時は平安。呪術が全盛を迎え、後世では非術師にも広く知られる大陰陽師・安倍晴明が存在する時代。
そしてこの時代には何より、両面宿儺という人間が生きている。
人間でありながら『呪いの王』と称されることになる、両面宿儺。彼は生まれながらに“人”を超越していたが、だからといって最初から強かった訳ではない。
強力な術式があり強靭な肉体を持っていても、その不気味な容姿から両親にも捨てられた彼は、力を身に付ける前に幼くして死ぬ筈だった。
ーーー両面宿儺が、その男と出会わなければ。
「ぐっ」
「ははっ。今日も僕の勝ちだね、宿儺」
酒呑童子という鬼が根城とする大江山の一角で、両面宿儺は地面に転がされていた。
今回は術式を使わないという条件で、宿儺はその男と戦った。術式を使わずとも、宿儺には恵まれた身体能力がある。四本腕なこともあり、単純に考えても手数は男の倍。
だが、宿儺は負けた。しかも初めて負けた訳でもなく、彼は男に対して幾度も敗北を重ね続けている。というか勝ったことがない。
「師よ。毎度尋ねるが、本当に人間か?」
「何度も聞かれているけど、正真正銘の人間さ。ただ、君よりも長生きしているだけでね」
「嘘をつけ。長生きしているだけの人間に、この俺が負け続けるなどあり得ん」
「どうだろうねぇ。現にこうして、君は僕に勝った試しがないじゃないか」
宿儺と戦った後だというのに、彼が『師』と呼ぶ男の着物は汚れていない。さらに汗の一つも男の額に浮かんでいないことから、男と宿儺との間にある実力差が伺える。
その事実に宿儺は、悔しげな表情を浮かべた。
「大丈夫だよ、宿儺。そう焦ることはない。君は着実に強くなっている」
男の言葉通り、宿儺の実力は伸びている。それは宿儺自身も感じていた。以前は満足に扱えなかった術式も、今では手足のように自由自在に操れるし、勝てなかった呪霊や陰陽師を圧倒することもできている。
(『伏魔御厨子』を使えば、勝てるか?)
ありとあらゆる呪術に共通する頂点の技、領域展開。当然の如く、宿儺はそれを会得している。
(いや………仮に領域で勝ったとしても、それでは師を超えたことにはならんだろう)
超えたと証明するならば、領域以外で勝たなければ。
「また来る。次こそはその澄ました顔、歪ませてやる」
「そうかい。期待しているよ、宿儺」
宿儺は鼻を鳴らして、その場を去った。後に残ったのは、既に『魔王』を自認する男が一人。男は顎に片手を添えて、己の後継になり得る両面宿儺について思考する。
(想定以上に成長が早い………この調子ならそう遠くない内に、彼に比類する実力者はほとんどいなくなるだろう)
しかし、自分と同程度の実力を身に付けるには、まだまだ時間が掛かるとも男は予想していた。
(弟子の成長は喜ばしいが………彼にはもっともっと強くなって貰わないと)
そしてその為には、彼が“人間”である必要はない。むしろ、“人間”であることを捨てて貰った方が都合が良い。
「それは少し、難しいかな」
男は宿儺にとって信用足りうる師匠。それなりの時間を掛けて、そういう立場と関係性を築いてきた。
その中で男は、宿儺が呪霊どころか人を殺したとしても、精神的な負担を感じないように育てたのだ。………まぁ、元からそういう方向での才能があったのも、確かな事実だが。
(しかし彼は未だに“人間”。“呪い”の側面もあるにはあるが………このままだと宿儺は自身を“人間”として、その存在を確立させるかもしれない)
ただでさえ彼に頼まれ擬態を教えてからは、人間の生活に紛れ込んでいる時間も増えてきている。普通の人間に無意識な憧れがあるのかもしれない。
「さてさて、どうしたものかな」
さらに弟子を成長させる為の手段を、『魔王』は考え始めていた。
月が高く昇った丑三つ刻。
平安京の最も外側に、捨てられた区画があった。そこには朽ち果てた廃墟が並んでいて、怪しげな雰囲気が昼夜を問わず漂っている。
そんな場所にひっそりと佇む、捨てられた土蔵の中で。
「………………………何だ、貴様は」
両面宿儺は運命と出会う。