プロローグ
第二話
まるで宙に浮かんでいうような感覚のなか、懐かしい思い出に浸っていると少しずつ意識沈んでいくような感覚に気がつき、自分の体を確認もできないのに寒気がしてくる。
(……このまま意識が落ちたときが本当の死かもしれない)
おそらく死んだときのことを思い出したときからある程度覚悟をしたつもりだったが、二度と目を覚ますことがないかと思うとやはり強烈な恐怖を感じてしまう。
漫画のキャラクター達は、これよりもっと怖い相手にしながら戦い続けていたのだろうと思うと、彼らの精神力に改めて尊敬の念を抱く。
こんな頭もろくに回っていない曖昧な状態の俺でも、自分の送ってきた人生のなかでこれほど恐れを感じたことはなかったと断言できる。
(だめだ、これは気合とかで抗えるものじゃない)
意識をなんとか持ち直そうとするものの、抵抗らしい抵抗もすることはできず、俺の意識はそのまま沈み続ける。
最期を覚悟すると自分の人生のことが頭に浮かんでくる。俺の人生は家族もいて、仕事をして、昔からの友人もいる、ありふれてはいるかもしれないが幸せな人生だった。しかし、どうしても心残りばかり出てくる。
両親には子どもどころか嫁の顔も見せられず、友人達ともっと遊んでいたかった。なによりも結局自分は憧れの人たちのようなことを何一つ成し遂げられなかったのだ。
(……あぁ、もうここまでだな)
どうやら、これ以上起きているのは無理そうだ。まるで寝落ちをする数秒前のような感覚を味わいながら、俺の意識は暗闇へと沈んでいく。
ふと、霞んでいく視界に、マントを靡かせた鎧姿の背中をおぼろ気にとらえたかと思うと、目の前が真っ暗になり、完全に俺の意識は消え去ったのだった。
◆
一度死んだ俺という人間の意識と記憶が戻ったのは、鹿倉竜仁としての五度めの誕生日を迎えてしばらくたった頃のことだった。普通の子どもとして暮らし、何の前兆もなく自分のベットで目を覚ましたとき、俺は前世の記憶を思い出したのだ。
五歳まで生きてきた、鹿倉竜仁として暮らした記憶はそのままであることから、自分では記憶喪失の状態から回復したようなものだと思っている。
記憶が甦った当初は、自分の顔や体が違うものになってしまった違和感で、数日は吐き気が治まらずトイレの住人になってしまったり、歩くときにバランスを崩して転んでしまうことも多かった。だが、それも数年がたつ頃には違和感も感じなくなり、高校生となった現在はきちんとこれが自分の体なのだと認識できるようになった。
息子が突然トイレの住人なったり、精神面での変化も感じられたであろう両親には、大変申し訳ないし、気味が悪がることもなくここまで育ててくれたことには感謝しかない。
しかし、その両親も俺が高校に進学したタイミングで海外に転勤をしてしまった。親父めなにが
「まるでギャルゲーの主人公みたいな環境だな。帰ったときに彼女でもつれ込んでたら、主人公君って呼んでやるよ」
だ。独り暮らしは楽しそうではあるが、流石にそんな上手くいくはずもないだろうに。
さて話は変わって、転生といえばかつての友人達ともよく話題に上がった異世界転生が、オタク界隈では一般的だろう。しかし、今俺が生きているこの世界に、そういったファンタジーがあるかというと怪しいところである。
結論からいえば、ここは俺が以前に生きていた世界とはほとんど相違がない。話される言語は日本語で、街にはビルが立ち並び、道路には車や歩行者が、学生達は変わらず馬鹿話で盛り上がる。そんなかつての世界と同じありふれた日常が存在していた。
最初は死んで同じ世界に生まれ直したのだと思っていたが、すぐにそんな考えは崩れ去った。理由としては俺が生きていたときに比べて、微妙に文明レベルが後退していたのだ。
後退と言っても、前の世界と同じくらいの速度で進歩すれば俺が成長する頃には同レベルになりそうな微妙な違いではあったが。
なぜこんな似かよった世界でありながら、ファンタジーがないというわけではないというのは、怪人というものが存在しているからだ。
怪人とは、この世界のはるか昔から存在する、病んだ心がピークに達することによって、ただの人間に人ならざる力と、終わりなき殺人症状が発祥する現象だ。
毎年、この怪人化現象によって数百人が犠牲となっているが、検閲が厳重化されることによって俺のような一般人に情報が降りてくることは、噂話程度のものが精々で、俺たちの生活には、出現したときは避難をするといった変化しかない。
「あいつらもいっしょに来てたら、こんなのは異世界転生じゃないって文句でも言いそうだな」
いかんな、登校中だというのに、もう十数年前のあの頃を思い出してしまう。今でも騒々しい友人はいるというのに、あいつらのことを忘れられないとは、腐れ縁というのは世界が違っても切ることはできないらしい。
あぁ、ファンタジーというならばもうひとつあったな。それはこの世界、というよりは俺に関係していることではあるのだが。
転生しているということも十二分にファンタジーだが、それではなく、俺の視界のみに映る半透明の剣、[帝具]悪鬼纏身インクルシオが常に近くに存在していることだ。
他人の視界には映ることもなく、自分自身でも触ることができないこの現象は、俺が記憶を取り戻してから今までずっと続いているが、こちら側から干渉することができない以上放置をしているが、これはいったいなんなのだろうか?
心当たりといえば死んだ後の謎空間で、最期に現れたインクルシオらしき謎の鎧くらいだが、あれが俺の妄想とかでなかったのだとしても、いくら考えてもわかるようなものではないだろう。
謎の透明剣が存在していることに、最初は不気味に感じていたが、転生した体の違和感に慣れたころには、すでに俺の日常の一部として受け入れることができた。しかし、依然としてこれの正体がわかることはなかった。
そんな少しだけ変わった世界で過ごす俺の学生生活は、前の人生の経験で多少は上がった学力と身体能力以外は特に変わることなく、普通の日々を過ごしている。
いや、友人関係だけは普通と言いきることはできないかもしれない。幼馴染みのあいつだけは、俺のかつての友人達とも引けをとらない程の変人なのだから、普段の生活でも油断をすることができない。
「またあいつだ!今度こそ絶対に許さない!」
「叩きのめして二度とこんなことできない体にしてやる!」
校門に到着した俺を待っていたのは、特定の誰かに向けられた多数の女子による殺意に満ちた罵声の嵐であった。恐ろしいのはこれが始めてではなく、割と頻繁に耳にするということだろう。
騒ぎの発生源に足を進めた俺の目に映ったのは、部活に使っているであろうバットやテニスラケットを振り回しながら、鬼の形相で走り回る女子達と、その娘達の行く先で追いかけられている一人の男子生徒だった。
「まってまって!俺、今回はなにもしてないですって!」
「嘘をつけ、なら女子プールを覗いていた理由を説明しなさい。理由によっては許してあげるから」
「わかった、これからちゃんと説明しますからなにもしないで下さいよ」
逃げ回っていた男子生徒はその足を止めると、体を反転させて集団の方に体の向きを変える。こちらからはその表情を見ることは角度的にできないが、あいつのことだろうから無駄に気合の入った面でもしているのだろう。
俺はあいつの意識が女子達に向いている隙をついて、一番逃げ出しやすいあいつの後方へと位置取りをして行く。
「聞いてください、俺は覗きなんてしていません。水泳部の友人に届け物を頼まれていたので渡しにいっただけです」
あいつは絵に描いたような嘘を熱弁しているが、リーダー格であろう女子が何やら取り出したところで、ピタリと声が止んだ。
「へぇー、それが本当の話だとしてこのノートは何かしら?」
話を聞くと言いながら、女子達はあいつのまわりをゆっくり、確実に包囲をしていく。わかっていたことだが最初から信用する気など微塵もないようだ。
しかし、見たところ普通のノートだが、いったいあれはなんだ?
「どうして私たちの名前と、スリーサイズが記録されているのか納得のいく説明をしてくれるのよね」
「戦略的撤退!」
あいつは残像すら見えそうな速度で自身の後方へと逃げ出し始めた。あまりに早い撤退劇に女子達は反応をすることができず、折角の包囲も簡単に抜け出してしまった。
「いけない、急いで追いかけて袋叩きにするのよ!必要なら武器の使用も許可する」
「躊躇なしとか、いくらなんでも物騒すぎるだろ!」
「遊馬、それがお前が普段から積み上げた信頼という奴だ。こいつ相手なら多少殴っても問題はない、ってものだがな」
「そんな信頼嬉しくねぇよ!って言うか、竜仁お前いつも間に後ろに!?」
逃走中の下手人、須藤遊馬は俺が小学生の時に出会ってからの腐れ縁だ。こいつときたらエロ関係のことだけは昔からかわらず、異常な行動力を出しやがる。
「一応聞いておくぞ。今なら多分ボコられるだけで済む、投降する気はあるか?」
「へっ、痛い思いするのがわかってて大人しく従うわけないだろ」
「そうか、なら無理矢理にでも大人しくさせてもらう」
形だけの説得を終えると、俺は遊馬の捕えるべく奴の方へと駆け出していく。普段のこいつならば力ずくで押さえ込むことはできるだろうが、こいつはエロが関係しているかで動きが格段に変わる。
エロで戦闘能力が変動するとは。流石は小学生の時からエロ怪人のあだ名を欲しいままにしていただけのことはある。直前まで水着姿の女子を覗いていたことを思うと、今のこいつ相手に後手に回ると逃げられてしまうだろう。
俺は遊馬の懐近くに近づくと姿勢を低くし、足元を目掛けて蹴りを食らわせにかかる。
「そこは足払いとかじゃないのか?容赦無さすぎだろ!」
「生憎と、俺じゃあここまでしないと掠らせることも難しそうでな、手加減無しでいかせてもらう」
足払いから始まり、組み付きやタックルを仕掛けて体制を崩そうとするが、逃げに徹せられると奇っ怪な動きも加わって捕えることは叶わなかった。
「遊馬、避けるんじゃない!」
「うるせぇ、当てられない方が悪いんだよ」
くそ、昔から追いかけられ続けていたせいか、逃げ回る技術ばかり達者になりやがって。上昇した身体能力も合わさって俺では捕まえることはできそうにない。向こうから向かって来るならまだやりようはあるというのに。
だが舐めるな、昔からお前のエロに付き合わされてきたんだ。このまま俺から逃げおおせるとは思うなよ。
タックルを裂けられた俺は、突然始まった乱闘に静観していた女子達のリーダーと思われる人物へと視線を向け、校庭の花壇近くの小動物避けネットの方へアイコンタクトをとる。
すぐに体勢を立て直し、攻撃へと移ったために上手く意図が伝わったかはわからないが、動き始めた数人の女子達を確認したところで、俺は遊馬の注意を引くべくさらに攻撃のペースを早めていく。
「はぁ…はぁ…、なんで運動もロクにやってない奴がそこまで動けるんだよ?」
「さぁ?そんなの俺も知らねぇよ。だけど、そこまで息が上がってるんだ、そろそろ逃げさせてもらうぞ」
遊馬は息切れし始めた俺の攻撃の隙をついて距離をとると、背中を見せて逃走を始めようとする。が、女子達が足下に広げたネットに絡まり、顔面から地面に突っ込でしまった。
「いってー!!なんでネットがこんなところに……」
「隙アリだ」
俺は倒れた遊馬を足元のネットを使い拘束をする。しかし、あんな僅かな時間でネットを足下に仕掛けるとは。共通の敵を前にした女子達の団結力には恐ろしいものがあるな。
「すみません、鹿倉君。おかけで変態を捕まえることができました」
「いやいや、構わない。どつせいつものことだしな。このまま引き渡して大丈夫か?」
「えぇ、二度とこんなことができないように、今回は徹底的にやらせて頂きます」
俺がリーダー的な女子と話をしている間に、遊馬は身動きのできないまま女子の集団にネットを使って引きずられていくが、これから待ち受けている制裁に比べればまだ、優しい方だろう。
「あ、そうだ。そのノートを処分するのも良かったら俺がしようか?」
「うーん、あまり持っていたい物でもないですし、鹿倉君なら悪用もしないでしょうからお願いしてもいいですか?」
「了解した。責任を持って処分する」
まぁ、ほとぼりが冷めた頃にでも遊馬に返してやるか。どうせ遅かれ早かれ捕まっていたんだ、これを借りとして何か返してもらうとしよう。
ノートを鞄の中にいれると遊馬の方へと目を向ける。とネットでぐるぐる巻きにされて連行される準備が着々と進んでいた。
「良かったな遊馬、そんな大勢の女の子に囲まれるなんてハーレム物の主人公でも中々ないぞ」
「ふざけんな!毎度毎度邪魔しにきて、何が目的だ!?」
「何が目的か?だと。それはだな……」
正直に言うと、遊馬に対する女子のストレス発散という理由も有るにはあるが、それ以上に俺は……
「俺は……お前の悔しそうな顔を見るのが趣味なんだ」
「なにしんみりした風に言ってんだ、このろくでなしが!もう二度とオススメAV教えてやらないからな!」
「あ、そうだ。前にお母さんに夕飯をご馳走になったから、そのうちお礼を渡しに行くって伝えておいてくれー」
遠ざかっていく遊馬を尻目に身だしなみを整える。無駄に回復が早いあいつのことだから、制裁が終わればそのうち顔を出すだろう。そう思いながら俺は校舎の方へと足を進めた。
こんな普通だが、騒がしい友人がいる何でもない日常がいつまでも続くと、この時の俺は根拠もなくそう思っていたのだった。