警告:乙種機密指定
皇国陸軍データベースへの許可無きアクセスは固く禁止されています。
違反者及び関連者は追跡、特定の後、停止処分されます。
本文は皇国陸軍秘匿第██工廠被験体「███████」よりサルベージされた文字媒体情報群を再構築した文章です。
本文は皇国陸軍秘匿第████号指令による乙種機密案件第█████号、計画名「Phantom Pain」に関連する参考資料に分類され、乙種保安権限保有者又は一時付託者以外の閲覧を固く禁止されています。
[◆◇◆◇◆]
着任三日目。一五一〇。
三時のおやつ代わりにスニッカーズを齧りつつ、ラッタッタを走らせ港湾地区へ到着。漁船を降ろしたり荷を揚げたりする為の大型の昇降機が複数基、鎮守府メガフロート構造体外壁に取り付けられた地区であります
外壁に後付しないでも、鎮守府外壁に出入り口を作って内部に昇降機を作った方が見た目もスマートだし、一旦甲板の都市部まで上げてから、船体のあちこちに分配するのは非効率的なのではないか、と思うかもしれないでありますが、実はこれどの鎮守府も大体この構造であります。
船体内部は軍機に触れる部分が多いから住人が接続しやすいようでは困るとか、そういった事情ではなく、鎮守府メガフロート構造体の頑丈さを維持するための方策なのであります。
鎮守府は、それこそ観光経済で回っている様な所も多いとはいえ、対深海棲艦、つまり戦争が目的の構造体であります。最前線でもないと滅多にない事ではありますが、深海棲艦が防衛線を突破し、或いはすり抜け、鎮守府に直接攻撃を仕掛ける事例も数多くあります。
そうなった場合の為に、鎮守府の外殻は非常に分厚く頑丈な、極力継接ぎの少ない装甲構造体で構成されているであります。この外殻の強度を保つために、幾ら便利でもほいほい出入り口なんか作れない訳で、当然外壁すぐそばに昇降機のシャフトなんか通せないのであります。
しかし外部との輸出入や海洋資源調査用の機材の上げ下げ、もっと根本的な所では艦娘の出撃など、いくら外壁を一枚板にしたくても、外部との接触は避けられないのであります。その為、苦心して頑丈な出入り口を作るか、さもなくばこうして外側に取り付けるかとなるのであります。
大抵の鎮守府はメガフロート構造体の外殻周囲に更に昇降機や、出撃ドック、場合によってはそれこそ小さな町レベルの取引所などを増設しているであります。多分いま新しい鎮守府を作る時は、建築計画段階でそういったオプションが織り込み済みであります。
このアーセナル鎮守府はいろいろと通常の鎮守府とは異なる点も多いでありますが、そういった『街を乗っけた超巨大軍艦』ともいうべきメガフロート構造体の特徴は一致しているようであります。
なお、甲板上に青空を見上げる都市部は、敵空母の空爆を受けたりしないのかとお思いかもしれませんが、ご安心ください。メガフロート甲板はこれまた頑丈な外殻構造の一部であり、側面外殻よりやや劣るものの、多少の空爆で貫かれるほど軟な強度ではありません。
当然空爆を受ければ、頑丈な甲板上に建築されたさほど頑丈で無い都市部は思いっきり被害を受けるでありますが、其処もご安心。ちゃんと居住契約書にその類の危険性についてはしっかり記載されているでありますし、場合によっては保険も降りるであります。
鎮守府が沈んだらそれこそ前線の後退や戦力の減少など金で済まない問題になりかねないでありますが、住宅地が吹っ飛ぼうと住民が消し炭になろうと、今日日十把一絡げ一束幾ら、時と場合によっては艦娘より安い連中の事は金で済むであります。
勿論鎮守府は可能な限り住人を守るべきでありますし、損害が少ない方がいいに決まっているでありますが、ダメな時はダメな物であります。高射砲塔も確実ではないのであります。所詮鎮守府の割安家賃や割安生活費を求める割安の人類なのでありますから、仕方がない。
ここアーセナルの住人は最底辺の死刑囚か超長期懲役囚で構成されているでありますが、そもそも内地に住む金がないからという理由以外で好き好んで鎮守府街に住もうなんて、ましてや最前線の鎮守府街に骨をうずめようなんて考えるのは余程の物好きくらい。
誰だって金を稼いで内地に一軒家、いや夢なんて見ないからマンション・アパート暮らしでもいいや、そんなことを考えるものであります。大昔で言う、都心に住んでみたいなくらいの憧れでありますかねえ。
『海域』経済と対深海棲艦戦争によって、資源は無尽蔵に溢れ、食料も大量に生産され、人口爆発が止めどない今日この頃、貧乏人は内地に住むこともできず、多少命の危険はあるかもしれないけれど、それも交通事故みたいなものという意識で鎮守府暮らしをするのが普通であります。
当たり前というものの価値をつくづく考えさせる嫌な世の中でありますなあ。マス・プロダクト。大量生産に大量消費。工場のラインに乗せられる品々の様に、お定まりのレールに乗って生まれて殖えて死んで殖えて、人間ブロイラーは回り続ける。
どこまでもどこまでも無個性で無関係で無意味で無価値な透明な子供達は、どこまでもどこまでも無個性で無関係で無意味で無価値な透明な大人達に成長し、性懲りもなくどこまでもどこまでも無個性で無関係で無意味で無価値な透明な子供達を殖やしていく。
透明な軍勢がこの『海域』を次々と飲み干して、その辿り着く先には何があるのでしょうか。殖えていくほどに薄れてしまって、もはや意味などないかもしれないのに。
「でも、それでも、アキツマルは偽善者続けるアルか。無意味とわかて無価値とわかて、無個性な連中を無関係な連中を、守ってやるアルか」
「まあ、世の中はそういう風に出来ているものでありますし、自分もそういう風な世の中の一部でありますし。水に落としたインク程度でも、すぐにかすれてぼやけてしまう程度でも、他と線引く矜持がなけりゃあ、生きていたって甲斐がないでありますからなあ」
リー殿とそんな戯言を交わしながら、原付を停めてひとつ伸びをする。三時のおやつも済ませたし、食後のドライブも程々に。天気はいいし、風も気持ちがいい。いい仕事日和だ。
「現実逃避はその位にするヨロシ」
リー殿に尻を叩かれ、嫌々ながら渋々ながら、仕方もないし仕様もなく、のそのそと港湾地区の奥へと歩き出す。すごく嫌だ。嫌であります。ああ嫌だ。
「ホラホラ、偽善者続ける違うアルかー。矜持はどうしたアルかー」
うるっせえ。
煽るリー殿に舌打ち一つ。
ああ、もう、本当に面倒臭い。途中で絶対に捕まるか引っかかるから、折角の移動手段の原付を降りなきゃいけないのも嫌だし、徒歩で移動すればもっと引っかかるから更に嫌。大型車とかトラックとか借りてくれば良かったであります。
常ならば漁船の上げ下げや荷の上げ下ろし、威勢の良い競りの声や、商業地区へと運送していく車の数々が行き交うだろう港湾地区第一昇降機前市場。
そこには今、中途半端な位置で停止した昇降機に、生気のないうなり声や、転倒して炎上した車と零れ落ちたマグロという景色。
そして極めつけは、曖昧に濁った眼でさ迷い歩く、正気とは思えぬ人々の姿。
「ラクーンシティかよ………」
「ゾンビ退治は初めてアルか?」
「こういうのは陸軍生物学校の連中の仕事でありますからなあ。手伝い位しか」
「手伝いはしたアルネ」
昼下がりの気だるげな陽気の下、真昼の幽霊めいた間抜けさ漂うゾンビ街と化した港湾地区を前に、我々は一筋縄ではいかない面倒臭さを敏感に感じ取ったのでありました。というかもう慣れっこでありました。
果たして今年度中に終わるのか。あと一月一寸で一周年経ちそうだが大丈夫なのか。死んだ目をした徘徊者達を、死んだ目で見つめる陸軍諜報員は、そろそろ胃に穴が開きそうな思いでありましたとさ。
[◆◇◆◇◆]
着任三日目。一五一五。
ようやくイクサス本拠地である港湾地区までやってきたでありますが、そこで待ち受けていたのはまさかのゾンビ街。うめきながらうろつく住人達を前に、早速帰りたくなってきたであります。
先程、人は見かけによらないというリー殿の言葉に従って第一住人に声をかけてみた所、恐るべき瞬発力で掴みかかられ、危うく喉笛を噛み千切られるところでありました。反射的に体が動く程度には鍛錬積んでてよかったであります。
その後色々と手を変え品を変え反応を試してみた所、以下のようなことがわかったであります。彼らは何事もないと、うめきながらのろのろとうろつき回り、どうも普段の生活を彼らなりに続けようとしているようでありました。独り言や同じ行動を繰り返したりでありますな。
しかし、彼ら以外の侵入者、つまり我々の存在に気付くと、途端に敵意もあらわに襲い掛かってくるであります。大体は知能が低下しているのか原始的な攻撃手段ばかりで、怪我を恐れない怪力以外は恐れる程ではないでありますが、中には武器を用いてくるものもいるであります。
そして一人とっ捕まえて検査してみた所、どうやら身体的には人間から逸脱した点はなく、心臓が止まっていたり体温が低かったり傷口がすぐふさがったりということはなく、只神経が異様に昂ぶっているのか、睡眠薬など薬物の利きは悪かったでありますな。
また痛みや苦しみにかなり鈍感になっているようで、暴れないようにあちこち関節を外してやっても筋肉だけで暴れようとするので拘束するのが大変でありました。自分の力で自分の筋肉ぶちぶち切れて内出血起こすわ毛細血管切れて鼻血垂れ流すわで困ったもんであります。
一応致死量届かない程度の鎮静剤と睡眠薬と麻酔の陸軍オリジナルブレンドでお休みいただき、手持ちの道具で検査してみた所、なかなかえげつない事実が判明したであります。
彼らの中耳から内耳にかけて何かしらの生物が寄生しており、神経に何かしら介入しているようなのでありました。こいつはデリケートな内耳に触手を侵入させており、無理矢理引っこ抜くのは難しそうであります。外科的な手術が必要でしょう。
迂闊に刺激を与えた場合、位置が位置なだけに脳への影響が考えられるので、流石に処置は出来ず、放置するしかなかったであります。まあ、どうやらこの寄生虫は、侵入者に敵対的にさせるほかは宿主を傷つけるような真似はしないようなので、大丈夫でしょう。
今後も何事もないとは言えないでありますが、手出しできない以上は、出来るだけ刺激しないに越したことはないでありますからな。被験者には打ち身や内出血などの手当てを施して開放したであります。
「ドコのゾンビ物が遭遇直後にゾンビ化の原因洗い出すアルか」
「ただでさえ予定オーバー気味でありますからな。巻きでいくであります」
「手持ちの道具と聞いて誰がCTスキャナーを想像するアルか」
「対策してないのが悪いであります」
さーって。原因は分かったでありますが、対策はどうしたものか。あくまでも感染者がこちらを認識している手段は視覚や聴覚、嗅覚などの通常の感覚器官。煙幕やフラッシュバンを持ちいれば無力化は難しくないであります。
問題は相手の数であります。見た限り、全ての住民、つまりイクサス関係者はその宗教宗派に関わりなく、ただこの場にいたというだけで一人残らず感染済みのようであります。目に映る範囲だけでも相当な数。一方を相手にしていればその間に他方から襲われる事でしょう。
それに全員に片っ端から煙幕やらなんやらばら撒いていたら、敵の親玉にすぐさま居所がばれるでありますし、当然感染者たちの攻撃も激しさを増す事でありましょう。それに何より予算的にも無理。こんなクソみたいなおまけ任務の筈の現場で使えないであります。補充できねえし。
「…………あのさー。もっと手っ取り早いのないアルか?」
「もう開き直るでありますけど、そういうのNG」
「ワタシに一言言うだけで全部終わるアルヨー?」
「ダメであります」
確かに、全員殺して進めばいいなら、それだけなら、それだけのことならば、やりなれたシューティングゲームをイージーモードのチートモードでクリアするくらいに楽勝であります。たかが狂暴化した民間人相手、一方的に蹂躙できるであります。予算内でもまあ、ギリ。
けれどそれは、それだけはしない。例えどれだけ楽だろうと、そうしなければとても攻略できないように見えても、そんな安易な手段だけは取らない。矜持がなければ、生きていても意味などない。私が私であるために。矜持に従い生き、矜持に従い死ぬのだ。
いやまあ、死ぬのは嫌なので、程々に。適度に。
[◆◇◆◇◆]
着任三日目。一五二〇。
とにかく無駄な騒ぎを起こさないよう、物陰を目立たないように移動して、感染者たちに見つからないようすり抜けているであります。
まあ逃げて隠れて擦り抜けては本業でありますからなあ。
例え寄生虫に行動を操られているとはいえ、感染者はこちらを発見しない限り普段の行動を繰り返そうとする。パターンさえわかればルート構築は可能であります。
更に、機械には反応もしなかったので小型のUGV(無人車両)やUAV(無人航空機)を使用しながら進み、もはや緊張感のないSIRENみたいな状態であります。まあ迂回し、道なき道を構築しながらの行軍なので、かなり速度を落とさざるを得ないでありますが。
「アキツマルー。なんかもっと楽チンなステルススキル持ってないアルかー?」
くっそう我儘なお子様め。まあ、いろいろあるでありますよ。視覚どころか熱やら臭いやら物音やらも完全に誤魔化せる空間偏光迷彩とか。
ただ問題は、そういうのは搭載してる自分にしか作用しないので、リー殿を連れてると意味がないのでありますよなあ。このちみっこ、戦闘能力というか制圧能力というか殲滅能力は不要なほどに強力でありますが、身を隠したりするスキル持ちではないのでありますよね。
先程みたいな被害を気にしなくていい状況等早々ないでありますし、使う予定もない暴力装置なんて重荷でしかないんでありますが、かといって一応お目付け役でもありますし、置いて行くわけにもいかないでありますしなあ。
放っておいたところでどうやっても死ぬことはないけど、でも放置するとステージごと吹き飛ばされてゲームオーバーとかいうクソ設定でありますからな。あの妖怪じじばば共、口では安定がどうのとか言ってたでありますけど、奴らも三強の一角であります。
『アイズ』、つまり不知火殿は長年抑止力を担ってきたとはいえ、その能力はあくまでも暗殺者。首を挿げ替えさせることはできても、相手は多頭の怪物ども。一つ二つの首を落としても、我先にと後釜が現れるだけの事。おまけにどう変わるかもわからない博打であります。
しかしそこに自分というイレギュラーが現れ、抑止力を壊してしまった。これを幸いと取ったのはイクサスとキャピックだけではない。『アイズ』庇護下の商業地区もまたそうだったことでありましょう。港湾地区と工業地区は生産のメイン。どちらかでも取れれば商業地区は盤石だ。
鎮守府の監視の目でもある『アイズ』は倒れ、派遣されてきたのはどの派閥にも属さない余所者のイレギュラー。ならばこいつに任せて現状維持が出来るならまあ問題はない。こいつが失敗すれば、『仕方なく』『自衛の為』という名分付きで探偵社を動かせる。
味方の犠牲を気にする必要のない敵地で、禍根を残さぬように徹底的に焼き払う。そして瓦礫の街を再建し、『アイズ』の名のもとに支配する。そんなところでありますかねえ、あの妖怪共の理想形は。勿論すべてがそううまくはいかないし、そんな事態に陥らせる気もないでありますけど。
何を考えているのか、何も考えていないのか、呑気に後をついてくるリー殿。彼女には悪意を感じられない。しかし爆弾が純粋な化学反応で爆発するように、彼女の暴力もきっと、ただ純粋に振るわれるだろう。生半可な抵抗などまるで無意味な暴力が。
全く本当にクソゲーだ。
ゆっくり、しかし確実に港湾地区中枢へと向かいつつ、『自在蔵』のショートカットキーを整理し始めるのでありました。
[◆◇◆◇◆]
着任三日目一五三〇。
港湾地区中枢。港湾労働者組合事務所。事務所という言葉から想像する建物とは些か異なる外観でありますが、そこんところどうなんでありますかね案内のリー殿。
「間違いないアルヨ。これがイクサスの本拠。港湾労働者組合事務所。通称アイキャ宮」
「アイキャ宮」
「アーセナル鎮守府で最も美しい建築物と言われると同時に最も無計画と言われるイクサスの誇る宮殿アル」
「宮殿」
我々が見上げる最も美しく最も無計画と言われる建築物。アイキャ宮。それは複数の芸術家の見た悪夢を、偏執狂の製図担当が徹夜で図に書き起こし、どんぶり勘定の大工がその場の判断でくみ上げた様な、視覚的暴力でありました。
強いて例えるならばそれは、キノコでありました。複数の種類のキノコが、一つ所に場所を争うように伸びあがったような、幾つもの尖塔があちこちで接続されながら増設されていったような、見ていると不安定になりそうな代物でありました。
「イクサスは同じ港湾労働者の組合といえど、中身は複数の宗教の寄り合いアル。トップである取締役は本来あくまで複数の団体の纏め役。君臨してる訳でも統治してる訳でもないアル。それぞれの団体に棟を用意してったらああなったアル。今も増設中ある」
サグラダファミリアかよ。しかし、確かにアーセナルで最も無計画と言われる建築物。外から見ても内部の混沌さがうかがえるであります。一応取締役とその所属する団体は、中央の最も大きな塔を占有出来るようでありますが、果たしてあそこまでどう行けばいいのやら。
「イクサスの取締役は本来、各団体の長たちからなる枢機卿団によるコンクラーヴェ、選挙で決まるアル。でも今回は前取締役が死亡して、ムツリムの司祭がこれを引き継いだアル。普通なら他の枢機卿が黙ってないはずアルネ。面倒事も多いケド、役得も多い仕事ダカラ」
「となると」
「多分、他の枢機卿は黙らされたはずアル。暴力か、金か、利益か、わからないアルけど」
真っ黒でありますなあ。まあでも手段は想像できるであります。
「何アルか?」
「港湾地区にばら撒いといて、政敵には使わないなんて法はないでありましょう」
例の寄生虫。恐らくアレで黙らされたのは間違いないであります。となると、あのアイキャ宮とやらの内部は、感染者たちで溢れ返ってることでありましょうなあ。
「いよいよゾンビ映画かガンシューティングの世界アル」
やることはスニーキングミッションでありますけどね。しかも待ち構えている敵の懐に飛び込むわけであります。
戦術として正しいのは、逃げ道を塞いだうえで待ち構えている阿呆の部屋ごと、遠距離から爆撃と放火とガス攻撃を繰り返して宮殿ごと潰れて頂くという楽ちん戦法でありますが、当然これは使えないであります。
操られているだけの一般人への被害による人的損失、大規模建築物破壊による経済損失、指導陣根こそぎによる政治損失、目標を確認できないため成果達成判断が困難、鎮守府側への刺激が強すぎる、あと自分の財布がピンチその他諸々の理由から無理であります。
「じゃあどうするアルか? ゾンビでいっぱい罠一杯の宮殿に忍び込んで、道も分からない中をうろついて、中央まで辿り着けるアルか?」
まあ、無理でありますなあ。一人でも厳しいのにリー殿を連れては難しいであります。
なので、正面突破は諦めて直線ルートでいくであります。
「? 何言てるアルか?」
迷路の最短ルートは、外側を進むことでありますよ。
『自在蔵』から引きずり出した代物に、リー殿の苦笑いが響いたのでありました。
[◆◇◆◇◆]
前回の粗筋。劇場版ガルパンの後に深淵より這い出た闇のみほ杏概念に精神を蹂躙され、気が付いたら十本以上SSを錬成してばらまいていたレポート編纂者。遂に一周年を迎えてしまったにも関わらず未だに切りの悪い中途半端な攻略戦の真っ最中であることに気づくも時すでに遅し。
世間がエイプリルフールネタを盛大に発表しようとする中、うちは一周年記念の日ですからと世間様に背を向け、盛り上がらない攻略戦をさっさと切り上げる為に前略と中略と以下略を駆使して巻きに巻いた展開を黙々と仕上げていくのだった。そんな訳でおよそ一月振りの本編再開。
えーっと。着任三日目。一五四〇。
あきつ丸であります。まだ三日目なのに一周年? ちょっと何言ってるかわからないであります。『アイズ』こと不知火殿の負傷と時を同じくして騒ぎを起こした二大勢力イクサスとキャピック工業組合。代理として制圧に来たリー殿と自分であります。
現在地はイクサス最重要施設、港湾労働者組合事務所、通称アイキャ宮であります。無計画極まりない増設の繰り返しで、しめじのように尖塔が乱立した、脅威的建築技術と芸術的装飾センスを闇鍋に放り込んだような見ていると不安になってくる複合宗教施設であります。
正確には、その中心、最奥、一つ図抜けて高く天を突く塔の、その最上階にある部屋に辿り着こうとしている所であります。取締役の執務室ということで、この度めでたく前取締役を暗殺して、恐らく政敵を全員手中におさめ、コンクラーヴェもなしに首を挿げ替えた男はこの先かと。
それにしても、いやあ、いよいよって感じであります。この重厚な扉と言い、ラスボスの間って感じであります。
「さきから10分位しか経ってないアル」
そうでありましたっけ。一ヶ月くらい頑張ってた気がするであります。いやあ、長く苦しい戦いだった。
ともあれ、満を持して主人公の登場であります。ガスマスクを着用した上で合成樫の分厚い扉を蹴破り、挨拶代わりの催涙弾を放り込んで、一瞬悩んでサービスとばかりにフラッシュバンも投げ込み、おまけとばかりに大音量で帝国のテーマを流すラジカセを放り込むであります。
暗黒卿のテーマともなれば、スターウォーズファンらしい『提督』とやらはきっと喜んでくれることでありましょう。扉の陰で重厚なオーケストラアレンジを聞きつつ煙の張れるのを待っていると、下品な銃声が何発か響き、ラジカセが撃ち抜かれたのか丁度盛り上がる所でミュート。
うーん。どうやらお気に召さなかったようであります。催涙弾も効果なし。ある程度は備えていたようでありますな。面倒臭い。仕方がないので、此処は何事もなかったかのように再度入室であります。大事なのは悪びれたり、失敗を恥じるような素振りは見せない事であります。
ふてぶてしさ。これ大事。余裕そうに見せるのがコツ。
室内では換気装置でも入れたのか、ごうごうと喧しい音と共に急速に催涙ガスが排気されているようでありました。重要人物の部屋だけあっていい設備であります。
「思ったよりも……早かったな」
合成樫のどっしりとしたデスクに片肘をついて、如何にも座り心地の良さそうな椅子に腰かけた男が、神経質そうな声で呟いたであります。
カソックを着込んだ彫りの深い顔立ちの初老の男性で、年のせいなのかストレスのせいなのか宗教上の理由なのか、彼の前頭部は顔が映るほど綺麗に禿げ上がっていたであります。その左手の中指には違法ケッコン指輪。この男が『提督』で間違いなさそうでありますな。
「よもや練りに練り上げた陸奥を退けるだけでなく、アイキャ宮を守る四天王まで打ち倒し、こうまで迅速に辿り着くとは。少々甘く見ていたようだ」
忌々しげにこちらを睨む男に、ちらと横を見ると、困惑したようなリー殿の顔。
「……四天王?」
「……いただろう。この大尖塔に繋がる唯一の連絡通路を守るべく、寄生型り陸奥たかで操った各宗派の猛者を配置していた筈だ」
「あー……うん、あれでありますよね。ゴンザレスとかそんな感じの……」
「ちげーよ。では大尖塔中層から上層に上がる為に必要な四つのスピリチュアル・カードキーはどうやって手に入れたというのだ!」
「うわ、ネーミングセンスひっどいアル」
「スピリチュアルて」
「名前はどうでもいい! 大体感染者共はどうしたというのだ! 貴様が連中を殺せる筈がない! あれだけの数をかわしてきたというのか!?」
「やっぱりそういう狡い手を使ってきたアルネ」
「まあ人質兼戦力になるって便利でありますからな。相手しなかったでありますけど」
「どうやって!?」
どんどんと激高し、遂には立ち上がってデスクをだんだんと殴りつけながら、口角泡を飛ばして怒鳴る男。最初からあんまり余裕のなさそうな男でありましたけれど、特に生え際辺り全く余裕がなかったでありますけど、かなりの癇癪持ちでありますなあ。
「貴様が来ることがわかってから、このアイキャ宮には今まで調べ上げてきた貴様の弱点をえぐる罠を張り巡らせていた筈だ! 一つも効をなさなかったなど認めんぞ!」
「ああ、はいはい、あとでチェックしてやるでありますから」
「後で!? 貴様、きッさッまッ、とことんおちょくりよって! 罠もかすらず四天王も無視して、どうやってここまでこれたというのだ!?」
「どうやってと言われても……」
「ヘリで」
「えっ」
「ヘリコプターで」
迷路の最短ルートは、迷路の外側を行くこと。『自在蔵』に仕舞い込んでいたアパッチを引きずり出して、対空砲撃を警戒して一気に上空まで浮上、狙い澄ましてダイブして低高度開傘、大尖塔の屋根に飛び降りて、手近な窓から侵入してきたであります。
「なっ……おまっ……ばっ……」
「陸奥殿の時の結界からも、イクサスは術士が多いという前情報からも、あなたが魔術師であることは想定していたでありますけど、今時ここまで頭の固い魔術師とは思わなかったであります。高射砲塔どころか上空への監視網すらないとは」
普通ならある程度、侵入経路の一つとして空を警戒しておくものでありますけど、魔術師って凝り性が多いでありますからな。ダンジョンメイカーという奴は、大抵自分の想定したルートはがちがちに固めても、それ以外のルートは頭からすっぽ抜けるんでありますよねえ。
「ふっ、ふざけおって! あの時と言い今日と言い、何処まで人をおちょくれば……!」
「うーん…………お怒りの所大変申し訳ないのでありますけれど」
「なんだっ!?」
「どちら様でしたっけ?」
「きッ……きッしゃッまッ!」
ああ、ありゃ血管の一本二本ぶちぎれたんじゃないでありますかね。年なんだから無理なさらない方がいいと思うんでありますけど。それにしても本当に誰だったか。恨みはいろいろ買っているのであんまり特徴的でないモブの皆さんは一々記憶に残して居られないのであります。
魔術師で、陸奥使いで、SW好き。うーん。もう少し詳しく話し聞いたら思い出せるかもしれないでありますけど。でも時間がなあ。
「あの、重ねて申し訳ないのでありますけど」
「ぶっ、ぶっ殺して、」
「そろそろヘリが落ちてくるので一旦失礼するであります」
「はっ?」
「いや、飛び降りてきたので、いまヘリは空っぽで、操縦者なしで惰性でプロペラ回してるだけなんでありますよ。侵入までは持ったでありますけど、流石にそろそろバランス崩して落ちてくるかと。では一旦失礼するであります」
ぽかんと大口を開けたおっさんを置いて、リー殿を小脇に部屋を出るや近くの階段を駆け足で降りるであります。まあ一階ほど下りれば大丈夫でありましょう。念の為二階分降りたあたりで、大尖塔を揺るがす振動と轟音、それに紛れるように悲鳴が聞こえたような気もしたであります。
「宮殿破壊するのは経済的損失がどうとか言てなかたアルか?」
「全部はさすがに。でもまあ、尖塔一棟なら最低限のコストでありましょう」
ぱらぱらと落ちてくる埃を払って、溜息。
「それに」
「それに?」
「あれで死ぬ相手ならもっと穏便な手を使うであります」
「死んでないアルか、あれ」
「魔術師はね、しぶといんでありますよ」
『自在蔵』から取り出したマックスコーヒーに口をつけると同時に、二度目の轟音が尖塔を揺るがしたのでありました。
[◆◇◆◇◆]
Tips.
>小ネタ
・人間ブロイラー
元ネタは「輪るピングドラム」に登場する「こどもブロイラー」なる施設。
・ラクーンシティ
「バイオハザードシリーズ」に登場する架空の都市。ゾンビで溢れかえることになる。
・CTスキャナー
人間一人をスキャンする機械だけあって相当巨大だが、勿論『自在蔵』の前に大した問題ではない。
・深淵より這い出た闇のみほ杏概念
当時あきつ丸レポートをほっぽってみほ杏SSを量産していた。
・うちは一周年記念の日
毎年エイプリルフールはあきつ丸レポート開始日と嘘を吐いているが本当は二日が開始日である。
・アパッチ
武装ヘリの代名詞。予算さえ気にしなければ『自在蔵』は無敵だ。
・