吸血鬼は窯の女神の眷属となりて 作:一般的曇らせ愛好家
...私は、ようやくまともに覚醒した意識をはっきりさせるために頭を振った。
全く。酷く痛む頭を叩いて、血中のアルコールを意識して排出する。
気持ち悪さが僅かに残る体調に軽く苛立ちを抱き、ベルの手を軽く爪の先端で切るように引っ搔き、血を出させる。
ほんの僅かに走っただろう痛みには、夢中になっているからか気づかない。
零れだした血を指ですくい、舌に這わせる。途端に強い幸福感に包まれて、顔が緩む。
嗚呼、なんて素晴らしい血なんだろうか!中に居た時から思っていたが、本当に美味しい血だ。このまま首に牙を突き刺して、私が満足するまでゆっくりと吸っていたい!
高揚して、思わず口を開きかけるが、自制する。
ここで吸血を行うのはちょっとばかり周りからの視線が痛い。悪評が立つのは私も望むところではないし。
仕方がないので我慢しよう。
血で体調も完全回復したし、少しの間とはいえ、この自由を楽しむことにしようか。
酒に手をかけて、ずっとボーっとしているベルのパスタを奪ってやろうかと、楽しげな考えに胸を躍らせるのだった。
♢
ここは...
久しぶりに見る真っ白な風景。間違いない、アイツがいた空間だ。
だけど、俺はベル君と一緒に酒を飲んでいたはずだよな...?
さっきまで酔っていたはずなのにも関わらず、すっかり覚めてはっきりとした頭を回転させて考えてみる。
しかし、何をどうしてこうなったのか全く想像もつかない。
もしかして寝てしまったのか?それで偶然このタイミングでこの場所に来たのか?
駄目だ。何にも分からない。その結論に達したところで、どこからともなくアイツが現れた。
「やぁやぁ、元気にしてたかい?」
「お陰様で、とても元気だよ。それよりも今俺が何でここに居るのかを説明してくれないか?」
世間話なんかはどうでもいい。俺の現状を教えてくれよ。
そのために現れたんじゃないのか?
「せっかちさんは嫌われるよ?」
ほっとけ。ばーか。
「...君には少し礼儀というものが欠けているんじゃないのかい?まぁ、それは置いておくとして、君が何でここに来たかだけど」
そうだよそれ、それを待ってたんだ。
礼儀なんてくそくらえだ。
「君に説明してないことがあったから、丁度良くそれが今起こっていることだし、言っておこうと思って呼んだんだよ」
ほほう、説明してないこととな?
状況から察するに、どうやら俺に関わるものらしいし、ちゃんと聞いておこう。
「僕が話すことで重要なことは君に関係ないことでもちゃんと聞いてね?」
へーい。
「...はぁ。それで、本題なんだけど、大雑把に言うと君の身体には今二人の魂が存在してる」
............はぁ?
いやね、面白そうだったからつい。と笑うその顔面に一発叩きこんでやりたくなった。何をどうしたらそんな状況になるんだよ。
「今ここに居る君の魂、それを君のやっていたゲームのキャラクター...つまるところネイア・リークの身体に憑依させる形で転生させたんだけど、その身体はゲームの中の世界から取ってきた物なんだよ」
??????なんだ、つまりこいつは二次元の世界にも干渉できるわけか?
こいつはドヤ顔を浮かべながら余裕さ。なんてのたまいやがるが、普通にすげぇ。
全世界のオタク大歓喜じゃないか。
「君、さっきからこいつだのあいつだの、酷いじゃないか。僕にはちゃんと名前があるんだよ?」
「お前が名乗らなかったんだろうが!」
なんだこいつ。自分で言ってたくせにもう忘れたのか。
俺がドン引きしてると、慌てた様子で訂正してくる。
「あぁ、そうだった...名乗ってなかったね。えーっと...たしか君の世界での僕の名前は、×××だよ」
なんて?全く聞き取れなかった。意味わからん言語...言語か?もはやうなり声みたいに聞こえたけど。
「...そうじゃん、この名前で聞き取れるわけないじゃん...ええいもう面倒くさい、存在Xとでも呼んでくれよ」
はいはい、存在Xね...そんなに名前が大事なのかねぇ、と首をかしげてさっきの話の続きを促す。
「そうそう、それでそのことが今の状況とどう関係するかだけど、君が意図しない形で、意識を失うようなことがあると、ネイアちゃんの方の魂が前面に出てくる...身体の操作権が移るわけだね。今回は飲みすぎ」
酔って意識が飛んだわけか。納得。確かにあの体は身長が小さいせいか酔いが回りやすかった。
あれ、そうなると普段ネイアの方の意識はどうなってるんだ?
「普通にあるよ?体の操作権は君にあるから一切身体は動かせないけど」
うわ、怖い。勝手に体が動いて、しかも一切それに干渉できないんでしょ?よく耐えられるな、催眠術みたいじゃん。
「事前に彼女に説明はしてあるし、それに動かせないといっても感覚なんかはそのままだから、味なんかもわかるし退屈はしてないんじゃない?」
ほえー。感覚はそのままなのか。腕飛ばされたときクッソ痛かったやろなぁ...
「君との魂の距離がごく近い位置にある影響で、たまに彼女の意識に引っ張られることもあるかもね」
そうなのか?今のところそれっぽいことは無かったけどなぁ。首をかしげる。
「それこそ君が腕を飛ばされた後、痛みの事を考えずに冷静にアイズ・ヴァレンシュタインとやり取りしてたじゃないか。直前までは痛がってたのに。それは彼女が痛みに慣れていたから、特に何か感じることもなかったからだよ」
言われてようやく気付く。確かに、痛みのことをまるで忘れたかのように話してた。そのあとの腕をポーチにしまうのも、今考えるとそれしかなかったとはいえ非常に気持ちが悪い。
「その他にも、気付いていないだけで数々の影響は受けていたよ。まぁ、良いんじゃないかい?彼女は君の事を憎んでいるわけじゃないみたいだし、まがりなりにも君は彼女の創造主だしね」
そうか、俺が作ったキャラに意識があったんだもんな..思い出が蘇ってくる。
雑魚敵をレア素材の為に延々と狩り続けたり、満足が行くビジュアルの装備を作るために数十時間もギルメンと素材をかき集めたりと...そうか、そうかぁ。
あの子に意識があるなんてなぁ。未熟なプレイスキルだったし、つらい思いをさせてたのかもしれないと考えると申し訳なさが出てくる。
「はぁ、久しぶりにこんなに喋って疲れたよ。じゃあ僕は仕事に戻るから、君はまた寝ててくれ。記憶は夢で共有できるはずだから」
色々と聞こえて来た発言に質問を飛ばす間もなく、存在Xが腕をこちらに向けると、視界が渦を巻き、また意識がブラックアウトしていった。
♢
...もうそろそろ帰るか。ベルはずっとヴァレンシュタインの事を凝視していてリアクションもないし、面白くなくなってきた。
食事もすでに楽しんだし、酒では酔えん。ロキ・ファミリアの飲み比べもすでに半数以上がダウンしている。
私はこの食事会にすっかり飽きて帰り支度をはじめていた。とりあえずベル君から財布をスリ取り、帰ってこない店員を待つ。
...にしても、本当に遅いな。何をやっているんだ?
一向に帰ってこない店員にイライラしていると、突然一等大きい男の声が酒場に響いた。
「そうだ!アイズ、あの話を皆に披露してやれよ!」
「あの話?」
やかましい
一緒にいるヴァレンシュタインも疑問顔だろうが。ちょっと顔がいいだけでダル絡みしていいと思ったら大間違いだよワン公。
やかましいやつは嫌いだ。特に犬畜生なんかは。
だが、まぁ面白そうな話ではある。音量を下げてくれればいうことは無いんだがね?
盗み聞きをしていることは棚に上げ、面白い肴ができたと奪ったベルの酒に血を混ぜて飲み始める。
「あれだよ、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の二匹はお前が五階層で始末しただろ⁉あんときいたトマト野郎の話だよ!」
...あ?
苛立ちの感情が酷く湧き上がってくる。ベルはこんな奴らの所為で死にかけたっていうのか?
有り得ない。有り得ないありえない。それを自慢げに披露するその精神にも腹が立つ。
口の中から酒の味が消えた。ベルは...駄目だな、俯いて震えているだけだ。
舌打ちをして、背中を叩く。反応は無し、か。
...暫く一人にさせてやるか。私もあの犬がいる空間には居たくもない。
ベルをひっつかんで、席を立ち上ろうとするも、動かない。
流石にここに置いていくわけにもいかないな...溜息をついて、席に座りなおす。
非常にこの先の話は聞きたくは無いのだが、仕方ない。ベルが動けるようになるまでは居てやらないとな。
「それで、その冒険者、アイズがぶっ殺したミノの血を浴びて真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ!あー、傑作だ」
そんな言葉が酒場にまき散らされる。ヴァレンシュタインは眉をひそめているが、他のメンバーは失笑し、周りの冒険者どもは笑いを必死に噛み殺していた。
ダンジョンに潜るという行為は自己責任だ、新人が今回のような事態で死んでしまっても、それは自分の身を守れなかった方が悪い。
そう考えてはいても、怒りはする。
手袋で隠している右手を強く握りしめる。その内に、紅の右手にヒビが入る。
帰ってきたウェイトレスが、ベルに声をかける。
「大丈夫ですか?ベルさんっ?」
リアクションは無い。これは重症だな...もう無理やりにでも引っ張っていくか?いや、そんな目立つことをしてあいつらにバレたらもっと面倒なことになる。動けない。
「いい加減に黙れ、べート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。酒の肴にするようなことではない、恥を知れ」
「あぁ!?ゴミをゴミだといって何が悪いってんだよ」
はぁ、ゴミね。ベル、もう行こう。ほら。ああ、手から血が出ているじゃないか。勿体ない。
「こら、やめい二人とも。酒が不味くなるわ」
主神はこんな調子か。想像していたよりも品位に欠ける集団だったんだな、ロキ・ファミリアというのは。
「そういえば、アイズ。もう一人の方にも逃げられてたよな。金髪のガキにも。身体中傷だらけで、ぶっ壊れた盾と安物のボロ鎧の実に無様だった奴」
服の方はこいつが理解不能なことに元の装備を着ないで安物を買ってたせいだ。盾にしたってこいつなりに思考を重ねた戦闘の結果だ。黙ってろ。
「いや、彼女には...逃げられてなんて、ない。」
「よく言うぜ、あんなに必死こいて走っていったっていうのに。あんな雑魚は冒険者をやるなってんだよ」
この畜生、終いには殺してやろうか。私の中の殺意が膨れ上がっていく。
私であって私ではないと言えど、酷く不愉快だ。
「アイズ、あのトマト野郎と俺なら、どっちを選ぶんだ?雌として惚れこむ雄はどっちなんだよ」
「私は、そんなことを言うベートさんだけは御免です」
「は、ンなことを言っても、本当は分かってんだろ?あんな軟弱なクソ雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてねぇ。他ならぬお前自身がそれを認めねぇ」
その言葉を聞くや否や、ベルは椅子を倒すほどのすごい勢いで立ち上がり、外へ駆けて行ってしまった。
「ベルさん!?」
「おいおい何だ?」「食い逃げか?」
糞、意図した形ではないが、ひとまず一人にすることはできた。しかし、このままだとベルがどうするか見当もつかない。すぐに追いかけなければ。
「うっわ、ミア母ちゃんの店で食い逃げなんて、怖いもの知らずやなぁ...」
...その前に、一つやることがあったな。
こちらにあからさまに見てくる店主に財布を丸ごと放り投げる。
余りは明日取りに来る、そう告げて席を立つ。止めてこないから、中身は足りてたんだろう。
良し、それじゃあ要件を済ませるか。
まずは喉の組織を作り変えて男の声に変える。血液操作を使って、右腕の義手擬きを吸収する。地面にポスリと落ちた手袋と包帯を拾い、布切れに分解して即席の覆面を作り上げる。
これを顔に着ければ...いい感じに顔が隠れたな。これからやる事を考えると極力身分はバレない方がいい。服も作るか。先ほど吸収したばかりの血液を使ってコートを羽織るような形に生成する。髪色も青に変化させる。
すっかり身元が分からなくなったところで席を立つ。戻ってきたシルさんには怪訝な顔をされたが、黙っててもらうようにジェスチャーをする。
頷いたシルさんを見て、行動を開始する。
カウンターから酒を持っていき、ベートの顔面に浴びせかけ、脚を思いっきりかける。体制を崩して倒れこんでくるその顔面に膝を突き刺す...寸前で避けられた。
ちっ、流石はレベル5。
「...てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
すぐに立ち上がったベートに声を返す。
「それ以外あんのか?喧しいんだよ畜生如きが。犬は犬らしく犬小屋の中に籠ってやがれゴミ野郎」
「いい度胸じゃねぇか。表出やがれ」
無言で店主も外に指さしている。…威圧感がやばい。流石にあの人を敵に回すのはヤバそうだな。大人しく従うか。
「…私たちにも確かに悪い点はあったが、流石にその態度は目に余る。今ので手打ちにしないか?」
副団長が私の左肩に手を乗せて交渉してくるが、飲みたくはないな。
唯一の常識人のように見えるこの副団長に無礼を働くのは確かに私も少し躊躇するが、私の家族をここまで侮辱されたら簡単に許すわけにはいかない。少しは痛い目を見てもらおう。
「…悪いが、それは出来ん。それと、左肩に手を乗せるのを止めてくれないか。私はミノタウロスに右腕を斬り落とされてしまってね。振り払えないんだ」
後半を他の人に聞こえないように小声でつぶやいて、そう言った直後に腕を再生、左肩から手を振り払う。
「…冗談だ。だが、彼女にとっては冗談じゃないかもな」
「おい待て、お前は一体…」
無視して、外に出ていたベートの元に向かう。
「やっと出てきたか、それじゃあ―――
無言で飛びかかる。貴様の言葉なんて聞く価値もない。
拳を顔面に突き刺そうとするが、受け流される。
即座に反転。腹部に蹴りを仕掛けるが、受け止められた。
「てめぇ、少しは痛い目見てもらうぞ...!」
そのままへし折ろうとしてきたので、その前に関節を外して抜け出す。
抜け出されたことに一瞬動揺した。その瞬間、左手を突き出して、中指と薬指から硬化させた血液を突き出させ、目を刺しに全力で振り抜く。
身体を反らされ、全く体に傷をつけることなく終わる。
割と渾身の一撃だったんだがなぁ、アレ。
獣人に対する評価を改め、右のハイキックを手のひらを当てて逸らす。
そのまま半回転して肘鉄を顔面に突き刺す。そのまま肘から血液を槍のように突き出させ、頬を貫通させ―――れない。
それと同時に、ベートの拳が顔面に飛んできた。
余りの衝撃に近くの路地裏へと吹き飛ばされる。クソ、何だこの世界の奴らは。雰囲気と強さが一致しない。
私はそのまま体を無数の蝙蝠に変化させ、路地裏の奥に飛び去る。
...最悪だ。最悪だ。能力が相手に気付かれてしまった。激昂していたからといってもアレは無かっただろう私。
少し離れた場所まで移動して、周囲に人影が無いことを確認してから身体を形成する。変装も全て元に戻し、直ぐに大通りに出た。
大分あの一撃が効いた。まだ違和感の残る頬をさすりながら、苛立ちで頭を引っ掻く。
…今更もうどうでもいい。ベルを探そう。
獣人に負けたということ、私が感情のままに動いてしまったこと、それを認識したくもなかった私は、逃げるようにベルの情報を集め始めた。
♢
「ベート、大丈夫か!?」
あの野郎、いったい何をしやがった。
LV.5の冒険者、ベート・ローガは今吹き飛ばした相手について考えを巡らせる。
まるで、身体が刃物みたいになっていた。頬には傷はついてないが、何か尖ったものを当てられた感触があった。
全く得物は見えなかったというのにだ。
強さもそんじょそこらの雑魚じゃなかった。
少なく見積もってもLV.3はあるだろう。
最後の一発は確実にクリーンヒットしたものの、手ごたえが薄かった。
あれじゃあ逃げられただろう。
「あぁ...アイツ、何者だ」
「分からない。私も初めて見る人物だった。...逃げられたのか?」
あぁ、と返事を返し、先ほどの姿を思い出す。
金の髪に赤のコート。いびつに若干歪んだような声。
ミノタウロスに追われていた二人のうち、身長以外は強さも含めどちらにも似ても似つかなかった。
同じファミリアのメンバーだったのだろうか。だが、もうどうでもいいだろう。
多少手応えはあったとはいえ、自分に一撃も有効打を与えることはできなかった弱者に興味はない。
それに、奴と再び会うことは無い。何となく、そんな気がした。