夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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初めに、このお話は坊っちゃんのように快活な主人公が、爽快に活躍する作品ではございません。
つまりはこゝろのように、息苦しさのある作風であるとご理解ください。


東京優駿:彼岸過迄


 親譲りの無鉄砲で小さな頃から損ばかりしている。

 小学校にいる時分、近所の牧場にある干草ロールの上から飛び降りて、白毛の友人の腰を抜かせたことがある。

 何故そんな無闇をしたのかと訊く人もいるかも知れぬが、別段なんてことはない。病弱で気弱な白毛の友人がそんなところに登ったら怪我をするよ、早く降りておいで。と言ったからである。

 白毛の友人を背負って帰った時、父が干草ロールから飛び降りる奴があるかと言ったので、この次は綺麗に飛んでみせますと答えた。

 

 風邪をひいて学校を休んだ白毛の友人の見舞いに行くと、絵本があれば暇しないのにと言った。

 ならば私がどんな絵本でも買ってきてやろうと受け負った。

 それなら青い薔薇のお話が欲しいと注文したから、なんだそれくらい任せておけと小遣いを握りしめて一人で山奥くんだり都会に降りて行った。

 幸い何事もなく絵本は手に入れたが急にいなくなったことで近所を巻き込んで大騒ぎになり、ひょっこりと帰ってきた頃にはどこをほっつき歩いていたんだと両親には叱られ、白毛の友人にはもう会えないかと思ったとおいおい泣かれてしまったから大変である。

 

 外いたずらは大分やった。白毛の友人と同じくウマ娘のスペシャルウィークを連れて、茂索の人参畠をダートに見立ててかけっこなどしたことがある。

 色の良い人参がそこかしこに埋まっていたから全部引っこ抜いて、白毛の友人が制止するのも聞かずにスペと2人で半日かけっこを続けたら畠が泥山になってしまった。

 引っこ抜いてしまった人参はもったいないので、いくらか持って帰り母に差し出した。夕飯に出てきた蒸し人参は美味であった。

 夜になると顔を真っ赤にした茂索が家に怒鳴り込んできた。人参はどこへやったと言うからここにありますと腹を指さしたらおやじにきついゲンコツをもらった。

 しかし自分より大量の人参を取っていったスペは、母に叱られるだけで済んだと言うから解せぬ。後日白毛の友人にそのことを話すと、だからやめようって言ったのにと半ば呆れた顔をされた。

 

 高学年に上がると白毛の友人の病弱が悪化して、入院するために学校を休むようになった。

 すると気味悪い白子がいなくなって清々したと宣うばかな輩が現れたので、そいつを肥溜めに投げ入れて糞と結婚するのがお似合いであると笑ってやった。

 相手の親は大そう怒って、私を見るなりこいつはろくな子供ではないと罵ってきた。乱暴で乱暴で行先も真っ暗な不細工だと言う。前もって何も言うなと教師から言われていたので我慢していたが、白毛の友人にまで罵詈雑言が及ぶと、つい口惜しくなってそいつの横っ面を張ってしまった。

 その日はいつも以上の激しさで大変叱られたが、白毛の友人は笑顔で礼を言ってくれたのでむしろ誇らしくあった。

 

 中学になると、私はウマ娘の本能ゆえかとにかく走りたいと思うようになった。

 だがどうにもこの地のトレセン学園のやり方が気に食わぬ。地方トレセン学園などと名乗ってはいるのだが、どうにもこの学園には本気で走ろうという気概が見えぬ。

 地方トレセン学園とは名ばかりで、多少は体育が多いだけで実際はそこらの学校となんら変わらぬばかりで退屈である。

 白毛の友人は病気に罹りこの学校へすら通えぬからと義理を通すために通っていたが、こと意識の低さにはほとほと疲弊するばかりで我慢もならぬ。

 中央の規模とは比べるべくも無いが、しかしトレセン学園の看板を掲げているのならば真面目に走るべきではと教師に聞けば、真面目に走ったところで中央には敵わぬからこれで良いのだと言う。シンボリルドルフを筆頭として実力者が多数、中等部にすら模擬戦無敗と名高いテイエムオペラオーがいるのだからやってられぬとのたまうのだ。

 その物言いに腹が立ったので、給料を貰うだけの楽な仕事をしている奴が何を喋るかと怒鳴って、そいつの机を煎餅めいてペシャンコにしてやった。

 教師はたいそう怒ってお前のようなドロップアウトは中央に行けないと言うから、同じ考えを持っていたスペと一緒に地方は教師の質が悪く満足に走ることも叶わぬので、中央に転入したいという旨の手紙を送った。

 

 白毛の友人が病気で死ぬ二、三月前、中央トレセン学園から転入の案内が入った返報が来た。友人が大そう喜んで、きっとダービーを走って欲しいと言うから、それならば有馬も走るべきだろうなどと私は言って、互いに夢の話で盛り上がった。

 転入試験も危なげなく通り、学校に話を通してスペと共に禿げ上がった教師どもを相手に勝ち誇っていた時分、とうとう白毛の友人が危篤になったという報せが来た。そう早く悪化するとは思っていなかった。

 よもやと慌てて病室に駆け込めばすでに虫の息である。手を握って大丈夫かと声をかければ、日本一のウマ娘になってと掠れ声で言うので、絶対になってやると大声で聴かせてやった。

 すると白毛の友人は満足げに笑って、すぐあとには遥かな大空へと旅立って行ったのでスペと二人でわんわん泣いた。この創痕は死ぬまで消えぬ。

 

 白毛の友人が死んでから、決意を込めて髪のひと房を白に染めた。すると学校はすぐさま目の敵にして、校則違反だなんだと積年の恨みを晴らすかの如くねちねちと注意してくる。

 これにはスペもいささか以上に腹が立ったようで、自身を指差して同じような髪をした私はどうなのかと言うと、教師どもが一様に押し黙るのだから気分が悪い。

 仕返しがてら今までお世話になりました。このことは中央に報告しておきますと校長室の扉を蹴り壊して挨拶しに行ったら、それだけはやめてくれと泣きつかれたのがつい先日のことである。

 




簡易人物紹介。見なくとも良い。

主人公
頭が良いクソガキ。思ったことをすぐ口に出すタイプのバカ。悪童。乱暴者。
幼少期から本能のままに暴れ回るやばい奴だったが、白毛の友人の死を受けて理性に目覚めた。しかしクソガキ成分は変わらず濃いまま。
脚質は追い込み。スタミナとパワーに優れているが瞬発力はスペに劣るので、中盤からゆっくりとペースを上げる走りをする。重バ場が得意。

スペ
本来は同い年すら身近にいなかったが、ここでは幼少期からずっと一緒に主人公らがいるので、ちょっとだけ幸せな幼少期を過ごした。地方トレセン学園にも入るなど、かなり環境が変化してスペ自身もいろいろ強化されている。
その代わりに幼馴染との死別という業が新たに増えてしまった。
クソガキに染まらなかったのはお母ちゃんのおかげ。ありがとうお母ちゃん。

白毛の友人
ウマ娘であり故人。主人公が中央で頑張る理由はこれとの約束を果たすため。
病弱で走ることもできない体なのに、クソガキに無理やりあちこち連れ回された。かわいそう。
メタ的にいえば、主人公の肉付けするためだけのキャラ。

 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
 https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ369814.html

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 https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1199029

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