夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

11 / 46
エル「エルの出番は!?」
主人公「いや……私がさっき、食べちゃいました」
エル「NOoooooooo!!」




 その戦いに勝てたのならば、辞めても良いと言うトレーナーがいる。

 その戦いに勝った事で、燃え尽きてしまったウマ娘がいる。

 その戦いは、僕らを熱く、熱く狂わせる。

 勝負と誇りの世界へようこそ。

 ダービーへ、ようこそ。

 

 

     ◇

 

 

 初夏の日差しが降り注ぐ東京レース場に、東京優駿の四文字が掲げられた。これより始まるレースは、日の本が最も熱くなる一戦である。すなわち我らの夢、日本ダービーが始まるのだ。

 

 レース前に最後のミーティングをすると言うので、地下バ道で仲間と顔を合わせている。

 干物はいつにもなく弱気に黙っていたが、ふと意を決した顔をすると、信じるから。とだけ言う。

 含みのある言い方には疑問を覚えたがこいつなりに励ましている事はわかるので、言うのがひと月遅いぞ阿呆と溜め息混じりに笑ってやった。

 メイショウドトウはしきりに私を心配してたどたどしく、だだだだいじょうぶでし! と言葉をかけてきたから、応援する側が私より緊張してどうするんだと落ち着かせてやった。

 フクキタルも今回ばかりは真面目な顔をしていたが、今日の貴女の運勢は絶好調なので勝てます! 更に私の運にも分けて倍ドゥンです! と大吉の絵マを渡してきたから、お前の明るさにはつくづく救われるな。と答えて絵マを受け取った。

 

 ターフに出ると、風が吹いていた。その風は熱を孕んでいた。観衆の発する熱狂と狂乱である。

 空は清々しいほどに快晴であり、雲の一点も見当たらない。吹き荒れる歓声の嵐は天と地の狭間を駆け抜けて、地平線の遥か彼方にまでも響いているとさえ思えた。

 その中にあって、私はひとつの影に向かって迷いなく歩みを進めている。頼りもなく道に迷った幼児の顔をして、ゲート前に突っ立っているあの妹分、スペである。

 皐月賞からダービーまでの二ヶ月の中で、私はずっとあいつの事を考えていた。どう向き合えばあいつの為になるのか、アイツを傷つけずに済むのか、考えていた。

 しかしいくら考えてもわからんので、終いには考えるのが面倒になった。

 元より無鉄砲な私である。レースならばともかく、誰彼との間であれこれ考えて何かするのは好かん。

 沖野は友情と依存は違うと言った。フクキタルは隣で信じ続けてやれと言った。時には見守る事も必要だと、彼らは私に伝えようとしていた。産まれたての子鹿が立ち上がろうとするのを、助けてやる大人の鹿はいないのだと、それぞれの言い方で示してくれた。

 確かに一理ある。

 きっと私に必要なのは、独り立ちを静かに見守ってやる忍耐なのだろう。昔から両親には、我慢と言うのを覚えろと口を酸っぱくして言われ続けてきたほどだ。その反省を活かして、ここはぐっと耐え忍び、スペが立ち直るのを影ながら見守ってやるべきに違いない。

 だが、そんなのは私らしくない。そもそも無鉄砲でばかな私に、そんなお上品な事ができるはずがない。

 そんな回りくどい事をするくらいならば、さっさと発破をかけて立たせてしまえば良いのだ。その方がよっぽど楽だし、何より気持ち良く後腐れないまま進める。そうに決まっている。

 だから私は遠慮無く、不躾にぶつかってやる事にした。誰が何と言おうが関係はない、私は私のやり方でこいつを立たせてやるのだ。

 

 だんと足音を立ててスペの後ろに立つと、私は腕組みをしながら叫んだ。

「スペシャルウィーク、お前は何故ダービーを戦う! 友の為か、親の為か、それとも誇りの為か! 私は友の為だ。死んだあいつと最期に交わした約束、きっとダービーを勝ち、日本一のウマ娘になる為だ!」

 有無を言わさぬ私の言葉にスペはすっかり萎縮したようだったが、私はそれを無視して近くにいたセイウンスカイにお前はどうだと問いを投げた。

 するとセイウンスカイは、いつもの気の抜けた調子で、そんなの決まってるじゃん。と言ったあとには、虎の如くに獰猛な笑みを浮かべてこう答えた。

「落ちこぼれでも、劣等生でも、誰にも期待されてなくても、主役をはれるんだって証明したい。努力で天才は超えられる、この世には思いもよらない逆転劇があるんだって、世間に見せつけてやりたいんだよね」

 高潔なる下克上を宣言したセイウンスカイは、しかしすぐにいつもの表情を戻すと、続けてキングヘイローに、そっちはどんな理由? と問う。

 するといつもの如く高笑いをしてキングヘイローは、そんなの決まってるでしょう! と胸を張って堂々と答えた。

「この身に流れる偉大な母の血統と、受け継いだ誇り高き精神の為よ! たとえ誰に何と言われようが、否定されようが関係ない。私がキングヘイローである限り、私は母の血統に恥じぬ一流のウマ娘を目指すのよ!」

 それから、私たちは顔を合わせて頷くと、寄る方なく視線を彷徨わせるスペを見つめた。示し合わせた訳でもないのに、こいつが答えてくれるのを揃って待っていた。

 数秒か、それとも数分か。とにかく辛抱強く待ち続けていたら、ついにスペが私の眼を真っ直ぐに見つめておそるおそる勝ちたいと言う。

 だがそれは、この轟々とした喧騒の中にあってはあまりにも小さい声だったので、私はあえて何、聞こえんなぁと再び問いかけた。

 すると今度はそれなりの声で勝ちたいと言うので、私は更に発破をかける為に執念が足りんぞと叱責して「お前がダービーに賭ける想いは、私に向ける感情は、そんなちゃちな物なのか!」と三度問うた。

 そうしたらやっとスペは意を決したか、半ば悲鳴に近い大声で「勝ちたい! お母ちゃんとの約束を守る為に勝ちたい! あの子との約束を守る為に勝ちたい! ……ずっと追いかけてきた背中に、勝ちたいっ!」と吼える。

 そこにはもう先程までの弱気はない。ただ私たちに対する剥き出しの闘志と、絶対に勝つと言うスゴ味を感じた。

 私が野放図に好戦的な笑みを浮かべて「やってみろ。ライバルなら、私に勝ってみせろ」と拳を突き出して宣言してやったら、スペも負けん気が滲み出たような顔で拳をぶつけて来たから、やっと調子が戻ってきたなと思った。

 これでもう、戦いを前に思い残す事はない。きっとスペは全力でぶつかってくれるだろう。

 ゲート入りの合図を最後に、私たちはそれぞれゲートへと歩を進めた。

 

 夢の舞台が、もうすぐ始まる。

 

 弥生賞と皐月賞ではお互い情け無い状態で、真剣勝負と言うにはあまりにも腑抜けた勝負だった。何かと全力を出しきれぬままで、とにかく不完全燃焼であった。

 だが今回は違う。

 我らが夢の舞台たる日本ダービーで、正真正銘の真剣勝負を行うのである。これはもうやっとの事だから、否が応でもお互いに気合が入ると言うものだ。

 吐き出した息にはいくばくかの緊張と闘志の熱が混じり、全身を駆け巡る闘争本能がぎちぎちと皮膚の裏側でその瞬間を待ち侘びている。抑え切れぬ衝動が胸の内で速く速くと叫んで、逸る気持ちは手足の末端までもを震わせた。

 歓声がやたら遠くなった。どくどくと早鐘を打つ鼓動の音と、己の震える息遣いだけが聞こえた。ゲートと、ターフの緑と、青空の色だけが、視界を埋め尽くした。

 すべてのウマ娘のゲートインが完了したとアナウンスが入った。

 途端に、呼吸を止めてぐっとスタートの構えを取った。

 

 そして次の瞬間に、ゲートが開いた。

 

 どうと周りが飛び出すのに半歩遅れて飛び出した私は、いつもの如く最後方に陣取って事の成り行きを観察している。

 例の如くハナを進むセイウンスカイは、皐月賞と比べてペースはやや抑え目にある。見た所スタミナの温存をまず第一として進めるつもりのようだ。いくら逃げウマと言えど、さすがにかのアイネスフウジンの如くにはいかんらしい。

 すぐ後ろの二番手に付けているキングヘイローはどこか困った様子で周囲を見ているから、おおかた読みが外れてどうしたものかと惑乱しているのだろう。ここで作戦を修正できなければこいつは最後に沈むが、はたしてどうするか見ものだ。

 さても我らがスペに目を移せば、いつもの通り中団で差しの位置にいる。すぐ前の奴を風除けにしているから、なるほど勉強してきたと見える。

 日本ウマ娘レース場の顔とも呼べる東京レース場のコースは広く大きく作られており、よくよく考えて動かねば余計な体力を消費してしまう難儀な場所だ。

 中山や阪神に比べれば曲線の半径は広く坂も緩やかなものがふたつばかりあるだけだが、逆を言えばそれだけしかないだけに如実に地力の差が出てしまう。坂とて緩やかと言うが距離も他と比べて長くあり、ゴールまでの道程は見た目以上に険しくある。ダービーがタフなレースであると言われる所以がここにあった。

 その点からして、あいつがスタミナ消費を極力抑える動きをしているのは、やはり恐ろしいの一言だ。これで最終直線にあの末脚を使われては、はたして追いつけるかどうか。仕掛け時を誤るのだけは避けねばならん。

 

 おおよその展開を確認した所で向こう正面に入った。

 ハナを進むのはセイウンスカイに変わってキングヘイローである。作戦を変えたのか逃げの一手を打つつもりらしいが、スタミナを気にしてか進みは変わらず遅くある。

 珍しく二番手に下がったセイウンスカイだが動揺はなく、むしろこれ幸いとばかりにキングヘイローの真後ろに受けて風除けに利用しているから強かだ。

 スペは変わらず中団で展開を見守っている様子だが、そろそろ仕掛けの準備に入るかもしれないから目が離せない。

 翻って私はと言えば、残り一〇〇〇地点ですでに加速を始めて、大外から中団を抜きにかかっている。半分の一二〇〇で加速を始めるか直前まで迷ったが、ここでセオリーを崩すのは賭博と判断した。

 他と比べてもスタミナにはたっぷりと自信はあるが、だからと普段と違う事をして余計に消費できる程このレースは甘くない。ましてやあれの末脚を返り討ちにしてやろうと言うのだ、体力は多く残しておくに越したことはなかろう。

 

 四コーナーを回って最終直線に入ろうかと言う時に、セイウンスカイが仕掛けたからレースが動いた。

 まず初めに、セイウンスカイがキングヘイローを捉えて先頭争いに持ち込み、これを奪った。するとそこへ、後方から追い上げてきた私とスペが迫り、更にキングヘイローが意地を見せて上がろうとする。

 

 残り四〇〇。

 

 ハロン棒を横切り坂に入ると、ついにセイウンスカイを捉えたスペが加速してそれを抜き去ったから、実況が並ばないと二度叫んだ。

 だが並ぶ。私が並ぶ。

 坂を登り切った直後に、フクキタルに教わったように重心を前に倒して、大きく息を吸い込みながら渾身の力を右脚に込める。芝がみしりと音を立てる程に、蹄鉄が地面に深々と食い込んだのを確認すると、次の瞬間に、私は獸の雄叫びと共に末脚を爆発させた。

 

 残り二〇〇。

 

 初めてレースで成功させたこの末脚はよもや桁違いの威力で、気が付けば私はスペの真横にまで迫っている。スペが驚いて声を上げた。実況も驚いて声を上げた。私も驚いて声を上げた。

 さすがフクキタル直伝の末脚はとんでもないもので、まったく想定外の威力で自分でもびっくりしてしまった。だがしかし、これでこいつを抜かせる。

 先に行くぞと叫んで、末脚の勢いそのままスペを抜く。ここまで来たのならもう我武者羅だ。ほんのちょっとだけ残っていた体力も全部振り絞って、とにかく前だけを見て走った。

 

 残り一〇〇。

 

 ほとんど絶叫に近い雄叫びを上げながらスペが並んできた。よもやここで上がってくるかと思った。

 膝が重く軋みを上げている。息が苦しくて、目の奥がチカチカと点滅している。踵がじくじくと痛みを訴えている。股関節の感覚もとうに消え失せて、走っているのか歩いているのかさえわからなくない。世界が遠くに引き伸ばされて、独りぼっちになったように錯覚する。

 私はもう限界だった。精も根も尽き果てて、立っているのもやっとなくらいだった。あわや負けてしまうかとさえ考えてしまった。

 

 残り五〇。

 

 辛くて、苦しくて、わずか諦めそうになって、心の隅に出来た黒い滲みに、私の意思は微かに揺らいだ。

 もう良いではないか。私は十分に走った。中央に来て、思うように勝てぬまま負け続け、それでも折れずにダービーを走っているのだ。ここに至ってはもう二着でも文句は言われんだろう。スペと私でダービーの栄光を分け合えばさして変わらんのだから、あいつだってそれで納得してくれるはずだ。きっとそうに違いない。

 蓋をしていたはずの弱音が顔を出して、私の脚を鈍らせようとする。

 

 残り、一〇。

 

 だが私は見つけてしまった。

 観客席の端で、祈るように両手を組んでこちらを見つめる白い影を。

 ほんの小さく口を動かして「がんばれ」と私に声援を送っている姿を、この目でしかと見てしまった。

 腹の奥底から元気が湧き上がってきて、長い夢から覚めたように意識が覚醒する。疲れ切った五臓がなけなしの力を振り絞り、私を前へ前へと進ませる。

 遥か遠い天上から降りてきたあいつがこのレースを見に来てくれている。それなのに負けて良いなどと、そんな考えが許されるはずがない。あの日の誓いを、約束を果たすのだ。絶対に、絶対に負ける訳にはいかぬ。

 さあ心を燃やせ。脚を止めるな。歯を食いしばれ。地べたを踏みしめて走れ。走れ。走れ。譲らない、譲れないのだ。

 ――この、ダービーだけは! 

 

 残り、〇。

 

 ほとんど無意識のまま、ゴールラインを踏み越えた。

 

 ダービーを走り抜いた。それを自覚した束の間、脚がもつれてスペと一緒にすっ転んでしまった。

 耳鳴りと、鼓動と、二人分の息遣いだけが聞こえる。何とか実況を聞き取ろうとするがまったく聞こえない。視界もぼやけているから掲示板も見えない。

 ふたりぼっちの世界でぜえぜえしていると、不意に誰かが私の上体を助け起こして、頑張りましたね、さすが私の弟子です。と言う。

 耳鳴りの中にあってもはっきり聞こえるその声に、私は強がって笑いながら、お前の弟子になった覚えはないぞ。と返してやった。

 肩を借りて何とか立ち上がると、それとほとんど同時に、観客席から割れんばかりの大歓声が上がる。

 すわ何事かと掲示板を見れば、そこには「同着」の二文字が表示されていたから心底魂消た。

 信じられん。あり得るものか。同着などと、そんな都合の良いばかげた話が、三流作家が書いたハッピーエンドみたいな結果が許されるものか。これは夢だ。血の一滴も絞り出せん程に疲れ切った五臓が、束の間見せている夢だ。きっとそうに違いない。

 半ば茫然自失のままスペを見れば、向こうも向こうでサイレンススズカに抱きしめられた姿勢で固まっている。

 フクキタルがすごいすごいと私を撫で回したから、視界がぐわんぐわんと揺れて景色がぐちゃぐちゃになった。けれど夢から覚める様子は、ない。

 

 現実だった。

 私たちは、ダービーの栄光を、真に分かち合ったのだ。

 

 自覚した途端、気が抜けてその場にへたり込んでしまった。瞳からは涙がはらはらと溢れて、どれだけ拭っても止まらなくて、ついに我慢ならなくなった私は人目も憚らずに大声をあげて泣いた。心底から吹き出した歓喜と安堵に任せて、赤子のように泣き叫んだ。

 あいつとの約束を果たせたでなく、スペの夢さえもがここで叶った。私はスペの夢を破らずに済んだし、スペも私の約束を破らずに済んだのである。大団円、大団円だ。こんなに嬉しいことはない。

 気が付けばスペも一緒になって、抱き合ってわんわん泣いていた。サイレンススズカも泣いていた。フクキタルも泣いていた。みんな、みんな泣いていた。

 

 どれくらい泣いていただろうか。

 

 涙も声も涸れた頃になって、私たちは自分の脚でやっと立ち上がった。まだやらなければならん事があるからだ。

 まず初めにはトロフィーの授与である。

 ひとつしかないトロフィーを二人で持ち上げると、カメラのフラッシュが煌めいて星々のように見えた。本当ならばどちらかしか得られなかったはずの光景は、ふたつとない栄光の輝きを放って祝福を私たちに与えてくれた。

 共にダービーを駆け抜けた好敵手とも、固い握手を交わした。

 セイウンスカイが少し赤くなった目元を和らげて、いやあダービーで一緒の順位なんてお熱いですなあお二人さん。と茶化してくるので、スペは私のもんだからやらんぞと返しておいた。

 キングヘイローは鼻をずびずび鳴らしながら、負けたのは悔しいけど、それより二人とも夢が叶って良かったわ。と言うから、まったく慈悲深い王様だなと顔をハンカチで拭ってやった。

 そして、ウマ娘のレースは走っただけで終わりではない。レースで雌雄を決した後に待ちうけるもうひとつの大一番は、ウイニングライブである。

 しかし前代未聞のダービー同着であるから、これは配置をどうしたものかとスタッフを困らせてしまった。

 結局今回は特例としてそれぞれ一曲ずつ、計二曲を歌う事に決まった訳だが、決まるまでずっとパート分けも均等に分けるにはどうする、振り付けだってどうするのだと、まあセッティングが紛糾して大変である。

 とは言え、どいつもこいつも嫌な顔どころか嬉しそうな顔で動いているから、これは嬉しい悲鳴と言うやつなのだろう。

 ライブ会場の準備が終わりさあ歌うぞと言う時に、子供理事長が現れて私たちに称賛! と声をかけてきた。

 聞けば何でも個人的に私たちに感謝を伝えたいとの事で「トゥインクルシリーズ史上でもっとも熱く、そして感動的なダービーを見せてくれた君たちに! 私は敬意を表するッ!」と有難いお言葉を戴いたので、こちらこそ優劣をつけられた所を同着にしてくれて、感謝しかありません。お礼に今回の祝勝会にご招待しましょう。とこれに答えた。

 そうしたら子供理事長は嬉しいような困ったような顔をして「感謝! だが次は穏便な招待をして欲しい! 帰りが遅くなるとたづなに怒られるのだ!」と言うから、保証はできかねます。とスペが笑った。こいつも言うようになったものである。

 諸々の事が片付いたなら、ステージにいざ出陣だ。

 二〇万を越す観客が作り出すサイリウムの海はもはや言葉では到底表現などできない絶景で、白毛のあいつにもこの景色を見せてやりたかったと、涸れたはずの涙がまた滲み出そうになった。

 して肝心のステージなのだが、とにかくもう楽しくて仕方がなかった。

 スペを抱き上げたままランウェイを走り回ったり、観客席に飛び込もうとしてキングヘイローとセイウンスカイに止められたり、ステージ袖で見ていた子供理事長を引っ張り出して来たりと、ついつい調子に乗ってはちゃめちゃにしてしまった。

 あとで駄洒落皇帝にしこたま怒られたりしたが、それはそれとしてライブは大盛り上がりしたので、きっと明日の朝刊は私たちの笑顔が一面を飾っている事だろう。

 

 そうしてすべてを終えて学園に帰ってくると、今度はスピカとシリウスと、あとはいつもの奴らも集めて祝勝会が開かれた。

 会場となったシリウスの部屋には、沖野が腕によりをかけて作った料理の数々に、干物が頼んでおいたと言うピザやら寿司やらが所狭しと並んでいる。にんじんジュースもどっさりと運び込まれて、文字通り浴びるように飲めてしまうくらいにある。

 そんな状況にあっては、当然ながら飲めや歌えやの乱痴気な状況になった。

 最初はキングヘイローが王様らしく音頭を取っていろいろやっていたのだが、テイエムオペラオーが、君たちの健闘を讃えてオペラを披露しよう! と言うからだんだんおかしな方に向かった。

 すでに祝勝会と言うには怪しい状況にあったが、途中参加してきた子供理事長とたづながオペラに巻き込まれたあたりで、祝勝会の崩壊が加速する。

 それからトウカイテイオーが歌と踊りを披露し始めたのでオペラがダンス大会になり、私も高知でのデビュー戦で四着に入ったハルウララと祝いにツイスト・ダンスをしたり、隅っこでもそもそ飯を食っていた干物を引っ張り出して無理やり踊らせたり、スペとミュージカルめいて歌って踊ったりしたから、もう祝勝会ではなくただのばか騒ぎだ。

 あとにはゴールドシップがダービー前に沖野が私にいろいろ言った事を持ち出して、ここで意趣返ししてやろうと言うのでこれに乗った。

 私とスペを想っていろいろ言ってくれたのはわかるが、それはそれとして言い方ってもんがあると言う訳で、感謝と報復を込めてこいつの右のすね毛をガムテープで引っぺがしてげらげら笑ってやった。

 更にはグラスワンダーが舞を披露しているところにエルコンドルパサーとゴールドシップの乱入でプロレスになり、ついにはグラスワンダー&エルコンドルパサーVSゴールドシップ&私のタッグマッチになったからもう収拾がつかない。

 ちなみに結果だが、舞を邪魔されて怒り心頭に発するグラスワンダーの独り勝ちであった。さすが武士の生まれ変わりである。

 

 さて宴もたけなわにある中で、私は誰にも声をかけずにふらりと外へ出ていた。

 いささか騒ぎ疲れたと言うのもあるが、ダービーの最中に見たあいつを思い出して、ここらでちょっとばかし感傷に浸りたくなったのだ。

 思えば私は、ずいぶん遠くに来た。

 あの日に交わした約束を守る為に故郷を捨て、あの時の笑顔に報いる為に弱音を捨て、最後にはここまで来た。

 決して平坦な道のりではなかった。辛く苦しい事もたくさんあった。だがそれ以上に嬉しい事や楽しい事がたくさんあった。

 目指すべき背中があった。愛すべき友があった。尊敬すべき先達があった。敗北の苦渋があった。勝利の甘美があった。煌めきに満ちたステージがあった。全部をあいつに見せたかった。全部をあいつと分かち合いたかった。

 この白毛を通して、届いただろうか。伝わっただろうか。もし届いているのなら、伝わっているのなら、私がそちらに行った時に、感想を聞かせて欲しい。

 白毛の部分を指先で摘み上げて、月明かりに透かして、この儚い想いをあいつに捧げていた。

 

 しばらく夜空の下で物思いに耽っていると、スペが出っ張った腹を揺らして私を呼びに来た。

 お前その腹はどうしたと指摘すれば、いっぱい食べたからかな。となんでもないように言うから呆れて笑ってしまった。まったく相変わらずな奴である。

 それでどうしたのだと聞けば、私が居なくなったから探しにきたのだと言う。わざわざ探す程でも無かろうにと首を振ったが、スペがわずかに眉尻を下げて、なんだかこのまま消えちゃいそうだったから。とまるで私を幻みたいに言うから益々呆れて笑ってしまう。

 そんな簡単に消えるはずもなかろう、お前も心配しすぎだぞ。と頭を撫でてやれば元気を取り戻したようで、いつもの笑顔を見せてくれる。やはりこいつには笑顔が一番似合う。

 話を程々に切り上げると早く戻ろうよとスペが駆け出すから、そう急かしてくれるなと笑いながら一歩を踏み出す。

 束の間、ふと振り返って月を見上げると、私は別れを告げるみたいに独り言ちた。

 ――今でも別に、お前を嫌ってはいないんだ。

 私の呟きは吹き抜ける夜風に溶けて、どこか遠くに運ばれていった。

 一緒の墓には、まだ入れそうにない。




くぅ〜疲れましたwこれにてダービー編完結です!
という訳でこのあとは、いくつか番外編を挟んでから打倒オペラオー編に行く予定ですので、ちょっとばかしアンケートをとってみようと思います。
皆さんが見たいと思うものを、気軽にポチーッ!していただけると幸いです。

 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
 https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ369814.html

【メロンブックス】
 https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1199029

見たい番外編

  • オペラオーとお買い物デート
  • ドトウとお散歩デート
  • フクキタルと公園デート
  • 干物とお家デート
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。