吸血鬼は窯の女神の眷属となりて 作:一般的曇らせ愛好家
時は夕暮れ、場所はメインストリート。
既に日は沈みかけ、代わりに姿を露わにしたのは、薄青の闇に輝くような満月、そして数多の喧騒。
そう、ここは冒険者の街。そこでの夜の風景は容易に想像できるだろう。
仕事終わりの労働者やダンジョン帰りの冒険者によって、酒場に笑い声や怒声の色付けがなされ、すっかり夜の顔が完成されているわけだ。
周囲には熱気が漂い、路上では倒れ伏した冒険者がいたり、吐いてたり、踊ってたりする。
つまるところ、バカ騒ぎしまくってるやつらが大勢いる、私には縁がなかった場所という訳だ。
いつも帰るの朝だったからな!
職場の事を思い出して憂鬱な気分になりかけるが、それを塗りつぶすように大笑いが響き渡り、思わずこちらまで笑みを浮かべてしまう。
そうだ、もうあの職場には行かなくて済むし、何よりこれから私達が行くのもそういう場所じゃないか。
朝にシルさんに上手いこと乗せられて行くことになった『豊穣の女主人』という店。
私たちはそこに向けて歩いている...のだが、一向に見えてこない。
「ベル君、確かこの道を真っすぐ行ったところだよね?過ぎてたりしないよね?」
ベル君が頼りなさげに頷いたのを見て溜息を吐く。
下手したらこれは引き返すことになるかな...
どこの店も騒がしくしているし、人がやたらに多いのもあって風景が朝と比べるとすっかり様変わりしてしまった。
二人して迷子のように大通りをうろついていると、ようやく見覚えのあるものが見えて来た。
「あ、あれじゃないかな?」
ベル君が指を刺した方向を見ると、そこは確かに朝に見たカフェテラス。
私たちは無事に遭難することなく目的地へとたどり着けたのだった。
雪山じゃないんだからさ...
周りの酒場よりも一等大きなこの建物が豊穣の女主人。
従業員は皆女性で、それも美人さんばっかりだ。
そーっと中を覗いて様子を伺っているベル君に呆れて、軽く背中を小突く。
そんなことをしてないで早く入ってくれよ...テラス客からガン見されているじゃないか。
ベル君と違って私はこの刺すような視線に耐えられないのだ。
そう思いながら背中をとんとんしていると、真後ろからシルさんの声が聞こえた。
「ベルさんとネイアさんっ」
...びっくりした。気配がまるでなかったぞ。
この人はやっぱり底が知れないなと戦々恐々していると、ベル君はようやく決心したらしく、無理やり作ったことが丸分かりの笑顔を向けて返事をした。
「...はい、来ました」
最初からこうなることは分かり切っていたのだから、ぱっぱと入ればよかったのだ。
「はい、いらっしゃいませ」
ほらね。
中に入ると、隅の方のカウンター席に案内された。角にあたる部分に配置されている席で、隣に誰かが来ることが無い。初めての私たちがリラックスできるように融通を聞かせてくれたのだろうか?
親切心に感謝している私を裏切らないでほしかった。
ベル君と女将さんの会話から聞こえて来た、『大食漢』『じゃんじゃん』という言葉ですべてを察し、顔をカウンターにうずめる。シルさん、どれだけしたたかなんだよ...かわいい顔をしている、という言葉には笑ってしまったが。
メニューをとって眺めると、どれも高い。一回の食事なんて五十ヴァリスもあれば十分なのに、一番安いパスタですら三百ヴァリスもするのだ。
今日は非常に調子が良く、ドロップアイテムも何個か入手することができたので、相当お金はあるのだが、装備代でトントンだ。
基本一日の収入が三千ヴァリスを上下するくらい。今日は七千二百ヴァリスもの収入を得ることができたため、食事代はあるんだけど...予定外の出費に備えて節約はしておきたい。
私がパスタを頼むと、ベル君も合わせて来た。下手に高いものを頼んでいたら食事の前に私の拳を食べることになっていただろうからいい選択だろう。
注文を済ませると、女将さんから酒は?と聞かれたので、二人揃って断る。財政難の私たちにお酒をたしなむ余裕なんてないのだ。
無視されて、カウンターに醸造酒が叩きつけられる。
聞いた意味あったかな?
出されたものはまぁ仕方ない、私は一気に酒を流し込んで、久しぶりにおいしい食事と酒の享楽に溺れるとするのだった。
うん、この店やべぇ。
私はパスタを食しながらようやくその事実に気が付いた。
ここ、可愛い店員さんばっかだなー、とか思ってたけど、全員高レベルの元冒険者とかじゃな?
私たちが来る前に騒ぎを起こしたと思われる冒険者がワンコイン整形に行ったのかというくらい酷い顔になって皿洗いの業務に勤しんでいたのだ。
たまに浴びせかけられている威圧がこえぇ、あの冒険者ってこの前街中でレベルを盾にしてビギナーにイキってたやつだよな?
少なくともレベルは2以上あるわけで、それをあそこまで出来るここの従業員っていったい何者なんだよ...
まぁ、深く詮索しない方が良いこともある。上司の社内不倫とか。いやぁ、あれは困った。まさか隣のデスクの同僚が...じゃなくて、詰まるところ臭い物には蓋をして、地下にでも埋めておくべきなのだ。
そんなところでシルさんが声をかけてくる。楽しんでますか?とまぁお決まりの文句だ。
圧倒されてます。というベル君の言葉に合わせて頷きを返す。
多分ベル君とは違う意味でだが。
二人が話しているのを尻目に、私はどんどんとパスタを食べる。
2人前ぐらいの量の麺に、たっぷりとかかったミートソース。とても美味しいのだが、私の身体では少し...少々...いや、そこそこきついのだ。
まるで小学生のようなこの身体ではこの量は胃袋に入りきらない。酒も飲まずに一心不乱に胃に運んではいるのだが、まぁ、これは無理だ。
断片的に耳に入ってくる言葉を繋ぎ合わせると、どうやらシルさんはこのお店に来る冒険者の夢や冒険の話を聞いたりするのが趣味...らしい。
まるでバーのマスターみたいな趣味だな。それで私たちに声をかけたのか。
趣味を否定するつもりはないが、駆け出し冒険者に声をかけるのはやめてあげた方がいいんじゃないか...?大手に所属してない人には特に。
声を出さずに不満を上げていると、どうやら団体様が来たらしい。
受付の人の声が聞こえ、そちらを三人揃って見る。
見たのは良いが、二人が盾になって全然見えねぇ。身長をくれ。
「おぉ、えれぇ別嬪」
「バカ、エンブレムを見ろ」
「ん?あぁ...」
「ロキ・ファミリアじゃねぇか」
「あれがあの...」
ふむ。話を聞くに今入ってきたのは、このオラリオに存在するファミリアの中でも最大手のロキ・ファミリアか。
遠征から帰って来たばかりで、そのまま打ち上げにでも来たのだろう。
...マジで?タイミング良すぎない?
思わずベル君を見ると、顔を赤らめて視線は入り口に..いや、アイズ氏に固定されたまま動いていない。
...予想どおりだよ、全く。我らが団長さんは想像していたよりも下手惚れだったらしい。
溜息を吐いて、パスタを食べる作業に戻る。この忌々しい小麦粉の塊は、私の可愛らしい口いっぱいに突っ込んでもまるで減る様相を見せないのだ。
動かないベル君をほっぽって食べていると、聞き違いとでも思いたい言葉が聞こえた。
「ロキ・ファミリアの方たちはここの常連で、よく来て下さるんですよ~」
それを聞いたベル君は何かを決意した表情になった。丸わかりだが。
はぁ、とまたため息。今日は疲れる。ここに通うようになったらヘスティア様の機嫌がマッハで最悪なことになるのは分かり切っているのだ。
ベル君を何とかして食い止める方法を考えているけども、全くもって浮かんでこない。もう諦めるべきかな。
若さを否定する気はないが、それで財政に問題が出るような事態になったらボコボコにしてでも止めよう。そう私が決意を固めていると、シルさんから声がかかる。
「ネイアさん、もしかして...」
そう言いながら目線で聞いてくるシルさんに頷く。まぁ直ぐにわかるよな。
そのついでに食べることをあきらめた私がお持ち帰りを頼む。既に私の胃袋の貯蔵量は120%を突破しているのだ。このままだと風船みたいに膨れ上がって破裂してしまう。
破裂はしないにしてもそんな姿を
シルさんが頷いて、お皿を厨房の方に持って行ってくれた。
良し、これで朝食も確保だ。
さて、ベル君はまだ再起動しないようだし、仕方がないと酒を追加で飲んでいく。久しぶりのお酒なのだ。ここで楽しまないでいつ楽しむ。
酒場の騒ぎようを肴にベル君の方のジョッキも持っていく。
冷静にこのビジュアルはまずいのではないのかと考えるが、この世界には
ロキ・ファミリアの団長もそうだったかな?と意外なところに親近感を覚え、酒を流し込む。
ぷはぁ。やっぱり酒は良い。彼らも酒飲み対決を始めているみたいだし、私もここで勝手に混ざろうかな。
その勝負に勝ったところで、得られるものが副団長の胸をもむ権利だとか、ふざけたものなのにもかかわらず団長を含めた大部分の団員が参加しているのを見て笑った。
しかも主催が主神のロキとか、酷いな。
少しづつ意識がぐらぐらしてくるが、それもまた酒の醍醐味よ。
店員さんにもう一杯頼んで、会計とベル君の事は忘れて飲み続ける。
そんなことをしていると、何時の間にか意識が飛んでいた。