吸血鬼は窯の女神の眷属となりて   作:一般的曇らせ愛好家

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第四話

結局、誘導に成功できたのは一匹だけだったようだ。

後ろを追ってくるミノタウロスは剣を持った個体だけ。

ベル君は大丈夫だろうか...?

 

 

ダンジョンの中で、逃走劇が繰り広げられる。

逃げる側は美少女、追う側は魔獣。何かの物語のようだが、実際は格上が獲物を狩る、ライオンがシマウマを追いかけるようなものだ。

 

しかし、逃げる側はもうこの逃走劇が長く続かないことを理解している。適度に曲がってはいるが、常に一本道で、行き止まりは近いのだから。

 

次の曲がり角を曲がると、もう逃げ道はなく行き止まりにたどり着く。

 

走る。走る。背後からミノタウロスが突進をしてくる。

間一髪。背中を掠めるようにしながらも、曲がり角で時間稼ぎに成功した。

 

だが、行き止まりは目の前だ。

 

それに気づいたミノタウロスも、勢いを増し襲ってくる。

残り50m。

 

立ち向かうしかない。そう心に決め、今はただ走る。

 

30m。

 

ミノタウロスが剣を振りかざし、突き立てようとさらに勢いづく。

 

10m。

 

壁が迫ってくる。

 

1m。

 

跳ぶ。

 

壁を使って跳ね返り、剣を(かわ)し、盾で頭を殴りつける。

 

着地。

 

地面に着くと同時に、横に転がる。

 

ミノタウロスを見る。

 

壁を蹴った推進力で勢いをつけたというのに、僅かたりとも効いた様子を見せない。

それどころか、反撃を受けた怒りからか、先ほどよりも怒り顔で向かってくる。

 

軽く舌打ちをした。

 

剛腕から繰り出されるその一撃が空気を切り裂くような錯覚を覚えながら、右腕の剣が振り下ろされる。

左前に前転をして回避する。

 

即座に跳び上がり、脇の下を左手の短剣で切り付ける。

クリーンヒット。

 

したはずだった。

切っ先は僅かに食い込んだだけで、皮膚に弾かれた。

 

思わず声が漏れ、罵声を放った。

 

「クソっ!」

 

だが、完全に効かなかったわけではない。食い込みはした。

 

もしかしたら、重要な部位にもっと勢いをつけて振り下ろせば倒せるかもしれない。

 

そんな一縷の望みにかけて、受身をとったまま背後に向かって転がり、距離をとる。

 

ベル君が地上に無事辿り着けたとしても救援が来るにはまだかかる。

これは賭けだ。失敗したら死ぬだろう。だがやらなくても死ぬ。

成功させられるだろう。そんな確信にも似た、全能感にも近い感覚が全身を走る。

まるで自分が主人公にでもなったような気分だ。

 

ミノタウロスも、ただ狩られるだけだった獲物が、中々しぶとく生き残るので苛立ったか、この一撃で勝負を決めるつもりのようだ。

 

一瞬。目が交差する。それが合図だった。

 

ミノタウロスは跳ね、少女は備え。

 

威力の乗った剣が振り下ろされる。

傾斜をかけて盾を構える。

 

盾に触れる。僅かに剣が傾く。しかし、受け流せるわけもなく、盾に剣が食い込む。

 

寸前で、左手が盾を殴りつける。突然の衝撃に切っ先はずれて、地面に衝突する。

そのまま、地面に剣は突き刺さった。

 

そこまで少女は計算したのだろう。食い込んだ剣の背を踏みつけ、跳び上がる。

 

剣が地面に突き刺さったことで動揺しているミノタウロスの無防備な首筋に短剣を突き立てる。

僅かに皮膚に刺さる。

 

足りない。そう判断した少女は、短剣から手を放し、剣の上で一回転し、裏拳の形になって盾で短剣の底を殴りつける。

 

その勢いで短剣はミノタウロスの首を切り裂き、血を噴出させる。

 

 

 

そんなことは無かった。

 

一瞬手を離した影響か、短剣の切っ先がわずかに逸れる。

その状態で盾で殴りつけようと、短剣は皮膚に軽い切り傷を付けるだけで終わった。

叩いた衝撃で地面に勢いよく短剣が転がる。

表面の皮膚の硬さに耐えきれなかったのか、短剣の刃はねじ曲がってしまっていた。

 

その事実に少女は硬直した。してしまった。

 

その隙をミノタウロスが見逃すはずはない。

 

唖然とした顔に拳が振り抜かれる。

 

咄嗟に盾をかざしたものの、当然十分な防御になるはずもなく、吹き飛ばされた。

床に背中から叩きつけられ、肺の中の空気が全部吐き出される。

 

地面から剣を引き抜き、ミノタウロスがこちらを見る。

 

首筋の傷を指で拭い、こちらを馬鹿にしたような顔で見てくる。

これだけやっても、傷一つだ。そう言っている錯覚を起こした。

 

一歩一歩距離を詰めてくる。

 

抵抗など出来ない。出来るわけがない。

 

短剣は破損。それ以前に、攻撃が通らないのだ。

どうやって抵抗すればよいというのだ。

 

乾いた笑いが漏れる。

 

一寸前の、全能感は何処へやら、今の彼女に流れているのは圧倒的な絶望感。それだけだった。

 

ミノタウロスが剣を振り下ろす。

 

身体が反射で盾を構える。

 

盾に剣が食い込む。

そのまま下に斬り抜ける。盾が欠ける。

 

振り下ろされる。盾が壊れる。

 

叩きつけられる。盾が壊れていく。

 

彼女の身を守る支えが、その姿を半ばまで削った辺りで、怪物は痺れを切らしたのか両腕で上段に構えて、渾身の力を込めて振り下ろしてくる。

 

身体が動いた。身に染み付いた動きで飛びのいた。

しかし、先ほどまで攻撃を受け続け衝撃を受け止めた右腕は、動かなかった。

 

 

 

剣が、脚の間をすり抜けた。

そこにある、右腕と一緒に。

 

 

 

先ほど、攻勢に転じた時のように地面に再び剣が突き刺さる。

だが、今度は盾で受け流した訳ではない。

 

その盾を断ち切り、腕と一緒にくるりと、宙を舞わせた。

 

悲鳴を上げる。

 

骨を折ったことはある。だが、これはそれとは比較にすらならないほどの激痛。

切れ味の鈍い、ボロボロの刃先で切断されたことで、断面は酷いことになっている。

 

断ち切られた骨が、肉が、神経が、皮膚が。その全ての神経が全力で痛みを伝える。

 

のたうち回り、腕を抑え、大声で叫ぶ事しかできなかった。

 

ミノタウロスが笑みを浮かべる。

狩られる獲物が、抵抗などするからこうなるのだ。嗜虐的な表情がより深くなる。

 

這いずり、転がった腕を抱え、少しでも距離をとる。

その行為に、もはや意味はないというのに。

 

叫んだことで肺から空気が消し飛び、喘ぐような呼吸になりながら、息を吐く代わりに苦痛の声が出る。

 

蚯蚓のような移動をしている少女を眺めてひとしきり愉悦を得たと見えるミノタウロスは、止めを刺すことに決めた。

 

剣を引き抜き、上段に構えて、振り下ろす。

 

ダンジョンではままある光景だ。

また一人、不幸な冒険者の命の灯が今、吹き消える。

 

その瞬間、一陣の黄金の風が吹き抜けた。

 

少女の方から吹き抜けたその風は、魔獣を粉々に消し飛ばした。

 

「...大丈夫?」

 

そこにいたのは、『剣姫』という二つ名を持つ、ロキファミリアの冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

美しい金髪。圧倒的な強さ。物語の主人公のような存在が今、目の前にいて、そして命を助けられた。

 

脳がフリーズしかけて、その直前にベル君の事を思い出す。

 

「そうだ、ベル君!小柄な、白髪の少年を見ませんでしたか?ここより上の階層で!」

「...見たよ」

 

「そうですか。よかったぁ...助けてくれたんですよね?」

「...うん」

 

?妙に歯切れが悪いのが気になるが...

まぁ、ベル君が助かったのは喜ばしいことだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を後ろに隠しつつ、同じく後ろに落ちている肘から先の右腕をこっそりと左腕で持ち、お礼をして走り去る。

 

「本当に、ありがとうございました!」

 

これで、間一髪命を助けられ、仲間の安否を確認出来て安心して逃げ去っただけの冒険者に見えるだろう。

 

実際そうだし、右腕がなくなってることなんて気づかないだろう。

 

体勢をうまく変えながら後ろに向かって勢いよく駆け出し、上層への階段に向かう。

 

「また、逃げられちゃった...」

 

後には、少年と少女に二人揃って逃げられ、意気消沈する冒険者が一人佇むだけだった。

 

 

「全く、ベル君、君というやつは...私の命よりも、恩人に惚れたことが大事だったっていうのかい?」

 

「本当、ごめん...」

 

どうやらベル君は、アイズ氏に救助された後、地上に出ることはできたが、そのままギルドに駆け込んでアイズ氏の事を聞こうとしていたらしい。

全く、私が一人引き付けたっていうのにさ。腕を一本犠牲にしてまで耐え抜いたっていうのにこの仕打ちはないだろう。

 

そのあとすぐ正気に戻ったようで救助隊を呼ぼうとしたようだけど、そのタイミングで私がダンジョンから帰ってきたことで合流できた。

 

腕はそのまま持ち歩くのは流石に不味いと思い、地上に上がるまでの間にポーチに折りたたんでしまっておいた。

 

断面がぐちゃぐちゃになっていて、見ていて気持ちのいいものではなかったのもある。

攻撃を受け止めた衝撃で骨もへし折れていたらしく、おかげで折り畳むのが楽に出来てよかった。

 

魔石は血まみれだが。

 

血に嫌悪感を覚えなくなっていて来ているのも実感している。

やはり、この身体に引っ張られているのだろうか?

 

「とにかく、これからは冒険をしないことだね。エイナさんに口酸っぱく言われていたけど、今回で痛感したよ」

 

こくこくと頷いてくるベル君を横目に、布切れでいったん覆い隠している右手を見る。

その腕は()()()な見た目をしており、薄気味悪さを醸し出している。

 

ベル君も私の所作に気づき、途端に顔をゆがめてしまう。

 

...そんな申し訳なさそうな顔をしないでくれよ、ベル君。ちょうどいいスキルの実験台にもなっているわけだからね。

 

そう、この右手は私のスキルで造形した義手...のようなものだ。

 

ギルドを出て、ファミリアに帰宅しながら、改めて私のスキルに起こった変化を思い返して頭の中で整理していく。

 

これまでの私のスキルの能力はこれだけだった。

 

真祖(トゥルー・ヴァンパイア)

・吸血可能

・体表に付着した血液を吸収可能

 

そう、まぁ、これだけでも十分吸血鬼っぽくて悪くないなと思っていたのだ。

 

そしてこの能力に最近、ある項目が追加された。

 

・血液操作

・身体再生

 

まぁ、ラノベとかでよく見る能力が増えていたのだ。

数々の実験を重ね、この二つの能力は結構万能であることが分かった。

 

血液操作は、血でナイフなんかを作れたり、弾丸のようにして飛ばすこともできた。

今のこの右手もこの能力で作ったものだ。

しかも細かい調整も効くので、実際は見た目がやばいだけでほぼ実際の右手と変わらないように動かすことが出来るようになった。

 

そして身体再生。今俺が右腕の欠損という、義手があっても冒険者としては致命的な状況を迎えていというのに大して重大に受け止めてもいないのかは、こいつのおかげだ。

 

このスキルは、名前の通り、自分の身体の怪我を治すことができる。

しかも、それは部位欠損までも治すことが可能だ。

実験の為小指を落とした時もしっかりと治った。ベル君は卒倒しかけていたが。

 

ただ、このスキルは治すときにその部位と同じ量だけの血液を必要とする。

そのため、右腕を治そうとしたら貧血で倒れてしまう可能性もあるし、ゆっくりと治すにしてもいったんファミリアに帰らないと厳しい。

そのため、いったんは義手でしのいでいる次第だ。

 

でも、血液操作の練習にもなるし、色々と便利そうだし数日はこのままで居ようかな?

なんて呑気なことを考えていると、ファミリアに着いた。

 

さて、どれだけステータスが伸びているかな?

 

期待に胸を膨らませながら、地下室へと私は歩を進めるのだった。

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