ダービーが終わってから数日経った頃、ふとフクキタルの奴へ日頃の礼をしようと思い至った。
どうしてそんな話になったのかと言えば、なんという事はない。その日の昼飯時に、スペがチームの奴らに日頃の感謝を込めた手紙を書いたと言ったからである。
聞いた時は殊勝だなとしか思わなかったのが、部屋に帰ってからふと、そういえば私もシリウスの奴らにはずいぶん世話になっていたな。と気が付いたから私もやるかとなった。
まず手始めとして、フクキタルへ感謝しようと考えた。
あいつには後輩としてずいぶん世話になった。末脚に関しては特に多くを助けてもらった。あいつのおかげでダービーを勝てたようなもんでもあるから、ここらでひとつ感謝の意を伝えるのも悪くはなかろう。
しかしスペのように手紙を送るのは気が引ける。あいつ如きに改めてそんな物を渡すのは小っ恥ずかしいし、手紙をネタに一生茶化されそうでよろしくない。贈り物も同じ理由で気が進まん。
となればここは、手作りの料理でも振る舞ってやるのが良いだろう。食ってしまえば跡形も残らん上に、茶化されても躱しやすい。感謝を示すにも打って付けである。
思い立ったが吉日なので、さっそく商店街へ食材を買いに出ていろいろと買い揃えたのだが、誤算だったのは調理場の状況である。
意気揚々と調理場に入ったのも束の間、なんと明日まで使用不可だと言うのだ。
何があったのだとフジキセキに聞けば、何でも料理が下手くそな奴が鍋を爆発させて掃除が大変らしい。
犯人曰くバクシン的に料理を進めようとした結果だそうだが、何をしたらここまでひどく鍋が爆発するか甚だ疑問である。きっと電子レンジにダイナマイトでも入れたに違いない。
ともかく出鼻を挫かれた私はしようがないと部屋に戻った訳だが、今度はフクキタルの方で問題が発生したからばかにでかい嘆息が出た。
こいつときたら帰ってくるなり私に、飾っていた四葉のクローバーが枯れたから不幸になると泣きついてきたのである。
よっぽどくだらんのでベッドに投げ飛ばしてやろうかと思ったのだが、しかし待てよと閃いたから手を止めた。
明日は休日で、授業も鍛錬もない。調理場は明日まで使えない。そしてここに来て四つ葉が云々の話である。
となれば、つまりこれは手作り弁当を持ってピクニックに行く流れではなかろうか。
学園の近所にある公園にはでかい草地があって、休日には家族連れがピクニックをしていたりする場所だ。四つ葉探しにはもってこいだろう。
そこで私はこいつに手製の弁当を振る舞って感謝を伝える。こいつは四葉を探すついでに美味い飯を食える。
なるほど素晴らしい案だ。いかに駄洒落皇帝でもこう上手い案は思いつかんだろう。と、この時は思った。
繰り返すようだが、思い立ったが吉日である。
この案をすぐさま実行すべく、私はフクキタルへ、それじゃあ明日にでも近所の公園へ探しに行くか。と上機嫌に約束してやった。
そしたら、急に優しくなってどうしたんですか、似合わないし不気味ですよ。と真顔で言うから手酷くベッドに投げ飛ばした。
ちょっと親切にしてやったらすぐこれである。まったく油断も隙もありゃあしない。
さても次の日になった訳だが、起き抜け一番に私は昨日の自分を思い切りぶん殴りたい衝動に駆られていた。
よく考えれば、何故わざわざこいつとピクニックに行かねばならんのだ。こいつがだらだら四つ葉を探して帰ってくるのを寮で待ち受けていれば良かった所を、わざわざ弁当を作ってまで尾いていく必要なんぞないではないか。
冷静になって考えればとにかくばからしい。阿呆の極みだ。またしても勢い任せの無鉄砲で損をした訳である。
すでに不貞寝したい気分だったが、私は冗談は好きだが嘘は好かん。面と向かって約束をした手前、これをやっぱりやめたと反故にするのは良しとする所ではない。
結局散々に悩みながらもちゃんとお手製の弁当は作って、昼にはフクキタルと一緒に公園へ出かけた。
快晴の空の下で、さあ四葉のクローバーを見つけますよ! とフクキタルが意気込む。
和気藹々とする家族連れが大勢いる中にあって、こんな間抜けな事をのたまうのはきっとこいつくらいのもんだ。まったく我が先達ながら恥ずかしくなる。
いかにも揚々と草地に向かって歩いていくフクキタルを引き止めて無言で鞄に隠し持っていた弁当を差し出す。
すると何ですかこれ? と聞かれたから弁当だと答えて、手が汚れる前に食えと有無を言わせず側のベンチに座らせた。
最初はいきなりの事に困惑していたフクキタルだったが、おずおずと弁当の蓋を開けるなり小さく歓声を上げる。
中身はおおよそ弁当の定番である唐揚げ、ポテトサラダ、アスパラのベーコン巻き、タコさんウインナーなどの見慣れた面子である。
無論、卵焼きもちゃんとある。砂糖を使って甘めに作った奴なので、冷めても食えなくはない。
これ全部手作りですか! と驚いたフクキタルは、まず唐揚げを食べて満面の笑みで美味しいと言う。
続けてアスパラのベーコン巻き、ポテトサラダと食べていくが、その度に美味しい美味しいと頷く。
特に卵焼きを食べた時なんかは、これは私の好きな味ですね! とパクパク食べるから、何だか照れてしまってつい子供舌めと憎まれ口を叩いてしまった。
しかし何て事はない普通の弁当だがここまで美味い美味いと言われると、まったく作った甲斐もあったと思えて悪い気はしない。
フクキタルの絶賛に気を良くした私は、得意になってこのまま勢いに乗ってこいつに感謝を伝えようと口を開いた。
だがどう言う訳か、急に恥ずかしくなって声が出なくなったから魂消た。
毎日寝食を共にしているのだから日頃の礼を伝えるくらいどうと言う事はないと思っていたのだが、逆にこれのせいで、母親に面と向かってありがとうと伝える時のような心境になってしまって敵わん。
兎にも角にも情緒の据わりが悪い。
しかしこんなので尻込みしていては無鉄砲も名折れである。感謝のひとつも伝えられん軟弱者になるのは残念だ。
私は心中でぐっと気合を入れるとフクキタルの両肩を掴んで、真正面から日頃の感謝を伝えてやった。
フクキタルは一瞬だけ呆気に取られていたが、束の間には、母親めいて優しく微笑むと「ありがとうございます。私も、貴女には感謝してますよ」と頭を撫でてきたから堪えきれず顔から火が出た。
こうなっては、しばらくはこいつの顔を真面に見れそうにもない。まったく慣れん事は思いつきでするもんではないものである。
ちなみに四つ葉は無事に見つかった。
今は押し花にして、私の栞に使われている。
あと一話書いて心の百合園に水をあげたら本編に戻ります。
すまんのぉ、もうちょっとだけ続くんじゃ……。
吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
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