術式は見えずとも、六眼で発動された呪術を見逃す筈がない。
しかし、五条悟の眼には何も映らなかった。
「今のが無下限術式の反転………『赫』、か。凄い威力だな。僕でなければ死んでいたよ」
ーーーそれじゃあ今度は、僕の番だ。
直後、男の右腕が膨張して大気が爆ぜた。
「ふぅん、面白い術式だねぇ。空気を固めて押し出す、か」
「あぁ、これは僕もお気に入りでね。よく使っているんだが………やはり君には通じないな」
男の術式は五条悟も眼を見張るものがあった。特にその威力は、確かに特級に分類されてもおかしくはない。
「何?もしかして僕に勝てるつもりでいたの?残念でした〜。どれだけ威力が高い攻撃も、僕には届かないよ」
「………さて、どうかな」
呪詛師の男の指先に、赫色の光が灯る。それは無下限術式を生得術式とする五条悟にとって、あまりにも見慣れすぎたものだった。
「は?」
ーーーーーーーーー術式反転、『赫』
『蒼』を使った高速移動で男の放った『赫』を回避する。回避という選択肢を、当然のように選び取った。取らざるを得なかった。
(今のは無下限術式………?だとしたら、こいつの術式は模)
「模倣、とでも考えているなら、それは大間違いだよ。五条悟」
隠された仮面の下から、嘲笑の気配を色濃く感じる。それに軽口を返すつもりなど、五条悟には既にない。今代『最強』の呪術師は、男を叩きのめして高専に連行することを決めた。
『最強』。その看板に嘘偽りなどない。しかし悲しいかな。今回ばかりは、相手が悪すぎる。
呪詛師の男は千年前、呪術全盛の時代とされる平安時代の以前から存在していた。指導者として人を導いたこともあれば、神として人から畏れられたこともある。
それだけ長期に存在している男の名は、現在の呪術界に残されていない。だが、あえて現代風に男が自身に名を付けるとすれば……………………
この日、『最強』は『魔王』に屈する。