あきつ丸レポート   作:長串望

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あきつ丸、艦娘のオリジナルに会うの段


あきつ丸レポートまとめ10

警告:乙種機密指定

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 本文は皇国陸軍秘匿第██工廠被験体「███████」よりサルベージされた文字媒体情報群を再構築した文章です。

 本文は皇国陸軍秘匿第████号指令による乙種機密案件第█████号、計画名「Phantom Pain」に関連する参考資料に分類され、乙種保安権限保有者又は一時付託者以外の閲覧を固く禁止されています。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 あきつ丸であります。

 ああ、もう、疲れた。遊んでくるつもりがすっかり面倒事に巻き込まれたであります。もう水出し珈琲飲んで不貞寝するであります。

 部屋まで辿り着いて、鍵を差し込み、

 

 フムン。

 

 そのまま引き抜く。鍵を確認。異常なし。

 鍵穴を覗き込み、状態を点検。記憶にない傷を確認。先程鍵を差し込んだ時の手応えの違いと言い、間違いなさそうでありますな。丁寧で手慣れた仕事でありますが、ピッキングされたようであります。

 さて、どうしたものでありますかな。部屋に侵入されたこと自体は、そこまで重要ではない。見られて困るようなもの、盗まれて難儀するものは最初から置いていないでありますし。

 問題は誰が侵入したのか、ということであります。

 例えば提督殿や叢雲殿、或いはその指示で動いたものが侵入した場合。まあ監視カメラや盗聴器を根こそぎにしたでありますから、再設置に来てもおかしくはない。

 しかし、正規の指揮系統のものであれば、そもそもピッキングなどせずともマスターキーがあるはず。マスターキーを使わずに非正規の手段で侵入したということは、正規手段を使用できない、指揮系統外の何者かであるということ、であります。

「はあ゛ぁ゛ぁ゛………やんなるであります」

 当然、そんな輩がこちらに好意的である保証などないのであります。叢雲殿は自分を毛嫌いしていますが、少なくとも積極的に害してくる気はないはずであります。

 しかしその指揮の外にある、或いは指揮を無視して独断行動してくる輩が、そんな上の意思を尊重してくれるとは思えないのであります。尊重してたら独断とかする訳ねえのですけど。

 自分がスパイだという認識はここの殆どの艦娘に見られるみたいでありますけど、そうでなくても陸軍艦は余所者扱いで敬遠されることが多いでありますからなあ。物珍しがりはしても、最初から好意的なことは基本的にないのであります。

 そしてホームであるはずの陸軍でさえ、扱いは良くてモルモット、悪けりゃ化け物。友軍などとは言えないのであります。海の物でも陸の物でもない半端物、蝙蝠ならぬ蛙野郎、両生類の艦娘モドキ。電脳に自爆装置つけられてりゃ、それでも従わざるを得ないでありますけど。

 海軍の艦娘も、第二世代以降は電脳に自爆装置がつけられているでありますが、それが使用されたことは殆どないと聞くであります。あくでも抑止としての装置。実際には、処刑にさえ使われることはないとか。

 処刑時には同じ艦娘による処分で轟沈させることが、海軍の伝統であります。軍艦であるからには戦いで沈める、と。尤も、当の艦娘がどう思っているかは知らないでありますし、一方的な処刑を戦いと言い張るのもどうかと思うでありますけど。

 まあ、実際に自爆装置での処分が少ないのは、問題児の数多くが、洗浄屋とか解除屋とか呼ばれる非合法な連中によって自爆装置を取り外されて野良艦娘になっているからなのでありますよねえ。

 話によると麻薬の密売とか女衒とかやってる艦娘もいるそうでありますが、自分には縁のない………こともない話でありますな。うん。

 自爆装置はデリケートな電脳に接続されているので艦娘が動作を停止しているメンテモードでないと取り外せない、つまり自力での解除はまず不可能でありますし、自分に取り付けられているものは陸軍謹製、特殊すぎて洗浄屋じゃ解除できないのでありますよなあ。

 製造元である陸軍には首輪付きの化け物扱い、お仲間である艦娘からは間諜扱い。誰にどれだけ尽くしても報われないってのは、ホント、モチベーション下がるでありますよなあ。

 

 あきつ丸であります。

 部屋に帰ったらピッキングの痕跡が。すっげぇ面倒くさいんでありますが、でも放置も出来ねえでありますし、ああもう面倒くせえなあ。

 どうするでありますかなあ。もう立ち去った後っていうのが一番でありますけど、ドア越しに軽く気配を探ってみたところ、どうも誰か居るっぽいんでありますよなあ。警戒してなかったら気付かなかったレベルではありますけど。

 取り合えず、気休め程度に対艦自動拳銃を取り出し、弾倉を確認。対艦弾頭はあと六発、かあ。申請して通るかなあ。クソ高いでありますからなあ、これ。予備弾倉欲しくて申請出したでありますけど、稟議書がなかったことにされたでありますしなあ。

 そりゃ、もともとが人間が艦娘を相手にするために製造されたものでありますから、普通は艦娘には支給されない品でありますし、仕方ないかもでありますけど。でもどうせ人間が使っても大して意味ないんでありますからとっとと寄こせばいいのに。

 対艦武装は、提督の護身用、または憲兵が鎮圧用に支給されるもので、艦娘の艤装、特に電脳周りを保護する物理装甲を貫通できる弾頭や刀剣類の総称であります。弾頭の艦娘合金を安定状態で運用することが難しいため、非常にお高い。

 対艦弾頭は合成人間の強靭な皮膚をぶち抜いた上で、艦娘合金の物理装甲を貫通して電脳を確実に破壊するため、同じく艦娘合金製の頑丈な発射装置から、屈強な黒人男性の肩が外れるほどの炸薬量で打ち出される世界で一番高価な銃弾であります。

 しかし一発あたりブラックジャックの治療費より高いこの弾頭も、ただの金属の塊にすぎない以上、艦娘の展開する物理保護を貫くのは精々駆逐艦相手が限界。巡洋艦以上の電脳を確実に破壊するには、腹に押し当てて発射するしかないという鬼畜仕様。通称腹パンガン。

 射撃時の反動に耐えうるターミネーター張りの腕力と、艦娘の懐に入り込む機敏さ、そして冷静に腹に銃を突き付ける胆力という、もうそれお前が戦えばいいんじゃねレベルの超人提督を必要とすることから、ほぼお飾りか、秘書艦に下賜されるという始末であります。

 物理保護を中和できる艦娘であれば、その最大射程は10m程度まで伸びるため、それでようやく銃として使えるレベルであります。まあ、お察しの通り、その程度なら大抵の艦娘は艤装を展開するか、素手でぶん殴りに行った方が早いんでありますけど。

 例えば居住区へのゲートに詰めていた警備の艦娘なんかみたいに、相手が目の前に居るような、艤装を使うには近すぎる状態での戦闘が予想される場合くらいでしか、艦娘が対艦銃を使うメリットってないんでありますよね。

 そんな対艦銃をなんで自分が使っているかと言えば、自分、ろくな武装がないからなんでありますよね。陸軍でちょっと特殊な改造を受けているので砲とか装備できないのでありますよ。

 それに元が揚陸艇でありますから、まともに艦娘と戦うとか恐ろしくて恐ろしくて。いやほんと。後方でおとなしく、おとなしーくしてたいんでありますけどねえ。

 まあ、何時までもうだうだと考えていても仕方ねーであります。いざ、吶喊であります。

 

 あきつ丸であります。

 対艦自動拳銃を手に、改めて部屋の鍵を開け、突入であります。

 といっても、ドアを蹴破ってフリーズ!だなんて派手なことしたらこっちが死ぬだけであります。

 自分、ただの揚陸艇でありますから。アンブッシュならどうにかなるにしても、待ち構えている相手には少々不安。こっそり侵入して気付かれる前に一撃。これであります。

 卑怯と言わば言え。バンザイ・アタックのごり押しで何でも解決できるような戦艦級どもと一緒にされたら困るであります。非力であることが無力ではないことを証明してやるのであります。

 そっと扉を開けて―――、

「あ、おかえりなさい。珈琲頂いてます」

 宙に浮かぶグラスにお出迎えされたであります。

「え、あれっ、なんで銃構えてるんですか?」

 グラスの浮いている辺りから、声が聞こえてくるであります。

 フムン。

「え、もしかして敵と思われてます?」

 視界モードを調整。陸軍の迷彩パターンリストを参照。対海軍仕様の秘匿程度の高い物を優先的に照合。パターンを確認。網膜表示を補正。

 フムン。

「やですよォ、同じ陸軍のカエルじゃないですかァ」

 補正画像を確認。ついでに媚びるような甘ったれた声から声紋も確認。

 構えたままの自動拳銃の安全装置が外れていることを再度確認。

 フムン。

「えーと、あの」

「まず、光学迷彩解除し忘れてんじゃねーでありますよ」

「あ」

 指摘から一拍遅れて、グラスを持つ手が、腕が、肩が、そして全身が光学迷彩を解かれ、侵入者がその姿を現す。

「いやー、すみません。うっかりうっかり」

 とぼけたツラでそんなことをぬかす艦娘に歩み寄り、テーブルの上を確認。仕込んでおいたカリタのムービングをチェック。珈琲はこいつでありますか。

「あと、もうひとつ」

「へ?」

 銃口を間抜け面に押し付けるであります。

「人の仕込んでおいた水出し勝手に飲んでんじゃねーよでありますこのモグラ」

「ひィッ、すみませんやめてとめて女の子がしちゃいけない顔止めて!?」

 全く、人が楽しみにしておいたダッチコーヒーに手ェつけやがって。

 対艦自動拳銃を仕舞い、代わりにグラスと氷を用意して自分の分を入れるであります。

一口、二口、三口。ちょっと疲れてたでありますからな。こくりこくりと喉に流れていくマンデリンがたまらんであります。

「この珈琲キチ……」

「何か?」

「ひィッ」

 どっかりと椅子に腰をおろし、おろおろと、しかしちゃっかりと珈琲をお代わりしている潜水艇に目をやるであります。陸軍開発という気の狂った経歴の潜水艇、三式潜航輸送艇。その艦霊を宿したまるゆモデルの陸軍艦娘であります。

 そして何より、彼女は陸軍情報部第三課所属の艦娘。つまりは、自分の同僚なのであります。

 こんなのでも。傍目、頭の緩い小娘でしかないでありますけど、一応実力はある、はずであります。

 元が戦闘向きでない潜航輸送艇モデルの彼女の艤装は、情報部で更に潜入工作用に独自改造されており、武装が撤去されている代わりに隠密能力はこのあきつ丸とは非にならないレベルなのであります。

 まあ自分の隠密スキルの多くは自前の技術によるものでありますから、総合的なスペックは単純には比較できないでありますけど、純粋に機能だけでいえば、陸軍の迷彩技術の粋を集めたハイエンドなのであります。

 機能だけでいえば。

 もう少し中身も伴っていれば、いい加減、独り立ちしてもらってもいいのでありますけどねえ。

 まあ、自分としてはいい手駒ではありますけど。

 面倒くさそうな任地だったので、持ってきてよかったでありますよ、この手駒。

 

 あきつ丸であります。

 部屋に侵入していたのはモグラこと同僚で手駒のまるゆ殿でありました。

 珈琲勝手に飲みやがったお仕置きは後にするとして、報告を聞くとしましょうか。

「まあ、報告という報告ないんですけどね、まだ。一日目ですし」

 あ、お茶菓子頂けますか、とかなかなかに図々しい。

 成果の出せないものに報酬はない、と言いたいところでありますが、24時間無補給で潜伏しただけでも見事であります。

 まあ、といっても乾麺麭くらいしか出せないでありますけど。あとは熱量食でありますか。軍粮精。あ、チョコ・バーもあったでありますかな。

「あきつ丸さん、ホント即物的な食糧ばっか持ち込みますよね……」

 美味しいものは現地で調達する主義であります。

 なんのかんのとケチつけながらも上の口は素直に乾麺麭を頬張るまるゆ殿。

 三課の備品パチってきたやつなんでいいでありますけど。

 しっかし、こうしてハムスターみたいにもきゅもきゅこりこり乾麺麭頬張ってる姿は、普通の可愛らしい童女みたいでありますなあ。和むであります。

「まあ結局のところご飯なんてカロリーですよね。燃料燃料」

 クッソ、渋い顔しやがって。

 見た目完全に子供でも、ベテランの潜入工作員でありますからなあ、これ。

 普段の食生活、三食カレーライスとかいう、食に対して何の欲求もないタイプ。

 自分からすれば信じらんねえでありますけど、艦娘って割と偏食多いのでありますよ。

 かなりひどいのだと、深海棲艦しか食べないのとかいるでありますからなあ。

 何事もバランスが大事なのであります。いっつも深海棲艦だと、鉄分とか油分とかに偏るでありますから、野菜食べろであります。

 一応修復がきくとはいえ、艦娘の素体は新陳代謝もする生体部品。きちんとした食生活が、よい深海棲艦ぶち殺しライフを作るのであります。艦娘は鋼材と燃料のみにて生くるものではないのであります。

「そういえば」

 ある程度腹も膨れたのか、乱暴に口元を拭って、まるゆ殿が思い出したよう言いました。

「あーでも、見間違いかもしれないですしー、というか多分見間違いというか、そもそもまるゆ、詳しく知らないんで自信ないんですけどー」

 うざっ。

「実際見たの初めてですしねー。見間違いというか勘違いというか、まあ勘付かれそうになってすぐ離脱したんで確証ないですけど、でもまあまずないでしょうしー」

 面倒くせーでありますなあ。いったいなんでありますか。

「んー、まあ、なんていうか、あ、煙草あります?」

 や、野郎………小便臭い小娘のツラして一丁前に情報料をせびりやがって。

 吸わないので貯め込んでいた支給のモスレムを一箱取り出し、放ってやるであります。

 手慣れた仕種で箱を開け、先折れ煙草を取り出すと、テーブルにとんとんとリズミカルに叩きつけるまるゆ殿。手巻きでもねーんですからあんまり意味ねーと思うんでありますけど、それ。

「えっとですね。昨日鎮守府内をざっくりマッピングしてたときにですね」

 モスレムを咥え、先端を折って着火するまるゆ殿。紫煙を吐く姿がなんとも様になっているであります。子供っぽい見た目と口調が、何ともアンビバレンツ。

 また一吸いして、たっぷりと楽しんだ後、ぽんぽんと頬を叩いて煙の輪を作る姿はホントもう、色々な方面から怒られそうでありますなあ。

「あれ、あれ見ちゃったんですよ。あれ」

 ふう、と細く煙を吹き出して、煙の輪に通すまるゆ殿。

「第一世代型の艦娘」

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 あきつ丸であります。

 ふてぶてしくも図々しく、ネタをちらつかせて煙草をせびる色々アウトな絵面をお送りしたところでありましたが、そのちっちゃなお口が吐き出したネタは、もっと驚きでありました。

「第一世代型、でありますか?」

「ですです。多分ですけどね。資料でしか見たことないですし」

 でも、とまるゆ殿。

「陰形中のまるゆを光学迷彩越しに、ただの勘で察知するなんて第二世代の艦娘にゃまず無理ですよォ」

 腹が立つほどの自信振りでありますが、しかし事実なのも確か。

 第二世代型の艦娘は人間より優れた生物ではありますが、それ故に人間の細やかな技術や繊細な勘働きに欠けるでありますからな、基本的に。

 しかし、第一世代でありますか。現存していたとは。

 もし本当なら、自分も見るのは初めてであります。

 そも、艦娘はその製造法によって複数の世代に分類されるであります。

 現在巷に出回っている主流の世代が所謂第二世代。

 法外なエネルギーと理外の異能を与える艦霊。それを降ろす適性を持った巫女の遺伝子をもとに造られ、クローニングされた合成人間を素体とする量産兵器であります。

 第二世代型は艦霊を降ろすにあたり間接降霊方式を採用しており、それは三つの要素から成り立つであります。ひとつは艦霊が馴染みやすい生体部品である素体。ひとつは艦霊を降ろした艤装。そしてもうひとつが機械知性を宿す電脳。

 人間の精神を汚染する既知の外の存在艦霊。この艦霊の汚染を抑えるのが間接降霊方式であります。艦霊の齎す異能を発揮するための巫女の体。艦霊の精神汚染を受けづらい同じく既知の外にある機械知性。そして降霊艤装を外付けにすることで影響を更に低減。

 この間接降霊方式の採用によって、第二世代型は安定した大量生産、大量運用に成功したのであります。

 第一世代型艦娘は、この間接降霊方式以前に用いられた直截降霊方式によって艦霊を降ろした艦娘であります。こちらはいたってシンプル。艦霊を降ろしやすい適性を持った、佐爾波とも呼ばれる巫女の体に、直截艦霊を降ろすだけ。

 艦霊の齎すエネルギーも異能も直截その全身に流れ込み、人工艤装を間に挟む間接式とは比べ物にならない出力・性能を誇るであります。そしてその精神汚染もまた、比にならないレベルであります。

 人とは根本的に異なる精神構造と、人の身に納まりきらない魂魄量を誇る艦霊。それをか弱い少女の身に降ろすことは非常な危険を伴い、数少ない希有な成功例は、『何かを間違って艦娘に成り果てた』と言われるほどでありました。

 初代艦娘である彼女ら第一世代は、その馬鹿げた火力と不死身の生命力をもってして、壊滅寸前の前線を立て直すどころか巻き返すほどの戦力を見せつけ、そして、やがて精神を侵され暴走していったのであります。

 いつ爆発するかわからない爆弾を抱えてでも戦わなければならない程に切迫していた当初はそれでも目を瞑らざるを得なかったでありますが、前線が安定していくにつれて第一世代の暴走は目に余るようになり、危険を低減させた第二世代型が開発されたであります。

 そして第二世代が前線を支配するようになると、第一世代は獅子身中の虫どころか体内の核爆弾。艦娘を殺す為に編成された艦隊、連合海軍軍令部直属の殺し屋集団、通称ロメロ部隊の手によって絶滅された、と聞き及んでおりましたが。

 その第一世代型艦娘が現存しており、それを秘匿しているとなるとこれは結構な厄ネタであります。とはいえ直截会いに行くのもちょっと怖いでありますな。第二世代は結構な確率でサイコパスでありますが、第一世代はガチで精神が既知の外に接続されてるらしいでありますし。

 んー。しかし気になる。恐竜が現存してるって言われてるようなもんでありますからなあ。会う位なら、まあ……うん。好奇心と教養のない奴はいい間諜になれないのであります。

 よし、決めた。取り合えずあってから対応を考えることにするであります。何事も行動であります。生かされているってことは、それなりに安定しているってことでしょうし。

早速どこで見たか教えるでありますよ、まるゆ殿。

 

 あきつ丸であります。

 なんとまるゆ殿は既に絶滅処理されたと思っていた第一世代に遭遇したとのこと。

 ぜひ会ってみたいと情報を乞うたのでありますが、ネタを寄こせと催促したら、勿体ぶる様に紫煙を吐くまるゆ殿。

 そしておよよよよ、とわざとらしく頭を押さえてよろめくであります。

「あー、あー、久しぶりに吸ったからヤニクラですゥ。何せ煙草も吸えない環境に押し込まれてこんなとこに連れてこられてェ、その上で鎮守府内を24時間補給もなしで調査させられてェ、煙草の一本も吸えなかったもん。あー、もう残り九本しかないよォ」

「大事に大事に吸わないといけませんねェ。まるゆどうせまたろくに補給も受けられずにお仕事しないといけないですしィ、残り九本の煙草でつないでいかないといけないもん。あーあ、煙草くらい好きに吸いたいなァ。喫煙所でシケモク拾い集めようかなァ」

 ぶん殴らなかった自分をほめて頂きたい。安全装置は外したものの、引き金を絞らなかった自分をほめて頂きたい。平野先生に作画でも頼んだのかって下衆い面でこんなことを言われて、頭にこない奴はいねえでありますよ。

 無言でモスレムを三箱、このいやしんぼの顔面に投げつけてやったでありますが、そこはそこ、腐っても陸軍情報部三課所属の工作員。危なげなく受け止めやがるであります。

「いやァ、催促したみたいですみませんねェ」

 ぶっ殺すぞこの改修素材。

「えっと第一世代でしたね。司令部棟下りてった先の、ほら、あきつ丸さんがここに来た時に利用した埠頭にいましたよ」

 埠頭、でありますか。

 そんなところでなにしてるんでありますかねえ。

 前にも書いたかもでありますが、『海域』に建造される鎮守府は、海上に浮かぶメガフロートが殆どであります。それも場合によっては自力航行の可能なものが。

 このアーセナル鎮守府もそのひとつで、造りはご存じ学園艦と似たものであります。

 ざっくり説明すると、超大型の空母の飛行甲板に街をおっ立てたようなものであります。アーセナル鎮守府の場合では、そこに戦艦などのような檣楼じみた艦橋構造物が突き立っており、これが司令部棟であります。なお日陰地帯の日照権は金で買い取るのが基本であります。

 サイズはまあ、茨城県立大洗女子学園より少し大きいくらい。全長8kmちょい。全幅は1.5km弱。普段は重力アンカーで固定されており、機密保持しやすいよう、居住区や工場区、司令部棟にそれぞれ海面近くに係留施設が複数存在するであります。

 この鎮守府ではあんまり使ってないみたいでありますけど、出撃ドックなんかもここら辺にあるであります。自分が来た時に使ったのは、定期船なんかが係留するための埠頭だったはずであります。

 完全に鎮守府の外みたいなもんでありますけど、そんなとこに放置しておいていいんでありますかねえ。まあ、こちらとしても接触しやすい場所ではありますから、都合がいいと言えばいいでありますけど。

 ではまあ、晩飯前にちょっと、肝試しと行くでありますか。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 あきつ丸であります。

 船殻外縁部により下へ下へと下っていった先。閉塞感のあるエレベーターを使っても結構かかるであります。簡単なチェックをスルーして、やってきました第三埠頭。

 メガフロート本体、つまりばかでかい空母の横っ腹に取り付けられたエレベーターの出口の先には、後から建造された軽量フロート合金を軸にコンクリで固められた所謂埠頭の光景が。サイズは小振りで、司令部棟に必要な一部の研究資材、嗜好品などを載せた小型輸送船用みたいであります。

 さて、目的の第一世代型は…………お。

 桟橋の先、安っぽい折りたたみ椅子に腰かけた背中が見えたであります。他に人影はない見たいでありますし、あれでありますかね。

 頭部に突き出た龍の角めいた頭部センサー。左手のクーラーボックスに立てかけられた艤刀。猫背ぎみに釣り糸を垂らすその背は、天龍型軽巡洋艦一番艦天龍モデル………いえ、遺伝子モデルのオリジナルである、最初の天龍、ということになるのでありますかな。

 潮風はどこまでも穏やかで、注ぐ陽光は柔らかなベールのよう。海鳥が右手の係船柱にとまりながら、何処か遠くを眺めていました。水平線と空が交わる彼方まで、何一つ遮るもののない海原と、そこにぽつんと浮かぶ背。それはまるで一枚の絵画のようでありました。

 想像していたよりも、それはずっと穏やかな光景でありました。不死身の怪物。島を削る火力。世界の理を捻じ曲げる理外の異端。名状しがたき既知の外の存在。そんな第一世代型にまつわる噂が、嘘なのではないかと思えるほどに。

 それに釣りであります。釣りをしているであります。釣りは極めて文化的・文明的な行為。釣りをする者に悪い者はいないのであります。化け物が釣りをしますか?おかしいと思いませんか、あなた。

 ともあれ、悪い想像ばかりでちょっとビビリ入ってたところに、これはちょっと嬉しい誤算であります。早速接近してインタビュータイムであります。

 うーん、初めての第一世代型。言わば大先輩。それも地獄の釜をひっくり返して煤落としまで始めたよう、とさえ形容される最初期の戦線を生き抜いた大ベテランであります。ミーハーっぽいかもでありますが、ちょっとわくわく、ちょっと緊張であります。なんとご挨拶したものか。

 とにかく、自然に。自然に行くであります。さながら雑踏の中、いきかう人々に紛れる没個性の如く。そして軽やかに挨拶をするのであります。

 

「あの、こん /

      / にちはー」

    あ /

        / れ?

 

 しゃりん、と澄んだ音がしたような、そんな気がしたのでありますけれど。

 頭部に突き出た龍の角めいた頭部センサー。右手の係船柱に立てかけられた艤刀。海鳥が右手の係船柱にとまりながら、何処か遠くを眺めていました。水平線と空が交わる彼方まで、何一つ遮るもののない海原に、ぽつんと浮かぶ猫背ぎみに釣り糸を垂らすその背。

 絵画みたいな光景は相変わらずで…………んんんん?

 なんか違う、ような。

 間違い探しみたいな、妙な感覚。

 なんだろう、と小首を傾げたところで、天龍殿が立ちあがったであります。釣竿を竿受けに固定して、こちらを振り向く姿は、威圧感も存在感もない、普通の少女のようでありました。

 それはまるで普通の少女のような姿で、普通の少女のような声でありました。

「よう、カエル。気配消すなよ。おっかなくて殺すところだったぜ?」

 普通であるということ自体が、ここまで異常なのだということをもっと早く察するべきでありました。

 左手のクーラーボックスから、右手の係船柱へ、こちらの意識の間隙を一閃して移動した刀。

 その斬撃の軌跡が、音もなく桟橋のコンクリートに滑らかな傷跡を残しておりました。

 もしも自分が無防備にあと数歩踏み込んでいたら、或いは天龍殿がちょっとした気紛れでほんの少し剣を伸ばしていたら、自分の体は奇麗に断面を見せて上下に切り分けられていたことでありましょう。

「話は聞いてるぜ。陸軍の、なんつったか。あのひょろ長いアンちゃんの後任だろ?」

 えーと、多分教官殿のことでありますかね。

「で、多分この間の透明人間のお仲間だ」

 あ、やっぱり勘付かれてたありましたか。

「いやー、ホント、気をつけろよマジで。あのアンちゃんは切り損ねたが、お前らは豆腐みたいに切れそうだ」

 あっけらかんと笑いながらそう仰る天龍殿。

 恐らく彼女は宣言通り、抗う間もなく自分を切り裂いてしまえるでありましょう。

「まあ、いい。改めて自己紹介と行こうか」

 紙巻きを咥え、ロンソンで火をつける天龍殿。

「オレは天龍型一番艦天龍だ。フフフ………怖いか?」

 無邪気に笑うその姿は、本当に、本当に、まるで普通の少女みたいで、

 

 

 

 

 ………おそろしい。

 

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 あきつ丸であります。

 実際に出遭った第一世代型艦娘、天龍殿は、普通の少女みたいでありました。

 極普通の少女のようで、吐き気がする。

 極々普通の少女のようで、頭痛がする。

 極々々普通の少女のようで、苛々する。

 どうして人の形を保っていられるのか、理解できないほどに濃密な気配。

 どうして人の形を認められているのか、理解したくないほど過密な空気。

「おいおい……ゲロ吐きそうなほどびびらなくてもいーじゃねーか」

 くつくつとおかしそうに笑って、天龍殿は安っぽい折りたたみ椅子に再び腰をかけたであります。

 どうして、こんなものが存在していられるのだろうか。

 少女の小さな身に、軍艦を一隻詰め込んだという、ただそれだけで、ただそれだけでこんなことになるというのでありますか。

「感受性の豊かな奴だな。可哀想に。繊細な奴は戦場じゃ苦労するぜ?」

 間違えて。そう、何もかもを、ありとあらゆる何もかもを間違えて、人間の形に納まったとしか思われない。千の死を呑み込んで、万の恨みを携えて、億の無念を抱え込み、海底で煮詰めて醸造して、人間という樽に詰め込んだ劇薬の塊。

「見たとこ、お前は随分『艦娘』どもとは毛色が違うみたいだしな。同情するぜ」

 普通の少女のような微笑みも、普通の少女のような仕草も、普通の少女のような声も、全てが全て、人間というものに対する冒涜としか思えない。何もかもを掛け違えて、出鱈目に組み合わせて、どろどろに溶かして混ぜて、噛み合わない鋳型に流し込んだような。

「ま、楽にしろよ。そんなにびびって殺気バラまいちゃ、魚が逃げる」

 不死身の怪物。島を削る火力。世界の理を捻じ曲げる理外の異端。名状しがたき既知の外の存在。人類が生み出しながら、とうとう人類の手の内には収まりきらなかった呪いの塊。それが、それなのに、

「珈琲飲むか? 自販機のだけど」

「どうして………」

「ん? 珈琲くらい誰でも飲むだろ」

「どうして、そんなにも『人間』でいられるのでありますか?」

「ヘッ、そんなの決まってるだろ?」

 対深海棲艦決戦兵器は、そしてあざらかに笑うのでありました。

「この程度背負えないで、世界の敵に喧嘩売れるかよ」

 それはどこまでも普通の少女の、勝気な笑顔でありました。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 

 天龍型一番艦、天龍だ。

 駆逐艦を束ねて、殴り込みの水雷戦隊を率いてたぜ。

 あんときの相棒は、同型艦の龍田だったな。

 あいつは戦場で沈めたからな、まあ、運が良かったよ。

 オレ達が艦霊を降ろしたのは、艦娘になったのは、深海棲艦の連中が現れてから少しした頃。機械人部隊の構築した防衛線が崩れかけてた頃か。轟のおっさんとかが頑張ってたけど、独りじゃ前線はもたねえしなあ。

 え、あのおっさんまだ生きてんの?

 もう百歳超えてんだろ?

 しかもまだ前線張ってんの? 馬鹿じゃねえのあのおっさん。

 そりゃあ、戦闘機械人なら、下手な『艦娘』どもなんかより使えるだろうけどよォ。

 信じらんねえな。アルツハイマー通り越して脳死するんじゃねえの、そろそろ。

 オレからしたら、オレたちよりよっぽどバケモンだろあのおっさん。

 共闘したことあっけど、なんであのおっさん生きてんのって苦笑いモンだったからな。

 戦艦二隻担いで敵陣後方に特攻とか、能力以前に発想がイカレてるって。

 そもそも大破だの修復だの、そういう用語って機械人の連中が率先して使ってたわけだからなあ。オレ達は段々とおかしくなってった。けど、連中は最初から気グルだった。最初から最後まで気が違ってた。

 連中は本気で世界を守ろうとしてたんだからな。

 イカレてるさ。気グルだろうさ。気が違ってるさ。世界の七割を占める大海を、そのほとんどを制圧しかけた化け物相手に、脳みそ以外全身を改造してまで、戦いを挑んだ連中なんだぜ。もう戻れないとわかった上で、銃後の為に命を懸けたんだ。

 人間だぜ? 撃沈されたら死んじまう、人間だぜ? その人間が、今日死ぬとわかっても、明日を生きる人の為に戦ったんだ。昨日死んでった仲間の屍を踏み越えて、明日生まれる赤ン坊の揺り籠を守ったんだ。

 オレ達はその狂気を受け継いで戦った。深海棲艦をこの海から駆逐するために。機械人部隊が壊滅しても、オレたちが前線を引き継いだ。化け物を身に宿し、化け物に成り果てて、それでもなお世の為人の為、暁の水平線を切り開き続けた。

 オレたちは連中を『境界』の向こう側に追い返し、そして『海域』にまで戦線を広げて攻勢に転じた。その頃からだったかな、艦霊の汚染が酷くなっていったのは。『海域』に侵入したこと、深海棲艦を殺し過ぎたこと、戦争が長引いて心が疲れてきたこと、原因はいまもわからねえ。

 だが確かに、オレ達の中に壊れてくる連中が出てきた。眠れなくなる奴、言葉が分からなくなる奴、敵味方の区別がつかなくなる奴、出力の調整が利かなくなる奴、暴発して自爆する奴、どんどん壊れてった。だが広がった戦線を維持するためにも、今更退けやしない。

 騙し騙し使っていくほかなかった。軍はもっと安全に大量に戦力を生み出すべく、倫理規定を改定してまでクローン兵士どもを造り始めた。そうさ、『艦娘』どもだ。質はともかく、量は確保できた。オレたちが切り込んで、『艦娘』どもが後方を支える。

 うまく行ってたよ。オレたちはうまくやってた。

 だが、奴が全てを変えちまった。なにもかも、なにもかも。

 なんつったかな。そう、戦術偵察艦、だったか。

 オレ達が馬鹿げた火力任せで突っ込むだけじゃ限界があった。

 『艦娘』どもでも戦っていけるよう、情報が必要だった。

 雪風、瑞鶴、時雨。連中はオレ達の後ろを付いて回り、たとえ自分以外の全員が轟沈したとしても、必ず生きて情報を持ち帰ることを課された。辛かったろうなあ。辛かったろうともさ。オレ達でさえ、仲間が沈むのにゃ慣れなかったんだ。それを、手出しも許されないなんざな。

 雪風は優秀な奴だったよ。あいつの指揮官ともども、深海棲艦をぶち殺す機械みたいなコンビだったよ。あいつらを見てると、どっちが兵器でどっちが人間かわからなくなる時があった。あいつらも、わからなかったのかもしれねえな。二人で一人なのか、一人が二人なのか。

 瑞鶴は、まあ、運が悪かったよ。向いてなかったしな。あいつも、あいつの指揮官も、むしろ英雄向きだったんだよ。結局堪え切れずに、僚艦を庇い、殿を務め、リタイアさ。いや、むしろ運が良かったのか。指揮官は失ったが、あいつ自身は生き残れたんだから。

 そして、時雨。奴が。奴が全てを変えた。奪った。台無しにした。

 あいつは戦術偵察艦の中で唯一の第一世代だった。戦力的に、最も期待されていた。軍の連中もそう思っていた。オレ達もそう思っていた。あいつならって。

 あいつは、狂っていた。壊れていた。いや………もしかすると最後まで正気だったのかもな。最初から最後まで、計画通りだったのかもしれない。何時も通り普段通り、雨の鎮守府でコーヒーブレイクを楽しむような、そんな心地だったのかもしれない。

 奴はオレ達にとって最悪のタイミングで仕掛けた。オレ達第一世代が一所に集められた大規模攻勢。敵の橋頭保を叩き潰す一大作戦。少なくともひと時、平和が訪れる。オレ達はそれを信じて挑んだ。そして………そして終わりが来た。

 敵は後ろにいた。オレ達全員が、艤装を展開し、攻撃を開始しようとした瞬間、奴の狂気が戦場を包んだ。広域アンシブル通信に乗せて、最大出力で奴のおぞましい思考が襲った。精神の無防備な後背を、奴の呪いが鋭く突いた。

 最悪のトラウマばかりを集めて煮詰めて固めた呪い。夥しい死の記録。かろうじて保たれていたオレ達の正気は、止めを刺された。あとはお前も知ってのとおりさ。前線はぐずぐずに崩壊した。第一世代型はそろって暴走、敵も味方もありゃしない。あっちもこっちもみぃんな御破算。

 なんとか持ちこたえた連中も、暴走した仲間を抑えるのに精一杯で、時雨は何時の間にやら雲隠れだ。色々なものが壊されて、色々なものが奪われて、色々なものが失われた。

 雪風が激昂した姿を、オレはあの時はじめて見たよ。嗤う時雨。叫ぶ雪風。オレはどうしてただろう。

 殺して、殺されて、気づけば瓦解した戦場で、オレはぼろぼろになって、雪風に負ぶわれていた。獣になった仲間達は散り散りになっていた。周りは鉄と肉と油に塗れて、どれが深海棲艦で、どれが艦娘なのか、それさえもわかりゃしなかった。

 オレが修復槽でおねんねしてる間に、仲間達の処分は決まったよ。そうさ。ロメロ部隊だ。獣に成り果てた艦娘は、再殺処分するしかなかった。元に戻す方法何ざ誰も知らなかった。深海棲艦に対するよりもよほど苛烈だったそうだ。殺してやらにゃあ、いずれ内地に牙をむいたからな。

 それ以降、『艦娘』どもが、第二世代型が戦場を支配した。そして奴らの電脳には、必ず強制自爆コードが仕込まれるようになった。二度とあんなことが起こらないようにな。

 オレが生き延びたのは、オレが誰よりポンコツで、そして臆病だったからに過ぎない。オレは艦霊との適合率が飛び切り低かった。そりゃそうさ。俺は艦霊を恐れていた。ああはなりたくなかった。その拒絶反応が、却ってオレを救ったのさ。

 オレが今もこうして生かされてるのは、またあんなことが起こったときのための、サンプルに過ぎない。標本だよ。生態標本。殺し方を忘れないように。より適した再殺の仕方を研究する為に。もうオレは戦力としちゃ数えられていない。練習艦ですらない。惨めな標的艦さ。

 フフフ、怖がるなよ。今のオレは、本当に、本当に、なんにもできやしないんだからな。

 怖くて怖くて、もう海にゃあ出れやしないんだ。世界の敵に喧嘩売るなんて言っては見たが、そうさ、水底に沈んだ仲間が怖くて、散歩にも出れない臆病者なんだよ。

 それでも自害しないのは、自沈しないのは、その時が来るのを待っているのさ。その時が来て、ビビってがくがくふるえちまう手足を置き去りにして、ぷっつんきた頭だけでも飛び出して、奴の喉笛を噛みきる瞬間を。

 だからレポートにゃ、こう書いてくれ。勇敢なうちに死にましたってな。

 

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 あきつ丸であります。

 天龍殿が昔語りを終える頃には、自分もようやく恐れから脱却して、隣の係船柱に腰掛けて、缶珈琲等いただく余裕も出てきたであります。

 紫煙を燻らせながら、ぼんやりと釣り糸をたらす姿は、全く普通の少女で、しかしその背中には、自分にも想像のつかないほど重たいしがらみが、ずっしりとからみついているようなのでありました。

「暴れ天龍だ、切り込み隊長だなんて昔は言ってたもんだが、ハ、ロートル艦の艦霊を、おっかなびっくり振り回してたヤツなんだ。いまやこうして日がな一日、釣りでもするくらいしかやることもなくてな」

 一日中やってるわりには、釣果はいまいちのようでありますが。

「ゲテモノはリリースすることにしてる………つまり殆どだな」

 言いながら、吊り上げた、あの、なんだかよくわからない棘々したのをリリースする天龍殿。

「ハルキゲニアだな。たまに潮流に乗って浮かんでくる」

 ………食堂のメニューにあったような気が。

「美味くはないと聞く。身も少ねぇしな」

 召し上がった事は。

「お前ならアレ、食うか?」

 でありますよねー。

 打ち寄せる潮騒。頬を撫でる潮風。なんでもないような午後の一時が、よりにもよって不死身の化け物の隣で得られるとは思わなかったでありますよ。

 今度、自分も釣竿持ってこようかな。

 天龍殿は釣りがお好きで?

「まあ、最初は暇つぶしだったんだが、悪くない趣味だな。とりあえず種類だけは豊富だから、コンプリート目指してる。今は何種類だったかな」

 魚拓みるか? とタブレットに写真を表示してくれるでありますが、サムネイルがほぼゲテモノを抱える天龍殿とその魚拓とで埋まっているのは結構キモ………独特であります。

 というか殆ど何者なのかよくわからない、というか魚類なのかすら定かではないものばかりでありますなあ。やたらでかいペンギンみたいなのとか、象の鼻みたいなのが伸びてるヤツとか。

「ほら、これなんかでかすぎて一人じゃ写真取れなくてな、苦労したぜ」

 あー、これは、前にニュースで見たことありますな。深海魚じゃなかったでありますか、これ。

「そうそう、リュウグウノツカイな」

 ホントこの海域、よくわからん生態してるでありますなあ。

「こいつは身が甘くて美味かったらしい。あれ以来釣れてないから、結局喰いそびれたんだよなあ」

 美味いのでありますか、リュウグウノツカイ。

「刺身にしても、鍋にしても美味いらしい。キモイからって敬遠したオレも悪いかもだが、美味いんなら呼べよってなあ」

 悔しそうに歯軋りする天龍殿。第一世代型は、さすがに元が人間なだけあってちゃんと美味に関心があるようでありますな。

 写真を見せながらこれは美味かったとか不味かったとか、バカみたいに釣れるとか死ぬほど疲れたとか、実に楽しそうに話してくれる天龍殿。或いは、会話に飢えているのかもでありますなあ。たった一人この地上に残された、最後の第一世代型としては。

 ああ、美味いだの不味いだの話してたら腹が減ってきたであります。自分はそろそろお暇するとしましょうか。立ち上がってその旨伝えると、また何時でも来てくれと誘っていただけました。

 その笑顔に、やはり、少し気になって、つい尋ねてしまいました。

「その………最後の一人というのは、どのような心持なのでありましょうか?」

 失礼な質問に対しても、天龍殿は軽く苦笑いするだけでありました。

「なに、日々の飯も、雨風しのぐ屋根もある。たまには話し相手も来る。悪くはないさ」

 フィッシュ、とまたなにやら得体の知れぬゲテモノを吊り上げながら、天龍殿は笑いました。笑って、訂正なさいました。

「それに、ここにゃもう一人いるしな」

 あったらよろしく伝えてくれと軽く手を振って、天龍殿は気長なフィッシングに戻るのでありました。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

>>盗聴記録より抜粋

 

「やれやれ、話には聞いていたが、話以上だな、あいつは」

 ――物音。

「話以上に優秀だし、―――話以上に可哀想な奴だ」

 ――不明な雑音。

「まあ、そういうなよ。あいつも好きでやってる訳じゃないだろう。俺達と一緒でな」

 ――不明な雑音。

「そうだな、そうだったな。俺達は望んで『こう』なったんだったな。だけど、『ここまで』を覚悟してたか?」

 ――不明な雑音。

「………悪い。オレがお前に、そんなこと言える筋合いなかったな」

 ――不明な雑音。

「だけど、あいつは生まれ方すら自分じゃ選べなかった。だろ? 『艦娘』にもなれず、人間にもなれず、あいつは何になればいいんだろうな?」

 ――不明な雑音。

「そうであるように造られて、そうであるように育てられて、そうであるように振舞うしかない。例え心の中がそうではないとしても。生まれも立場も覆せない。いやいや、ヤな話だぜ」

 ――不明な雑音。

「おいおい、止めろよ。オレが謀反を考えてるなんて、冗談でもよ。壁に耳あり水面に潜水艦ありだ。ロメロ部隊の相手は疲れるんだぜ、オレでも」

 ――不明な雑音。

「そうだ。そうさ。オレ達は待ち続けるだけだ。あいつがうまいことやってくれれば、或いはその時は近づくかもしれねえ」

 ――不明な雑音。

「ま、お前は好きにしろ。恥に思うなら――」

 ――激しい不明な雑音。

「悪ぃ悪ぃ。そうだな………その身を恥じることは第六駆逐隊への侮辱か」

 ――不明な雑音。

「全く、つくづく気の強いレディだよ、お前は――なあ、暁」

 

 以下受信記録なし。

 発見・破壊されたものと判断。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

Tips.

 

>主な訂正

 

・司令部棟を真っ直ぐ降りて外殻に開いた出口から外へ出ていたが、最近の描写で強度を保つためそう言った出入り口が無いとされる事から訂正。

 

>小ネタ

 

・持ってきてよかったでありますよ、この手駒

カリタのムービングなど同様、あきつ丸が密輸してきた。

生体を持ち運ぶには裏ワザが必要な上、それでも大変なので、歓迎会の少し前に施設見学がてら放流してきた。「少し胸も軽くなった」とはこのことである。

 

・軍粮精

キャラメル。日本軍が戦闘糧食として使用していた。

 

・美味しいものは現地で調達する主義

潜入捜査は現地調達が基本と蛇の人も言っている。尤もあきつ丸は幾らでも持ち込めるが。

 

・深海棲艦しか食べないのとか

深海棲艦って食えるのか、というショックはキタユキ氏の「加賀さん観察日記」で迎えた。

 

・モスレム

先折れ煙草。「ポリスノーツ」、「メタルギアソリッド」などに登場。

着火面を折ると着火し、フィルター側を折ると鎮火するという設定。副流煙が出ないとされる。

この手法は喫煙家からすると味気なく、また普通にライターで付けた方が味がいいとされるが、まるゆは拘らないスタイルなので標準手順で着火。

 

・テーブルにとんとんとリズミカルに叩きつける

手巻き煙草は葉が緩い場合があり、このように叩きつけることで葉を詰めようとしている。

 

・好奇心と教養のない奴はいい間諜になれない

「ガンスリンガーガール」(相田裕)に登場する担当官ラバロの台詞、「そんな風には見えないだろうが…俺達のような職業の人間はよく本を読むんだ。教養や好奇心のない奴は良い兵士になれないからな。今は家庭でできる野菜の育て方の本を読んでいる。……野菜型の宇宙人が攻めて来た時役に立つように」より。

 

・平野先生に作画でも頼んだのかって下衆い面

漫画家平野耕太。下衆と気違いを描かせたら右に出るものがいない。

 

・頭にこない奴はいねえ

「ジョジョの奇妙な冒険」(荒木飛呂彦)第三部より、空条承太郎の台詞「じじいは…決して逆上するなと言った…しかし…それは…無理ってもんだッ! こんなことを見せられて、頭に来ねえヤツはいねえッ!」から。

 

・無言でモスレムを三箱、このいやしんぼの顔面に投げつけてやった

「ジョジョの奇妙な冒険」(荒木飛呂彦)第五部に登場するチョコラータとセッコの掛け合いより。「3個か?甘いの3個ほしいのか?3個・・・イヤしんぼめ!!」などと言いながら角砂糖を投げつけてキャッチさせる。

 

・重力アンカー

艦娘技術の一つ。何かしらの方法で船体を同一座標に固定し続けているようだ。

 

・おかしいと思いませんか、あなた。

「ニンジャスレイヤー」(ブラッドレー・ボンドとフィリップ・ニンジャ・モーゼズ)に登場するニンジャ、メンタリストの台詞「こんなにタケノコが光っている。タケノコは光りますか?おかしいと思いませんか?あなた」から。

 

・「あの、こん /

        / にちはー」

 

    あ /

  / れ?

 

切断を描写しようとしたのだがはうまく行かなかった。

 

・ロンソン

アメリカ合衆国のロンソンコーポレーションが製造するライターの商用。

 

・あざらか

鮮らか。肉などが新鮮で生き生きとしているさま。

 

・深海棲艦の連中が現れてから少しした頃

深海棲艦が現れたのはおよそ百年前。

機械人部隊の防衛線が崩れかけたのはそれから数年以内。

理由は戦力不足ではなく「補給と兵站の致命的不足」。

 

・轟のおっさん

『人間飛翔体』轟無尽。もっとも有名な機械人。

 

・撃沈されたら死んじまう、人間だぜ?

艦娘以上の戦力である機械人も多くの死者を出し、艦娘に引き継ぐ頃にはほとんど組織的な戦闘は不可能となっていた。

 

・あっちもこっちもみぃんな御破算。

「HELLSING」(平野耕太)に登場する吸血鬼アーカードの台詞「派手にやっているなぁ!!我が主人!!我が下僕!! あっちゃもこっちゃもみいんな御破産!! さぁて願いましては!!」より。

 

・ぷっつんきた頭だけでも飛び出して、奴の喉笛を噛みきる瞬間を。

これはご指摘があったが、「もののけ姫」に登場する巨狼モロの君の台詞「私はここで朽ちていく身体と森の悲鳴に耳をかたむけながらあの女を待っている。あいつの頭をかみ砕く瞬間を夢見ながら…」より。

 

・やたらでかいペンギンみたいなの

ヴォーテックス。

 

・象の鼻みたいなのが伸びてるヤツ

海棲の鼻行類。

 

・リュウグウノツカイ

身に臭みや癖がなく、食感は鶏卵の白身のようであるらしい。内臓の部位によっては味が濃厚であるとか。刺身で食べるとゼラチン質がプリプリして、甘みが強く、まるでエビの刺身ようであるという。鍋で食べると身が甘くてツルッとした口触りで柔らかく、鍋一杯がアッという間になくなるほど好評だったとのこと。

 

・盗聴記録より抜粋

性懲りもなく盗聴器を仕掛けているらしい。

 

 

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