あきつ丸レポート   作:長串望

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あきつ丸、怪物に恋する少女に会うの段


あきつ丸レポートまとめ11

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 あきつ丸であります。

 第一世代型との遭遇。いやあ、穏便に済んで良かったであります。もしかしたらアレでありますかねえ、やばめの経歴の持ち主ほど却って常識人というそういう流れなんでありますかね。

 しかし魚(?)の食える食えないの話してたら小腹が減ったでありますなあ。かといって晩飯にはまだ早いでありますし。どうするでありますかなあ。自室に戻って乾麺麭齧るのも、なんだかわびしいでありますし。

 ちょっとしたおやつ的なものでもつまめれば………むむ。

 何やらいいにおいがするでありますな。食堂でもないのに、珍しい。

 んー………こっちでありますかな。

 いくら艦娘の嗅覚が優れているとはいえ、海戦では不要な機能故、流石に犬ほどのレベルではないのであります。鼻を頼りに探すのは難しそうでありますし、ここはたまたま廊下に転がって痙攣していたモブ駆逐艦にインタビューであります。

 自慢のインタビュー・スキルを使うまでもなく、あっさり教えて頂けたであります。なんでも金剛モデルの艦娘がアフタヌーン・ティーを楽しんでいるのだとか。金剛モデルはオリジナルの影響なのか、紅茶を好む傾向にあります。そのためどの鎮守府でもティータイムがあるとか。

 しかしアフタヌーン・ティーなら、キューカンバー・サンドウィッチとか、スコーンとか、あるいはペイストリーのようなものがあることでしょう。まず、そういうものを腹に入れる。そしてしかる後、お勧めだろう紅茶を頂く。これでありますな。

 あ、ちなみにモブ駆逐艦は単にがっこうぐらし!第一話のショックが抜けないごちうさ難民のようでありました。だからあれほど気をつけろと………。

 自分はそこらへん、ごちうさと同じくウサギと喫茶店の出るアニメなどを嗜んできた遊牧民。今更ぞんぞんびより程度でダメージは受けないのであります。あ、ちなみにそのアニメは東京喰種といって、コミックでは第二部が絶賛連載中であります。

 まあ、アニメの方はそこまで面白くも…………もとい、あんまり肌に合わない感じでありましたが。アニメの話は関係のない方が迷惑してしまうでありますから、この辺で打ち切るであります。

 さて、モブ駆逐艦によれば、アフタヌーン・ティーはこの先の、バルコニー状につきだした憩いスペースにて催されているとのこと。こういったスペースは、広大な施設故、日に当たる機会を増やすために複数設置されていることが普通であります。

 では早速向かってみるでありますか。

 

 あきつ丸であります。

 バルコニー状に突き出した憩いスペースの一つを覗き込んでみると、成程確かにアフタヌーン・ティーに相応しい、洒落たテーブルと椅子に、軽食やお菓子、紅茶が並べられているであります。

 これはかなり期待できるであります。なにせまともなセットでありますからな。これが脱法合法ハーブティー・パーティならまだマシな方で、酷い場合は燃料と鋼材が並ぶクソみたいな補給所に成り果ててるでありますからなあ。

 やはりちゃんとした金剛モデルがいるみたいでありますな。艦娘全般が効率や単純化を好む傾向にある中、金剛モデルはオリジナルの英国魂が連綿と受け継がれているのか、体裁や見栄えを結構気にするのであります。

 そもそも鎮守府におけるアフタヌーン・ティーは、社交の場でも、観劇や出撃前の腹ごなしでもなく、純粋に燃費の悪い戦艦どもの燃料補給の間食でしかなかったのであります。それを体裁を整え、見栄え良く楽しめるようにしたのが金剛モデルなのであります。

 金剛モデルによって広められたアフタヌーン・ティーやハイ・ティーなどの習慣は腹をすかせた艦娘どもに受けて、数多くの鎮守府に伝わり、戦艦だけでなく駆逐艦などの間でも楽しまれているのであります。

 まあ、きっちりと体裁を整えて楽しんでいるのは金剛モデルくらいのもので、他の艦娘はせいぜいがその真似事。それでも、重油一気とかではなくおうどんをすするようになったりと、それなりに影響はあるみたいであります。

 こういった人間味を追求する金剛モデルは、やはりオリジナルの英国魂が強かったのでありましょうなあ。これが英国面に傾きさえしなければ、金剛モデルはホント優秀なのであります。

 さて、どんな軽食がありますかな………フムン。市販の駄菓子なんかを並べる駆逐艦のいい加減な感じではなく、スコーンやキューカンバー・サンドウィッチ等が並ぶ、伝統的なスタイルのようでありますな。

 こういうタイプが、伝統にこだわり過ぎるタイプか、駄菓子なんかでも気にせず置けるタイプかで、付き合いやすさが変わるのでありますよなあ。人間味が薄いほど伝統にこだわるっていうのが個人的な統計結果であります。

 アフタヌーン・ティーなんてものはしょせん貴族のつまみ食いから始まったようなものでありますし、気軽に楽しめるのがベストだと思うんでありますがねえ。

 まああれこれ考えていても仕方がないであります。いざ、吶喊。

 

 あきつ丸であります。

 いざ、吶喊、してみたでありますけど。意外なことにそこに座っていたのは、金剛型高速戦艦の誰でもなく、どころか戦艦ですらない、駆逐艦の姿でありました。

「えーっと。多分、はじめまして、ですよね?」

 ええ、はじめまして、でありますけど。

「はあ、やっぱり、そうですよね。はじめまして。特型駆逐艦一番艦の吹雪です」

 特型駆逐艦一番艦、吹雪。安定した人格と優秀な性能から、多くの鎮守府でも活躍している駆逐艦のメジャーモデルと言えるでありましょう。しかしこの吹雪殿は、ちょっと印象が違うでありますな。

 ある程度個体差があるとはいえ、吹雪モデルの艦娘は大抵、素直で明るく元気な娘、しかも真面目というブラック企業御用達もとい主人公タイプの性格なのであります。空回りしながらも確実に前に向かい続ける、そんな元気印、であります。

 まあそこはそこ、全うに人格形成できないしないしようがないのが多い艦娘業界。空回りが過ぎて病んだり、目的達成に邁進する余り手段を選ばなくなったり、手段のために目的を忘れたりもよくある話でありますが。所詮艦娘の人間らしさって、らしさに過ぎないんでありますよね。

 まあ、その素直で明るく元気なイメージにそぐわない、なんともおっとりとした大人しそうなイメージでありますなあ、この吹雪モデル。初対面の緊張のせい、とかだけではないみたいでありますし。

 いまいち脅威も感じないでありますし、多分個体差の範囲だとは思でありますけど。まあ、大方、ぼくのかんがえたさいきょうのかんむすこと終末兵器群ではなく、ただの一般作業艦娘でありましょう。賑やかしにでも呼ばれたんでありましょうな。

「えっと。えと。あの、もしかして金剛さんのお知り合いですか?」

 え。ティースタンドの上のスコーン眺めてたらなんか聞かれたでありますけど、やっぱり金剛殿主催で間違いないようでありますな。適当に笑って誤魔化すであります。

 知り合い、という訳ではないでありますけど、一応、歓迎会で見るには見たでありますな。必死だったのであんまり印象に残ってないでありますけど、確かに吹雪モデルの艦娘と一緒にいたような。

 うーん。取り合えず手持ちの品で誤魔化した一発芸とか、細かすぎて伝わらない艦娘物真似百連発とか、テーブルの上のもので出来る手品百選とか、艦娘落語とか、色々慌しかったのでどうも記憶が…………。

 確か、ペールエールを飲んでたはずでありますな。場繋ぎに瓶を手刀で切ってお酌したはず。隣に座っていた吹雪殿は確かオレンジジュースを飲んでいたはず。あれ、でもあの時、瓶切に大層驚いておられたし、覚えていないという事は別の吹雪モデルでありますかな。

 忘れられやすいように行動するのは潜入工作員の基本スキルの一つでありますけど、あの日は寧ろ覚えをよくするために派手に立ち回ったはずなのでありますから、忘れられたというのはどうも………でも吹雪モデル、他に見てないでありますしなあ。

「Hey,ブッキーお待たせデース! ってあれー? someone new guestデースかー?」

 困ったように笑う吹雪殿と、どうしようかと小首をかしげる自分。そこにようやく主催者が現れたのでありました。

 

 あきつ丸であります。

 なんかぼけっとした吹雪殿とお喋りしてたら、アフタヌーン・ティーの主催者である金剛殿がついにご登場なのであります。

「あ、金剛さん。えっと、お茶をご一緒したいみたいで、えっと、あれ? すみません、お名前なんでしたっけ? 聞いてましたっけ?」

 あきつ丸であります。金剛殿が表れて露骨にほっとする吹雪殿に、ようやく自己紹介であります。

「Oh! 陸軍のあきつ丸ネー! 歓迎会のtricksはexcellentだったデース! 改めてよろしくネー!」

 がっしりと手を取られ、ぶんぶんとふられるであります。金剛モデルらしくフレンドリーな方でありますなあ。

 ところで、金剛モデルが「○○ネー」という度に、語尾のせいかエセ中国人ぽく聞こえるのは自分だけでありましょうか。「大英帝国の歴史を味わうネー」とか言われたら絶対噴出すであります。

 何故こうもルー大柴ナイズドされた口調の中にそんなチャイナシンドロームを見出してしまったのかは謎でありますが、まあ英国と中国って色々縁もありますしな。阿片とか。

 これだけフレンドリーだったらティータイムにも快く参加させてもらえそうでありますなあ、とか思ってたら、がっしりつかまれた手をそのままに、ぐいぐいとテーブルから離れるように引っ張られるであります。

「ブッキー、ちょっと私この娘とtalk,お話ありますカラ、もう少しダケwaitネー!」

「はい、待ってますね、金剛さん」

 笑顔のまま手を引っ張る金剛殿でありますが、これフレンドリーじゃねえでありますな。骨きしんでるんでありますけど。

 案の定、テーブルから見えない位置まで引きずられたところで、壁に叩きつけるようにして解放されたであります。先程までのフレンドリーな笑顔もどこへやら。大英帝国らしい素敵な笑顔でべぱっと唾まで吐かれたであります。

「Hey, bitch, fuck'n amphibian. 薄汚い口で吹雪にナニ吹き込みやがったデスかwhite face, huh?」

 あ、これアカンやつでありますな。

 というか自分別に何もしてないでありますよ。ただ小腹が空いた頃合に素敵なお茶会を発見したのでお相伴に与れないかなとか考えただけでありまして。

「小汚い狗が涎垂らして餌を求めて徘徊するなんて、最悪デース」

 口悪っ。

「提督には手を出すなと言われてるケド、それも絶対じゃないネ。塵は塵に、灰は灰に、信用ならない薄汚ェ陸軍のfuck'n amphibianは解体処理するベキと考えてる艦娘多いデス」

 強化コンクリートの壁にずぶずぶと指を突き刺しながら睨んでくる金剛殿。

「とはいえ、私も別にyou個人に恨みはないデス。大人しくしてる分には土臭い陸軍艦にも情けをかけてやりマス」

 はあ、それは感謝であります。叩きつけられたショックから立ち直り、ゆっくりと身体を起こしたら、目の前に殺人手刀を突きつけられたであります。

 しかも目視できるレベルで物理保護を展開してるであります。見た目からの判断でありますけど、高速戦艦の張れる物理保護の強度じゃないでありますよこれ。さすがにアーセナル鎮守府所属。ただの金剛モデルではないということでありますな。

「言っておくデスけど、お前のfuck'n son of a bitchな前任者でlearnしたネ。下手な動きしたら先にkillデス。それともこの距離でspaghetti westernでもしますカー?」

 抜きな、どっちが早いか、なんてやる気ないでありますよ。

 こちとら揚陸艇。特性不明の高速戦艦相手に正面から挑みたくないであります。第一挑もうにも、目視できる限りこの強度の物理保護を突破できる攻撃手段はそんなに持ってないでありますからな。相手の底が知れない以上、手札は切らんであります。

 大英帝国スマイルでメンチ切り。

「追い返しても吹雪が怪しむからお前もtea partyには入れてやる。ケド吹雪に何かしたらkillネ。吹雪に妙なこと吹き込んでもslayネ。お前をdumpするのは私デスけど、そうさせるのはお前のbehaviour次第。Nah mean?」

 Well, A-OK, I will do my best.

「Oh, fuck this! Hey, hey, hey, you bastard, 英語使って媚売らないコト。それに私は努力じゃなく結果で評価するネ」

 了解であります。

 ようやく手刀をどけてもらえたでありますが、なんでありますかこれ。なんでありますかこれ。夏の暑さで作業中のPCが入渠した挙句いまだに帰ってこない上に本業がヤバイときくらい胃が痛いであります。クイーンズ蛮族とのティータイムとか………はあ。

 

 あきつ丸であります。

 フロムブリテンのネクタイを締めた海賊もとい改造修験装束の蛮族に引きずられ戻って参りましたアフタヌーンティー。帰して。もう小腹減ったとか言わないので。

「あ、お帰りなさい金剛さん」

「Hi, I'm backネ、ブッキー!」

 のほほんと迎える吹雪殿とアニメ版スマイルでハグする金剛殿。大英帝国スマイルはどうした。

「えっと、そちらの方は、はじめまして?ですよね?」

「え、先程、」

「この娘はあきつ丸デース! さ、はじめましてするデース!」

「は、はじめましてであります。あきつ丸であります」

「はじめまして、吹雪です」

 痛い。肩痛いでありますこのメスゴリラ。

 言葉以上に説得力のある握力で肩を握られ、椅子に座らされたであります。余計な事は言うなということでありますな。くっそう。いつか寝首掻いてやるであります。自分そういうのの方が得意なんでありますからな。

 まあともあれ、食べ物にありつけたのはありがたい話であります。金剛殿も、こちらが借りてきた猫のように大人しくしている限りは、吹雪殿にわかる形でこちらに害をなす気はないようでありますし、せいぜいお行儀良くするであります。

 金剛殿も席に着き、直接的暴力の危険も遠ざかったでありますし、少し落ち着いたであります。さてさて本日の茶葉は………フムン。力強いと言えるほどに濃い味わい。俗に蘭の香りと言われるような独特の香り。成程、これには砂糖やミルクは無粋。ストレートに合う紅茶であります。

 さすがは海軍、上等な茶葉を使っているであります。紅茶のコニャックとは成程納得の呼び名であります。

「プリンス・オブ・ウェールズでありますか」

「Oh, わかりマースかー!」

 金剛殿にも少し感心していただけました。

 まあ、普段は珈琲党ですなどと言ったら泥水何ざ啜りやがってとか責められかねないので黙っておくが吉であります。まあ、普通の金剛モデルだったら大丈夫でありましょうが………下らないことで機嫌損ねたくないでありますし。

「スゴイですねえ、あきつ丸さん。私、まだ銘柄の違いよくわからないんですよね」

「ブッキーはそれでいーのネー! 美味しく飲んでもらえたらそれでGoodデース!」

 金剛殿、吹雪殿に甘すぎないでありますか?

 さり気なく観察してみただけでも、金剛殿の甘やかしっぷりは相当であります。吹雪殿の食べかす拭いてあげたり、絶妙なタイミングでお菓子を勧めたり、紅茶のお変わりを注いだり、あとそもそも距離が近い。おたくら二人で茶会する気だった癖に何で隣り合ってんでありますか。

 これはなんというか………寵愛というか、愛護というか。まあこの吹雪殿、なんとも言えず庇護欲をそそる感じではありますけど。今も食べかすぽろぽろ零したり、紅茶零しそうになったり、ティースタンドに袖引っ掛けて倒しそうになったり。ドジッ娘属性もちでありますかな。

 これで金剛殿が、先程の大英帝国スマイルからすれば作画崩壊といえるレベルの満面のアニメ版スマイルで嬉々としてお世話してなければ、もはや介護なのではと思わせるほどであります。すげえ居心地悪いでありますなあ……。

 

 あきつ丸であります。

 吹雪殿のあまりにアレな振る舞いと金剛殿のお世話っぷりに、要介護者と共依存関係なのではと疑うそんなほのぼの穏やかなアフタヌーンティーであります。

「えっとこれは幾つ入れれば良いんでしたっけ?」

「Well, 角砂糖はお好みで。ブッキーなら一つでenoughヨ」

「はい、わかりました金剛さん」

 紅茶に角砂糖を一つ沈め、ぼんやり眺める吹雪殿。ティースプーンで混ぜてあげる金剛殿。

 ちなみにそれ三回目。

「これぱりぱりしてて面白いですね。お煎餅でしたっけ?」

「それはPalmierネ。heart型が、palmの葉みたいダカラPalmierっていうヨー」

 源氏パイで有名なこれ独語でシュヴァイネオーレン。豚の耳、ミミガーでありますな。

 ちなみにそれ四回目。

「こりこりしてます……口の中で溶けて、面白いですね」

「それは角砂糖ネー。紅茶に入れるものヨ」

「ああ、そうなんですね。幾つ入れればいいでしょうか?」

 ついさっきやったばかりでありますからそのやり取り。

 うん、これ、介護でありますな、完全に。

 電脳に重大な故障でも発生してるんでありますかねこの吹雪モデル。

 しかし、普通、出荷時に電脳の不備は徹底的にチェックされるでありますし、艦娘合金製の基幹部に収まる電脳が外的衝撃で故障するとしたら殆どそのまま轟沈を意味するであります。稀に防壁を破られて電脳ハックされることもあるとは聞くでありますけど、噂程度でありますし。

 第一どんな理由であれ、電脳に異常が見られた時点で、その艦娘は解体処分が決定するであります。艦霊に汚染されない、つまり狂わないのが電脳の利点であり、それがそもそも狂ってるなんて時点で危険物でしかないのでありますよ。

 あとは生体脳との接続がうまくいってないとかでありますかな。

 第二世代型の艦娘は、基幹部に収められた電脳と、合成人間の生体脳の二つの脳を持っているのであります。俗にこれらは考える脳と感じる脳と呼ばれるであります。

 艦娘のいわゆる人格は電脳に形成された対人表層人格であり、機械知性が人間に合わせるために、人間らしく見えるよう翻訳してアウトプットしているようなものであります。

 艦娘が考えたり、思ったり、そういった知的活動をする脳がこの電脳であります。

 しかし、機械知性は人間の感性というものを、事前に識臣で入力された知識でしか理解できません。そこで、感じる脳の出番であります。

 生体脳の役目は考えたり思ったりすることではなく、そのままずばり感じること。

 感覚器官の信号を一点に集める神経系の中枢であり、見る聞く嗅ぐ触るなどといった人間と同じ信号がここに集まっているであります。

 この生体脳に集まる信号を電脳が受け取ることで、機械知性は人間が受け取る形に極めて近い形で世界を認識することが可能であります。そして電脳からのフィードバックにより生体脳は更に感覚を研ぎ澄ませるのであります。

 あくまでも本体は電脳なので、生体脳が破壊されても艦娘は死にはしませんが、メインカメラをやられた程度では済まないので、大抵はこの時点でほぼ戦闘不可能、大破認定であります。勿論、修復してしまえばまた元通りでありますが。

 元通り、とはいっても、慣れ親しんだ生体脳を新調すると、慣れるまで感覚に随分苦労させられるであります。違う味がする、違う色がする、違う感じ方がする、といった具合でありますな。脳の違いによってクオリアが変わってしまうのだとか。

 なので、大破入渠後の戦闘が一番被弾・轟沈率が高く、可能であれば慣らし運転を念入りに行うことが推奨されているであります。長生きの艦娘になればなるほど愛着が湧いて、脳を傷付けないようになる傾向があると統計でも出ているのであります。

 この二つの脳がうまく接続できていないと、眼鏡の度が合わない、補聴器の調子が悪い、といった人間の不調を何倍にもしたような問題が発生する、とは以前聞いたことがありますな。研究用個体でもないとさっさと処分されてしまうのでろくに統計取れてないでありますけど。

 まあくだくだしく色々のべたでありますけど、要するにこの吹雪殿ちょっとボケがきてるんじゃなかろうかと、そういう訳であります。人間ならそういう障碍も個性のうちでありますが、艦娘はそうも言ってられないでありますからなあ。常に刃物持ってるパニック障碍常習犯みたいな。

 これもここでの研究対象、モルモットなんでありますかなあ。

 

 あきつ丸であります。

 あまりにも見てらんない吹雪殿に、スコーンをもしゃもしゃやりながらなんともいえない気持ちでいたら、なにやらじーっと見つめられてしまったであります。

 えーと。なんでありますかな。見られながらって結構食べづらいんでありますが。まあ食べるんでありますけど。

「えっと……」

「あきつ丸ネ、陸軍の艦娘ヨー」

「あ、そうそう、あきつ丸さん」

 今回は忘れられるのは名前だけで済んだみたいでありますな。

 きろきろとした視線が、まっすぐに向けられて、すごく居心地が悪いであります。

 これでも見られることには慣れているでありますし、訓練も受けているでありますが、吹雪殿の視線はなんと言うか、その、艦娘っぽくないというか、人間でもないというか。

 その。

 なんというか。

 昆虫のような、というか。

 或いは、こちらを分析しようとする巨大な機械の、カメラ・センサーの類のような、そんな、相互理解というものを最初から想定していないような、酷く、酷く一方的で、貪欲な、視線であります。

「それ」

 少女のようにあどけない表情で、少女のようにいたいけな仕草で、少女のように小首を可愛らしく傾げながら、ゆっくりとこちらを指差す少女のようにほっそりとした人差し指。

「綺麗ですね」

 何を言われているのか解らない。後頭部の辺りがちりちりして、精神がざわつく。何も、何も感じはしない。どんなセンサーも沈黙を保っている。けれど、なんでもないようなその情景と、それから受け取られる印象が合致しない。気持ちが悪い。吐き気がする。

「見たことないです。陸軍の装備、ですか?」

 ずろり。まっすぐにこちらを指差す人差し指。傾げられたままの小首。曖昧な微笑み。昆虫の目。ふわふわとした声。

 少女。が。少女の容をしたものが、何か言っている。

「じらじらして、とても、綺麗、です」

 がちゃん、かちゃ、がたん。間に挟まれたテーブルに身を乗り出し、カップを倒しティースタンドを転がし、少女の指がこちらに伸びる。少女の皮をかぶった何かが。

「吹雪!」

 硬直しかける思考に割り込むように、金剛殿の声が響きました。同時に、がっしりと力強く吹雪殿を羽交い絞めにして、目元を手で強く塞ぐ金剛殿。

「あ、金剛さん。すごく、綺麗なんです」

 ぎち。ぎちぎち。金剛殿の腕の中、吹雪殿は何事もなかったかのように、あいも変わらずのんびりと、少女の声で穏やかに告げる。

「じらじらして、よく見えないんですけど、もう少しで、見えそうで」

 ぎち。ぎちぎち。仮にも戦艦の万力のような腕の中、まるで気にした風もなく、駆逐艦が笑っている。

「あきつ丸! 何を隠してるネ!?」

 声に、我に戻る。

「胸元、吹雪の言ってるノ!」

 胸元。言われて手を伸ばした先に、硬質な感触。

「ソレ……Optical camouflage!? Cut off! Hurry!」

 光学迷彩を論理キー入力で解除。黒い箱が姿を現す。

 光学迷彩解除とともに、金剛殿は吹雪殿の拘束を解き、まっすぐにこちらの胸元に手を伸ばし、件の機械を取り上げました。

「What this?」

 ………ただの、録音機であります。

「Huh?」

 自分、仕事柄あちこち行っていろんな艦娘に遭遇するので、レポートに残す為に会話なんかを録音してるのであります。光学迷彩で隠してるのは、意識して会話がぎこちなくならないようにって言う、そういう気遣いもあるのでありますよ。

 と、胸倉を鷲づかみにされながら必死に説明したところ、呆れたようにため息をつかれて、ぽいっと解放されました。

 何が起こったのかわからないままの自分を置いて、金剛殿は吹雪殿に向き直っておりました。

「Hi,ブッキー、目を見せてくださいネー」

「はい、金剛さん」

「Ah…uh……またレンズに変化起きてるネ………ん、OKネ」

 一通りなにやら診察する金剛殿と、大人しくそれを受ける吹雪殿。

「今日はこのあたりでお開きネ。吹雪、ちゃんとDoctorの所にいくコト」

「はい、金剛さん。それでは。あ、えっと、えー、陸軍の方も、また」

 そう残して、吹雪殿はふらふらと離れていったので、自分もここらで、

「Stay」

 アッハイ。

 吹雪殿が完全に立ち去ったのを確認してから、金剛殿との面談が始まったのでありました。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 金剛型高速戦艦一番艦、金剛ネ。生まれは英国、Vickers Industriesで、英国の意地と技術の粋を集めて建造された特注品ネ。この国だと、well、特化型デース!

 先程はsorryネ。吹雪が絡むと私チョットeccentric、自覚してマース。ちゃんとユーにも説明しておくべきデシタ。でもそもそもちゃんと説明してない提督が悪いデース。Fxxc.

 あの吹雪は、少しspecialな艦娘デス。特化型の艦娘はユーもよく知ってるネ? 偵察特化、砲撃特化、諜報特化、電脳特化、でもこれらみんな、得意以外はaverage以下のことが多いデス。凄く便利、でも何か一つにしか使えない。

 ある深海棲艦を見て、海軍のengineer思ったネ。何か一つしかできないより、何でもできる方がvery well. 敵にできるなら、艦娘でも再現できないかって。そう、ユーも知ってるはず。いまも跋扈するあのevil、戦艦レ級。

 装甲は厚く、火力は高く、航空戦も開幕雷撃も何でもこなす化物戦艦。アレが欲しいと海軍は思ったネ。アレを作ろうと海軍は決めたネ。とはいえ生け捕りにも出来ず、残骸からは有用な情報は得られず。

 ある時、エンジニアの誰かが思ったデス。一隻の艦娘に複数の艦の能力を引き出すのが無理なら、『一隻に複数の艦を詰め込もう』って。艦娘は自分の艦種に合った装備しかできない。それは艦霊との相性によるもの。だから、『引き出す』のでなく『詰め込もう』って考えたヨ。

 吹雪モデルが選ばれたのは、別に大した理由じゃないデス。明るく元気で素直な娘。つまり、扱いやすかったからデスヨ。実験のための数を揃え易い駆逐艦の中でも、それなりに優秀で、それなりに扱いやすい性格。それだけのことで、あの娘は『ああ』なってしまったヨ。

 やり方は簡単。何時もやってるコト。何時もと違うのは、生命のない素体に艦霊を降ろすのではなく、既に艦霊を降ろし終えた艦娘に、さらに重ねがけしようというだけのコト。意識ある人間に降ろせたのだから、降ろせないはずがない、ってネ。

 複数の艦霊が同居することで、莫大なエネルギーの衝突が予想されたネ。とてもじゃないけど、小さな身体には収まらないほどの。ソレをどう解決するか。これも簡単。ならそのエネルギーを身体の強化に充てればいい、って。

 うまく降ろせなければbomb。降ろせても身体の強化が間に合わなければbomb。間に合っても複数の艦霊の影響で狂ってしまえば全てbomb。Fuck'n crasy, Don't you think so, huh?

 勿論、海軍もこんな馬鹿げた実験認められない。ならどうするか。止められる前にやっちまうだけネ。マッドでクレイジーなナードのギーク博士が、実験中止命令が手元に届く直前に、研究所に立てこもって『やらかした』。

 結果は、多分失敗だったネ。多分っていうのは、その実験の真っ最中に、海軍は艦砲射撃で研究所ごと粉砕することにしたからデス。そして海軍の作戦も失敗した。こちらは多分じゃなく、確実に。

 大和型、長門型、計四隻の艦砲射撃は確かに研究所を木っ端微塵にしたデスけど、一歩遅かった。艦霊は既に降ろされた、その瞬間だったネ。研究所の土地ごと解体処分の更地にしてやった艦砲射撃を受けて、そいつは産声を上げたデス。

 直前に食らった四隻分の砲撃を、そいつはただの一隻で撃ち返して来たネ。予想しなかった反撃に三隻は大破。一隻は轟沈。緊急事態と判断した海軍は、正規空母、戦艦を含む艦隊を編成し、これの鎮圧に出たデス。火に油とも知らず。

 目標は攻撃されるまで沈黙。一方で、攻撃された時点で即座に食らった攻撃を、しかも倍返しで反撃。これにはさしもの海軍直轄部隊もボロクソにされて這這の体で逃げ出したデス。

 厳重な監視体制の中、目標は大洋を彷徨うように漂流。稀に深海棲艦に遭遇すると、例の手順で一方的に蹂躙。内地や鎮守府に向かわないよう何度かちょっかいを出したけど、全部返り討ちネ。

 研究所跡地から掘り出された資料の焼け残りから、最悪の事態が発覚したのは大分手遅れになってからのことデシタ。資料によれば、博士は時間がないことを悟り、実験を無理矢理実行。本来時間をかけて馴染ませる予定だった降霊手順をひとまとめにしてしまったのデス。

 駆逐艦吹雪の身体に降ろされたのは、六隻の艦霊。元からの駆逐艦に加えて、軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦、水上機母艦、航空母艦、潜水艦、合わせて七つの艦霊をその小さな身にむりくり詰め込まれたのデス。

 本来であれば反発しあって身体を食い破り、大爆発の末、周囲に大規模な霊障を及ぼすに留まったはずが、艦砲射撃に対して防衛本能が働き、奇跡的なタイミングで艦霊は一所に納まってしまったデス。

 いまや彼女はただ艦の霊を降ろした人形などではなく、その身に戦争そのものを宿してしまったようなものデシタ。七つの艦霊はところどころ交わりながら、混ざりながら、より戦争に適した能力を模索していマシタ。戦争が彼女に与えられ、彼女の知る唯一デシタから。

 攻撃される度にその攻撃を記憶し、再現し、その繰り返しの中で研鑽を続け、最適化を重ね、事実が判明した頃にはもはやこちらの射程圏外から感知して攻撃してくる始末デシタ。

 艦種が確定しているなら、弱点を突ける。しかし全ての艦種を内包する艦娘相手に、弱点などあるのでしょうカ? 監視のみで手を引かざるを得なくなった海軍はしかし、それでも諦めてはいなかったデス。

 そしていくつかの特徴を発見したのデス。一つ、武装のない民間船には興味を持たない。一つ、武装をせず、攻撃もしない艦娘にも攻撃は仕掛けない。そして重要な点として一つ。それは、初見の攻撃や挙動に対しては絶対に沈黙を守り、必ず受け止めてから反撃するということデス。

 これは彼女の、攻撃方法を観察して学び取ろうとする本能故、と考えられマシタ。これらのことから、海軍は目標を生け捕るための特別な艦隊を編成して送り込みマシタ。

 移動手段は攻撃されない民間船。艦隊メンバーには、今まで接触させなかった機械人部隊をセカンドプラン要因、つまりメインプラン失敗時に目標を制圧するための一撃必殺の矛として数名。

 そしてメインプラン、目標の生け捕りのために、武装せず、そして尚且つ十分な対抗手段を持つと判断された艦娘が選ばれマシタ。候補のうち、米国海軍所属の長門モデルは調整中で見送られ、アーセナル所属の天龍は接触の齎す影響がわからず保留。

 そして選ばれたのが、私デシタ。

 この私、物理保護特化型艦娘、金剛デス。

 

 金剛デース。どこまで話したデシタカ。そうそう。学習し成長する最終兵器吹雪の捕獲役として、この物理保護特化型艦娘、金剛が選ばれたというところまでデシタ。

 特化型艦娘は、ユーも知ってのコト。通常の艦娘が持ち得る能力以上の、極端に特化した能力を持つ艦娘。でもそれ以外はaverage以下のコトが多い。では物理保護特化型とは?

 そもそも物理保護とは何なのか。大抵の艦娘は無自覚に使ってるデスし、提督も単なるバリアとでも考えてるデース。それは端的な理解としては間違いないものデス。

 物理保護は艦霊の齎す重力操作技術、重力素子の作り出す斥力結界。世界を焼き尽くす科学の矛を誇っていた人類が、深海棲艦に手も足も出なかったその理由。あらゆる物理エネルギーを減衰させ、その身を守る不壊の盾。

 勿論、人類が当初、艦娘の登場までそれでもなんとかやってこれたように、完全に通じない訳ではないデス。まあ、それでもネームレスの駆逐艦一隻落とすのに、最低でもトマホークの直撃が必要。しかもあのちっぽけなターゲットに無誘導で。

 What? 機械人? アレは別ネ。そもそもが援護なしの単機で戦艦を駆逐するコトが目的の、ハラキリマゾが天元突破してシグルイかましたトンチキ兵器ネ。流行の異世界から来たチート兵器どもヨ、アレは。

 それで、物理保護特化型ネ。

そもそもの始まりは、英国海軍省の偉い人が、軍事費、特に艦娘関連の費用で突っつかれたコトが原因ネ。

 さすが七つの海をまたにかけたネクタイを締めた海賊ロイヤルネイビー、艦娘に変わっても海軍戦力の運用はピカイチ。でも、管理する『海域』が増えれば増えるほど、諸経費がアップアップでタイヘン。

 この国や、米国のように、民間鎮守府を増やすか、鎮守府の権限増やして管理任せちゃったほうがずっと楽デスけど、あくまでロイヤルネイビーは女王陛下のロイヤルネイビー。面子の上でもそれができなかったデス。

 あと、管轄外にしてうっかり吸血鬼でも紛れ込んだら国教会に怒られるデスカラ。

 で、とりあえず海軍省の偉い人、考えマシタ。そうするつもりはなくても、艦娘は消耗品扱いになってマス。轟沈まで行かなくても、修理費は結構かかるカラネ。そこで、極力壊さず沈めずの方針で行くように、と指示出しマシタ。

 その結果、さすが英国。ヴィッカースインダストリ、丸呑みしたのか曲解したのか、やらかしマシタ。そして誰も止めませんデシタ。さすがロイヤル。

 艦娘が壊れず、沈まなければ、修理費も建造費もかからず、燃料費と弾薬費だけで済む。これは正しい方針ネ。得られるもの以上にコストかかったら意味ないデスし、どこの鎮守府でも心がけてるコト。

 偉い人もあくまで、気をつけてネってコト。事故防止週間みたいなものネ。

 でもそんなの関係ねぇのがヴィッカースのマッドでナードでギークでフリークなトコロ。

 文字通り壊れず沈まない艦娘の開発をはじめやがったデス。

 そしてクレイジーに刃物。馬鹿に技術持たせるとろくでもないことになるのは万国共通、完成したのがこの私。物理保護特化型、すなわち絶対に壊れず沈まない艦娘、金剛なのデス。

 ヴィッカースの技術の粋を集めて作り上げた、世界にも数少ない特化型の一隻。実際、その能力たるや驚嘆の一言デース。

 トマホークミサイルの直撃、無傷。試製51cm連装砲、無傷。大口径対艦拳銃の接射、無傷。潜水艦53cm艦首魚雷(8門)、無傷。三式爆雷投射機、無傷。正規空母20隻による集中爆撃、無傷。大和型戦艦、長門型戦艦合わせて10隻に囲んで殴られても無傷。

 戦術核の直撃、無傷。非公式記録ながら、機械人『人間飛翔体』をもってして、「堅い。これは堅いわー」と言わしめる。更に機械人最大の火力を保有する『人間火球』と48時間に渡って耐久デスマッチ繰り広げ、観測機器が先にダウン。

 まあ、詳しくはTop Gearの艦娘特集シリーズにまとめられてるデスから、レンタルビデオ屋にでも行くネ。ユーの前任者来るまで実際無敵デシタカラ。

 この無敵の盾を持ってヴィッカースはその技術と、その英国面を証明してしまったネ。大統領がうっかり肘でスイッチを押して、天から降り注ぐものが世界を滅ぼしても、日差しの強い夏の午後を楽しむように、のんびりと散歩できる無敵の艦娘。

 その代わりに、私は一番弱い砲の一つも装備できないデス。高速戦艦なんてのは名ばかりで、航行速度はドンガメ。攻撃も出来ず輸送艦にも追いつけない。ソレが一体なんの役に立つというデスか?

 英国で最も金と技術をかけた産業廃棄物。それが、あの日まで私に冠せられた称号デシタ………。

 

 金剛デス。英国史上最大の産業廃棄物が、初めて、そして最後の晴れ舞台を得られたのが、最終兵器吹雪の捕獲作戦デシタ。

 高感度電探感知限界ぎりぎりで、私はセカンダリの機械人たちとわかれ、ただ一人目標へと進んでいきマシタ。海はどこまでも静かで、どこかでウミネコの鳴く声が、聞こえたような気がシマシタ。

 焦れるほどにゆっくりとしか進めない道中、私はこれから出会う兵器について考えていたように思いマス。恐怖はありませんデシタ。生まれた時から無敵の物理保護に守られ、私は恐怖と言うものを知らなかったのデスカラ、当然といえば当然デスケド。

 ぼんやりと思っていたのは、ほんの少しの希望と、絶望と呼ぶに相応しい諦めだけデシタ。もうとっくに先の見えたドラマを、ドーナツ片手に眺めながら、その結末が、もしかしたら思いも寄らない素敵なものになるかもしれないなんて、その程度の、ちっぽけな期待。

 もしかしたら、今度こそ私を殺してくれるのではないかという、そんなささやかな希望デシタ。

 勿論、ソレが有り得ないということは、身にしみてわかっていマシタ。試しうるどんな破壊でさえ、このか細い髪の一房を、その先すらも、焦がすことさえ適わなかったのですから。

 相手がどんな化け物でも、そよ風程度にも感じることなんてない。死にたくなるほどの絶望。けれど死ぬことの出来ない体。世界から自分ひとりだけが切り離されてしまったような、途方もない退屈。

 自分が関わらない劇を、舞台上ですることもなしにぼんやりと眺めさせられているような、そんな苦痛デシタ。共感できない恋を、親近感の沸かない連中が、相容れない価値観でわめいているような、そんな退屈デシタ。

 いつもと変わらない心地で任務に就いた私に、ドクターは、いつものように何か忠言めいたことを言っていたような気がシマス。呆れるほどに演技たっぷりに、大仰な身振りで何事か。ホレイショー、と呼ばれたような気がシマス。

 そしてそんな退屈を切り裂いたのが、その鉄屑デシタ。

 そう、ソレは鉄屑としか呼べない有様でした。

 波間にかろうじて漂う、いびつにねじくれて、あちこちに砲とも手ともつかないものを伸ばした、鉄と肉の混ざり合ったオブジェ。爆弾の熱で溶けた、公園の銅像のようデシタ。

 ウミネコが、その鉄片の端で、潮風に目を細めているのが見えマシタ。

 力尽き、座礁し、錆び付きながら、それでも沈みきらない、ソレは無残な鉄屑デシタ。

 その鉄屑の真ん中で、標的はぼんやりとこちらを眺めていマシタ。

 すっかりぼろぼろで、髪もばらけて、潮と煤で汚れた中、ビードロ球みたいにつやつやした目だけが、いやに光って見えマシタ。

 がちゃりがちゃりと音を立てて、幾つもの砲がこちらに向けられマシタ。ウミネコが慌てて飛び立っていく中、ああ、きっとこのまま撃たれるのだろうなと、何故だか暢気に考えていた気がシマス。

 会釈するよりも軽々しく、この砲が火を吹くだろうと、そう思っていると、不意に、標的は片手を持ち上げマシタ。

 潮騒の中、ひび割れた声が、聞こえマシタ。

「は、じめ、まして。フぶき、でス。よろ、し、く、おねが、い、ぃたしま、す」

 ぎしぎしと手が敬礼の形に作られ、かろうじて笑顔といえるくらいに、ぎこちなく唇が持ち上がりマシタ。

 ぞわり、と全身の毛が逆立つような思いデシタ。うなじの辺りから発したピリピリが、指先まで広がっていきマシタ。思わず知らず足はよろめくように一歩後ずさり、震える指先を守るように、両手を胸元に引き寄せて、怯える子供のように縮こまってしまいマシタ。

 そう、そのときの私はまるで怯える子供デシタ。ソレまで私は、ただの一度も恐怖など覚えた事はありませんデシタ。誰も、何も、どんな恐ろしい破壊でさえも、この身を傷付けるどころか、触れることさえ出来ない、そんな生涯。

 恐怖だけではアリマセン。喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも、私はどんな感情にも心動かされたことがありませんデシタ。何者からも隔絶された無敵の結界の内側で、ただ一人無為に時間を過ごしてきたのデス。

 しかし、不恰好で、不器用で、みっともないその笑顔に、不壊の盾は意味を成しませんデシタ。

 正体不明の未知の攻撃が、私の基幹部を直撃してイマシタ。

 ドクターの癇に障る声が思い出されマス。

 ホレイショー、天と地の狭間には、君の哲学では思いも寄らない出来事がまだまだあるぞ、と。

 どっどっどっ、どっどっどっ。ソレは初めての異音デシタ。自分の内側から、こんなにも大きな音が響いてくるとは思いも寄らないことデシタ。生まれたばかりの雛鳥が、はじめてみたものを親鳥と思い込むような、そんな直向な視線が、私を不調に導いていマシタ。

 私は―――私は、その時確かに恋に落ちたのでした。

 私たちは、いえ、私は、随分色々と話したように思いマス。天気のコト、好きな食べ物のコト、研究所での退屈な生活のコト、実生活の経験が全然なく、話題は途切れがちデシタが、彼女がそのいちいちに返してくる反応が、その全てに彩りを与えてくれマシタ。

 私の拙いお喋りに、彼女はとても興味深そうに聞き入ってくれマシタ。乾いた砂が水を吸うように、彼女は私の教える色々なことをすぐに覚えていき、私の乏しい話題にもとてもよく食いついてくれマシタ。

 それまで誰と話すにも最低限のことばかり、心を通わすことなんて夢見たこともなかったこの私が、どうしたら楽しんでくれるだろう、どうやったら興味を持ってもらえるのだろうと必死になってお喋りに興じる姿は、滑稽そのものだったデショウ。

 それでも私には、ロンドンの空のように灰色に思えていた日々が、とたんに色づいたようにさえ思えマシタ。

 ええ、ええ。話していくうちに、彼女が、どんな人となりなのかは、よくわかっていきマシタ。よくよく、わかっていきマシタヨ。

 彼女はとても純粋でした。あどけない子供のように無垢で、人間社会の穢れなんて何一つ知らず、世界に悲しいことや苦しいこと、酷いことなんて何一つナイのだと信じる乙女のようで、混じりけのない純水の様に清らかで、どこまでもどこまでも綺麗な、戦闘兵器デシタ。

 彼女の機械知性はこの世のどんな知性よりも純粋な戦闘兵器デシタ。彼女のビードロのように澄んだ美しい瞳が、瞬きすることもせずこちらを観察し、記録し、評価し続けるカメラ・アイに過ぎないと気づいたときの私の受けた衝撃といったら!

 彼女が攻撃しなかったのは、単に私の物理保護性能が観察に値すると評価したカラ。私のお喋りに付き合ったのは、ソレを新しい形の戦争(コミュニケーション)の一形態だと認識しただけのコト。

 彼女にとって私とのお喋りは、戦術システムをアップデートさせるための情報収集に過ぎず、その微笑みも、如才ない相槌も全ては、会話という新しい交戦規定に基づいた戦術スキームに従ったパターン反応に過ぎなかったのデシタ。

 私が生まれて始めて恋をした相手は、世界に取り残されたと絶望していた小娘がただ一人恋焦がれた相手は、私を戦術的目標の一つとしか認識しない戦闘兵器なのデシタ。

 私はその後、彼女にいくつかの『交戦規定』を言い含めて連れ帰り、手に負えないと判断した海軍はお目付け役として私とひとまとめにして、このアーセナル鎮守府に閉じ込めたのデシタ。

 それから私は、自分の能力を彼女にほんの少しずつ公開し、全貌を明らかにしないことで、彼女が観察行動を中止しないように気をつけ、アーセナルにとどめ続けマシタ。彼女がこれ以上進化しないよう、また彼女がこれ以上観察の価値がないと断じない様に、慎重に。

 辛い? 苦しい? Why? ドーシテ?

 私、とてもシアワセ、デスヨ?

 私がひきつけている限り、吹雪はずっと私のコト見てくれマス。私のコトだけを、ずっとずっと見てくれる。そしていつか、私があげられるものがなくなった時、きっと吹雪は私の物理保護を軽々と貫いて、私を殺してくれます。

 ネ? 私、とてもハッピーハッピーネ!

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

Tips.

 

>小ネタ

 

・まず、そういうものを腹に入れる。そしてしかる後、お勧めだろう紅茶を頂く

「孤独のグルメ」(久住昌之)の主人公井之頭五郎の独白「甘味処ならお雑煮とか煮込みうどんとかあるいは釜飯のようなものがあるだろう。まず、そういうものを腹に入れる。そしてしかる後、おススメとやらの「豆かん」なるものをデザートに所望するとしよう」から。

 

・がっこうぐらし!第一話のショック

当時丁度「がっこうぐらし!」(原作:海法紀光、作画:千葉サドル)がアニメ化されていた。

内容についてはネタバレを含むので控えるが、「萌えを活用した叙述トリック」との表現がある。

 

・ごちうさ難民

日常系アニメではアニメ終了と共に難民が多発するが、彼ら流浪の民は「がっこうぐらし!」をその明るい雰囲気から次の日常系と誤解して殺到し、結果として「がっこうがえり!」連中がごちうさ第一羽を難民キャンプとして心をいやす事態に陥った。

 

・東京喰種

「ウサギ」が登場して喫茶店が舞台の一部であるアニメとして放映された。嘘は言っていない。

 

・艦娘落語

落語好きのあきつ丸 (@RAKU_AKITSU) さんから。

 

・阿片とか

阿片戦争の事。清とイギリスが阿片の密輸で揉めたことが発端。

 

・大英帝国らしい素敵な笑顔

「HELLSING」(平野耕太)に頻出する大英帝国の皆さんの笑顔。他の勢力の皆さんもよく笑顔を披露してくれる。全く笑顔の絶えない職場である。

 

・「Hey, bitch, fuck'n amphibian.~white face, huh?」

「おい雌豚、クソッタレの両生類。~この道化野郎、えぇ?」

といったところか。White faceはクラウンの一種。おどけ役の役者。あきつ丸の白塗りにかけている。

 

・塵は塵に、灰は灰に、信用ならない薄汚ェ陸軍のfuck'n amphibianは解体処理するベキ

葬儀の際に唱えられる「土は土に、灰は灰に、塵は塵に」は祈祷書(The Book of Common Prayer)の「埋葬の儀式」の一節。

「HELLSING」(平野耕太)でも吸血鬼を前にこの文句をのたまうシーンがある。

でも実は「からくりサーカス」(藤田和日郎)におけるセリフ「魂無き玩具どもめら、僕はおまえらを憎む。土は土に、灰は灰に……忌まわしき人形は――歯車に」が元。

 

・目視できるレベルで物理保護

視覚的には「新世紀エヴァンゲリオン」のATフィールドを想像するとわかりやすいかもしれない。

 

・spaghetti western

日本で言うマカロニ・ウエスタンの事。西部劇。

 

・behaviour

できるだけ英国綴りにしようと頑張ってはいた。

 

・Nah mean?

you know what I mean?

つまり、「言ってる意味わかるでしょ?」といったところ。

なんでもなーみん。

 

・ネクタイを締めた海賊

「ネクタイを締めた海賊たち」(浜 矩子)より。

なお読んだことはない。

 

・Vickers Industries

英国に存在した重工業ヴィッカースから。

戦艦金剛はこの会社に発注された。

 

・ならそのエネルギーを身体の強化に充てればいい

自爆必須のエネルギーそのもので暴走を強引に安定させるというこの流れは、「幼女戦記」(カルロ・ゼン)のエレニウム95式から着想を得た。神は偉大なり。

 

・その身に戦争そのものを宿してしまった

「最終兵器彼女」(高橋しん)から着想を得た。

 

・初見の攻撃や挙動に対しては絶対に沈黙を守り、必ず受け止めてから反撃する

「からくりサーカス」(藤田和日郎)に登場する自動人形(オートマータ)が、見た事の無い芸を見た場合、学習して取り入れるために攻撃せず観察してしまう本能から。

 

・ハラキリマゾ

「戯言シリーズ」(西尾維新)の狂言回し「いーちゃん」の綽名の一つ。

 

・天元突破

グレンラガン。

 

・シグルイ

「シグルイ」(原作:南條範夫・作画山口貴由)。

 

・流行の異世界から来たチート兵器ども

なろうにおける異世界転生系小説が大いに盛り上がっていた。

 

・管轄外にしてうっかり吸血鬼でも紛れ込んだら

「HELLSING」(平野耕太)にて、割とちょくちょく吸血鬼が出てきたがやはり責任者はハラキリだったのだろうか。

 

・『人間火球』

こめつぶ氏がPixivで公開しているコミックより名を頂いた。

 

・Top Gear

イギリスBBCで放送されている自動車番組。

 

・天から降り注ぐものが世界を滅ぼしても

RPG「クロノトリガー」において、ラストボスである「ラヴォス」の攻撃に「天から降りそそぐものが世界を滅ぼす」というものがある。

 

・ホレイショー、天と地の狭間には、君の哲学では思いも寄らない出来事がまだまだあるぞ

「ハムレット」(シェイクスピア)より。

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