あきつ丸レポート   作:長串望

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あきつ丸VS『アイズ』の段

※今回かなり長いので(6万文字)お時間にお気を付けください。



あきつ丸レポートまとめ16

警告:乙種機密指定

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 本文は皇国陸軍秘匿第██工廠被験体「███████」よりサルベージされた文字媒体情報群を再構築した文章です。

 本文は皇国陸軍秘匿第████号指令による乙種機密案件第█████号、計画名「Phantom Pain」に関連する参考資料に分類され、乙種保安権限保有者又は一時付託者以外の閲覧を固く禁止されています。

 

 

 

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 あきつ丸であります。攻撃的請求もとい高額請求を見舞われたところ、『ちょっとしたアルバイト』を紹介され、身の危険をビンビンに感じながらもお勤めを果たすしかないあきつ丸であります。勘弁してほしいであります。

 さて、本日のご依頼は、アーセナル鎮守府居住区で働いていた艦娘からの連絡が途絶えているので、確認に行ってほしいというものでありました。ちょっとした安否の確認でありますな、普通の鎮守府であれば。

 ところがどっこいここはアーセナル鎮守府。普通の鎮守府なら民間の企業が入り、民間人が暮らしている居住区でありますが、機密事項の塊である連合海軍運営本部直轄の機密研究施設でもあるアーセナル鎮守府には民間人は立ち入り厳禁。

 よって、労働その他に携わる居住区住人は、みんな揃って死刑囚・超長期懲役囚で構成されたD級職員なのであります。牢獄の中ならば保障された人権も、闇のベールで覆われた治外法権鎮守府内では紙屑同然。ただでさえ一束幾らの人命がここでは尻を拭く紙にもならんのであります。

 そんな扱いを受けるD級職員でありますから、当然の如く鎮守府にも鎮守府所属の艦娘に対しても良い感情を持っておりません。むしろ悪意と敵意と殺意のサラダボウル。看守と囚人の関係でありますからなあ。ある程度交流はあるみたいでありますが、友好的とまでは。

 当然、そんな居住区で働いていたということは、鎮守府の艦娘であることを隠していたか、あるいは報酬や減刑目当てで協力していた囚艦娘のどちらか。どちらにしろ、連絡が途絶えたということは、鎮守府との繋がりがばれてリンチか解体でもされている可能性が高いであります。

 安否確認っていうかもう、死体持って来いよと言われてる感じでありますなあ。

 生きてても死んでても面倒くさそうでありますし、適当に腕の一本でも持ち帰ってお茶を濁したいでありますけど……案内役という名目で監視も付くみたいでありますし、やだやだ……。

 

 あきつ丸であります。負債返済のため、やってきましたアーセナル鎮守府居住区へ繋がるゲートに到着であります。相変わらず暇そうにテレビを見ている警備の駆逐艦に、今回のアルバイト用に発行してもらった通行証を提示し、居住区へ。相変わらずゆるいチェック。

 ゲートを抜ければ、阿吽像よろしくゲートの左右に仁王立ちした重武装型の扶桑型姉妹。通行証の有無に関わりなく、並の戦艦程度ならネギトロに変えてしまえる連装機関砲がこちらをロック!

 通過後速やかに閉じた扉には「関係者以外の立ち入りを禁じます」という丁寧な明朝体。最底辺のクズでも理解できるよう威圧的な筆文字で「コロス」のルビ。そして全身の皮膚を丁寧かつ綺麗に破れなく引きはがされ、裏返しに被された上で逆さづりにされた推定艦娘(活)。

 リピート再生される「これは夢」「早ぅ目ぇ覚めて」。扉の上部には勿論ロダンの考える男。「無思慮は罪」がテーマの、どの鎮守府でも公開処刑や拷問時に掲げられる典型的マスコットであります。

 うーん相変わらずの厳重な警備であります。さーて、監視役殿とはここで待ち合わせになってるでありますけど……。

「お、時間ぴったりやなー。あきつ丸はんでっしゃろか?」

 朗らかな笑みで声をかけてきたのは、陽炎型駆逐艦三番艦黒潮モデルでありました。

 

 あきつ丸であります。自分を迎えてくれたのは、お目付け役として寄越された黒潮殿でありました。

「嫌やわぁ、お目付け役やなんて。案・内・役の黒潮でっせ!」

 ずびっと手を差し出してくる黒潮殿。

 うーん、ダウナー系が多いこの鎮守府では珍しいアッパー系。

 まあ比叡殿みたいに有り余るパゥワはなさそうでありますから、いいでありますけど。

 しかし、黒潮殿ね。黒潮殿……。フムン。

 陽炎型のモデルは、駆逐艦らしい元気さとあどけなさと同時に、仕事人としての気質を持つものが多いのが特徴であります。

 大抵は自動車を始めとした乗り物の操作に長け、者によってはヘリコプターや重機、またマッスルトレーサーやその発展形となるACの操縦が可能なほどの騎乗スキルを有し、銃器やナイフの扱いといった基本的な戦闘技術だけでなく、曲絃糸といった曲芸じみたスキル持ちもいるとか。

 その小器用さからも、場合によっては艤装をつけない方が強いと言われるほど対人性能が高い個体が多く、劇毒の血液を持つ特殊な素体シリーズの存在も陽炎型特有であります。

 レギュレーションのきっちりとした演習だとそこそこでありますが、バーリトゥードでは戦艦や空母と言った相手にも平然とジャイアントキリングかましてくることがあるので、油断できないモデルであります。

 しかも一番怖いところは、そういった特殊な性能はあくまで知識と手先の技術であり、駆逐艦特有の互換性の高さや武装の幅広さを犠牲にしていないというところであります。

「えーっと?」

 などと、差し出された手を放置して考察してたら、流石に戸惑う黒潮殿。

 いやいや失敬。人に利き腕を預ける習慣がないもので。

「ゴルゴみたいやなー。スパイさんや思たら、ヒットマン?」

 まあ仕事柄ってのは確かでありますけど。あとスパイじゃないので、と一応恒例のやり取りも。

 ちなみに黒潮殿、パンツスタイルにTシャツ、ジャケットと動きやすそうなラフな格好であります。あんまり艦娘っぽい恰好をしていると目をつけられやすいので、一般的な服装を取るのが居住区での安全な過ごし方その一であります。

 もちろん自分も、今回は事前に変装用の服を用意してきたであります。人探しということでいろいろ歩き回ることを考えて、動きやすそうな服装を何種類かコーディネートしてきたのでありますよ。

 同行の黒潮殿に合わせて、デニムのパンツにジャケット、靴はまあスニーカーでいいでありますかねえ。キャップをかぶって、さあ、これで並んでもそんなに違和感がないはずであります。前回と同じ要領で着替え、ロッカーに着替えを押し込み、さあ、お仕事お仕事、であります。

 

 あきつ丸であります。黒潮殿に連れられて、三次元的に入り組んだ居住区を進んでいくであります。昨日摩耶殿と来た商店街でありますな。店先に吊るされた小さな旗には、掌に目の意匠。ここらを取り仕切っているアイズとかいう派閥の旗印でありましたかな。

「せや。よーご存じでんな」

 摩耶殿に教えて頂いたであります。確か穏健派なのだとか?

「んー、まあ、穏健派は穏健派、なんやろか」

 何やら含んだ物言いでありますなあ。

「んーとな、まずざっくりと居住区の派閥を教えとくな?」

 商店を冷やかしながら、黒潮殿による解説コーナーの始まりであります。

 黒潮殿は慣れた足取りで模型店に入ると、展示されているアーセナル鎮守府の模型の前に立ったであります。空母であれば甲板にあたる部分に、街並みもよく再現されているであります。機密はどうした。

「まず覚えておいて欲しいんは、この居住区にはいま、六つの大きな派閥があるんや。あきつ丸はんも知ってるアイズの他に、イクサス、平賀ビルヂング・サービス、キャピック工業組合、イル・ポスティーノ、シャアルゥジァ探偵社。探偵社とポスティーノはちょっち特殊やけど」

「まずはここら辺……ゲート付近の商業地区やね。ここら辺が全部アイズの縄張り。アイズは商業全般を仕切っとって、物の流通もアイズの管轄。せやから影響力はかなりのもんや。ま、絶対ではないから、広く浅くってところやけど。

 イクサスは漁業と港湾労働者の組合やな。『海域』内だけとはいえ、唯一公的に鎮守府外に出られる連中や。海洋資源の採取も連中の管轄やな。なんや連中宗教かぶれみたいでな、ちょーっち怪しいんよなあ。旗印は魚のマーク。魚市場と隣接した港湾施設が住処や。

 平賀は建設と管理維持がお仕事やな。ちゅうてん、計画性あらへんから、あっちゃこちゃ適当に増築しくさって、こないアホみたいな街になっとるけど。今は端の開発地区で好き勝手やっとるな。今はあんま依頼もないけ、技術屋仕事しとるみたい。一応社章は丸に平の一文字。

 キャピックはここ、工場地帯を牛耳っとる連中やな。D級職員は大抵工場・港湾・商店で働いとるけど、工場勤務は技術者やと給料も良くて、インテリが集まっとる。階級意識も強いけどな。そんなんやさかい、平賀のこと一方的に嫌うてる。組合章は縞模様の歯車。

 探偵社は、まあ探偵言うてもピンカートンみたいな探偵でな。もとは中華系の、幇とかいうたか、あれの流れでな。いまやいろいろ混ざっては抜けて、血ではなく流血でつながる傭兵集団や。拠点は不明やけど、不定期に活動しとる。旗印は丸に斜線。

 イル・ポスティーノは元はシカゴからの囚人たちが始めた互助組織や。陽気な連中で、郵便と銀行業をやっとる。本局は商業地区やけど、あちこち支局があるんや。完全中立を貫いて、与しもしなけりゃ敵しもせぇへん。白地に赤の丸に一引きがマークやな。

 ちゅう感じやな。早足に説明したけどわかった?」

 成程。

 凄くよくわかったであります。

 まあ大体の所は大まかに、漠然と。

「わかってへんやんけー!?」

 いや、よくわかったでありますよ、ほら、あの………鎮守府のディティールとか、凄い良く出来てるなぁ、って。

「そもそも聞いてへん!?」

 俯瞰で見ると、あ、こういう構造なんだなあ、って感心するというか。

「感心するとこそこやないねん! うちの話やっちゅうねん!」

 まあ確かに模型に夢中でちょっと聞いてなかったかもしれないでありますけど、大体はまあ、ざっくりと分かったような気がしないでもないであります。

「どこら辺が!?」

 大体、そう、居住区には商業・工業・港湾の大きな縄張りをもつ三つの派閥と、特殊な業務に携わる三つの勢力、合わせて六つの大派閥があって、縄張り持ちの三派閥は仲が悪いってことくらいでありますかね。

「よくおわかりやんけ!」

 いやぁ、関西系はノリがいいでありますな。

 

 あきつ丸であります。

 黒潮殿を程々におちょくった所で、真面目にお話を聞くであります。

「まったく………続けんで」

 黒潮殿は模型店を後にすると、商店街を進みながら説明を続けたであります。

「言った通り、商業地区のアイズ、港湾地区のイクサス、工業地区のキャピック工業組合は最大派閥で、お互いに仲が良うない。

 キャピックはインテリどもの選民主義で、D級職員はみんなキャピックの下につくべきやとおもっとる。

 イクサスは宗教狂いでな。キャピック程高圧的やないけど、イカレ具合はどっこいやな。人は信仰の下救われるべきとかなんとか宣教して回ってな。ただ、もとは複数の宗教の信者の互助組織で、信仰の違いで揉めることもあってな。今の主流は文月教や。

 アイズは、言うたらキャピックとイクサス、どっちからもあぶれたような連中でなあ。技術がない、肌に合わない、そんな連中や。数はあるから声もでかい、そんで大派閥や言うてるけど、意見もまとまらんし、しょっちゅうちょっかい出されてなあ。

 どうもそのちょっかいが激しい時期でなあ。全面抗争いう程やないけど、あっちゃこっちゃで下っ端同士が揉めよってな。そんな最中や、アイズから鎮守府への定期連絡が途絶えたんは。

 イクサスもキャピックも、トップは一応鎮守府の指揮下にある。でも商業地区はそのトップがおらんでなあ。せやからアイズゆう、まとめ役を設置したんや。大衆には自然発生したように見せかけて、鎮守府の方で長老格と交渉してな。トップがおらなんだら、ただでさえまとまりのない商業地区はイクサスとキャピックにばらされてまう。ちゅうわけで、はよう見つけなあかんねや。商業地区のボス、アイズを」

 

 あきつ丸であります。

絶えず二つの派閥から圧力を加えられている商業地区。そこのボスであるアイズは、鎮守府によって設置されたまとめ役でありました。

「アイズは、もともと囚人ならぬ囚艦娘として送られてきた問題児や。せやけどそいつがおらんと商業地区はたちゆかん。ままならん話やな」

 フムン。鎮守府側から送られてきた艦娘ではないのでありますな。

「まあ、居住区いうても死刑囚や超長期懲役囚の巣窟や。現地徴用の方が安く上がるし、替えも用意しやすい。イクサスもキャピックも、何度か頭は変わっとるしな。その中でアイズはただ一人、今まで一度も脱落しとらん」

「まあ、危険を承知で頭に据えたんや。そんぐらいはしてくれんとな」

 この街で生まれた世代も多いとはいえ、もとは殺人を始めとした凶悪犯罪者の街でありますからなあ、アイズ殿もある程度危険を覚悟して、

「ちゃうねん」

 は?

「危険なのは、アイズの方や。未曾有の連続猟奇殺人・殺艦娘事件をたった一隻で成し遂げた、前代未聞のシリアルキラー。通称鎮守府殺しや」

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

「シリアルキラーって、連続殺人犯という意味だったのですね。てっきり、毎朝食べるシリアルの事だと思っていました。朝飯前とは言わずとも、日々の糧程度には当然のように、人を殺すのだと」

 逮捕された後、テレビでシリアルキラーと報道された艦娘が獄中で零した言葉だとされているであります。

 鎮守府殺し。それは世間に公表された、民間人・艦娘合わせて死者数十名という数字ですら海軍の隠蔽工作の結果である、一隻の艦娘の引き起こした殺人・殺艦娘事件としては空前にして絶後の大事件でありました。

 事件収束後の調査によれば、最初の殺人が起こってから、犯人である艦娘が拘束されるまでの期間はおよそ2年とすこし。犠牲者は居住区在住の民間人112名。鎮守府所属の職員111名。鎮守府所属の艦娘112隻。提督1名。鎮圧時に返り討ちにあった艦娘5隻。述べ341名。

 毎週土曜日に二名と一隻。比較対象のために三種類のサンプルを用意した、とのちに犯人は供述したとか。この習慣は、連続殺人事件が鎮守府内で公的に認知され、捜査が開始されて以降も続いており、同鎮守府では土曜の夜は狂気の沙汰デーナイトフィーバーと恐れられたとか。

 鎮守府戦力である艦娘は逐次補充はされていたようでありますが、事件前から所属していた112種112隻が殺害された時点で、この土曜日の習慣は終了し、自主投降。対応を誤った五隻を沈め、それが最後の事件でありました。

 そして自主投降した理由というのがまた酷いもので、「新しいサンプルが入らないので」とのたまったそうであります。その後、提督を失い、主力陣は壊滅、居住区からも下船届が相次ぎ、鎮守府は一時閉鎖処分にまで陥ったとか。

 犯人の恐ろしいところは、平然と毎週殺人を行っていたことでも、その犠牲者の数でもなく、その殺害の手口。犠牲者はもれなく丁寧に解体され、部位ごとに几帳面にラベル付けされて保存されていたとか。

 そしてその殺害から解体に至るまで、砲でも刃物でもなく、すべて素手によって行われていたのだというでありますから、全く恐るべき話であります。おかげで最初うちの教官殿こと『人間工具』の仕業かと疑われて大変だったでありますよ……。

 わざわざあんな用もない鎮守府に出向いて、狂気の沙汰デーナイトフィーバーを必死こいて隠れ潜んでまで教官殿の代わりに弁明するの大変だったんでありますから……。幸い、怪我もなく鎮守府を出れたでありますけど。

「へえ、やったらあきつ丸はん、アイズと遭うたん?」

 遭ったら絶対酷いことになってたであります。だから遭わないように、必死で逃げまわったであります。

「まあ賢明な話やな。とはいえ、そんなおっかない奴でも、頼らざるを得ないっちゅうのが現実でな。うちも連絡役としてアイズとは顔合わせなあかんけど、ほんっとイカレとるからな、あれは」

 大変でありますなあ、黒潮殿は。

 ところで、アイズを探すにあたって、何か心当たりは?

「うーん、多分、今もめとるキャピックとの縄張り調整に出た筈やから、工業地区との境におる、とは思うんやけど」

 調整?

「せや。縄張りの引き直し言うか、向こうさんの先遣と交渉言うか……はっきり言えば見せしめに何ぼか解して、脅しかけとる、っちゅうことやね」

 どうしてこう、この鎮守府には平和的な交渉ができる奴がいないんでありますかねえ………。

 え? 自分でありますか? ははは、こいつめ。

 

 あきつ丸であります。

どうやら、普段であれば縄張りの『調整』という名目で、他派閥の下っ端を解体して回っているはずというアイズ。白ウサギを追うどころか死体を追って見つけろと。

「探偵社の連中は動いとらん。敵に回すには危険すぎるし、味方に回すにも悍ましい連中やさかい、そうそう依頼なんぞはせん筈や。ただキャピックは最近、機動兵器の開発もしたらしいし、油断はでけへん」

 フムン。まあ、そういった事情はよくよく理解したでありますが………それでなんで自分、魚屋で七輪借りて秋刀魚なんて焼いてるんでありますかね。

「そらあんさん、何をするにもまずは腹ごしらえや。腹が減っては戦ができんからな。あきつ丸はんがえらい食道楽やっちゅうのは、聞いてますさかいに」

 はあ、それはまた。自分一応晩飯済ませた後なんでありますけどなあ。キムチだけでありますけど。

「なら止めます?」

 いや、食べるでありますけど。そりゃあ、まあ、焼いちまったからには食べるでありますけど。別に食べないなんて一言も言ってないでありますし。しかしまたなんで秋刀魚。

「なんやいま、秋刀魚がえらい大漁みたいで、アホ程とれて値崩れしよるさかいに、イクサスが布教がてらばらまいとりましてなあ。秋刀魚と宗教新聞セットで配りよるんですわ。これもサンマ・オーヴァーロードのお導きやな」

 抹香臭いだけでなく生臭いとは。

「ついでにマッチもつけてくれはるから、みんな喜んで受け取ってな、大盛況やでぇ、文月新聞にぽいぽい新聞」

 それは焚き付けというのでは………そう言えばこの七輪も焚き付けに新聞紙使ってたでありますな。もしかしてあれか。

「せやで。余っとるから焼けるまで読む?」

 受け取った文月新聞とやらをがさがさ開いてみる。一面では居住区の文月モデルの動静。また教徒の施設利用方法への苦言や、不況の中頑張る信者への激励など。連載物のコラムもあるみたいであります。

 他の面も流し読みしてみると、宗教系の新聞にありがちな脱退者や除名者、政党への批判などは思いのほか少なく、画一的なまでに全ての記事に散りばめられた「世に文月のあらん事を」の一文を除けば穏やかで平和的な新聞であります。

 講読者からの投書コーナーや連載小説などはなかなか興味深く、特に今連載しているらしい「文月のいない鎮守府で文月を見出した俺」とかいうラノベ臭いタイトルの小説はなかなか読ませるであります。

 主人公は提督業を営む青年で、文月教の熱心な信者ながらも運悪く鎮守府には文月が訪れず、毎日不運を嘆いていたが、ふとしたことから日常の端々に文月のカケラを見出すようになる。青年はそうした小さなカケラから文月を思い浮かべることでささやかな満足を得ていた。

 やがて青年はあらゆるものに文月のカケラが存在することに気づき、文月のいない鎮守府においてさえも自分が常に文月に支えられ、守られていることを確信し、思わぬ場所から見つかる縮れ毛からさえ文月を幻視し勃起することなどもはや朝飯前であった。

 そしてついには矮小な己自身の中にさえ文月の息吹が生きていることを悟り、呼吸同然に始終勃起し続け下着の前の部分だけが擦り切れるようになってから一週間が経とうとしていたという前回のあらすじを読み終えた時点でもうお腹いっぱいの濃い内容であります。

 信者の中でもかなりの問題作であるらしく、読者からの感想コーナーでも賛否両論。主人公の下劣な性欲と、森羅万象に文月を見出す確信という強い信仰、この相反する様に見える二つが、しかし実際には表裏一体の二面であり、それが混然となって読者に問いかけてるとかなんとか。

 最大の論点は主人公が仰角を最大にしながらも砲撃に至らないのは、それこそが彼の真摯な信仰の形だからであるとか、いやいや法悦に至る大悟に至っていないからであるとか、最終回までため込むスタイルだとか、もうほんと頭おかしいんじゃないでありますかねこいつら。

 もちろん、他の面ではきちんと一般的な記事も出ているでありますし、普通の広告も出ているでありますし、多分多くの文月教信者は極々普通の感性の持ち主なのでありましょうが。

 胃もたれしそうな小説を読み終え、無造作に七輪の火にくべ、秋刀魚の脂の爆ぜる音と香りを楽しむのでありました。

 

 あきつ丸であります。

 秋刀魚苦いかしょっぱいか。新鮮な秋刀魚のワタはほろ苦くなかなか乙なものであります。

 ところでこの言葉ははもとは秋刀魚苦いか塩辛いかからきているのをご存知でしょうか。

 さらに言えばそれはもともと秋刀魚苦いか辛いかであり、より正確には秋刀魚苦しいか辛いかであったそうであります。古代の日本では朝廷に逆らった者は生きたまま炙られ、腹を裂かれてはらわたを取り出され、無理矢理に喰わせてそれを嗤う処刑法があったそうであります。

 焼かれて腹を裂かれて、己の一物も二物も隠したはらわたを食わされ、苦しいか、辛いか、と詰られる様は見せしめとして民衆に公開されており、それがやがて七輪であぶられる秋刀魚に似ているということで、秋刀魚、苦しいか、辛いかと掛け声になったそうであります。

 そうして時代が移るとそのような残虐な処刑法も姿を消し、ただただ民衆の中で秋刀魚を焼く際の掛け声として残り、最終的には秋刀魚のワタのほろ苦さと醤油の辛さから、秋刀魚苦いかしょっぱいかと移り変わって行ったという、まあお察しの通り嘘でありますけど。

「あきつ丸はん、全然調子変えんで冗談いうからわっかりづらいわー」

 いやぁ、教養というか、一般常識があればこのくらい嘘っていうのはすぐわかるかなあ、と。

「そらそーかもしれへんけど、駆逐艦でもちみっこいのは信じるかもしれへんで?」

 まさかあ。いくらなんでもこんな民明書房みたいなの信じるわけないでありますよ。黒潮殿だってすぐ嘘だってわかったじゃないでありますか。

「まあ、そら、」

 この処刑法古代じゃなくて近代のだって。

「え」

 処刑法というか拷問法というか、もとは中国は殷の火鍋と俗称される拷問の簡易版みたいなやつでありまして。火鍋は腹を開いて、まだつながったままの内臓に唐辛子や麻薬といった香辛料をたっぷりと擦り込み、鍋で焼いて食わせるというもので、紂王の考案だとか。

 この話が日本に伝わったのは江戸の頃で、人形浄瑠璃『玉藻前曦袂』にも、現行では公演されていない『御喰破』にて炮烙とともに言及されていて、浮世絵などにも残されているでありますな。

 これをもとに特高が尋問法として簡略化したのが先の刑であり、彼らの凶悪な尋問を恐れた無政府主義者や社会主義者たちが隠語として秋刀魚に例えて語ったのが巷説に広まり、現代の秋刀魚苦いかしょっぱいかという形に移り変わって行ったのは皆さんもご存じの嘘であります。

「やっぱり嘘なんかい!」

 まあまあ、それよりも秋刀魚もいい感じに焼けたでありますし、早速実食タイムであります。

 

 あきつ丸であります。

 秋刀魚も焼けたことなので、魚屋さんが秋刀魚焼きに来る連中のために軒先に設置したテーブルで早速いただくであります。

「まあ、食べるのはええんやけど」

 なんでありますか?

「なんか遠ぉない?」

 大きめのテーブル。隣に座ってきそうだったのであえて向かい側に座ってみたであります。

 ほら、自分人見知り激しいでありますし。

「突っ込み待ち?」

 まあ、パーソナルスペース広いんでありますよ、自分。初対面の相手とあんまり近い距離は遠慮したく。

「摩耶はんとはお手手つなぐような距離でぶらついてはったやん」

 んー、んんん。何でそこまで知ってやがるんでありますかね。

「そら、こちとらアイズの連絡役でっせ? 商業地区見慣れん顔がうろついとったら、話通りますわ」

 ごもっともでありました。

 でもまあ、プライベートスペース広めなのはほんとでありますよ。職業柄あんまり距離詰められたくないのも。

 摩耶殿に関してはほら。

 じゃれつかれても痛くない子犬程度なら気にならないでありますし。

「あー」

 ねー。

 摩耶殿がクッソ弱いのは、居住区の艦娘にも知れ渡っているくらい公然のことであるらしい。あれで重巡というのだから信じられんでありますからなあ。素体強度がほとんど人間と大差ないってのは、今日日珍しいであります。かといって艤装も強くはなさそうでありましたし。

 という訳で、相応に力のある艦娘相手に距離詰められるのはあんまり好きじゃないんでありますよ。特に油断ならない陽炎型。

「ありゃま。こりゃまた警戒されたもんでんなー」

 まあ、別に黒潮殿が特別という訳でもないので、お気になさらず。

 それにしても黒潮殿、綺麗に食べるでありますな。秋刀魚の骨格標本でも作るつもりでありますか。

「このくらいは普通やない?」

 天才外科医かってくらい綺麗でありますよ。

「それ食べ方の喩えなん?」

 はてさて。

 いや全く、よく脂も乗っていて旨そうな秋刀魚であります。これで同席者がせめて摩耶殿だったらなー、などと思うのは黒潮殿にちょっと失礼かもしれませんが。

 しかし陸情は無神経と神経質が混在する面倒な生き物。ナイーブなのであります。

 晩飯済ませた後でもありますし、いまいち楽しみきれない秋刀魚をちまちまと解しては、口に運んでいく。ああ、うまい。美味いんだけど。焼き立てですごく美味いんだけれども。

 はあ、全く。白飯か酒の一つもほしくなるでありますなあ。

 

 あきつ丸であります。

 秋刀魚も喰い終わり、ようやくアイズの捜索も開始。

 どんどんと人気のない裏路地へと、迷いなく歩いていく黒潮殿の後をついて歩くであります。

「商業地区もちょっと外れるとこんな感じや。平賀がアホみたいに建造と増設繰り返して、妙なスペースも多いから、ろくでもない連中が住み着いたりもする。って、もともとろくでなしの集まりやったな、D級職員なんて」

 黒潮殿の言によれば、この辺りはもうキャピック工業組合の縄張りと接しているらしく、緩衝地帯というか、その様な扱いみたいでありますな。人はあまり住んでおらず、住んでいても余り性質の良い連中ではないみたいであります。

 所で、サクサク進んでいるでありますが、何かあたりはつけているでありますか?

「んー、まあ、とりあえずは見せしめに曝された死体探しやな。見せしめ言うからには目立つ場所で早めに見つからんと意味がない。」

 フムン。確かに、誰にも気づかれない場所で死体が転がっていたところで、単に行方不明者が一人出るだけでありますからな。はっきりと縄張りを示すためには、はっきりと目に見える形で掲示してあげなきゃいけない。

「かといって、アイズの縄張りでやっても意味あらへんし、キャピックの縄張り内でやれば宣戦布告になってしまう。ちゅうわけで、この緩衝地帯内で目立つところ、っちゅうかお決まりの場所っちうのを巡っていけば何かしら手がかりはある筈や」

 フムン。人の生き死にが関わっているとはいえ、既に恒例行事。という感じでありますなあ。しかしそういう場所を巡るということは、当然キャピックの方々も顔を出す可能性があるわけで、ちょっと警戒しておいた方がよさそうであります。

「しっかしあきつ丸はん。そんな狭い道でもあらへんし、隣歩いてくれてええんですよ?」

 ああ、いえいえ、慣れない道なので先導お願いするであります。それに襲われたとき、前後に分かれていた方が対処しやすいでありますし。

「はあ、そんなもんでっか」

 ええ。前から襲われたとき黒潮殿を囮にでも盾にでもできるし、後ろからつけられてもこの方が察知しやすいでありますし。とは言わないでおくであります。

「お、一つ目は当たりやな。つい最近のっぽい」

 路地を抜けた先で、黒潮殿が明るい声をあげました。肩越しにのぞけば、成程、まだ数時間と経っていないのでありましょう、まだぬらぬらと濡れた赤が、そこには広がっておりました。

 

( #あきつ丸レポート 編纂者です。#あきつ丸レポート には一部暴力的なシーンやグロテスクな表現を含みます。程々にお楽しみください。)

 

 あきつ丸であります。

 路地を抜けた先のちょっとした広場。古びた街灯に吊るされた見せしめの品が、風に揺られてギイギイと小さく揺れておりました。

 それは、一見背中合わせに吊るされた二人分の人間のように見えました。しかしよくよく見てみるとどうもそれは一人分の体を、二つに分けたもののようでありました。正確には、骨と肉とに。

 腹から開かれて丁寧に筋肉と皮をはいで骨だけを抜き取り、残った肉は綺麗に縫い合わせてぬいぐるみのよう。背中合わせに腕を上げさせられ、街灯に吊るされて、中身のない肉と外身のない骨が、ぎいぎいぎしぎし揺れておりました。

 支えがなくなり、粘土でできた人形のようにどろりと崩れた顔面は、支えとしてなかに何か入れているのでありましょうか、致命的に崩れながらも決定的には潰れてしまわず、かろうじて人型と言える状態を保っておりました。

 骨の方は全く空虚でありました。支えはあっても支えるべき肉がない骨というものは全く頼りのないもので、かろうじて背中に合わせられた肉塊を、それとなく伸ばして吊るして洗濯物か何かのように干す役割しか担っていないようでありました。

 そして、きっと、この場で全ての作業は行われたのでありましょう。吊るされたその足元には、人間一人の体に収められ、そして溢れ出るものとしては十分な量の血液がひたひたと広がっておりました。

 血の池から一歩だけ離れた距離まで近寄って、しげしげと死体を眺めていた黒潮殿は、特徴から言っても、これはアイズの仕業であろうと確信をもって断言しました。白熱灯の青白い光に照らされたこの悪趣味な作品が、アイズという艦娘の行った、見せしめの結果であるらしい。

 いやはや全く。これは確かに、頭に据えるには危険でありますなあ。

 これから遭遇するであろうアイズとやら。それが今現在敵対的なのかどうかにかかわらず、面倒なことになりそうだと、改めて再確認させられたのでありました。

 

 あきつ丸であります。

 見せしめにされた死体を検分し、作業がホンの数時間ほど前になされたであろう、と黒潮殿は判断しました。自分も同意見であります。しっかりとした検死をしてみないとはっきりとした時間はわからないでありますが、大きなずれはないかと。

 ということは、少なくとも数時間前、アイズはここに生きた状態で存在していたということになるであります。そして見せしめ、つまりは彼女の仕事を今も果たしているということ。死亡したり怪我をしているわけでもなく、謀反でもない、のでありますかなあ。

「まあ、その辺りは本人に問いただしてみるしかあらへんなあ」

 そうなるでありますな。しかし、ほんの数時間前、下手すると一、二時間前にお仕事したばかりとなると、今日はもう店仕舞いでは?

「週末毎に三人バラしよった奴やで。今も勤勉なのは変わりあらへん。獲物見つけて捕まえるまで早けりゃ一時間かからん。バラすだけなら30分、さっきみたいな手の込んだのでも、まあ、二、三時間ちゅうところやないかな」

 そりゃまた随分スピーディなことで。

「駆逐艦いうても艦娘やで。それも陽炎型や。それで納得できひん言うなら、たった一言しか説明のしようはあらへんな。『アイズだから』や」

 アイズだから、ね。それはまたどれだけのスペシャルなのやら。

「とはいえ、流石にまだ次の仕事は仕上がってへんやろな。多分、次の獲物探してうろついてる頃やろうな」

 フムン。見せしめの対象に何かしら共通点は?

「せやなあ………一人でおることと、珍しい特徴を持っとることやな。特に後者」

 一人でいることはまあ、犯行をしやすいということで理解できるでありますけど、珍しい特徴、でありますか?

「せや。アイズは変わったサンプルを欲しがっとる。例の鎮守府で112種類の艦娘と、112種類の一般人、112種類の軍人を殺して解して並べて揃えて晒して、それでもまだ足らんのや。平均値から外れたものと比較して、分析して、解析したがっとる。

 稀代の殺人鬼、鎮守府殺しのたった一つの目的が、他人を理解する、っちゅう極々有り触れたもんやって言うたら、なあ、あんさん、信じる?」

 

 他人を理解する。

 三百を超す犠牲者を出した殺人鬼アイズ。殺すだけに飽き足らず、全身の肉という肉を、骨という骨を、血という血を解体して解析するその凄惨なやり口は、すべてたった一つ、他人を理解するというただそれだけの為に行われたのだと、黒潮殿は言う。

「うちもまあ、アイズがぽろっと零したんを聞いただけやけど、そう、それが、他人を理解したいなんて中学生みたいな悩みが、112隻の艦娘と112人の一般人と112人の軍人を、殺して解して並べて揃えて晒して、今もなお仕事ついでに死体を量産しとる理由なんやと」

 街灯の少ない路地を、迷いのない足取りで歩きながら、黒潮殿はぽつぽつと語ってくださったであります。

「アイズは、他人の気持ちが理解でけへん言うとった。愛情が理解でけへん。友情が理解でけへん。感情が理解でけへん。何で笑うんかわからん。何で泣くんかわからん。何で怒るんかわからん。だから笑えへん。だから泣けへん。だから怒れへん。そうする意味が分からん。

 顔のない艦娘言うんがアイズの綽名やった。にこりともせん。涙ぐみもせん。苛立つこともせん。飯食う時も深海棲艦ぶち殺しとる時も、そしてきっとヒト解しとる時も、アイズは表情一つ変えへんかったやろうな。

 アイズは誰とも解り合えへんかった。艦娘どもは我関せず。提督は医者を呼び、医者は気休めを言い、誰もが気にするなと言う。せやけど、アイズはどうしても他人を理解したかった。理解でけへんなりに、応えたかったからや。陽炎っちゅう、たった一人の支持者を」

 

 あきつ丸であります。立体的に入り組んだ迷宮の如き路地。上下の間隔すら時折喪失しそうになる、のっぺりとした色彩にかける建物の連なり。眠くなる程に淡々とした口調で、黒潮殿は語る。

「アイズは誰からも理解されへんかったし、誰の事も理解でけへんかった。それでも、そんな孤独な生き物でも、支えようとしてくれるんがおった。陽炎型一番艦、陽炎。お姉さんなんて柄でもなし、格別優しかった訳でもない。それでも陽炎は、陽炎型の一番艦やったさかいにな。

 陽炎型だから。ネームドシップやから。それが陽炎の口癖やった。何かと癖の強い陽炎型を面倒見る、皆のお姉さんやった。陽炎にどんな過去があったんかは知らん。どんな過去がなかったんかもしらん。ただ、それでもそれは、病的なお節介やった。

 多分、きっと、普通やったんやな。普通に、普通で、有り触れた感性の持ち主やったんやろう。完全に歯車のずれたアイズさえも、放っておけへんなんて、そんなん。あまりに普通で、あまりに普通の、異常な感性や。

 もちろん、アイズにはそんな陽炎の事なんて理解でけへんかった。意味が解らんかった。ただ、自分が陽炎から『受け取った』いうんはわかった。恩義を覚えたわけでもない。感謝を覚えたわけでもない。ただ、受け取ったからには返さなあかんと思うた。

 けど、何を返せばええかわからんかった。殴られたら殴り返せばええ。品を受け取ったなら金銭を支払えばええ。飯奢うてもろたら飯奢り返したればええ。せやけど、心は、心を受け取ったなら、心を返さなあかん。アイズには理解でけへん、心言うものは。

 なあ、あきつ丸はん。オズの魔法使いて知っとる?」

 変わらぬ笑みを浮かべながら、黒潮殿は小首を傾げたであります。

 

 あきつ丸であります。

 いくつ階段を上って、いくつ階段を下って、何度左に折れて、何度右に曲がって、どれだけ進んで、どれだけ戻ったか。

「オズの魔法使いには、ブリキの樵言うんがいてな。自分には温かいハートがない、せやから誰かを思いやることもできへん言うんや。樵はハートを求めてドロシーについてって、オズの魔法使いにハートをくれるようお願いしに行くんや。

 オズの魔法使いは、ドロシーとともに辛い旅を超えてきた樵に言うんや。お前は誰より優しい思いやりの、本当の心をすでに持っていると。………馬鹿馬鹿しい。所詮カンザスの田舎モン相手にしよったペテン師や。

 理屈でしか感情を解釈できない。理論でしか思考を追えない。統計でしかこころを把握できない。教本通りの道徳と倫理を、理解もできないままに規則だからと踏襲するんが、果たして心と言えるやろうか。アイズにはそうは思えへんかった。

 『こころ』とはなんや。人間だけが持つもんか。艦娘の、機械知性にも宿るもんか。犬猫にもあれば、一寸の虫けらにも五分にあるもんか。共感とかいう根拠不明の作用で、意味も分からんまま空気とかいう不明瞭なもんに左右される、不確定なゆらぎか。

 意味の解らない、存在すら確認しようのないもの。しかし誰もが存在を確信して疑わない唯一無二の自己の存在承認。哲学的ゾンビとゾンビモドキの艦娘を区別する、机上の空論ですら証明できない幽霊のようなもの。

 

 でも、ある、らしい。

 

 ………やから、アイズは探すことにした。自分にはないかも知れなくて、せやけど他の連中には必ずあるはずの、心を」

 もしかして、その手段というのが。

「せや。標本の比較が実験の基本。112隻の艦娘と112人の一般人と112人の軍人を、殺して解して並べて揃えて晒して、今もなお仕事ついでに死体を量産しとるのは、殺すのが目的でも、解すのが目当てでもあらへん。並べて揃えて晒して、自分の中にないものを探しとるんや」

 

 ところで………。

「なんや? あんまりにも下らん事情で呆れたか?」

 見せしめのためだけとは思えないあの死体の惨状は?

「趣味や」

「趣味」

「趣味や」

「二度までもっ!?」

「あえて言うならば………趣味や」

「言い直しすらしないっ!?」

 

 あきつ丸であります。

 こころという目には見えない、形もない、証明もできない存在を探し求めて、ひたすらに艦娘の、人の、軍人の胸の中を(物理的に)覗き続けてきた少女。趣味は芸術(ヒト由来蛋白質)。

 どんな地獄でありますか……。

「ちょっと話し疲れたわー。喉渇いた。あきつ丸はんは疲れてへん?」

 いえ、大丈夫でありますよ。すっかり聞き入って碌に相槌も打てず申し訳ないであります。

「うちの話が聞き辛うなかったらええんやけど。しっかし話しながらとはいえ結構歩いてしもうたな。おかの艦娘はんは、歩き疲れへんって聞いたけどほんま?」

 疲れないことはないですけど、まあ、海上移動の方が多い海軍艦娘よりは歩き慣れてるでありますからねえ。疲れづらくはあると思うでありますよ。

「ふぅん。せやったらまあ、鎮守府の外に出れへんD級の艦娘と一緒やね」

 流石に一緒にされると心外でありますけどね。貶すつもりではないでありますけど、自分も陸軍式の訓練をみっちり叩き込まれてるでありますから。

「俺によし?」

「海兵隊でありますなあ、それ」

「こいつはどえらいシミュレーション?」

「かあちゃんたちには内緒だぞー」

「でも、せやったらマラソンとかしても疲れへんの?」

「人間仕様で?」

「艦娘用で」

「フル?」

「スティール」

 フムン。艦娘用、しかもスティールだとさすがに死ぬでありますなあ。

 艦娘陸上世界規格。

 もとは艦娘が陸上競技に公式記録を残せないことを不満とした艦娘人権派()の皆様の活動から制定された規格でありますが、いざ決めるとなると関係各所が熱くなってしまったこだわりの規格であります。

 先ほどのスティールとはスティール・ボール・ランのこと。

 一九世紀末のアメリカで行われたとされる北米大陸横断レースを基に作られた艦娘陸上独自の競技であります。四年に一度の艦娘オリンピックの目玉競技なのでありますよ。

 サンディエゴビーチよりスタートし、ニューヨークまでの総距離約6000kmを、9つのチェックポイントを巡って艦娘が自分の足で走るレースであります。

 チェックポイントごとに順位が決められ、それによって与えられるポイント合計で勝敗が決まるであります。

 このレースで特徴的なのは、他の艦娘陸上競技ではまず公式で認められない、フルコンタクト制が前提条件であることであります。そのため陸上競技用にチューンされた艦娘は逆に不利だったりするであります。

 フルコンタクト制。即ち、艤装及び各種兵装の使用とレース相手への妨害を全面的に許可する制度であります。当然、場合によっては大破どころか轟沈すらあり得る危険なルールであります。

 実際、比較的紳士的に行程が運んだ第一回のレースにおいて、砲撃を交わしながら僅差でトップを制した例以来、10回以上やっておきながら生きたままゴールまで辿り着いた年は絶無であります。大体途中で轟沈するか、リタイヤ宣言であります。

 それでもなんでこんな阿呆な競技が今も続いていて、それどころか大人気かと言えば、スタート直後に砲雷撃戦が開始して、ただでさえ砂地が吹き飛んで岩地になったサンディエゴビーチが、現在進行形で地図を更新し続けるような、見た目の派手さも理由の一つ。

 しかしそれ以上に観客を、そして艦娘を送り込む企業と鎮守府を期待させるのは、灰皿代わりにした火薬樽じみたスタート地点を生き延び、レース本戦を駆け抜けることになる化け物たち、つまり最新技術をこれでもかと盛り込んだ艦娘のデータなのであります。

 観客は派手で、時に頭脳戦さえ見せる艦娘たちのガチバトルに。企業と鎮守府は大っぴらに新兵器新兵装新技術を晒し合って殴り合える、発表会として。ちなみにコース上にある、あった地域は永久に再開発地域であります。四年間のナギ節だけが現地の救いであります。

 まあそんなレース完走できる程、自分凄くはないのであります。命令されても出場したくねえであります、そんなスエズからヨコスカまでパンツ補給のみでマラソンみたいな気の触れた競技。

「まあ、せやなー。フルやったらいけるん?」

「まあ、フルマラソンくらいなら、普通に疲れるでありますけど、そこそこの記録は出せるでありますよ」

 艦娘規格のフルマラソン。人間用のものと距離は同じで、最低時速が30㎞/hというのが違いでありますな。ある程度素体が優れた艦娘であれば時速50から60㎞出るでありますし、陸上用に専用にチューンされた艦娘であれば30分かからず完走であります。

 自分は素体強度はそこそこいい方なので、まあ一時間かかるかかからないくらいでありますかねえ。

 流石にグロッキーになるでありますけど。

「ふうん…………なかなか体力あるんやねえ」

 まあ、並の素体強度である島風殿が時速38㎞が限界速度であることを考えると、つくづく化けもんじみた体力だとは我ながら思うでありますけど、まあ、自分、というか艦娘は、これでも兵器でありますからなあ。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 あきつ丸であります。

 とっぷり日も暮れて、ゆらゆら頼りない街灯と月明かりの下、もはや居住区のどの辺りともわからないコンクリートの迷宮で、黒潮殿とデート中であります。

「しっかしええ素体使ってはるんやねえ。結構歩かせてもうたのに、汗もかいとらんどころか顔色も………まあ、白うてようわからんけど」

 まあ素体も上等なのは勿論、きちんと訓練しているからでありましょうなあ。

 そういう黒潮殿はあれでありますか。陽炎型特有の、生体兵装仕様だったりするんでありますか?

「んー。まあ商売道具やさかいあんまりちゃーんとは教えてあげられへんけど、そうやね、一応はあのアイズの連絡役に選ばれたんや。自衛くらいは出来るで」

 フムン。黒潮モデルの生体兵装は何隻か見たことがあるでありますけど、陽炎型としては標準的な暗殺仕様と言うか、単独での継続戦闘が得意な、言ってみれば生存能力の高いタフなタイプと記憶しているであります。

 しかも黒潮殿は素体の基礎能力に頼るタイプではなく、しっかりと技術も磨いているようでありますなあ。

「いややなあ、あきつ丸はん、急になんなん? 褒めても何も出ぇへんよ?」

 いえいえ。ずっと後ろをついてきてよくわかったでありますけど、黒潮殿歩行時に体幹がぶれないんでありますよね。鉄骨、というよりは、しなやかな針金でも入れたようで、見事な歩法であります。

 それに足運びも素晴らしいでありますな。体重移動に無駄がなく、足音をさせないだけでなく衣擦れや筋肉の軋みを殆ど響かせない。それも自分に意識を遣りながら、しかも話しながらでありますから、すっかり染み付くほどのものなのでありましょうなあ。

「いやぁ、照れるわぁ」

 いえいえ、自信を持っていいと思うでありますよ。完全に暗殺に向いたキリングスタイルであります。

「あー………褒めてるん? それ」

 もちろん。

 それから緊張のほぐし方も上手いでありますよね。隙の突き方がうまいと言うか、人のパーソナルスペースに入り込むのがうまいと言うか。気さくな態度と何気ない気遣いで、心理的距離だけでなく物理的距離までついつい縮めてしまいそうでありますよ。

「…………それはどうも?」

 思考と行動が直結してるんじゃないかってくらいの行動力も素敵でありますな。余りに自然に動くもので、全部計画済みの行程なんじゃないかと思わされたくらいでありますよ。これがその場の流れでやってるんだから怖いであります。

「……………」

 例の鎮守府でもこんな感じで釣ってたんでありますか? さぞかし入れ食いだったでありましょうな。最初から警戒されてなかったら、いえ警戒されていてもなお、上手くことを運べたからこそ見つからなかったのでありますかね。

「…………何が言いたいん?」

 いえいえ、単なる賞賛でありますよ。感心して、感服して、褒め称えているだけでありますよ。

 さすがは鎮守府殺し。336名殺すまで尻尾さえ出さなかった殺人鬼だと、ね。

「………何を言うてるんかわからんなあ、あきつ丸はん。うちはただの案内役。アイズは今二人で探しとるところやないの」

 薄らと靄のかかる肌寒い路地で、困ったように笑って振り向く黒潮殿。いや、黒潮モデルなのは見かけだけでありますか。

「提督はんからも、武蔵はんからも、連絡行っとるはずやろ? 案内役の黒潮を寄越す、て」

 ええ、そう聞いてるでありますな。それから自分が待ち合わせ場所であるゲート前に行くまでに、まあ、色々準備して30分かそこらでありますね。

 解すのに30分程度で済むのでありましたら、『皮を剥いで裏返しにした上で吊るす』位ならもっとはやく済むでありましょうなあ。

 ゲートに吊るした芸術品。あれ、アイズ殿の仕業でありましょう? あの黒潮モデルは。

「……………ぱっと見ただけであれが黒潮モデルやと?」

 112種の艦娘を殺して解して並べて揃えて晒したアイズ殿程ではないでありますけど、自分もある程度対処が必要な艦娘の情報は揃えているのでありますよ。やり合ったら面倒な陽炎型とかね。

 裏返しにされた皮膚、特に指先に見られた、淡青の液体。あれ、陽炎型としてはメジャーな劇毒体液『リキッド』の一種でありますな。酸素中で揮発せず残留しているという事は、恐らく直接体内に打ち込んで反応させる人体内活性型の毒薬か爆薬。

 消費も少なく、静かで速やか。単独戦闘や暗殺に優れたタフなタイプ。黒潮モデルの典型武器でありますなあ。

「………まあ、居住区も広いさかいなあ。黒潮モデルかて一人やないわ」

 かも知れないでありますけど、自分、偶然とか信じないのでありますよ。

 たまたま同じ黒潮モデルが、血も乾かない極めて短い時間の間に、待ち合わせ場所で吊るされてたなんて偶然はね。それこそ、待ち合わせ場所に顔を出した所をやられた、と考えたほうが自然であります。

「……………」

 しっかし、そもそも最初から怪しかったんでありますよ。来てすぐの余所者の自分を、鎮守府内の面倒ごとに介入させるなんて。大方提督殿の企みでありましょう?

 まあ、提督殿のほうでも、まさかアイズ殿のほうから嗅ぎ付けて、食いついてくるとは思ってもいなかったんでありましょうけれど。アンテナ張ってるくらいなら定期連絡くらいしてほしいものでありますよ、全く。

 もともとアイズ殿との連絡が云々なんてのはついでで、飼い慣らしきれていない非正規戦力とぶつけて共倒れでも狙ったでありますかね。

 生きて帰ればよくやった、死んでしまっても行方不明で片がつく。

 建前こそ研修生でも、そもそもが後ろ暗い陸軍情報部の、内密の任務。明らかにこの鎮守府内で殺害されたと見ても、大っぴらに文句は言えない。何しろ以前に送り込んだ間諜というマイナスがすでに存在している。

 自分が派遣されたのも半ば以上、『死んで来い』という内容の任務でありますからなあ。

 だからこそのらりくらりと仕事しないでいたのでありますけど………かといって黙って殺されたくもないんでありますよ、自分も。

 それで、他に質問は?

「……………変装に問題はなかったと思うのですが、黒潮ではない、と判断した理由は?」

 演技はやめたのか、これが素の声なのでありましょう、抑揚のない低い声。

 『それ』、お手軽でありますし他の艦娘なら誤魔化せたでありましょうけれど。

 でも、光学迷彩遣いの陸軍艦娘に、光学衣装(ホロ・コスチューム)は手抜き過ぎでありますよ。

「それはそれは。ご指導ご鞭撻痛み入ります」

 コンパクト型の装置を操作し、ホロ・コスを解除するアイズ殿。

 そこに佇んでいたのは、凪いだ海のように静かな目をした艦娘でありました。

「改めまして、はじめまして。アイズこと、陽炎型二番艦不知火です」

 何らの動揺もなく、些かの逡巡もなく、自然体の殺人鬼は小首を傾げた。

「演技もばればれのようですし、早速ですが、殺しますね」

 

 名探偵だよあきつ丸ちゃん!

 見事アイズ殿の変装を見破ったよ! その呼吸するのも面倒臭いと言わんばかりの目付きからあきつ丸ちゃん目ェ死んでる! と恐れられているよ!

 そして早速目付き以外も死なせようとしてくるアイズ殿怖ッ!

 などと現実逃避してみたでありますけど、相対するアイズ殿は本気の目であります。というか多分冗談とか一度もいったことがない感じのナチュラルボーンキリングマシーンの目付きであります。日も暮れて視界の悪い中、まるでホラーみたいな絵面であります。

「ああ、すみません。演技中は事前に暗記した応答パターンに従っているのでそれなりに自然に対応できるのですが、普段はあんまり会話する相手がいないので、上手く喋れないのです。不知火の対応に気を悪くされたら申し訳ありません。

 より正確には、殺して解して並べて揃えて晒した上で、今までの標本と比較分析して参考にさせて頂いた上で、何がしか陸軍をモチーフにした作品に仕上げて展示しようと思います。よろしくお願いします」

 いやいやいやいや。

「不知火に何か落ち度でも?」

 落ち度しかないんでありますけど。

 自分死にたくないんでありますってば。

「はあ。それは不知火の都合ではありませんので」

 駄目だこの娘会話が通じないというか会話する気がないのでは。

「つまり、こういうことですね。不知火はあきつ丸さんを解体したい。あきつ丸さんは死にたくない。間違っていますか?」

 いや、間違ってないであります。できれば折れていただきたいんでありますが。出来ればっていうか絶対に。

「では、妥協案というか、折衷案で行こうと思います」

 お、もしかして一応は交渉ができるのでありましょうか。ご飯でも食べに行きましょうか、と同じレベルで殺しますとか言っちゃう娘だから焦ったでありますよー。

「なるべく最期まで死なないように解体しますので、それでひとつ」

 よろしくねー。まったくよろしくねーでありますよそれ。妥協でも折衷でもないでありますからねそれ。その注文が多いなあみたいな顔やめろ。

「全く、一体どうすればあきつ丸さんは納得なさるんですか全く」

 二回も全くって言われたであります。というか最初から言ってるでありますよね。自分死にたくないんでありますってば。

「生物はみな最終的には死ぬものです」

 そういう大袈裟な話をしているんではなく、せめて人並みに生きてから死にたいんでありますけど。

「艦娘が人並みとか何言ってるんですか」

 連続殺人鬼のサイコパスに常識を問われたであります。

 兎に角、自分死ぬ気も殺される気もねーのでお引取り願えないでありますかねえ。

「ふむ………素気無い方ですね」

 すげあるほうがおかしいでありますからね?

「ところで久しぶりに生きている相手とお喋りしっぱなしでぬいぬい疲れてきました」

 マイペースでありますなこん畜生。というかその発言、死体相手にはお喋りしてるみたいで怖いんでありますけど。

「あきつ丸さんは、まだ疲れていませんか?」

 だから自分これでも鍛えてるでありますからちょっとのことでは疲れないんでありますってば。

「結構お喋りしたので、そろそろ疲れてきてもいいと思うのですが」

 だから喋ってるのはそっちばかりで自分は…………いや。

 待て。待て待て待て。なんだこの執拗な疲労チェックは。SAN値チェックか。

 そういえば、さっきから何か違和感がある。

 暗くなってきたのは日が暮れたからだけれども、街灯が揺れるか? 靄なんて出てるか? こんなに視界が悪くなるものか? こちとら全天候型の艦娘だぞ? 同じ景色ばかりだからといって距離感がここまで狂うか? 時間感覚は? 方向感覚は?

「ああ、一応効いているのですね。安心しました」

 抑揚のない声に、ようやく自分の体が重たいことに気づく。ずっと変わらないペースで歩き続け、妙に聞き入ってしまう声と口調で話を聞かされ続けて、意識が向いていなかったけれど……これは。

「陽炎型の面倒そうな特徴は把握しておられるとの事ですから、説明は要りませんね?」

 れろり、と子供がするように舌を出すアイズ殿。その舌は、薄青い液体に濡れている。

「さすがにいい加減、疲れていただけたでしょう?」

 揮発型のリキッドか! 恐らく神経ガス様の効果を発揮する物。垂れ流しの毒ガスを、後ろからついて回っていたとは……!

 足元がふらつき、霞む視界の中、不知火殿の湛える静かな笑みだけがいやにはっきりと見て取れたであります。

 

 比類なき防御を誇る物理保護。その数少ない突破策の一つ。それが毒ガスであります。一定以上の質量、運動エネルギーに自動的に反応して展開される物理保護も、毒ガスに対しては無反応。気づかなければそれだけで致命傷に持っていけるであります。

 意図して物理保護を展開したとしても、周囲を覆うガスから身を守るためには、常に物理保護にエネルギーを持っていかれ、早々にガス欠。気付いても気付かなくても面倒な兵器であります。

 ガスが留まりづらい海上に於いては効果的ではないため、対深海棲艦戦で用いられる事は滅多にないので普通の艦娘が気にかける必要はないでありますが、陸上、特に閉鎖空間の多い都市部に於いてこれほど安価で凶悪な対艦娘兵器は他にないであります。

 実際、中東のゲリラどもはBC兵器を基本装備としており、現地で行動する際は最低でもガスマスクを始めとした防護措置が絶対不可欠であります。『混迷海域』の浸食がなかったとしても、向こう何百年かはあの土地は浄化されないでありましょうなあ。

 しかし迂闊でありました。最初から警戒してあたっていたつもりでしたが、まさか向こうも端から正々堂々真正面から削りにかかってくるとは。陽炎型は本当に芸達者でありますな、クソ。しかしまさかガスとは……。どういうことでありますかねえ。クソ。

「流石に諜報員、という所なのでしょうか。まだ立っていられるとは、最高記録ですね。毒には慣れておいででしたか?」

 くっ………一応訓練は受けてるでありますけどね……慣れたかないでありますよこんなもん。

 しかし、鮮やかな犯行を支えていたのは、この神経毒だったのでありますな……。

 戦艦級の艦娘や、軍隊格闘の達人といった相手をやすやすと始末してのけたことから、相当な手練れとは見ていたでありますが、ワザだけでなく準備も周到なことで。

「不知火もまさか、何事も徒手空拳だけで解決しようなどと考えるほど、自信家ではありません。何か事に当たる時は、うまくいくようにしっかりと準備を整え、何か問題があった時の為に二重三重に予防線を張っておく。訓練校で習いませんでしたか?」

 つくづく同意でありますよくそったれ……。

 まあ、その線でいくと、自分はどうにも準備が足りなかったようでありますが。

「いえ。あきつ丸さんはよく警戒され、よく準備されていました」

 笑えないとかいう割に、よく笑う。ああ、これ。学校の優等生が、よくこういう顔で笑うでありますよなあ。

「ただ、不知火の方が周到だったというだけの事ですから」

 

 あきつ丸であります。

 じっくりと時間をかけて神経毒ガスを流し込まれ、いまや立つのが精一杯の自分を前に、それでもまだ不知火殿は油断をせず距離を置いたままという念の入用であります。

 すっかり体を麻痺させられ、人気のない裏路地で追い詰められるとか、こういう窮地にだけは陥らないよう気を付けていたんでありますけどなあ……。完全に薄い本の雑な冒頭でありますよこれ。

「自分に乱暴する気でありますな? エロ同人みたいに」

「どちらかと言えばグロ同人みたいに乱暴する気ですが」

 くっそう、ノリはいいのに冷淡であります。引き金を絞るタイミングを見計らう狙撃種の目つきであります。

「フムン。本当にしぶといですね。まだそれだけおちゃらける余裕があるとは。ただの強がりなのか、陸軍艦特有の耐性なのか。興味深いですね」

 楽しそうで何よりでありますなくそったれ。

 デジカメで動画撮影しながらレポートの下書きまで書いてやがる不知火殿に比べたらこちとら全然余裕ねーんでありますけどねええ……!

「陸軍艦は貴重なサンプルですからね。鎮守府に来てくださった時に捕まえられれば良かったのですが、あの時は隙を一切見せていただけなかった、というか………常に盾になる艦娘を傍に引きずって移動し続けられては捕まえようがなかったのですが」

 ああ………あの時はクソ面倒臭いことに巻き込まれた鬱憤晴らしと、純粋に死にたくなかったので、出迎えに来てくれた秘書艦を盾にして狂気の沙汰デーナイトフィーバーを乗り切ったんでありました。命は助かったけどあの後ヤンデレ化して地雷処理が面倒でありました。

 くっ………しかしこのままでは流石に不味い。とにかく対処しなければ……。懐から巻子を取り出した時点で、足に力が入らなくなり膝をつく。あ、冷たい石畳気持ちいであります……ではなく。あれ、冷たい。膝だけじゃなく頬が。あれ。むむ。

 

 やばくね?

 

 巻子を手に広げただけで、全身から力がドバドバリッター単位で抜けてくるであります。やばい。これなに? 完全に顔から地面にダイブしてね? 巻子を抱えて、なんとか顔だけは起こすでありますが、頭もガンガンしてきた。

「フムン。追加で神経ガスを吸い続けて、ようやく倒れていただけましたね。本当に、興味深い耐久力です。呼吸器官に特殊な濾過機構でもあるのでしょうか。それとも内臓の解毒機能が並外れているとか。楽しみですね」

 うおぉ。すでに解剖時の事を想像してらっしゃる。反抗されることなど考えてない余裕ぶりであります。とはいえ、それもそうでありますか。艤装が出せなくなるレベルまで徹底的にガスで弱らせ、それからようやく手を出す。………いや待て。

 あの鎮守府で艦娘のリストは見せてもらったでありますが、陽炎型が何隻かいたはずであります。陽炎型は基本的に対毒性能が高く、同じ陽炎型の毒は基本無効の筈。たとえ密室で何時間ガスを浴びせようが、直接体内にぶち込もうが、同じ陽炎型の毒は効かない。

 では、いったいどうやって陽炎型の艦娘を無傷で仕留められた?

「嗚呼、その顔色。お気づきのようですね。まさかこんな大道芸の一つ覚えで鎮守府殺しを成し遂げるほど、世の中は甘くない。

 ジャイアントキリングの代名詞陽炎型。その陽炎型を相手にしてさえ、圧倒できるだけの性能と技術。勿論、毒が利かないなら利かないまでで、弱点も行動パターンもじっくり予習済みの上、正々堂々真っ向から、騙してはめて削り殺した次第ですけれど。

 なのでご安心下さい。あなたがどれだけ必死で反抗しようとしても、どれだけ必死に策を考えようと、不知火は絶対に勝てるその瞬間までじっくりじっくり削り殺させていただきます」

 ほんっと、まったく……くそったれなスマイルであります。

 そういえば、笑う意味が解らないし笑えないとかなんとか言ってたと思うでありますけれど、先ほどから雑誌の表紙にでも載りそうなほど素敵なスマイル連発でありますな。上から目線ですげえ腹立つであります。

「それは失礼。不知火、色々と研究しまして。笑顔というものは良いものですね。笑顔を浮かべると、平均で13%程警戒心が低下することが確認できたのです。また状況によっては恐怖心や諦念を引き起こすこともあるようで、興味深い仕様です。

 それに、何と言いましたか。最後に笑う者が最もよく笑う、とのことです。事ここに極まってしまえば、笑うのが妥当というものでしょう。不知火は前例を踏襲することを好みます」

 そう言ってほほ笑む不知火殿は、は、全く成程こいつは、道理で中身のない、雑誌の表紙みてえな笑顔なわけで。

 でも、その言葉。最後まで笑わなかったものが勝利するという事であります。最後まで気を抜かず、油断せず、気を引き締めていたものが。

「………何が仰りたいのですか?」

 まだ最後は来ていない、という事でありますよ。

 これから不知火殿が這いつくばる最後がね。

 

 あきつ丸であります。

 這いつくばる自分。見下ろす不知火殿。完全に勝負は決まったかのような構図でありますが、まだだ、まだ終わらんよ、であります。死ぬにはいい日じゃ全然ねえでありますから。

「………興味深い。不知火の毒で倒れながら、まだ強がりを言える艦娘は決して少なくありませんでした。人間の中にもそういうタフな連中はいました。しかしその眼は珍しい。貴重なサンプルです。まだちらとも敗北を認めていない、勝機を伺う目は。

 救援が来ることを期待しているのですか? 成程、確かにそういった微かな希望を胸に強がる例はありました。しかし言っておきましょう。ここには誰も来ませんよ。平賀ビルヂングサービスの無計画さで生まれた袋小路の一つです。二重の意味でデッドエンドです。

 それとも不知火が油断して、無防備に攻撃してくるその瞬間をお待ちですか? ご安心を。時間はたっぷりあります。あなたの良く回る舌がだらりと垂れさがるまで、不知火は高みの見物をさせて頂きます。その眼が絶望と諦めに沈むまで。

 はたまた、自分は、自分だけは死なないと思っているのですか? 事故死や事件死はニュースの中の出来事で、自分とは関係ない。そんな風にでも思っているのですか? 確かにそんな手合いもいましたね。最後まで現実から目を逸らし続けたようなものが。

 

 しかし。

 

 しかし、あなたはそうではない。その眼はそうではない。不知火に向けるその眼は、その眼つきは、助けなんて期待もしていないし、偶然や相手の油断なんてあればいいかなくらいのもの。今まさに死中にありながら、死を避ける策を巡らせる。

 ………興味深いですね。

 この期に及んで不知火をどうにかできると、本気でそう信じているようですね」

 信じてるというか、まあ、そうしないと死ぬでありますからなあ。

 しかしまあ、それほど困った条件でもないでありますし。

 まあ疑問に答えるならばこんなところでありますかなあ。

 ひとつ。人目がないのはありがたいでありますなあ。世に憚り人目を避けるのはお互い様。ふたつ。手を出してこないのはかえって好都合。みっつ。死なないとは思ってないでありますけど、まあ、自分が死ぬかもってのは毎回折込ずみっぽいでありますし、代わりがいるでありますし。

 で、不知火殿をどうにかできるかって言われると、うーん、まあ、ものすごく面倒くさくてものすごくやる気でないんでありますけど。

 やるしかないならやるでありますよ。どうにか。

「……………挑発の心算ですか? 不知火を怒らせて手を出させようとしても無駄ですよ。その無駄口を叩けなくなるまで、近付かず遠退かず、ここから丁寧に毒ガスを垂れ流させていただきます。………しかし、不快で、不可解です。あなたに何ができるというのです」

 そうでありますなあ。無様に這いつくばって、口先だけで場を取り繕おうとしているように見えるでありましょうなあ、不知火殿には。

 それは、自分の余裕は、不知火殿が知らずに自分が知っている事実がある。という一点にあるのでありますよ。

「不知火が、知らないこと、ですか? そんな駄洒落みたいなことで」

 いや、駄洒落は自分言ってないでありますが…………まあ、ではちょっと、いくつか披露して進ぜよう。

 まず、不知火殿の用いられる毒ガス散布でありますが、これは口腔内の唾液腺と併設された毒腺から分泌されるトキトキシンが、大気中の酸素と反応することで気化し、ほぼ無色無臭の毒ガスとして呼気に紛れて散布される仕組みであります。

「良くご存知ですが………そのくらい、自分の武器のことくらい、不知火も存じておりますよ」

 そうでありますなあ。実際、使用実績も見事な物。体重当たりの作用量も把握しておられるようでありますし、自然な会話に紛れての散布も達者な物であります。

 気化したのち、適度な濃度で相手に摂取させ続ける距離感と位置取りも見事な物。恐らく分泌後自然分解するまでの時間も把握済みなのでありましょうなあ。

「…………それで、不知火の知らぬいことはまだですか」

 せっかちでありますなあ。ではお聞きするでありますが。

 『その毒腺はどこで手に入れたもの』でありますか?

「……………え」

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 

(陸の蛙のゲコゲコ薀蓄語りタイムはっじまっるよー! 殆ど無駄な設定晒ししかしてない回だよー! #あきつ丸レポート )

 

「何を………これは不知火の生態兵装です。合成段階から素体に組み込まれたもので、」

 トキトキシンは、『時津風モデルにしか実装されていない』のでありますよ。

「…………それは、どう、いう、」

 言葉の通りであります。トキトキシンも、それを分泌する口腔内毒腺も時津風モデルの専売特許。同じく唾液腺と併設された分泌腺を持つのは天津風モデルの気化爆薬トリアマトリンくらいで、勿論これも天津風モデルにのみ実装されているものであります。

 どちらも不知火モデルに実装されたことはないし、そもそも静かに素早くという不知火モデルの運用スタイルからかけ離れているでありますから、まず実装する意味がない。

「しかし………しかし、実際に不知火には、」

 そう、不思議でありますなあ。不知火殿には実装されていないはずのトキトキシン分泌腺がしっかり存在しているであります。

 さて、それからその右手。

「………!?」

 手は出さないとは言いつつも、そろそろタイミングを見計らっていたようでありますなあ。うっかり先走っちゃってるでありますよ。いやらしい。ああいやらしい。手袋にうっすら滲んだ薄青はクロソキシンでは?

 これも陽炎型の劇毒体液『リキッド』の一種。人体、或いは艦娘の体内に投与された時点で反応する毒薬で、貫手で直接体内に打ち込む陽炎型としてはメジャーなタイプの一つ。面白いのは併設する複数の分泌腺から分泌される毒液の配合次第で麻痺から致死まで選択可能ということ。

 この配合がまた陽炎モデルの素体に使われるバイオ技術の優秀さをこれ以上なく発揮していて、体調や怪我などの度合いによって自動的に相手の脅威度を判定して毒性を変化させるというドミネーターもかくやの執行モード調整。更には訓練次第で故意に分泌具合を変えられるとか。

 不知火殿は勿論、実験対象がたっぷりいたわけでありますから、毒液配合は職人技と言っていいのでありましょうなあ。活かすも殺すも自由自在、なのでは?

「……………嫌な予感がしますが」

 そう、その通り。クロソキシンは非常にメジャーな……黒潮モデルの独占毒。極めて繊細な複合毒腺システムは他のモデルでは再現できていないのでありますよ。

「そんな、馬鹿な………!」

 馬鹿な、というのはこちらの台詞でありますがね。大方、その左手はまた別の毒腺なのでありましょう? アマトリン爆薬、ハツカジン溶解液、もしかしたらウラコキシン狙撃毒腺なんか仕込んでるんでありますか? ああ、いや、不知火モデルの敏捷性を生かすには、やはり。

 体内活性型爆薬シラノキシンでありますかねえ。

「……………陽炎型のリキッドにお詳しいようで」

 陽炎型だけじゃねーでありますけどね。言ったはずであります。対処が必要な艦娘の情報は仕入れていると。

 シラノキシンは名前の通り不知火モデルの十八番。黒潮モデルの複合毒腺よりシンプルながら耐久性と信頼性の高い単一毒腺から分泌され、貫手で人体に打ち込まれるとかなりの浸透圧で速やかに全身に回り、人体内の成分と化学反応を起こして爆発。

 後には死体どころか肉片の一欠片も血の一滴さえも残らない、凶悪な劇毒であります。初期の陽炎型のジャイアントキリング戦歴は、概ねこの不知火モデルと黒潮モデルで築かれており、暗殺向きな能力でありながらメジャーというのもそれが所以であります。

 これらの特殊な生態兵装及び素体は、バイオ技術と化学薬品の知識・技術に秀でた里見製薬の完全特許独占状態。劇毒仕様の陽炎型は里見製薬でしか建造できないハイテクの塊なのであります。

 数の多い陽炎型のモデルの数だけ存在する特徴ある生態兵装のラインナップと、里見以外の手では今だ使い物にならない不完全な海賊版程度しか存在しない事実が、里見製薬の技術の高みを示していると言えるでしょう。

 問題はそんなハイテク技術の塊である毒腺を三種類も実装した艦娘は、公式には存在していないという事実であります。というよりでありますな。まったく別の成分を合成する別種の三種の分泌腺を同時に機能させられる素体なんて里見製薬でもまだ作れてねーのでありますよ。

 それでは改めて聞くでありますけど。

 『その毒腺はどこで手に入れたもの』でありますか?

 不知火殿の不動の仮面に、ぴしり、と確かにひびが入ったのでありました。

 

 あきつ丸であります。

 笑顔の仮面に罅を入れてやって、まずは一発入れてやったぜってところであります。

 よーし次行こう。

 さてさて。どうやらその愕然とした雰囲気から察するに、暴いた以外にも毒腺その他はまだあるかも知れなくて全然ピンチから脱却できてねーどころか、寧ろ脅威度判定が正確に出来ないので胃が痛くなってきたであります。一人で戦争でもする気でありますかこの仕様。

 もし万が一アマトリンなんぞ仕込んでたら生身で艤装張りの爆撃かませるでありますからなあ。まああれは平熱が40度超えの天津風モデルだから使用できるような物。普通の艦娘では体温低すぎて失活しちゃうので、多分ないと信じたいでありますけど。でも耐熱皮膚位はあるかも。

 ともあれ、立て直す前に畳み掛けるであります。

 『毒腺を何処で手に入れたか』は答えられないみたいでありますから、『誰がそんな高度な建造なり移殖なりをしたのか』ってのも飛ばして。

 お次は光学衣装(ホロ・コスチューム)についてお訊ねするでありますかねえ。

「………これが、何だというのです」

 コンパクト型のコス・デバイスを握りしめる不知火殿。

 いえねえ、それ便利でありますよねえ。

 ホロ・コスチューム。正確にはホロアバター・スーツというのがこの素敵な商品の名称であります。ホロ・コスはこの装置によって人体や身に纏う服に投影される衣服や外見、特に仮装を指す用語でありますな。

 街中でよく見られるホログラム・テクスチャを動体、特に人間に適用したもので、お手軽ながら見た目上は精巧に外見を変えられることから、手間やお金をかけずにコスプレをするためのテクスチャ・データがネット上でよくアップロードされてるであります。

 まあ、昔からのレイヤーや、拘りのある者は、やはりお手製の衣装を好むようで、使っても精々物理的に再現の不可能な物やマスコットキャラなどに限定しているという人も多いようでありますな。所詮ホロなので触ればすぐにわかる、というのも理由のようであります。

 コス・デバイスは割と手頃な価格で全国の電器屋でお求めできるでありますし、データ容量やコスチュームの登録数、同時投影数などの機能面から、コス・デバイス自体の形状など、様々な種類からお好きな一品が選べるのであります。

「良く回る舌ですね……通信販売でもなさって、」

 でもね。

「……………なんでしょう?」

 市販のコス・デバイス自体にはホロ・アバター、ホロ・コスチュームの投射装置はついてないんでありますよ。

「……………?」

 ホログラムなんでありますから当然投影するための装置が必要なのでありますよ。『外部に』ね。

「……? ………………っ!?」

 ホロアバター・スーツはホログラム投射装置があらゆる場所に設置されているのが基本の街中で使うものでありますからなあ。

 システムは簡単。コス・デバイスを操作し、投射装置にアクセス。指定したデータをコス・デバイスに登録された人体・衣類に投射。連動するカメラ群が被投射体の動きをリアルタイムで投射装置に送り、連動してコス・アバターを動かす。と、まあこんな感じであります。

 内地の街中や、立派な鎮守府なら当たり前のように使える代物でありますけど……『ここ』、何処だかご存じでありますよねえ。

「…………っ」

 民間企業なんて一つも入っていない純正軍事機密基地内の収容所。しかも無計画な乱建築の極致。

 当然、『ホログラム投射装置なんて何処にもない』のでありますよ。

「馬鹿な……では、でも、これは……っ」

 そうでありますねえ、不思議でありますねえ。投射装置もないのにホロアバターはきちんと投射されていた。

「り、陸軍艦は光学迷彩を積んでいると聞きます。あれだって、」

 ああ、同僚のまるゆ殿も『隠れ蓑』積んでるでありますな。義体に組み込んだ再帰性反射材を使用して、ホログラムで背景を投影してカモフラージュする訳でありますな。

「ほ、ほら、それだって、」

 あれはまるゆ殿の全身に仕込まれた装置と服によるものであります。すっぽり着込むタイプもあるでありますけど、どちらにせよ体を覆うのが前提。そんなちっぽけなコンパクト型デバイスでできるわけないであります。

 ああ、でも、自分が持ってるタイプのは不知火殿のような小型のデバイスでも起動できるでありますなあ。そういう例外もあるでありますなあ。自分のはそういう仕様ではないでありますけど、ホロアバターを投射するぐらいならできるかもしれんでありますなあ。

「れ、例外があるなら、」

 陸軍謹製空間迷彩。艦娘の展開する物理保護機構を間借りして起動するモジュールで、単なる斥力障壁である物理保護を、光から熱量、匂い、音までもを歪めさせる力場に変える、空間偏向屈曲機構。

 前から入ってくる光を、歪曲した空間を迂回させて真後ろから出て行かせる、要するにそういうシステム。見かけ上、空間の隙間に隠れているとも、空間を折りたたんでいるとも見えるであります。

 物理保護を変性させて展開させているので、本来の物理保護からすれば耐久力は障子紙程度まで落ちているでありますが、銃弾などの高質量・高運動量を持つものならいざ知らず、多少の雨程度ならびくともしない優れもの。

 当然、艦娘一隻一隻の物理保護に合わせてチューニングする必要があり、製造法は陸軍の機密も機密。そもそも艦娘にしか使えない装置を、所属艦娘の少ない陸軍が開発してるでありますから、その実際の運用数はそれこそ数えるほど。

 いっぱしの犯罪艦娘が持っていていいものでもないし、持って居る筈がないでありますなあ。

「でも、でも…………これは、でも、これは、」

 混乱し、動揺し、デバイスを握りしめる不知火殿。いーい具合にダメージ入ってるでありますなあ。

 さあ、そんな陸軍の最先端技術ほどではないとはいえ、その小型で人間一人を覆えるホログラムを単一投射装置から投射するデバイス。何処で手に入れたでありますか?

「これは……これは、『陽炎から貰った物』で……」

 ぐらりぐらりと揺れる不知火殿。いい具合に弱って、こちらもそろそろ準備が整ってきたであります。そろそろ、終わらせるでありますかな。

 

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 あきつ丸であります。

 今まで誰も指摘せず、自分でも目を逸らしていたのか全く気付かなかったのか、あからさまな異常をあからさまに異常のままに放置していた。それを崩され、不知火殿は動揺している。

 しかしそれは自分の精神の柔らかい所を刺された故の動揺。他者と共感することのできない、他人と共振できない、人の思いを理解できないオフラインの心に、疑問への回答は最優先の議題ではない。

 突然入力された不明情報。既存のロジックを浸食し、エラーを頻発させるデータ群。あらゆるログに割り込みをかけ、スクリプトエラーを引き起こす。呼吸は荒く、動悸は乱れ、手足が痺れる。入力された情報に対する答えは出ない。

 『なら出さない』。

 不知火殿の次の思考はそれだ。出ない答えは出さない。エラーが出るならエラーごとエラー元を隔離して考えない。そしては情報の出元からの入力をシャットアウトして、後で時間をかけてシステムの復旧を図る。

 極めて端的に、わかりやすく、まあ至って正常な精神の持ち主と自負する自分でも理解できるようにまとめると、こうなるであります。

 『不快だから黙らせる』

 まあ、心理学は専攻じゃねーんで適当言ってるでありますけどね。サイコパスな上、対人能力未発達の、自分の有利な状況でしか行動しなかったようなお子様相手何ざ面倒なことこの上ねーであります。

 ああ、ほら、いい加減立ち直って―――いや、立ち壊して、でありますかね。一切合財とりあえず保留して、情報の出元、つまり自分を叩き壊すつもりでありますな。今のところ遠距離生態兵装は確認できてないでありますけど、どう来るかなー。

 まあ、接近してくるのを待つのも、遠距離用の兵装出してくるのを確認してから動くのも、どっちにしろリスクが高いんでそろそろ次の手いくでありますか。

 [[rb:よいしょと > 、、、、、]][[rb:立ち上がって > 、、、、、、]]、[[rb:埃を払う > 、、、、]]。

「…………え」

 今まさに手袋をはずして臨戦態勢に入ったままぽかんとする不知火殿。

 あー、もう。もう暖かい時期でもないし、石畳というか、何これ? 装飾した強化コンクリ? の上で蹲ってるとか、もう冷えて冷えて辛かったでありますよ。泥啜って地に這い蹲るのも仕事の内でありますけど、好きでやってる訳でもねーんでありますよね。

「なっ……ばっ…………な、何故、毒が、なっ」

 あー、トキトキシン? いやー、参ったでありますよ。トキトキシンなんて使い辛過ぎてレアもレア。レアすぎて解毒剤があんまり出回ってない事位が取り得の毒物でありますからな。

 『ショートカット』に入れてなかったんで探すのに時間かかっちゃったでありますよ、解毒剤。

 もー、解毒剤回るまで時間稼ぎするの疲れたであります。まあ慎重という仮面の下で優越感に浸りまくってる優等生ちゃん相手でありましたから不安はなかったでありますけど。

 蛙は口故蛇に呑まるる、なんていうでありますけど、謳い上手の蛙に好き勝手けろけろ鳴かせて歌合戦なんて、薄っぺらな二枚舌の蛇にゃあ荷が勝ちすぎたんじゃないでありますか?

 適当に煽って、使用済みの無針注射器をビニール袋に包んで、懐へ。ポイ捨てはいかんでありますからなー。

 しかし在庫の使用期限もそろそろ危うい所、廃棄にならずよかったであります。

 でもこれ次の発注申請通るでありますかね。使用実績今回が初めてでありますからなあ。まだ在庫はあるはあるでありますけど、使用期限確か来年の春とかじゃなかったでありますかね。ケース単位じゃないと引けないでありますからなー。

「ななな、何を、何を言ってっ」

 おお、物凄い動揺振りであります。やっぱり例外慣れしてないんでありますなー。優等生さんにはありがちであります。

 もう何回も言ったでありますよ、不知火殿。面倒そうな艦娘の情報は調べてあるし、調べてあるなら当然対策は打ってるに決まってるじゃあないでありますか。陸軍情報部舐めすぎでありますよ。というよりまわり全部舐めきってたんでありますかね、いやらしい。

 第一、陽炎型の毒物が対処されてねー訳ねーじゃねーでありますか。

 完全オーダーメイドの一品物ならともかく、マス・プロダクションのベルトコンベアに載せられた規格品のメジャー品でありますぜ? 

 それに、解毒できない毒なんて危険物、商品になるとでも? マッチポンプもいいところでありますけど、陽炎型の劇毒体液の解毒薬は、里見製薬の主力製品だってご存じなかったでありますかねえ?

 平和な鎮守府で身内をのんびり闇討ち騙まし討ちしてた不知火殿には、全然ご承知じゃあなかったでありますかね。あはは、でも、まあ、気になさらないでいいんでありますよ。全然これっぽっちも気になさらないでいいんでありますよ。

 不知火殿は良く調べ良く準備して、良く構えて襲撃されたでありますよ。

 ただ、自分の方が周到だったというだけの事、でありましたっけ?

 ああでも、屈辱を感じながらも戦意を喪失せず、動揺しながらも寧ろやる気満々で、大層結構なことであります。自分もけろけろ鳴くだけで退散してもらおうなんて、都合のいいことは考えてないでありますよ。

 色々面倒ではあったけれど、なかなか悪くないじゃあないでありますか。監視の目もゆるい場所で、丁度いい的もあって、事を済ませりゃ負債返済のためとはいえお賃金も出る。鬱憤晴らしに暴れるにゃあいい夜でありますよ、全く。

「不知火を……馬鹿にしているようですね」

 馬鹿にしてはいないでありますけど、まあ虚仮にして出汁にしてこれからサンドバッグにするつもりであります。

「もういい………お喋りはここまで。仕事を開始します」

 やれやれ、乗っかる余裕ももうないのでありますか。

 しかしまあ………大海帰りの大蛙に、ホームグラウンドの井戸の中で挑もうなんざ、ケージ飼いの長虫風情が調子に乗ったものであります。

 殺さず解さず並べず揃えず、ただ無様な姿を晒し上げててやるであります。

 陸軍情報部第三課付艦艇女子、強襲揚陸艦あきつ丸。

 状況を開始するであります。

 

 あきつ丸であります。

 毒も抜けて、監視もなし。精神攻撃フェイズはこちら優勢で終了。

 鬱憤はいい感じに溜まって、ストレス解消剤(摩耶殿)はなし。

 

 よーし、ぶっとばーすぞー!

 

「……色々と、不知火を動揺させるようけろけろ鳴いたようですが、

 毒もすっかり抜けたようですが、

 不知火とやり合う気満々のようですが」

 余裕という仮面をかぶり直し、冷徹な目でねめつける不知火殿。

「毒が利かないとしても、不知火は艦娘を相手に十分十二分の体術も持っていれば、解毒薬では対処できない左手のシラノキシンも持っていることをお忘れなく」

 シラノキシン……強い浸透圧で速やかに全身に回り、人体内の成分と化学反応を起こして爆発する不知火モデルの劇毒。

 全身に回るほどの量を受けずとも、多少の傷でも手足を吹き飛ばされかねんであります。その浸透速度は相当で、傷口を削いでどうこうとかいう映画でよくある毒薬対処ではどうしようもないであります。

 人体及び艦娘の素体を構成する有り触れた成分と反応するため、不知火殿の言うとおり薬物では対処不可。機械部分の多い義体か、構成成分自体が異なる珪素系でもないと事前対処は不可能。格闘戦では一番相手にしたくないタイプであります。

 更に、あえてここでシラノキシンをダメ押ししてくるあたりが臭い。やっぱりまだ奥の手を二、三隠し持ってそうでありますな。

 これは気を付けて当らねばなりますまい。

 脱力したようにゆらゆらとかすかに揺れる不知火殿。一見隙だらけに見えるけれど、こちらのどんな動きにも瞬時に対応できるような構えでありますなあ。多分。いや、自分そこまで詳しくないでありますし。

 まあ、その、なんでありますかな。

 こういうの言っちゃうのもどうかとは思うんでありますけど。

 艦娘同士のガチバトルとか、緊迫感溢れる鎬を削るが如きやり取りとか、暴力的な描写の権化みたいな感じの戦闘は期待しないで頂きたいであります。そういうのが見たい人はマイアミとかネオヨコスカとか大阪の横須賀の鎮守府とかの報道を見たほうがよろしいかと。

 いやだって……これ、あきつ丸レポートでありますからね?

 あきつ丸のレポートでありますからね?

 この、自分の、レポートでありますからね?

 そりゃ一応訓練はしてるでありますけど、自分諜報員であってレンジャー隊員とかじゃねーでありますからね? サーヴァントで言ったらアーチャーとかキャスター、アサシンあたりであります。真正面からぶつかりあうタイプじゃないんでありますよ、ほんと。

 同じアサシンの不知火殿は、あれはあれで通常戦闘でも優秀なタイプみたいでありますけど、どっちかというと自分、ほら、宝具に特化して他がしょぼいみたいな、そんな感じのでありますから。あと多分幸運値低目。

 もうね、ほんとね、殴り合ったり蹴り合ったり撃ち合ったり斬り合ったり、そういう野蛮なの自分得意じゃないんでありますよ。素体強度は中程度だし、艤装は展開できても武装が装備できねーでありますし、カ号観測機すら飛ばせねーでありますし。

 そんな自分が魑魅魍魎の万国びっくり艦娘ショーみたいな連中と真正面から切った張った出来るわけないじゃないでありますか。自分がいくつ鎮守府渡り歩いてきたと思ってるんでありますか。

 重工だのサイエンスだのテックだの、企業系の面倒臭い鎮守府めぐってる中でいちいちそんなの相手にしてたら命がいくつあっても、まあ、実際足りなくなるかと何度か思ったであります。在庫があってよかったであります。いや、よくねーでありますけど。

 ともあれ、野蛮な殴り合いを苦手とする揚陸艦としては、ここは自分の得意とする土俵でやっていくので、血沸き肉躍る殴り合いとか想像の方は本当に申し訳ないであります。状況を開始するとかなんとか格好いいこと言ったでありますけどごめんやで。

 という訳で、自分の得意なやり方でいくであります。

 紳士的に、こちらの手の汚れない範囲において殴ったり蹴ったり撃ったり斬ったり、一方的な蹂躙を開始させていただくのであります。

 手始めにずるりと対艦火炎放射器を取り出して構え、本日何度目かの不知火殿のポカーンを頂いたのでありました。

 

 あきつ丸であります。殴り合いなんて野蛮な真似は苦手。だから一方的に殴り沈めるのがスマートでよろしい。そんな情報部式の紳士的な戦術に基づき、本日ご紹介するのがこちら。独逸はDA社製対艦火炎放射器であります。

 DA社は対艦兵装の老舗の一つで、他社と比べると艦娘技術をあまり用いない、既存の技術の延長の戦法で艦娘・深海棲艦を撃破することをモットーとしており、その製品の多くが物理保護を『削り殺す』ことを目的に作られているのが特徴であります。

 先ほど挙げたBC兵器、つまり生物兵器や化学兵器も副次効果として艦娘に物理保護の長期間展開を強制し疲労を与えることができますが、今回お見せする対艦火炎放射はまさしくその目的が物理保護の減衰・突破なのであります。

 形状はシンプルで、背中に背負う形の二本のボンベと、そこから伸びて合流するチューブ。そして手元で操作するトリガー部分から長く伸びた発射口がついているであります。多分火炎放射器と言われて想像する最もシンプルな形状かと思うのであります。

 この対艦火炎放射器の凄い所は、ボンベの強度を保ったままの軽量化でも、液体燃料の燃焼高効率化でも、最大温度の飛躍的向上でも燃焼時間の驚異的な延長でもなく。

 そんな極めて一般的でこれと言って特筆すべき点もない火炎放射器の延長を、堂々と対艦兵装と名乗って売り出してる事実であります。そして他の企業がちょっと悔しがったことに火炎放射器という武器はひねりなしに対艦兵装として優秀だったことであります。

 通常兵器の効きが悪い艦娘・深海棲艦に対して、各企業は物理保護を貫く高火力や、艦娘合金を使用した近接武器、艦霊の力を限定的に纏わせた兵装、技術力に物を言わせたビーム兵器などSFかよっていう兵器をいろいろ作ったのであります。

 そんな世界トンデモ兵器ショーじみた市場を尻目に、艦娘撃破実績を引っ提げて本体価格1000ユーロとかいう馬鹿みたいな値で売り出した我らがDA社。爺さんの頃の戦争じゃないんだぞ、と嗤う声も気にせず、持ち時間きっかり実演して世間を呆れさせた恐るべき商品であります。

 艦娘業界では精々塹壕攻めか、雑草を焼き払う位にしか使えないと言う印象しかなかった火炎放射器は、というより端的に言えば炎そのものが、艦娘の物理保護に恐ろしく有効だったのであります。

 どういう事かと言えば、炎というものの半端なエネルギーとほぼ皆無な質量のせいであります。物理保護は高エネルギー、高質量で接近してくるものに対して自動で発動するのでありますが、逆に言えばゆっくり接近したり、軽いものなんかは反応が悪いのであります。

 なので油断しているところに奇襲で燃料を浴びせて燃やせば、艦娘は纏わりつく炎をもろにその身に受けることになり、着衣は燃え、皮膚は焼け、呼吸もできず斃れるのであります。まあ勿論、そこまで一方的なのは稀としても、物理保護を発動させずに攻撃できるかもしれん、と。

 では艦娘が火炎放射を察知して自分の意志で物理保護を展開した場合どうなるか。燃え盛る燃料は艦娘に襲い掛かるも物理保護に遮られ――そしてそこで燃焼し続けるであります。燃え続ける燃料を防ぐために物理保護を展開し続け、エネルギーは目減りする一方。

 しかも炎は一方向からだけでなく、燃料の撒き方次第で全方位から艦娘を襲うことで強制的に物理保護の展開領域を広げて疲労はさらに増加。

 更にここで問題なのが物理保護は熱量を減衰させはしても完全にはカットできないということ。じわじわと上がり続ける温度に、生体である艦娘の素体はどんどん消耗していくであります。

 温度上昇に耐えようと物理保護を強化すれば疲労は増加し、では急いで消火しようとそちらに気を取られればもちろん隙だらけに。

 元々瞬間的な展開が基本である物理保護を強制的に展開させ続けること。熱でじわじわと生体を責めること。この二つの極めて有効な効果を極めてシンプルな手法で与える。更に周囲を火で覆えば呼吸も奪える。安くシンプルでえげつない。これがDA社の対艦兵装第一号であります。

 まあ問題があるとすれば、昔から戦場での平均寿命が五分程度と言われる燃料食いの火炎放射器。飛躍的に伸びた燃焼時間といっても10分程度が限度。駆逐艦か、うまくいけば軽巡洋艦程度が相手できる限度で、しかも反撃をうまく封じられればという条件付き。

 理想的な運用法は適度に狭い空間で、単一の標的を相手に、二名か、最低一名の歩兵を随伴・適宜攻撃させて反撃を許じ、火攻めにするというもので、DA社が『意地は認めるし素晴らしい再発見だけど、それで?』と言われた所以であります。

 ちなみにこの理想的な運用方法を実際に経験することとなったベトナムでは、一々見つけて火攻めするより森ごと焼いた方が早いという、いろんな意味で命を何だと思っているんだというアビ・インフェルノ・ジゴクめいた戦法で国を焼いちまった訳であります。

 尚、高級官僚以下の人間は名実ともに艦娘以下の価値しかない冬将軍の国では、囲んで火炎放射器で燃やせば戦艦も許容コスト内で炙り殺せる上に、深海棲艦はよく燃えていい暖房になるという、これまた販売元の想定しない利用法が人気であります。

 まあそんなこんなで色々問題もある火炎放射器でありますが、現状は理想的な運用法と比べてどうでありましょうか。適度に狭い空間:合格。単一の標的:合格。二名か、最低一名の歩兵を随伴させる:随伴兵なし。しかし囚艦娘である敵には砲を始めとした武装がない。

 しかも相手は駆逐艦。このまま削り殺してバーベキュータイムでありますかねえ。

 と、油断できる相手ならよかったのでありますが。突然出てきた火炎放射器にも動揺は一瞬、こちらが燃え盛る燃料を吐きつけると同時に、物理保護を前面に集中。

「小癪な真似を……ッ、不知火を怒らせたわね!」

 小鹿のような太腿にみしりと縄の如き筋肉が浮き上がり、忍者もかくやという挙動で地を蹴り、壁を蹴り、炎の射程から逃げられてしまったであります。雑技団に永久就職できそうでありますなあ。

 素早く動き回る相手に火炎放射器は難しいであります。うまく相手の進路をふさげればよし。しかし失敗すればあたりを火の海にして自分まで巻き込まれかねないであります。それを向こうも分かっているのか、地を、壁を自在に足場にして不知火殿は常に動き続けるであります。

 間合いは一定に保ったまま。こちらが焦れて火炎放射器を振り回すか、隙を見せるのを待って、韋駄天の如き俊足で距離を詰め、右の毒薬か左の爆薬か、一撃で仕留める気でありましょう。

おお、なんということでありましょうか! これでは火炎放射器など!

 油断も隙もなくこちらの命を狙って飛び回る恐ろしくも美しき暗殺者。

 攻めの手を鮮やかに反され、いまや再び狙われる側となったあきつ丸。

 一体どうなってしまうのか。次回乞うご期待。

 

 あきつ丸であります。火炎放射器もなんのその。ましらの如き素早い動きでこちらを翻弄する不知火殿。自分が炎に巻き込まれることを恐れて火炎放射器を使えなくなると考えたのでありましょう。実際、こちらは迂闊に炎を放てない状況であります。

 炎は形を持たず、どのような形にでもなって環境を支配する強力な武器でありますが、それが自分に牙をむいたとき、待っているのは無慈悲な死のみ。

 有効な武器を活かせないまま、寧ろその鈍重さに機動力を奪われ、身軽な不知火殿には格好の獲物といった体。このままではろくな反撃の機会も見いだせず、装備の重さから避け切ることもできず、一方的に嬲り殺しにされてしまう事でありましょう。

 まあ、他に武器がなければの話でありますけど。

 ぱちんぱちんと留め金を外して火炎放射器のボンベを外して落とし、懐に勢いよく手を突っ込む。

「―――疾ッ!」

 しかし不知火殿も、先ほど火炎放射器を取り出したのを見て、自分が外見からは不自然なほどの容量を持つ収納を持っていることを想像していたようであります。

 どんな武器をどれだけ持っているかわからない。しかしどんな武器であれ、取り出す瞬間ならば隙はある、と。曲から直へ。緩から急へ。視覚を欺き気配を置き去りに、空気を断ち割り貫手が迫る。恐ろしく鋭い狙いであります。

 まあ、別に武器取り出すのにいちいち懐に手ェ突っ込む必要はないんでありますけど。

 隙あり、と言わんばかりにこちらの背後から、盲点に潜み視覚から隠れ、あまりにも正確に素直に打ち出される貫手なんてまあ、いやいや全く対処しやすい。懐に手を突っ込んだまま、背中から勢いよく飛び出したのは―――網でありました。

「――網ッ!?」

 ああ、ただ網なんて言うのも失礼でありますな。専用のシューターから打ち出された高速の網に囚われ地べたに転がる不知火殿に振り向いて、さあ御次の商品はこちら。

 こちらはアデン湾やインド洋を主な漁場とする海ぞ、もとい兼業漁師組合『善きソマリア人』の皆様が愛用している特殊カーボンナノチューブ製キャプチャーネットとその発射装置、であります。なんとあのNASAの開発。

 深海棲艦との戦いが始まり、『海域』への進出、艦娘技術の発展などを優先するため予算・人員をがりがり削られたNASAことアメリカ航空宇宙局。世間は宇宙開拓などそっちのけで、もっと簡単に行けてもっと未知に溢れた『海域』の調査ばかり。落ちぶれていく一方でありました。

 そこで、なんとか研究開発を続けるため、予算捻出の為にNASAは、今まで得られた研究成果や開発物を製品化して売り出したのであります。苦手なことを無理にしようとせず、ちゃんと形になった状態ではなく合金やワイヤーなど素材で売り始めたらこれがなかなか悪くない。

 もとが宇宙という極限状態に挑もうとしていた連中の手掛けた品々。最先端の技術の結晶。艦娘技術者たちも挙って仕入れ、それで儲かったNASAも艦娘技術を輸入して更に技術を磨き、いまや宇宙開発そっちのけで素材作りに励む下請け企業みたいになったわけでありますよ。

 まあそれでも信頼と実績のNASA印。今回ご紹介するこの素敵なキャプチャーネット。実は現地のソマリア人たちの間ですでに深海棲艦を生け捕りにする実績を毎日のように挙げているのであります。

 もとはNASAから仕入れたワイヤーを、現地の兼業漁師の皆様が、昔ながらの知識や技術を用いて投網に加工。端に付けられた艦娘合金製の重りによってうまく絡み付き、さらにワイヤー固有の水を吸うと縮むという欠点を見事に長所に変えて、近海の深海棲艦をあっさり捕獲。

 重巡や戦艦クラスの深海棲艦でも脱出には骨を折るという凶悪な代物で。当然のことながら技術はあっても基礎的なパゥワに欠ける駆逐艦に破れる代物じゃねーのでありますよふーははははははー。

 多少強力なワイヤー程度だと突破される可能性があると比叡殿で学んだでありますからな。ここは惜しげなく私物のキャプチャーネットを使って正解でありましたな。本末転倒、目的の為に手段を選ばず、手段の為に目的を見失ったNASAの技術力をなめるなであります。

「くっ、この……!」

 ふははははは。無駄無駄無駄ァであります。駆逐艦がいくら暴れた所であれちょっと何してるんでありますかそれ何してるんでありますかちょっとえっちょっとちょっとちょっとなにそれこわっていうかきもっ、え、ちょ、まっ、うわっ、うわ……うわー…。

 捕えられて無駄に暴れるかと思いきや、こちらを射殺さんばかりの視線で睨み付けたかと思うと、おもむろに口に手を突っ込む不知火殿。何事かと思いきや、こやつ、えー。盛大にリバースしやがったであります。

 ドン引きするこちらを気にした風もなく、えれえれと胃液を吐き出し続ける不知火殿。見てて気持ち悪くなる絵面であります……ってちょっと。幾ら何でも出過ぎじゃないでありますか?  というか胃液ってそんな色してたでありましたっけそんなえげつない紫色……あ。

 しまった。やっちまった。慢心した。

 咄嗟に飛びのいた瞬間、深海棲艦ですら絡め捕るキャプチャーネットが容易く引き裂かれ、先ほどまで自分のいた場所に吐きかけられる紫色の液体。

「こんな……不知火にこんな、こんな、使いたくもない、こんな奥の手まで……!」

 引き裂かれ、不知火殿の手元でしゅわしゅわと溶けていくネット。足元に落ちた紫色の液体は、触れる全てを浸食しては溶かしていく。

 まさか腹の中に仕込んであったでありますか………ハツカジン溶解液。

 

 ハツカジン溶解液。

 里見製薬が建造する初風モデルの艦娘が生体内精製する化学物質。通常腹部に増設された臓器で精製し、掌の噴出孔から勢いよく噴出させる。個体差はあるが、平均で2~3リットル、最大で5リットルの貯蔵が記録されている。

 精製速度は陽炎型の他モデルの化学物質精製速度に比して遅く、また対象に振りかけるという使用法から一度の使用量が多く、多用はできないという欠点はあるものの、単なる非常用の隠し武器とするには余りある凶悪な性能を誇る切り札であります。

 この浸食溶解液の厄介な点は、『防ぎ様が無い』という一点に尽きるであります。深海棲艦の丈夫な外皮程度は簡単に溶解せしめ、現行の艦娘の基幹部を守る超チタン艦娘合金でさえ重大な腐食を引き起こすであります。しかも速度が遅く軽いので、物理保護も通りやすい。

 海上で使用した場合、深刻な水質汚染は免れ得ず、自然状態で放置した場合最低三日は生物の生存が不可能となる程であります。

 余りにも凶悪な性質からついたあだ名が『エイリアンズブラッド』であります。

 この溶解液の影響を免れるのはハツカジン耐性を持つ初風モデルの生体の他には、一部の特殊な金属・ガラス類だけで、保管容器の製造が困難なため今のところ基本的には生きた初風モデルでしか持ち運べない劇薬であります。

 この凶悪な溶解液を精製する初風モデルは里見製薬でも建造が難しく、その凶悪さから名は知れているものの実際にお目にかかることが滅多にないことから、名ばかりで実際には存在しない都市伝説のようなものではないのかという意味も込めてツチノコ呼ばわりされているであります。

 まー、そんな凶悪なブツまで仕込んでいるとは、本格的に厄モノでありますなあ、この不知火殿。しかも遺伝子レベルで合成されるハツカジン耐性を持っているということは、単に精製臓器を移殖したとかじゃないようでありますな。

 どうやら見た感じ今ので打ち止めみたいでありますが、これを初見で食らってたら本当にヤバかったであります。流石にレアもレアのハツカジン対策なんざしてないでありますからなあ。というか対策のしようがないというか。

 口元をぬぐい、呼吸を整え、しかしぶつぶつと口元で何やらつぶやく不知火殿。完全にとさかに来ているようであります。心がないとかなんとか言ってたでありますけど、どちらかというと共感性に欠けるサイコパスというのが妥当なのでは。あと情緒未発達。

 さーて、まさかハツカジンまで仕込んでいるとは思わなかったでありますが、そうすると後期陽炎型の身体活性系化学物質でドーピングしてきやがるかもしれないので、早めにどうにか―――したかったなあ。遅きに失したのを自覚した時には、不知火殿の拳が頬にねじ込まれていた。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 

 あきつ丸であります。

 陽炎型シリーズの生体兵装をこれでもかと詰め込んだぼくのかんがえたさいきょうのかげろうがたみたいな不知火殿に今現在顔面ぶん殴られてて粗筋どころじゃねえであります。

 動き始めを察知してから、頬に拳がねじ込まれるまで、コマ落ちでもしたかのように、視認できなかったであります。教官殿、『人間工具』によって身に沁みついた経験が、咄嗟に体に命じて後方に身を引かせてさえ、顎がずれるかと思うほどの拳。

 身に沁みついた鍛錬が、伸びきった腕を圧し折らんと体を動かし始めるも、こちらの手が腕に絡み付くよりも、いや持ち上げるよりも早く、引き戻された拳が再度のジャブ。それも捕えられない。ジャブ。ようやく腕が持ち上がる。ジャブ。ガードせんと腕を胸元に引き寄せる。ジャブ。

 寸での所で脳が揺らされるのは防いでいる。というより、ほぼ自動で首元から取りだされた衝撃吸収装甲板による防御が発動していたであります。これエアバッグみたいなもんで、完全に不意打ちの事故とかに対して発動するようショートカットに仕込んでたものなんでありますけど。

 正確で、精密で、読みやすい軌道で――なのに、避けられない。避けさせてくれない。ようやく持ち上がった腕でガードを試みるも、グローブもない状態、過程をすっ飛ばしたようにしか見えないジャブは、容赦なくその隙間をかいくぐる。

 華奢で、細身で、愛らしい少女のなりで、しかし放たれるジャブの一発一発が砲弾のような破壊力。恐らく、その秘密は、徐々にこちらに攻め寄りながらも、パンチの瞬間にはタコの吸盤のようにぴったりと地面に張り付いている足元。

 インパクトの瞬間、接地点から拳まで、一本の鉄骨を通したように固定し、ただ拳だけで殴るよりもはるかに効率的にパワーが突き通る。向かい合うこちらはまるで不動の大地に突き立つ鉄骨と正面衝突したような心地であります。発勁の一種か。

 それを、この速度で連続して繰り出してくる。それも惰性で回転させているジャブではない。一発一発に必殺の意志を込めてこちらを削りに来ている。まともな反射神経で繰り出せる技ではないし、まともな神経で繰り出していい業でもない。

 間違いなく、後期陽炎型に特有の身体賦活法。恐らくイソカゼンで筋力を増強し、タニカジーノで反射神経と思考速度を極端に加速している。いや、下手すると陽炎型生体兵装の完成系と言われる舞風モデルの『ダンス・ドゥ・フー』……いや、流石にそれはない、か。

 とにかく、この速度は自分ではさばききれないであります。こちらの組技を警戒してか、あくまでもヒットアンドアウェイのジャブで、こちらに取りつく隙を与えてはくれない。必殺の貫手も、こちらが装甲板を繰り出して指を折られることを恐れてか繰り出してこない。

 先ほどからからかい過ぎたせいか、妙な武器を出されても自爆を恐れて使えないように、絶妙に密接距離を取り続けていて、迂闊に武器も出せやしない。出せたとして取回す隙に打ち抜かれる。格闘戦だけでも、というのはハッタリではなかったでありますな。

 さ、て。どうするか。体重は軽いし腕も細いから、ブーストにも限界がある。技があるからそれでもこちらを刺しにくる一撃は鋭いけれど、最初に脳をすっかり揺らされなかったおかげで、急所には装甲板を張れた。荒くなりそうな呼吸を抑え、細く、深く、呼吸を整える。

 しかし装甲板も、『ショートカット』に入れているのは応急用のショックアブソーバーとモリブデン鋼板位。

 いくら駆逐艦の拳とはいえ妙な発勁遣い。このままではドーピングの反動とスタミナ切れの前に、装甲板ごと削り殺されかねんであります。

 唯一の救いは、物理保護の干渉が相互に同程度で済んでいることくらい、でありますか。

 艦娘・深海棲艦に通常兵器の効きが悪い最大の理由、無敵の防壁、物理保護。艦霊の齎す重力素子が作り出す斥力防壁。

 物理保護を突破できるのは、減衰率を強行突破できるだけの強大なエネルギーか、霊的な処置を施された武装。あるいは物理保護による干渉だけ。基本的に物理保護同士が接触すればお互いに干渉し合って、互いの攻撃が有効に通る様になるであります。

 しかし艦霊の浸透度合い、扱いの慣れ、そう言ったものの積み重ね、所謂ところの『練度』に著しく差がある場合、物理保護は一方的に干渉され、同じ武装でもダメージに決定的な差が出る。これが時に駆逐艦の砲撃が戦艦をも一撃で葬る現象の理由であります。

 先程からのダメージを鑑みるに、不知火殿の公定練度は自分とさして変わらないくらい。こちらにもダメージは通るでありますが、逆にこちらからの攻撃も通るはず。

 ………まあ、それってつまり、公定練度最低80オーバーを意味してるでありますけど。

 やれやれ。露払いが仕事の駆逐艦の本気の削り殺しを、まともな砲の一つも積んじゃいない貨物船じみた揚陸艦に相手させるなんて、世の中本当にままならないものであります。陸軍の艦艇なんて存在自体からして半端な蛙に過ぎない身だというのに。

 しかもただの駆逐艦ではない。殺しも殺したり112名の一般人と、112人の軍人と、112隻の艦娘を殺して解して並べて揃えて晒した挙句、今も死体を量産し続けるシリアルキラーであります。いや、まったく本当に、もう。こんなやつを相手にさせるとは何たる難題。

 こんなのを相手に殺さずに済ませるなんて、何たる、難題。

 

 陸軍情報部は、公的には存在していないことになっている機関であります。その職員は表向きは陸軍広報部の部員ということになっており、人畜無害の紙の兵隊として登録されているであります。

 そんな人畜無害な広報員が、余所で何か問題を起こしたり、死亡したりするようなことがあった場合、どうなるか?

 応えはどうにもならない……というより、何もなかったことになる、であります。

 死亡した職員は、何を調べても身元に関わる情報が出てこず、持っている道具は有り触れたもの。あるいは死体は証拠もろとも燃え、爆発し、或いは溶けて失われてしまうであります。そして身分の知れない正体も分からない何者かが全てを回収していってしまいます。

 では諜報員としての活動を目撃されてしまったら。余りにも規模の大きい場合はそれなりの対処が必要となるでありますが、一人や二人、それも比較的どうでもよい面子に目撃されたら。こちらも簡単であります。

 いなかったことにすればいいのであります。

 人殺しではないのか? 何を仰るか。死体のない殺人事件など、誰が立証するのでありますか。

 ああ、そういう点では不知火モデルのシラノキシン、あれ便利でありますよねえ。

 まあ、そんな陸情の艦娘でありますからね。自分も、そういった時の対応は心がけているであります。現場で親しくなった友人を、手掛けなくてはならなくなったことさえあります。ライセンスなんてもの発行してはいませんが、それでも、殺しの作法は心得ているであります。

 ああ、もう……穏便に済ませようとした、とだけは言っておくでありますよ。

 空間兵装『自在蔵』起動。ポート切り替え。壹番閉鎖。貳番開放。ショートカットキー壹番、貳番、參番起動。電子妨害開始。カウントを網膜に表示。貳拾捌番、參拾參番、參拾肆番装着。次いで拾貳番、拾伍番混合散布開始。

 空間兵装特化型強襲揚陸艦あきつ丸、状況を開始するであります。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 不知火は焦っていた。焦れていた。神経も、心臓も、精神も、焦げ付きそうなほどに。

 今まで不知火は、数多くの一般人、軍人、艦娘を屠ってきた。その殆どは、始まる前から全て終わらせているという程に、丁寧な仕込から無傷で終わらせてきた。

 仕込みの要である毒の通じない相手は少なくなかった。同じ陽炎型の艦娘。耐性の極めて高い戦艦型や重巡型の艦娘。常にガスマスクを装備していた軍人。ガスの効果がない状態での解体を試みたケース。だがどの場合においても、不知火は全てを予定通りに片づけてきた。

 想定外の事態がなかった訳ではない。しかしそれらにその場その場で対応し、解決するに十分な能力が不知火にはあった。何より、不知火は努力家だった。予定通りに物事をきっちりと始め、予定通りにきっちりと終らせる。スケジュールを守る事は当然の努力だった。

 予定が狂う事は気持ちの悪い事だった。予定通りに物事が進むのは気持ちの良い事だった。本棚から本を取ったら、必ず元の場所に戻すだろう。続き物の並びは必ず正しく、文庫本は文庫本で、ハードカバーはハードカバーで揃えるべきだ。誰だってそうする。不知火だってそうする。

 不知火の犯行はすべて予定通りだった。スケジュールを組み、順番通りに手順通りに、チェックリストに丁寧にチェックを入れながら、人を殺し、軍人を解し、艦娘を晒してきた。予定が予定通りに進むことは不知火を満たしてくれた。

 予定を決め、遵守すること。それは陽炎が教えてくれたこと。したい事もするべき事もなくて、何をしても何をしなくても変わらなかった不知火に、陽炎はスケジュール帳をくれた。日々の何気ないことをスケジュール帳にまとめて、それをこなしていく。初めての習慣だった。

 習慣はやがて趣味になり、趣味は高じて信念になった。陽炎とのささやかな約束を、日々のつまらない業務を、興味のある本の発売日を、細々と記していく内にスケジュール帳は不知火そのものになった。一杯に埋まったスケジュール帳は、陽炎のくれた不知火の『こころ』だった。

 紙面が一杯に埋まって、新しいスケジュール帳を買うようになってからも、陽炎から貰ったスケジュール帳は不知火の重要な指針となった。基本となる事柄が全て詰まった不知火の、不知火だけの羅針盤。

 鎮守府の艦娘を一通り解体し終えて、新しいサンプルが入らなくなった時も、予定通りだった。手違いで突っ掛ってきた艦娘を解体してしまったが、無事、予定通り軍警に捕縛された。そうなる事は分かっていたし、仕方のない事だった。

 あれ以上、あの鎮守府で続けることには無理があった。場所を変え、条件を変え、試し続ける必要があった。調べ続ける必要があった。答えが出るまで続けなければならなかった。陽炎に貰った問いかけへの、答えを見つけるまで。

 全ては予定通りに進んできた。

 その筈なのに。

 嗚呼、その筈なのに。

 

 何故こいつは倒れないのか。

 

 陽炎型の優れた身体能力に、更にイソカゼンで筋組織を強化。ハマカゼンで皮膚を硬化。タニカジーノで拍動を調整し、神経を肥大化させて伝達速度を加速。三種複合投与は理論上、陽炎型の理論値に迫る『ダンス・ドゥ・フー』にさえ劣らない筈だ。

 その強化に強化を重ねた身体から繰り出されるのは、シャアルゥジァ探偵社の艦娘に学んだ発勁だ。例え体躯で劣る相手であろうと、それこそ『地球の重さに等しい程のインパクト』を与えられる。

 タニカジーノの効果で、世界がコマ送りにさえ見える加速された意識の中、精妙な身体操作で繰り出される高速の連続発勁。如何ともし難い基礎腕力の低さを補って余りある拳の暴風は、防御に徹した戦艦でさえ削り切れる筈だ。

 それにも拘らず、艤装も展開していない、本来装甲もそう厚くない揚陸艦風情が、どうしてこの暴風の中、未だに立っていられるのか。

 発勁のラッシュが開始してからすでに30秒。ドーピングの限界である90秒まで残り一分を切った。予定では10秒かからずにガードを突破し、ボディに拳が入っている筈だった。それは相手の奇妙な兵装を計算に入れてもだ。

 火炎放射器やネットを何処からともなく取り出したあの奇妙な技。艦娘が艤装を圧縮空間から展開する、所謂空間兵装に似ている。恐らくはその拡張型。恐らくは多種多様な武装を隠しているだろうが、艦娘に通用する武装は限られてくる。

 どの様なものであれ、ハマカゼンで硬化した皮膚は生半可な武装では貫けないし、タニカジーノで加速された世界にいる不知火であれば大抵の攻撃は見てからでも避けられる。それに密接距離で攻撃を続ける限り、自分を巻き込む可能性のある攻撃はできないだろう。

 ある程度の反撃を覚悟の上での猛攻。攻撃に特化したスタイル。しかしそれでも、それでも尚崩せない。相手は思いの外素早くガードを固めてきた。だがそれがどうした。こちらの攻撃に対応するように装甲板を張ってきた。だがそれがどうした。

 

 それがどうした。

 それがどうした!

 それがどうした!?

 

 必殺のスタイル。必殺の間合い。必殺の拳。必殺の意志。重ねて束ねて拳に込めて、一体何発撃ち込んだことか。戦艦の艤装の物理装甲ですら削り殺せる拳の弾幕が、たかが二枚や三枚の装甲板程度を相手に何故手こずることがあるだろうか。

 だが実際、目の前の女は今も装甲をまとった両腕を顔の前で構え、こちらの急所を狙う拳を、僅かずつずらしては受け止め続けている。最初こそ確かに芯を捉えていたはずの拳が、いまや真綿を殴るような鈍い感触に変わり始めている、

 適応してきている。百分の一の世界に、踏み込んできている。神経と心臓に多大な負担をかけるタニカジーノでようやく辿り着ける境地に、この女は脊髄反射レベルで反応してきている。或いはそれが訓練の差なのだろうか。感性と知識で武を修めてこれた不知火に足りないもの。

 40秒経過。長い長い10秒の間により堅くなる防御に、予定通りにいかない現実に、焦れに焦れた不知火の拳が乱れ始めた頃、不意にあきつ丸のガードが解ける。両腕がふらりと下りる。

 俯き気味にぶらりと棒立ちするあきつ丸に、ぎくりと不知火の体が反射的に強張る。何をするのか。何をしてくるのか。今までに散々痛めつけられた精神と身体が、不知火に無意識のうちに躊躇をさせた。

 だが今更距離を取るわけにはいかない。深く一歩を踏みこみ、神速の一撃が、

 

「え」

 

 突き刺さる!

 完全に無防備なあきつ丸のボディに、流れるように不知火の発勁が叩き込まれ、弾き飛ばされる黒衣の体。どさりと倒れ伏す体に、余りのあっけなさに、不知火の思考が一瞬静止した。

 

 身体賦活効果切れまで、あと45秒。

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 1秒。

 それは不知火があきつ丸を殴り飛ばし、その余りの手応えの無さに思考を止めた時間。

 1秒。

 それはあきつ丸が完全に脱力し、空中を舞う時間。

 1秒。

 それは百分の一秒を駆ける不知火にとって、体感時間にして二分弱にも至る致命的なロス。

 

 余りにも致命的な。

 

 自分の動揺に気づき、罠の可能性を疑い、進退を躊躇し、そして覚悟を決めて粘つく空気をかき分けて百分の一秒の世界を踏み出すのに更にもう1秒。

 あきつ丸の体が地面に倒れ伏し、間延びした落下音が響く。

 左――いや、右。万が一を考え、切り札であるシラノキシンを堪え、右のクロソキシンを構える。加速された世界の中で、じれったい程にじわじわと毒液が分泌され、指先に溜まる。更に1秒。分厚い空気の壁を貫いて、貫手が倒れ伏すあきつ丸の体に繰り出される。

 僅か、3秒。

 突然の異常事態に、精神を復旧させ、攻撃に移るまで、3秒。予定通りに物事を進めてきた、予定通りにしか物事を進めてこなかった、予定外を全て入念に潰してきた一つの兵器として、それは十分に短時間だっただろう。

 しかし、3秒。百分の一秒を駆ける戦闘神経が数えるその時間は、体感時間にして五分。それは接敵し、状況が開始している中で捨てるには余りにも大きなロス。

 不知火の戦闘技術は一流だ。解体技術は超一流。並の艦娘なら一人で十分に圧倒できるだけの実力はある。しかし、それは技術に過ぎない。解体の経験は豊富だろう。罠を張り、待ち伏せる狩りのスタイルは熟練の域だ。

 だがそれは戦闘経験には繋がらない。自分の勝てる状況、予定した台本通りの戦闘、仕留める瞬間さえフラグ立ての済んだイベントに過ぎない。それは、そんなものは戦闘ではない。作業に成り果てた時、そこから闘争は失われる。

 作業としては、仕事としては、不知火の技術は一流品。しかし戦闘者としては、よくて二流。ましてや殺人鬼としては、三流もいいところ。

 故に、経験においても、勘働きにおいても、及ばない。たかが揚陸艦風情に、及ばない。

 心臓目掛けて打ち下ろされた貫手は、確かにあきつ丸の胸に吸い込まれるように、コマ送りの世界を進み、肉が潰れ骨が圧し折れる音と共に、砕けた。

 

「え」

 

 百分の一のスローモーションな世界で、自身の繰り出したエネルギーによって出鱈目な方向に圧し折れて血を吹き出し、爪が剥げ、骨を飛び出させ、貫手が砕ける。タニカジーノで強化された神経を伝わって、感覚をシャットアウトするよりも早く痛覚情報が突き抜ける。

 加速された神経を伝わって、滝水の如き痛みが襲ってくる。貫手を引こうとする意思と、痛みに揺さぶられる動揺が混線して、激しく痙攣する。殆ど経験のないレベルの痛覚信号の嵐に、しかし、感覚遮断が追い付かない。命令に対し機構が追い付かない。

 思考が回らない。喉から迸る悲鳴さえも間の抜けたスローモーション。もどかしくなるほどにとろい身体。何分もかけて指先が砕け、何分もかけて痛みが駆け抜ける。しかしそれさえも、気の遠くなる程の痛みさえも、実時間においては僅かに2秒足らず。

 加速された世界の限界まで残り40秒。

 今や漆黒の装甲を身に纏った怪物は、再起動を果たしていた。

 

 不知火の目の前にあるもの。それは強いて言うならば鎧だった。

 美術的な意匠を欠片も含まない、只管に防御を固めた黒塗りの鎧。着込んだ艦娘を一回りも二回りも大きく見せる程の質量。皮膚硬化をまるで歯牙にもかけない強固な壁。

 それは強いて言うならば鎧だった。他に例える言葉はなかった。だが、それはただ鎧と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

 それは正に鉄塊だった。

 引き伸ばされた世界。間延びした時間。その中でさえ聞こえる暴力的な駆動音が、目の前のそれから響いてくる。危険を認識して飛びずさる、いや、壊れた腕を引くべきか、身体賦活が切れる前に再度の攻撃を試みるべきか。

 巡る思い。纏まらない考え。ようやく痛覚をシャットダウンさせ、悲鳴とともに吐き出した空気を、素早く、深く、吸う。とにかく、一度、退く。急ぎ過ぎた。焦り過ぎた。固執し過ぎた。防御を警戒しておきながら、貫手を打ち、見事に破壊されてしまった。ここは退くべき。

 スケジュール。予定。ままならない。帳尻を合わせればよい。悔しい。幾つもの思考が駆け廻り、吐き気すら覚える。早く。速く。はやく。退かなければならないのに。百分の一秒の世界で、傷ついた体はあまりにも遅い。

 

 いや、待て、これは、どういうことなのか。急激に。急速に。世界が、縮む感覚が――。

 

 予定より39秒早く、加速された世界は終わりを告げた。激しい負担の全てに一時に全身を襲われて脱力する不知火。嗚呼。遥か彼方に置き去った筈の鈍間な世界が、不意に躓いた不知火に追いつき、食らいつき、見えざる鎖の様に身を縛る。神経を縛る。

 急激な時間感覚の変化に、数秒、不知火は世界の認識を失う。進んでいるのか戻っているのか、将又止まっているのか。歪んでいるのか直っているのか。ただ一つわかるのは、いまや平常運転に戻った時間において、その数秒はあまりにも致命的だということだけだった。

 吐き気を催す頭痛と、歯車の外れた時計の様に無様に乱れる動悸の中、不知火がまともに認識できたのは、鋼鉄の拳が自分に迫っているということ。そして時間に捕まった自分はもはやそれを避けることなど出来やしないという事だけだった。

 

 それは、予定帳には書いていない事柄だった。

 

 不知火の鼻の骨を圧し折り、自重で強化コンクリートの地面に罅を入れながら立ち上がる黒い重装甲強化服。積層された装甲。圧倒的な力。艦娘という、兵器の最先端にして最前線で戦う存在を前にむしろ威圧する凶悪な圧迫感。

 それは、当然だ。不知火は知らぬことながら、それは、その黒い巨体は、兵器の最先端ではないが、最前線とも言えないが、しかし今なお最高峰を誇る存在を目指して作られたモノなのだから。世界をさくりさくりと焼き菓子の様に破壊する存在。機械人を。

 着る戦車ことフェンサーシリーズの後継機ビルフィッシュ。通称着る戦艦。

機械人の足元に届く所か後塵を拝す事さえ出来なかったフェンサーシリーズの正当後継機にして、機械人の足元にさえ届かない何処までも鉄塊でしかない鉄屑。

 そう、たかが鉄屑。

 精々が――殴り合えば高練度戦艦型艦娘六隻を平然と蹂躙できる程度の鉄屑。

 艦娘の主砲の直撃さえ平然と受け止める鉄屑。

 そして、飛行は端から諦めているとして、海上移動も未だに無理で、そのうえ陸上の移動すら、その極端な自重を支えられる強固な地面を前提として、脱いで走った方がまだ早い正真正銘の鉄屑。

 人間が着て動く事を前提としているのにそもそも真面な移動ができないという、ギリギリ固定砲台ではないと言い張る鉄屑。まさにおかに座礁した黒船。馬鹿げた砲撃能力も、愚かしい程の格闘能力も、ひとえに無為にする余りにも余りな愚鈍さと使い勝手の悪さ。

 そのどうしようもない産廃兵器の、それでも唯一認められたゾーン。

 頑丈な地面の上で且つ半径2メートル以内であれば高練度戦艦型艦娘を一方的に蹂躙できるというゾーンの内側に、いま、不知火はいるのだった。

 鼻骨を圧し折られ、地面に蹲る不知火には、その存在を冷静に考えることはできなかった。それでも、染みついた習性から、生まれたての小鹿のように震えながら立ち上がる。痛覚こそ信号を遮断したが、タニカジーノで加速されていた拍動は乱れに乱れ、鼻血で呼吸はまとまらない。

 予定では今頃、すでに解体作業に入っている筈だった。初めての陸軍艦。それも秘密機関である情報部の特殊な艦娘だ。生きた状態から丁寧に解体して、処理し、瓶詰して並べている筈だったのに。アジトにはきちんと消毒済みの器具も準備して、お迎えの準備もしていたのに。

 何を間違えたのだろう。何処で間違えたのだろう。何時間違えたのだろう。今まで順調だったのに。何も間違えてなんか来なかったのに。陽炎の言うとおりにしてきたのに。

 ああ、そうだ、陽炎。陽炎。まだ。まだだ。まだ陽炎に、陽炎の問いに、返せていないのだ。

 暴れる鼓動。荒れる呼吸。震える身体。それらを無理矢理にねじ伏せて、不知火は構える。右手は潰れたが、左手はまだ生きている。一撃必殺の体内活性型爆薬シラノキシンが―――。

「あ」

 目の前の存在。着込んだあきつ丸を一回りも二回りも大きく見せる鋼の巨体。戦艦の主砲すら受け止める鉄壁。一度貫手を砕かれた存在に、どうやってシラノキシンを流し込めというのか。

 ましてタニカジーノも原因不明のまま効果を失い、全身が負担にあえいでいる今、どうすればいいというのだ。圧倒的な絶望を前にしても、それでもなお、不知火は構えを解かなかった。解けなかった。

 諦めなかったのではない。なお闘志の火が消えなかったのではない。

 どうしたらよいかわからなかったのだ。本当に、どうしたらよいかわからなかったのだ。

 今まで失敗したり手詰まりになったことのない不知火には、全く分からなかったのだ。

 思考が真っ白になって、スケジュールの組み様さえなくなっても、不知火の構えは暗殺者として過不足ないものだった。そういう風に、不知火に刻み込まれていた。そういう風に、スケジュール帳に書き込まれていた。

 

『あー、あー、マイクテス、マイクテス。これちゃんと聞えてるでありますか?』

 メタ・クロモリ鋼を主とした複層式装甲の何処かに、スピーカーが仕掛けられているのだろう。機械越しでも聞き間違え様のない、至極やる気のない、何処までも面倒くさそうな声が聞こえる。

『んー、返事ないと音声入ってるのかよくわかんないでありますなあ。ま、いいや。まだ戦意失ってみたいでありますし、どうするでありますかねえ。そろそろ心折れてほしいんでありますけど』

 疲労もない。気負いもない。気取りもしない。只管面倒くさそうな声。

『もしかしてどうにかできるんじゃないかとか思われてると面倒なのでさくっと紹介するのが、はい、本日の目玉商品。アメリカはPS社製パワードスーツ、ビルフィッシャー。現在人間が着用できるパワードスーツの中では最高峰の堅さと強さと重さを誇る米国面の塊であります。

 ざっくり言っちゃうと、ハルクとガチンコできる奴作ってっていう国防総省の無茶振りに全力で答えた結果がこの始末であります。特撮抜きでアベンジャーズ撮れる素敵な一着でありますよ。重すぎて相手に接近するということがまず不可能な代物でありますけど。

 まーでも、自分の場合、四次元ポケットモドキがあるので関係ねーでありますけど………うーん、まだ構えを解かないでありますね。その隙を窺う眼つきも』

 不知火はゆっくりと円を描くように動きながら、あきつ丸の隙を狙う。

 不知火に退くという選択はなかった。そのやり方を知らなかった。一時的に見送ったり、標的を変えることはあった。しかし一度状況が始まった後に、撤退した事などなかった。状況を開始する以上、全ては予定通りでなくてはならかったのだから。

 やり方がわからない以上、不知火にはその選択は選べない。どうしたらよいかわからない以上、やり方の解る手段で挑むしかない。

『えー……じゃあ次のびっくりネタ。不知火殿のタニカジーノを無効化した手段。ある『海域』で発見された生理機能に不全を引き起こす病気を基に開発された物で、先程不知火殿に散布した肉眼では捉えられない極小さな機械であります。

 完全な再現はできず、陸軍の研究所でようやく特殊化した物が出来たのであります。これは神経系に作用して信号を遅延させ、』

 ろくろを回すような仕草をしながら饒舌に語るあきつ丸。その肘関節を狙い発勁を叩きこむ。

 不知火の強化骨格とメタ・クロモリ鋼の装甲がかち合い、激しい金属音を立てる。戦艦型艦娘の強固な骨格さえ破壊する拳は、正確にパワードスーツの関節を打ち、そして打ち負けた。複雑に組み合った複層装甲が衝撃を吸収分散し、鈍い衝撃だけが拳に返ってくる。

『……やれやれ。無理だと口で言っても分かって頂けませんか。なら、』

 素早く拳を引いて、再度弱点を探す不知火に、呆れたように溜息を洩らしたかと思うと、どん、と砲でも撃つような轟音。

『殴ってでも分かって頂きたいところであります』

 それは巨体から想像されるよりも遥かに高速で、精密な拳だった。不知火の優れた動体視力でようやく捉えられるほどの速度であり、傷ついた体で回避するにはあまりにも速い。

 身を捩る間もなく、引き戻したばかりの不知火の左拳を、黒鋼の砲弾が打ち抜く。痛覚を遮断しているから、痛みはない。だが痛みを差し引いてもなお悍ましい、肉が引き攣れ神経の擦れる不快感。まるで粘土細工のように、不知火の左腕が関節と逆向きに拉げた。

 強化骨格が飴細工のように圧し折れて肉を突き破り、破裂した毒腺から赤紫色のシラノキシンが零れ落ちる。両腕共が潰され、即ち最大の武器である毒腺が封じられた。トキトキシンは通じず、ハツカジンは使い切った。タニカジーノは負担が大きく暫くは使えない。

 それでも尚、不知火は構えを解かない。爪先立ちに近い、あらゆる方向に速やかに体重移動できるように備えたまま、じっとあきつ丸を見据えている。ぼろぼろに打ち破れ、もはや満身創痍の体で、なお、不知火は、

 

 ――不知火は、どうしたらよいかわからないでいる。

 

 あらゆる手段を奪われて、完全に頭の中が真っ白になって、それでも、不知火は構えを解けない。どうしようもないと知って、それでも。

 諦め方は、教わっていなかったから。

 

 どうしたらいいの?

 尋ねても答える声はない。

 教えてくれる彼女はいない。

 陽炎はこんな展開教えてくれなかった。

 

 鉛の様に重たい溜息がスピーカー越しに聞こえる。

『えー………まだ諦めて貰えないんでありますかー。『自在蔵』もこの程度は見せても誤魔化し利くんで、さっさと撤退でもしてくれた方が楽なんでありますけど。

 もー、ほんとにもー…………やだなー…………これ以上は胸が悪くなるんで嫌なんでありますけどー』

 面倒臭そうな、至極面倒臭そうな声。

『やれやれ。仕方がない。じゃあもう、止めであります』

 無慈悲な決断が、面倒臭そうに下された。

 

『こういう手段、あんまり好きじゃないんでありますよ。得意でもないし、後味悪いし。自分仕事は気持ちよく済ませたいのでありますよ。汚いものは見なかったことにして、綺麗な思い出だけ持って帰りたいのでありますよ』

 スピーカー越しに聞こえる、何処までも面倒くさそうな声。

『えーと、ディスプレイの表示は……これでありましたっけ。それでは、不知火殿に改めて確認でありますけれど、不知火殿は大量殺人の犯人として収容されたわけでありますな』

 耳障りだ。けれど、真っ白に呆然とした心は、もうそれを遮断することが出来ない。オフラインの心に、容赦なく入力される不明情報。ロジックは既にずた襤褸。溢れ出すエラーは処理しきれない。ファイアウォールは鎮火済み。無防備な肉体。無防備な精神。慈悲なき言葉。

『呉鎮守府第822司令部。不知火殿が在籍し、蹂躙し尽くした鎮守府で、間違いありませんね。821でも823でもなく、第822鎮守府』

 そうだ。それは不知火の鎮守府だ。あの楽しい庭だ。もう帰ることのない、あの庭だ。陽炎と共に遊んだあの庭だ。

『不知火殿が殺害したのは居住区の民間人112名、提督を含む軍人112名、それから鎮守府所属の艦娘112種112隻。この112種は当初鎮守府に所属していた艦娘の内、不知火殿を除く全種全艦であります。補充要因はモデルが被ったからか手は出していない』

 そうだ。そうだ。不知火はサンプルを一つずつ解体していった。駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母、潜水艦、みんな丁寧に丁寧に解体して、瓶詰めして、ラベルを張った。自分は大丈夫だと思っていた卯月も、勇んで犯人捜しをした天龍も、自主的にパトロールしていた長門も。全て。

 新しいサンプルが手に入らなくなるまで、不知火は殺し続けた。殺して解して並べて揃えて晒し続けた。どれだけ探しても見つからない、こころというものを探して。

『そう、当初あの鎮守府に居たのは、不知火殿を含めて113種113隻。当初いた艦娘は全滅であります。全滅。艦種練度問わず、全艦残らず皆殺しであります』

 そうだ。すべて、みんな、殺しに殺して、それで、新しいのが入らなくなったから、

『その中に陽炎モデルはいなかったであります』

 …………?

『不知火殿が皆殺しにした艦娘の中に、陽炎モデルの痕跡は発見されなかったであります』

 陽炎の、死体がない……。それは、そうだ。不知火が陽炎を殺す訳がない。どうして不知火が陽炎を殺すというのか。殺していないのだから死体など、あれ、それは、あれ?

『全滅させた筈の艦娘の中に、陽炎モデルはいなかった。そもそも鎮守府に残された所属艦娘リストに載っていた陽炎型は、僅かに5種。不知火モデル、黒潮モデル、浦風モデル、浜風モデル、嵐モデル。以上』

 それは、どういうことなのか。不知火の真っ白になった頭の中で、あきつ丸の気だるげな声がぐるぐると駆け巡る。どうしたらいいの、陽炎。陽炎。応えて。陽炎。

『あの鎮守府に陽炎モデルはいなかった。あなたが建造される前から、着任した時も、そして逮捕された後も。あなたの艦生に陽炎モデルが関わったことなんて、無い筈なのでありますよ。公的な記録上、ね』

 嘘だ。そんなことは嘘だ。だって、

『陽炎殿との出会いは覚えておいでですか?』

 それは、着任した不知火に、他人と解り合えなかった不知火に、声をかけてくれたのが、

『それは何時、何処で?』

 それは、それは、あの日、不知火は、

『季節は何時の事でしたか? 寒い日? 暑い日? 天気はどうだったでしょう? 印象的ではありませんでしたか? 時間帯は? 朝? 昼? 夜? どんな風に話しかけられたでありますか? 大切なご友人との出会いは如何でした?』

 

 不知火は、不知火は、あの日、

 

 ――ノイズ。

 

 不知火の脳裏に浮かんだのは、薄暗い部屋だった。

 不知火はそこで倒れ伏していた。出血が酷いのか、とても体が重かった。

 痛みや苦しみは感じなかった。ただ、こんなものかと思っていた。

 死ぬというのは意外とどうということもないのだなと、そう思っていた。

 つまらないまま始まって、つまらないまま終わっていく。

 

 こんなものかと。

 

 少女が一人、不知火を見下ろしていた。

 酷く軽薄な笑顔で、余りにも軽やかな声で、少女は言った。

 

「本当にあんたって何にもないのね。空っぽで、無意味で、無価値で、丁度いいわ。

 丁度、色々詰め込んだ玩具が作りたかったの。杯に酒を注ぐには、まず杯を乾さなきゃいけない。でも最初から空っぽなら、沢山詰め込めるわ。それに不知火モデルっていうのも、洒落が利いてるのか、皮肉が利いてるのか……」

 

 ――ノイズ。

 

『あなたが会ったという陽炎モデル。あなたが貰ったという大事な思い出。あなたが彼女の為にと仕出かした全ての事件。それらはみんな、そう。無意味だったのでありますよ。無意味で、無価値で、無駄なご苦労でありました』

 激しい頭痛に蹲り、不知火はこみ上げる吐き気に嘔吐く。知らない筈なのに、見覚えのある風景。記憶にない筈の鮮烈な思い出。こんなものは嘘だ。ただの妄想だ。そう否定しようとしても、不知火には思い出せない。あんなに確かなものだと思っていた、陽炎との出会いが。

 みしりと視界が歪む。足元がぐらぐらと崩れて行きそうだった。なにもかも、なにもかも、不知火の信じていた全てが。嘘だと。嘘だと言って欲しい。陽炎。どうして、答えてくれないのか。陽炎。

『陸軍情報部が追っている要注意人物の中に、陽炎モデルの最初期ロットがいまして。固有生体兵装『デイズ』を保有する最後の一体で、』

 まだ何か淡々と語っているあきつ丸の声ももう、耳には届かない。

 がらがらと音を立てて崩れて行く世界の中、陽炎の声が聞える。

 あの軽薄で、軽やかで、何処までも無責任な声が。

「おーい。不知火、聞える?」

 ふわりと。重力を感じさせない、あまりにも軽い気配が、不知火の傍に佇んだ。

 懐かしいその姿に、今でも忘れはしないその軽すぎる微笑みに、不知火は瞠目する。

 

 陽炎、と。

 

「あ、聞える? これが聞こえてるって事は多分、あんたは完膚なきまでに敗北して、心折れちゃった筈ね。後催眠は期間が長くなるとうまく発動しづらいんだけど、まあ、あんたは多分十年位経っても相変わらず空っぽのままだから大丈夫でしょう。

 私の不在が気にならないようにはしておいたけど、急に居なくなってごめんね。悪気はなかったのよ。別にあんたが悪かった訳でもないし。あんたはうまいことやってくれたわ。わたしのかんがえたさいきょうのかんむすって奴? 結構うまくいったもの。

 でもうまく行きすぎちゃってね。色々教えたら何でも卒なくこなすようになっちゃって、あ、これはもうこいつ成長しないなーってわかっちゃったのよねー。うん。流石に結果が見えた玩具で遊ぶのって退屈でさ。要するに飽きちゃったの。

 繰り返すけど、別にあんたは何にも悪くないわ。寧ろよく言うことを聞いて、健気で真面目ないい子だったわ。ただまあ、面倒になっちゃって。恨むなら、まあ、私も別に悪気はなかったし恨んでも欲しくはないし、運が悪かったとでも思っておいてちょうだい。

 このメッセージも別に深い意味はないわ。ただ、あんたが私がいなくなったとも忠犬よろしく何の意味もない解体業続けて、挙句何の意味も見いだせないままボロクソにされて、二進も三進も行かなくなった時の為に、面倒がないように指示を出しといてあげようと思って。

 ほらあんた、指示待ちで自分からは何にも出来ない娘だったもの。だから最後もちゃんと指示出しといてあげるわ。

 

 もう死んでいいわよ」

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

 あきつ丸であります。

 なかなか参ってくれない不知火殿に、最後の不審点、陽炎モデルの不在を突きつけた所、遂にがくりと崩れ落ちてくれたであります。

 虚空を見つめ、かげろう、かげろうと呟く不知火殿。その焦点の合っていない眼は、里見製薬から手に入れたある資料に記載された記録に酷似していたであります。

 陽炎モデル最初期ロット十二体にのみ搭載されていた固有生体兵装『デイズ』。特殊なフェロモンの複雑な組み合わせによって神経系に介入、相手の五感や認識を操作するというものでありました。不知火殿の目は明らかにその影響を受けているようでありました。

 深海棲艦を支配し、戦力として転用或いは研究用に生け捕りにすることを目的として開発された兵装でありましたが、その催眠能力は使用する個体の経験や技量に大きく左右され、とてもではないものの安定した運用は見込めず、コスト以上の成果は期待できませんでした。

 特殊フェロモンの研究用として運用される筈が、ある一隻が『デイズ』を利用して里見製薬の研究所を占拠。里見製薬の処理部隊が到達した頃には研究所のデータは根こそぎにされ、職員は全員が不可解な状態で自殺、又は精神錯乱状態にあり、犯人は逃走済みでありました。

 里見製薬は『デイズ』の危険性を突き付けられ、残された最初期ロット全てを解体処分。逃走した一隻の存在を恐れ、事件の隠蔽を諦め、海軍本部に捕獲協力を要請。『デイズ』を持つ陽炎は今も姿を晦ましたままであります。

 陸軍情報部が『デイズ』に接触したのは完全に偶然からでありました。偶々陸情が狙ったのと同じ情報源に『デイズ』が興味を示し、情報源に接触していた諜報員が一人、異常を察知して駆けつけた応援が二人、そして情報源、彼等は皆、こころごと情報を根こそぎにされたであります。

 僅かに残された記録から、海軍本部に指名手配されている『デイズ』と判断した陸軍情報部は、それ以来血眼で追いかけ続けているのであります。結果、『デイズ』が各地で妙な実験を繰り返していることは分かったのでありますが……不知火殿もその被害者だったようでありますな。

 さて、報告すべき情報が増えたのはいいとして。さて、どうするでありますかなあ。不知火殿は満身創痍の上、どうやら頼りの陽炎殿という幻想も圧し折られたようで、嘘だ、陽炎、なんで、と繰り返すばかり。

 もう襲ってもこないでありましょうし、当初の目的であった『アイズ』との接触も達成。でも、これどう考えても当初よりこじれにこじれて面倒臭い状況になっているでありますよなあ。

 心身ともにずた襤褸になった、パワーバランスの要。心身ともにずた襤褸にしてやった、余所者。この二つってどう考えても最悪のシチュエーションであります。大人しくさえしてくれればこんなことになってないんでありますけどなあ。自分が弱いのも理由の一つでありますけど。

 もう少し自分が強ければ、もう少し楽に収められるんでありますけど……。どれだけ備えても、地力がなあ………。

 取り合えず、パワードスーツを『自在蔵』に仕舞い込み、ポートを切り替えて缶コーヒーを取り出し、一息。

 自分、もう、あのね、自分でも信じたくねーんでありますけど。

 これ、自分がこの鎮守府に来てから二日目の夜なんでありますぜ?

 

 

 

( #あきつ丸レポート 編纂者です。ご質問・ご感想は #あきレポ をご活用ください。)

 

 

 

[◆◇◆◇◆]

 

 

 

Tips.

 

>小ネタ

 

・マッスルトレーサー

MT。「アーマード・コア」シリーズに登場する“大破壊”からの復興の為に発達した作業用マシン(及びそれを転用した戦闘兵器)。作品ごとに若干設定が異なる。

 

・AC

アーマード・コア。「アーマード・コア」シリーズに登場する架空の人型機動兵器。コクピットを内包するコアに、様々な用途の腕部、脚部、ジェネレーターなどを好みや目的によって換装できる汎用性・拡張性の高い兵器。どうやらこの世界にも同様の兵器が存在するようだ。

 

・曲絃糸

「戯言シリーズ」(西尾維新)に登場する技術・武器。使用者の技量によって大いに異なる様を見せるが、基本的には「糸」を用いた技術全般であり、ラぺリングなどの補助技術から、周囲に糸を張り巡らせることによる索敵技術、糸によって相手を絞めたり、また切断したりする戦闘技術など。糸使いの陽炎型は「スエズ鎮守府」から着想を得た。

 

・劇毒の血液を持つ

毒の血を持つ陽炎型はキタユキ氏の「加賀さん観察日記」から着想を得た。

 

・人に利き腕を預ける習慣がない

「ゴルゴ13」(さいとう・たかお)に登場するスナイパー、ゴルゴ13ことデューク東郷は、そのプロとしての意識から利き腕を人に預ける=握手することを拒むことが多々ある。

あきつ丸の場合、諜報員として溶け込むのが仕事であり悪目立ちしないためにも握手くらいはしておかないとまずいのだが、ここでは単に相手が陽炎型なので手に触れたくなかったのと、すでに敵対行動を前提に警戒しているから。

 

・イクサス

ギリシア語ではイクトゥ。2本の曲線を交差させて、魚を象ったシンボル。初期のキリスト教徒が隠れシンボルとして用いたとされる。ジーザス・フィッシュなど。

漁業関係者であることと宗教関係者であることから。

 

・平賀ビルヂング・サービス

戦前の造船技術者である平賀譲より。

 

・キャピック工業組合

Correctional Association Prison Industry Cooperation(財団法人矯正協会刑務作業協力事業部)の略CAPIC。また刑務所の受刑者が作業で製作する刑務作業製品の商標名から。

 

・シャアルゥジァ探偵社

漢字で書けば「殺戮者」となるだろうか。なるのかな。ピンインはよくわからない。某作品よりシーリンシャンとしようとも思ったが、より訳のわからなそうな音としてこちらを選んだ。

 

・ピンカートン

ピンカートン探偵社。アメリカの私立探偵社・警備会社。一般に想像される探偵社と言えばシャーロック・ホームズなど頭を使う推理や捜査を生業としている組織だろうが、ピンカートンの場合主な仕事はスト破りや身辺警護など武力的な物が多かった。

 

・血ではなく流血でつながる

「戯言シリーズ」(西尾維新)に登場する「零崎一賊」を指す形容。

 

・イル・ポスティーノ

イタリア映画「Il Postino」から。英語だとThe Postman。ポスティーノという単語自体への関心は「王ドロボウJING」「KING OF BANDIT JING」(熊倉裕一)の登場人物ポスティーノから。

 

・まあ大体の所は大まかに、漠然と。

「セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん」(うすた京介)に登場する花中島マサルの同様の台詞から。

 

・文月教

「艦隊これくしょん」に登場する擬人化された駆逐艦「文月」を特に愛好する人々を指す言葉。

教義は「世に文月のあらん事を」とされる。

 

・シリアルキラー

serial killer。連続殺人犯のこと。

コーンフレークなどのシリアルはCerealつまり穀物であり、関連性はない。

 

・狂気の沙汰デーナイトフィーバー

「狂気の沙汰」と「サタデーナイトフィーバー」をかけたもの。所ジョージの「正気の沙汰でないと」との関連性は不明。レポート編纂者が最初に目撃したのは多分東方界隈だったと思うがよく覚えていない。

 

・すべて素手によって行われていた

「HUNTER×HUNTER」(冨樫義博)に登場する犯罪者「解体屋」ジョネスの逸話から。

 

・ははは、こいつめ。

「三国志」(画 園田光慶,作 久保田千太郎)に登場する、

 

曹操 「ワシは天にまで届く宮殿を作るつもりじゃ」

司馬懿「高い宮殿も結構ですが陛下もお年ですので昇ったまま昇天なさらぬように」

曹操「こやつめ!ハハハ」

司馬懿「ハハハ」

 

という遣り取りから。なお読んだことはない。それどころか横山三国志が元ネタだと思ってた。

 

・白ウサギを追う

「ふしぎの国のアリス」でアリスは白ウサギを追って不思議の国を彷徨う。

また映画「マトリックス」でもこれにかけてか「白兎」を追うシーンがある。

 

・秋刀魚

確か当時秋刀魚漁イベント中だったと思う。

 

・サンマ・オーヴァーロード

「ケンペイ天狗」のエピソード【ジ・オールドマン・アンド・サンマ・オーヴァーロード】から。

 

・宗教系の新聞にありがちな脱退者や除名者、政党への批判など

宗教系の新聞を読んだことがないので詳しくはないが、聖教新聞はそういうものだと聞いている。

 

・殺して解して並べて揃えて晒して

「戯言シリーズ」(西尾維新)に登場する殺人鬼零崎人識の殺し文句「殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」から。

 

・俺によし?

お前によし。映画「フルメタル・ジャケット」に登場する訓練歌より。

 

・こいつはどえらいシミュレーション

上述の訓練歌をもとにした、ゲーム「ファミコン・ウォーズ」のCM中の替え歌より。

 

・スティール・ボール・ラン

荒木飛呂彦の同名の漫画作品から。

 

・ナギ節

「ファイナルファンタジーX」に登場する災害「シン」を倒した後、次に「シン」が復活するまでの僅かな平和な期間のこと。大体半年から二年いかない位ではないかと思われる。

 

・スエズからヨコスカまでパンツ補給のみでマラソン

「スエズ鎮守府」と「ケンペイ天狗」のコラボエピソード【パンツ・サンダーボルト】を端的に説明したもの。怖ろしいことに全く何一つ嘘を言っていない。

 

・『リキッド』

「ブギーポップシリーズ」(上遠野浩平)に登場する合成人間ユージンは指先からきわめて浸透圧の高い化学薬品を相手の体内に流し込み爆殺するという能力を持っている。

 

・光学衣装(ホロ・コスチューム)

アニメ「PSYCHO-PASS」の世界ではホログラム技術が非常に高度に発達しており、あらゆる場所に設置された投射装置によって人々の服装や外見、また建築物の内外装をテクスチャで覆っているとされる。

ここではコンパクトタイプのコス・デバイスによってホログラムを投影するホロアバター・スーツで黒潮の姿を投射していた。

 

・名探偵だよあきつ丸ちゃん!

「ギャグマンガ日和」(増田こうすけ)に登場する名探偵うさみちゃんシリーズの冒頭文句から。

 

・SAN値チェック

SANチェック。TRPG「クトゥルフの呼び声」において行われる。

同作品においてはSANつまり正気度が設定されており、ショッキングな事態や宇宙的恐怖に遭遇したとき、ダイスを振ってその目によって正気度を減少させる。成功すれば大体の場合正気度は減らないが、減るときもあるとされる。

 

・自分に乱暴する気でありますな? エロ同人みたいに

サークル「OMEGA 2-D」の機動戦士ガンダム00二次創作同人誌「私立トレミー学園 炎のKAINYU転校生 セカンドシーズン」におけるセリフ「やめて…私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに」が発祥であるネットスラングから。

 

・静かに素早く

映画「コマンドー」の登場人物カービー将軍のセリフにして教え。

 

・ドミネーターもかくやの執行モード調整

アニメ「PSYCHO-PASS」に登場する武装「ドミネーター」は、銃口を向けた相手の犯罪係数を読み取り、その軽重に合わせて意識を失わせるパラライザーから、体を軽く消し飛ばしてしまうエリミネーターまで自動で調整する。

 

・システムは簡単

ホロアバター・スーツの動作原理は完全に想像によるもの。「PSYCHO-PASS」世界での設定でどうなっているのかは不明。

 

・『隠れ蓑』

「攻殻機動隊」(士郎正宗)に登場する光学迷彩の名称。

正確には全天候型2902熱光学迷彩「隠れ蓑(京レ製)」。

 

・謳い上手の蛙に好き勝手けろけろ鳴かせて歌合戦

d8r氏がPixivに投稿している「ローゼンマージャンかしら」より、「恥をかきたくなければカナリアの前で鳴くな」などから。

 

・精神攻撃フェイズ

心理フェイズ。カードゲーム、特に遊戯王のデュエルに存在するフェイズ。

相手の精神をぼろくそに痛めつけて戦況を有利に運ぶ。

 

・マイアミとかネオヨコスカとか大阪の横須賀の鎮守府

順に「マイアミ鎮守府」、「ケンペイ天狗」、「加賀さん観察日記」。

 

・万国びっくり艦娘ショー

「鋼の錬金術師」(荒川弘)において国家錬金術師を指して「デタラメ人間の万国ビックリショー」と表現するシーンがある。

 

・DA社

たぶんドイツ労働戦線(Deutsche Arbeitsfront)からとったと思うのだが記憶が確かではない。

 

・雑技団に永久就職できそう

「戯言シリーズ」(西尾維新)に登場する人類最強の請負人哀川潤のセリフから、だったように思う。

 

・善きソマリア人

聖書には善きサマリア人なるエピソードがある。

ソマリアは海賊で有名。そう言う駄洒落である。

 

・予算・人員をがりがり削られたNASA

NASAに限らず、宇宙開発関係は100年前の「最後の再分配戦争」以来すっかり落ち目である。それでもかろうじて残っているのは、無重力合金や人工衛星などの研究があるため。

この時代。宇宙に夢はない。

 

・無駄無駄無駄ァ

「ジョジョの奇妙な冒険」(荒木飛呂彦)第3部に登場する吸血鬼DIOがよく使う文句。

 

・超チタン艦娘合金

電脳を保護する防殻を構成する金属。

艦娘合金の名称は「封神演義」(藤崎竜)に登場する宝貝合金から。

 

・エイリアンズブラッド

映画「エイリアン」シリーズに登場するエイリアンの体液は強酸性でおよそありとあらゆるものを溶かす描写がある。

 

・発勁

ここでの発勁は「修羅の門 第弐門」(川原正敏)における説明を参考にした。

 

・ダンス・ドゥ・フー

火踊。薔薇の名前でもある。

名前だけではあるが、「金糸雀と輝くダンス・ドゥ・フー」から頂戴した。

 

・ライセンス

「007」シリーズのエージェント、ジェームス・ボンドは公的に殺人を許可された「マーダーライセンス」を保持するという。

 

・自在蔵

このネーミングは「九十九の満月」(小雨大豆)に登場する内部の空間を広げて収納率を上げる同名の道具から頂戴した。

 

・陽炎が教えてくれたこと~日々の何気ないことをスケジュール帳にまとめて

「ガンスリンガーガール」(相田裕)およびそのイメージアルバム「Poca felicita」より、ヘンリエッタのイメージソング「Lui si chiama」から、「ジョゼさんにもらった大切な日記帳。忘れやすい日々の『小さな幸せ』を集めて綴ろう」などをもとに。

 

・大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

 それは正に鉄塊だった。

「ベルセルク」(三浦建太郎)に登場する武器「ドラゴンころし」に対する説明。ドラゴンさえ殺せる武器という貴族の注文に対し、愚直なまでに忠実に答えた人間のみでは振るうことどころか持つことさえ困難な巨大な剣。

 

・積層された装甲。圧倒的な力

「ぼくらの」(鬼頭莫宏)に登場する巨大兵器「ジアース」に対する形容「黒い塊。積層された装甲。圧倒的な力。無敵の存在」から。

 

・世界をさくりさくりと焼き菓子の様に破壊する存在

「惑星のさみだれ」(水上悟志)に登場する地球を打ち砕く巨大なハンマー「ビスケットハンマー」より。

 

・「フェンサー」

「地球防衛軍4」に登場する兵科のひとつ、二刀装甲兵「フェンサー」がモデル。

 

・メタ・クロモリ鋼

クロモリ鋼とはクロム・モリブデン鋼の略。非常に優れた強度重量比をもち、溶接も容易。ただステンレスほどの腐食耐性はない。

あきつ丸レポートにおいて「メタ」とつく素材は魔術的な強化・加工を施されたもののことを指す。

「ウィザーズ・ブレイン」(三枝零一)に登場する変異同素体や不安定同素体のような物質も含む。

 

・PS社

非常に雑だが、プレイステーションの略。

 

・先程不知火殿に散布した肉眼では捉えられない極小さな機械

『自在蔵』のポート切り替えの際に「次いで拾貳番、拾伍番混合散布開始」とあるのはこの微小機械のこと。

元ネタは「からくりサーカス」(藤田和日郎)に登場するゾナハ病、正式名称「他者の副交感神経系優位状態認識における生理機能影響症」を発症させる原因である「銀の煙」を構成する超微細自動人形「アポリオン」。

 

・ろくろを回すような仕草

インタビューなどでよく見られるジェスチャーの一種。

 

・デイズ

「カゲロウプロジェクト」およびそのアニメ「メカクシティアクターズ」オープニングテーマ「daze」及びエンディングテーマ「days」から。

 

・ 自分、もう、あのね、自分でも信じたくねーんでありますけど。

 これ、自分がこの鎮守府に来てから二日目の夜なんでありますぜ?

レポート編纂者も信じたくはないが、すでにまとめ16まで来ておきながらいまだにあきつ丸は着任二日目である。実時間でいうととんでもないことになっている。

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