吸血鬼は窯の女神の眷属となりて 作:一般的曇らせ愛好家
こういうのを、ワーカーズハイというのだろうか。
俺は入社六年目にして、初めて仕事が楽しくなってきていた。
この会社はいわゆるブラック企業というやつで、入社してから一回もボーナスはもらったことはないし、残業代は出ない。
勿論のこと、休みもろくに無い。月に二回あればマシな方で、時には一回もないこともあった。
仕事の内容も、上司から突然に振られた仕事で会社に泊まり込みになることもざらにあり、楽しいと思ったことなんて一度もなかった。
何故なんだろうな、それでも俺は不思議とこの会社を辞められなかった。その考えが浮かばなかったのもある。だが、やはり俺が社畜と呼ばれるものであろうことに理由があることは間違いないだろう。
そんな他愛もないことを考えながら一心不乱に積み上げられた書類の束を少しづつ少なくしていく。
そして数時間が経過したころ、ふとバカみたいな考えをしていたことに気が付いた。
なんて阿呆らしい。『自分がやっているMMORPGのキャラで異世界生活したい』だなんて。
中学生でもあるまいし。
自分でも気づくぐらい思考が可笑しくなってきたぐらいで、一度休憩して一息入れることにした。
全く、なんて馬鹿らしい。自分で理解していながらも、俺はそのことに考えをめぐらせ続けていた。
学生の頃から続けてきた、この国を代表するMMORPG。俺はその『ファンタジスタ・オンライン』のカジュアルプレイヤーだった。
リリース日から続けてきたにもかかわらず、ランキング上位になることもなく、何かしらの偉業を成し遂げたわけでもないただの中堅プレイヤーだった。
でも、俺はそのゲームが好きだった。
自分で作り上げたキャラが好きだった。
キャラメイクに一週間は使って、ネイア・リークなんて名前を付けて、ロールプレイ全振りのキャラビルドにした。
中堅止まりでもよかった。
好みが詰まったキャラが動いて、旅をして、自由に動いているのを見るのが好きだった。
それはまるで、俺の
嗚呼、そのキャラになれたらどんなに素晴らしいことだろうか。
そう、叶わない願いをひとしきり脳内で
その願い、叶えてあげようじゃないか
机に向き直し、キーボードに手をかけた時、突然視界がくるりと回り、脳が事態を理解する前に、その活動を停止した。
冴えない男が一人、倒れ伏す音が人影一つない部屋に響き渡った。
この男一人、この世から消え去ったとしても気づく者は居ないだろう。
面白くもない人生を送ってきた労働者が一人、過労で死んだ、ただそれだけのことだ。
仮に、二度目の生でもあれば面白くもあるのだろうが。
「君たちもそう思うだろう?」
「彼の二度目の生である、
次に男の脳が活動を再開し、意識が戻った時、そこはある街の路地裏だった。
「うぅん…」
次第に頭がはっきりとしてきて、現状を理解出来るほどの思考力が戻った男。
「…は?」
再び、思考が停止してしまったようだ。無理もない。
ここは、これまで彼がいた場所とは文字通り世界が違うのだから。
「えぇ...いや、ここ何処だよ...さっきまで俺仕事してたよな...?」
木箱に寄りかかっていた体を取り敢えず動けるようにはして、周りを見渡してみる。
「どう見てもここは...東京じゃ、ないな。そもそも、日本なのか?」
周りは明らかに中世風の建物ばかりであり、人々の姿も近代的とは言えないような服ばかりである。
人によっては煽情的な衣装を着用している者もおり、明らかにこれまでいた場所とは異なるであろうことは理解できる。
頭が追い付かないままに、現状を整理しようとしていた俺は、ふと、それらに並ぶほどにおかしいことに気が付いた。
視線が、明らかに、低いのだ。
周りの建物の高さや、人々の身長から見ても、これまでの自分の身長からすると数十センチほど小さい。
その事実に気付いた瞬間、自分の姿を見れるものを探して大通りに飛び出した。
大通り沿いの建物にガラスがあるのに気づき、駆け寄って自分の姿を確認する。
そうして見てしまったのだ。
あぁ、こんなことがあるのだろうか。
そこにあったのは、透き通るような美しい金髪に、見るものすべてを引きずりこむような深さを感じさせる深紅の瞳。そして、ロリボディ。
なってしまったのだ。俺は。
心血を注いで続けて来たゲームの、
「おい...嘘だろ...」
先ほど考えていたことが現実になるなんて言う異常事態を前に、俺は、一つの答えにたどり着いていた。
それは、俺にとってなによりも重要なこと。
「仕事に、行かなくて、いいじゃねぇかぁぁぁ!」
あのクソ職場からの解放。
何よりの吉報だった。
思わず声に出して叫んでしまうのも無理はないだろう。いや、むしろ自然だろう。誰だってそうなる。間違いない。
そう、たとえ、周囲の人間にどのように見られても...だ。
いたたまれなくなった俺は、すぐに顔を隠しながらその場をダッシュで離れた。
周囲の生暖かい目線は必死に気にしないようにして。
取り敢えず、先ほどの一件はなかったことにして、現状を整理しなければいけない。
恐らく俺は、異世界転生してしまったのだろう。このアバターを持って。
現に服もファンタジスタ・オンラインの女性アバターの初期装備だ。
質素なローブに靴、その程度の装備でしかない。
ファンタジスタ・オンラインはアイテムボックスなんていう便利なものはなかったので、おそらく俺の装備は全部消失してしまっただろう。
そう考えると中々来るものがあるが、それについてはまぁ今はいい。
問題は、一体全体ここは何処なのか、だ。
こんな場所はファンタジスタ・オンラインには存在しなかった。中心にそびえたつ塔といい、周囲の人たちの服装といい、すべてが見覚えのないものだ。
恐らくは、ファンタジスタ・オンラインとは全然違う世界に転生したのだろう。
ラノベでこんな展開は腐るほど見てきた。ならばきっとこの状況も潜り抜けられるはずだ!
「あ、ちょっとそこの人ー、今ちょっといいかな?」
まずは情報収集からと相場が決まっているからね。
取り敢えず目についた白髪頭の少年にこの世界の常識を教えてもらおうじゃないか。
...?何か違和感が、まぁいいや。
♦
はぁ、これじゃあまだまだダンジョンに潜ることすらできないや。
なんて、そう考えながら、冒険者...の卵の少年、ベル・クラネルは大通りを歩いていた。
彼はこの迷宮都市オラリオに無数に存在する、冒険者と呼ばれる存在になるための講義を受けた帰りだった。
彼らは、オラリオの地下にある『
その存在に憧れを抱いて、出会いを求めてこの都市に来た少年。
だが、やはり何をするにも基礎となる知識はいるわけで、その知識を日々身に着けているのだ。
その帰り道。ふと声を掛けられる。
「あ、ちょっとそこの人ー、今ちょっといいかな?」
そんなことを言いながら困り顔で声をかけてきたのは、とても綺麗な女の子だった。
絹のような質感の美しい透き通った金髪。
まるで血のように真っ赤な深紅の瞳。
それに不釣り合いな若干解れが見える薄汚れたローブ。
若干のアンバランスさがあるものの、その見た目は誰がどう見ても美少女で、少年は思わず生唾を飲んだ。
「えーと...僕?」
本当にこんな女の子が僕に声をかけているのか疑問に思ったので、、一応確認をする。
「そうそう、君ですよ君。」
まだ十分に育ち切ってないだろう声変わり前特有の声に不釣り合いな口調でしゃべりかけてくる少女に何とも言えない感情を覚えながら、言葉を返す。
いったい僕に何の用なのか?
♦
よしよし、最初の印象は悪くないだろう、こういうやり取りは信頼関係が大事なのだ。
少年の返答と表情から悪い感情を感じ取れなかった俺は思わずほくそ笑む。
この場所がどういう所か、この世界はどういう世界なのか、この二つの情報を得ることには成功しそうだ。
しばらく会話を交わして、この世界の状況の把握には成功した。
どうやら、この世界はがっつりファンタジー系世界だったようだ。
この迷宮都市オラリオ、ここがこの世界で最も大きい都市、そしてこの都市の地下に存在するダンジョン、そこで魔物を狩る冒険者にこの少年はなりたいようだな。
そして、この世界には、前の世界で聞いたことがある神々も、無い神々も存在する。
大分マイナーどころもいるようだ。ギリシャ、北欧、メソポタミア...何でもある。
その神々が娯楽の為に地上に降りてきて、作り上げたのがファミリア...なんともwin-winな関係を作り上げたものだ。
神々は享楽に耽る元手を手に入れ、人々は
まぁ、面白い世界だよな。うん、第二の人生を送るのにはいい世界かもしれないな。
取り敢えず、ファミリアに入るところから始めよう。どうやら、それが最善の選択のようだ。
戸籍が無くて、都市に入った記録もないとか怪しすぎるだろ常識的に考えて。
というわけで、少年ことベル・クラネル君が入っているファミリアに入団させてもらおう!
え、大歓迎?
最高じゃねぇか!
「それでは案内よろしくお願いします。ベルさん?」
...ん?顔真っ赤にしてら、変なの。
♢
路地裏に入り、しばらく行った先にあったのは、ほとんど廃墟と化している...いや、もはやただの廃墟の教会があった。半壊していて、屋根は崩れ落ち、地面からは草が生い茂る環境だ。
ほほう、ここがベル君が所属している『ヘスティア・ファミリア』の『
ホームか...
いや、俺だって人を家で判断するのはよくないと思うよ?いや、でもさぁ...
流石にこの見た目だと、まるでベル君が俺を誘拐しようとしているみたいじゃないか...
いや、え、地下室?
本格的にベル君を疑った方がいいかもしれない。
この男に女の子を地下室に連れ込んでどうこうするほどの甲斐性はないと思うのだが...
...え、この人が?主神?ヘスティア?
うっそぉ...