「戦艦比叡はたたかわない」
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プロテイン・バーを齧り、ココア味のプロテイン・ドリンクをあおり、比叡は一息ついた。
隣で一緒にルームランナーを無心にこなしていた島風は、先程不意に「風が感じられない」と言い捨ててふて寝に移っていた。なんだか猫のようで、比叡は少しおかしくなって笑った。
# そしてその愛らしい猫が、夥しい数の死を平らげてきた戦場帰りであるという事実とのギャップに、性懲りもなく困惑する。
比叡は戦争を知らない。
百年も前から人類は深海棲艦を相手に戦い続けているが、昨今では殆ど資源の採掘と大差ない作業に成り果てている、ということではない。比叡は本当に、ただの一度も戦ったことが無かった。
生まれてこの方、比叡は戦場に立ったことが無かった。深海棲艦を見た事すら実のところない。艦娘同士のじゃれ合いめいた演習すら遠目に見たことがある程度で、自身が砲火を交えたことはない。そもそも相性が悪くて艤装だって碌に身に着けたことが無い。
生まれは何処の工廠だったか。恩田技研の保有する鎮守府のどれかで、特別に培養されて生まれてきたらしいのだが、何しろ随分いろいろな方面から手を加えたり品を変えたりとしていてよくわからない。探せば資料ぐらいあるかもしれないが、少なくとも比叡は覚えていない。
そうして特注品として造られた比叡モデルのロット12体の内、結局恩田式試製高効率気力変換装置通称『凝り火』を搭載されたのはこの比叡だけだった。あとはみなうまく適合できなかったり、溶けて崩れてしまったりして、残っているのは標本と、本社の慰霊碑に刻まれた名前位だ。
ようやく完成した気力特化型の艦娘は、結局のところ特化型に過ぎないワン・オフで、恩田技研の安価で機械人量産計画は頓挫しておまけにあわや破産するところだった。技術のある変態企業なので放っておいても建て直しただろうが、ここで海軍が助け舟を出した。
比叡は連合海軍本部に買い取られた。恩田技研は素直に経営が助かった、折角の技術の粋が無駄にならずに済んでよかったと前向きだった。比叡はそもそも興味がなかった。艦娘から赤石の接触者が生まれるという事実が海軍に危険視された事などまるで気にもしていなかった。
そうして海軍に籍を移した比叡は、すぐにこのアーセナル鎮守府に死蔵されることになった。自分で海を渡ることもなく、海軍の護送艦の頑丈なコンテナに詰められて猛獣よろしく連れて来られたのだ。或いは産廃。
だから比叡はオリジナルである機械人に会ったこともなければ、戦闘の一つもこなしたことが無い。このアーセナル鎮守府では出撃自体とんとないから、精々迷い込んだ逸れ深海棲艦を、深雪がぺちりと叩いて沈めるのを、遠くから眺めるくらいしか戦場とかかわりがない。
それさえも、ほとんど毎日艦内でトレーニング位しかすることが思いつかなかったので、極々たまに外出した時に運が良ければという程度だ。
そもそもたたかうということがよくわからない。殴ったり蹴ったり、斬ったり撃ったり、そういうことだとは知っているけれど、漫画や映画の中の事のようで実感はない。弱くはないと思う。カタログスペック的にも肌で感じる感覚でも、他の特化型に劣る所はないと思う。
しかしやはり戦場とは程遠い生き方をしてきて、戦闘とは無縁の艦生を惰性で生きてきたようなものだから、たたかうということがわからない。
それまではわからないということさえ思いも至らなかったその概念に心を傾けるようになったのは、島風の存在が理由だった。
島風は小生意気な娘だった。よくよく懐いてくれて、足しげく通ってはくれるが、何処か気まぐれな猫のようで、形の良い鼻はいつもつんと上を向いていたように思う。
細くて、柔らかくて、いい匂いがして、手折れば枯れる花のようにくしゃりと潰れそうな彼女は、しかし戦場帰りだった。それも、深海棲艦との戦争が資源採掘と大差なくなった現代において、最後に残った戦場であるあの『混迷海域』からの帰還兵だった。
戦場と馴染みのない比叡は、『混迷海域』の事も良くは知らない。中東にあるということと、様々な最新兵器の実験場になっているということ位のものだ。ただ、確かな事として、そこでは誰であろうと何であろうと、命は平等に無価値になるという。
島風が『混迷海域』で稼いだスコアは、流石に最古参の雪風には到底及ばないものだったが、一年に満たない僅かな期間としては異常な数だった。時間兵装なる超兵器を駆り、島風は『混迷海域』の上位捕食者として君臨していた。
比叡にはわからない。全身でCカップのおっぱいを味わうために時間兵装特化型としての改装を受けたのに、時間が止まってたんじゃCカップの圧力も感じられないから辛くなってやめたなんて冗談めいたことしか言ってくれないが、しかし、それだけではなかったはずなのだ。
『混迷海域』では誰もが平等に無価値だ。伸びすぎた芝を刈るように、島風は時間兵装で命を無数に刈り取ってきたのだろう。静止した時間の中で、余りにも一方的に、命を奪ってきたのだろう。それこそ、まともな感覚が狂いきって、凍えてしまう位に。
比叡は戦争を知らない。たたかうということを知らない。きっとこれからも知ることはないのだろう。それはつまり、島風を、島風の中できっと大きく占められている部分を、比叡は理解できないということなのだろう。それがなんだか、悔しかった。
傍によって抱き上げてやれば、島風の体は余りにも軽くて、小さくて、腕の中に簡単に収まってしまう。するりと櫛の通りも良い髪に鼻を寄せれば甘いような香りがするし、柔い肉は無性にあたたかい。けれど比叡が知りたいのはその奥にある冷たい鉄の塊のような何かなのだった。
見えそうで、見えない。触れられそうで、触れられない。もどかしい気持ちで強く抱きしめると、島風がもぞついて、目を覚ました。
「んー……あせくさい」
「え、あ、ご、ごめんねっ」
「いいよ」
トレーニングを終えて軽く汗を拭いただけだったことに思い至ったが、島風は比叡の腕の中を出ようとはしなかった。
「いいよ。うん。比叡の匂いがする」
「ええ……私の匂い、汗の匂いなの?」
「そうかも。でも、嫌いじゃないよ」
そううそぶいて擦り寄る島風は、相変わらず猫みたいで、その奥に抱えたものを見せはしてくれない。比叡も無理に見ようとは思わない。知りたいとは思う。でも暴きたいわけじゃない。
比叡にわかるのは、もしも比叡がたたかうということを知る時があるとすれば、それは島風のためにたたかう時なのだろうということだった。そして案外その時は近いのかもしれないと、胡散臭い陸軍の艦娘を思い出したのだった。
あきつ丸レポート番外編
「戦艦比叡はたたかわない」了
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Tips.
>小ネタ
・深雪
クラーケンを仕留めたのと同じ個体だろう。
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