夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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新章開幕!
完結目指して頑張るぞー!えい、えい、むん!


打倒覇王:夢十夜


 ダービーが終わったあとには話しきれん程に多くの事があったから、夏合宿までを端折って話すとする。

 

 まずは宝塚記念である。

 スピカのサイレンススズカが逃げ切ったあの試合を、偵察がてらシリウスの奴らと観戦していた訳だが、あいつはまったく恐ろしい逃げをするもんだ。

 あれに勝つには、はたしてどうするべきか。戦うのはまだ先になるだろうが、今から対策でも立てておくべきだろう。

 

 さても宝塚記念が終われば今度はシリウス採用試験である。

 ダービーを勝った私目当てにまだデビューもしていない奴らがわらわらと集まってきたのだが、いくらこのままではメンバー不足でお家取り潰しになりかねんシリウスでも、まさか来た奴ら全員をチームに入れるなどできぬ。そう言う訳で、芝二四〇〇のコースを借りて試験を行う事となった。

 ちなみに採用条件は干物との面接試験に合格後、私とレースをして四位以上になる事である。無論一位は私が取った。

 

 試験に合格して無事に残った幸運なウマ娘は、ウイニングチケット、ライスシャワー、そしてエアシャカールの三名であった。

 

 ウイニングチケットは差しを得意とする豪脚持ちで、非常に真っ直ぐな走りをする。しかし情緒の振れ幅が恐ろしく大きいのか、何かある度に大声で喜んで大声で悲しむうるさい奴だ。

 初めに会った時は開口一番に、ダービー感動したよぉ! と全部に濁音が入っていそうな酷い泣き声で言ってきたし、試験に合格した時など歓声を上げた直後には、うおおおおん! と泣き出すしで始末に負えない。しかしこの真っ直ぐすぎる感情表現とそれを表したような走りは嫌いではない。

 

 ライスシャワーは先行を得意とする生粋のステイヤーである。自分を不幸だなんだと自罰ばかりして己を卑下するから、似た性格をしているメイショウドトウとウマが合いそうな気弱な奴だ。

 実際こいつらが会った時など、何かシンパシーでも感じたか真っ先に握手を交わしていたからやはり同類なのだろう。しかしその祝福の名に恥じんようにと走りに対する情熱は誰よりも強くあり、一皮剥ければ相当に強くなると思われるシリウス随一の逸材である。こいつの将来が楽しみだ。

 

 エアシャカールは私と同じ追い込みを得意とする奴だ。とにかく荒々しく、切れ味鋭いナイフみたいな性格な上に、ロジカルだの数字がどうだのと言って勝手をするとんでもなく気性難な奴だ。

 兎にも角にも頭が良い上に数字の信仰者であるため、少しでも練習と己の計算が食い違うと干物に噛みつき、挙句にはやってられんと勝手をし出すから一時にはお前は何をしに来たんだと呆れていた。しかしメイショウドトウが何かと世話になっていると言うから、案外面倒見が良い奴らしい。

 

 総じて兎にも角にも見事な癖ウマ娘ばかりである。

 これではチームシリウスが癖ウマ娘収容所と揶揄されかねんので、面接試験の基準を改める必要があるだろう。

 それを干物に伝えると変な物を見るような表情で、いや他人の事言えないでしょ君。と返されたから遺憾である。

 

 そうこうしているうちに、今度は夏合宿が来た。

 学園が夏休みになる関係でトレーニング施設がほとんど使えなくなるから、各地の施設を借り受けて合宿を行うのが通例である。

 無論我らシリウスもこれに倣ってどこぞの海で合宿を行ったわけだが、まあこれが大変に厳しくてとにかく敵わん。

 鍛錬は元より厳しいのだから覚悟していたが、予想外に問題だったのは新人どもだ。

 ウイニングチケットが練習の度に泣き出すのは良いとして、ライスシャワーが何かと間が悪く不幸に見舞われて変な目に遭うし、エアシャカールは内容にけちを付けて勝手な鍛錬をやり出したりと、初日からしてもう散々であった。

 全員でこいつらの舵取りをしてなんとか日程は終わらせたが、もうこんな目に遭うのは懲り懲りである。

 だがこいつらの面倒を見る名目で、遠泳を回避できたのはささやかな幸運であったかもしれん。

 

 さてもここまで激動の日々を過ごしてきたのだが、ここで小休止とばかりにファン感謝祭がやって来たからやっと気が抜けた。

 中央トレセン学園では初秋に感謝祭と称して、一般人も参加できるでかい祭りをするのが恒例である。

 これは普通の学園で言う所の文化祭に該当する祭りなのだが、生徒で出店やら出し物をしたり、ライブや大食い大会なんかをやったりするからとにかく規模が凄まじく、敷地の広さも相まってもはやちょっとした見世物興行だ。

 そんなファン感謝祭においてはこのシリウス、なんと小規模ながら喫茶店をやる事になっている。

 私とエアシャカールが料理をできるもんだから、それを活かしてちょっくら小遣い稼ぎをしてやろうと言うのだ。

 学生が作る飯だから値段などたかが知れているので儲けはそこまで出んだろうが、しかし祭りというのは参加して楽しむことに意味がある。

 今回は正味売上など気にせず、楽しむ事を主軸にして喫茶店経営をしようではないか。

 

 とまあ、ここで終われば楽しい思い出で終わったのだが、残念ながらそうはならなかった。

 

 きっかけはライスシャワーが放った一言「あのね。ライス、メイドさんになってみたいの」である。

 これを聞いた干物が手を叩いて、じゃあメイド喫茶にしよう。と言うから、確かに接客担当の奴らが可愛い服を着ていた方が集客もよかろうとこの時は頷いた。

 だが当日になって届いた衣装には、何故か私とエアシャカールの分も入っている。ご丁寧に私の分はミニスカ、エアシャカールの分はロングスカートと別けられている。

 やいこいつはどう言う事だと詰問してみれば、君らも接客するんだから着るんだよ。と干物が言うからふざけるなと猛烈に抗議した。

 いくら何でもこんなひらひらした物を、しかも言うに事欠いてミニスカートなど着れるか。まったく破廉恥にも程がある。

 エアシャカールも何か言ってやれとけしかけたら、いやこれで客集まるンなら別に良いだろ。と予想外に返されたから私の気持ちを裏切ったなと悲鳴をあげてしまった。

 しかもそのあとにはライスシャワーが、ライスなんかとお揃いなんて嫌だよね。と涙目になり、さらにウイニングチケットが大声で、着てもらえないなんてメイド服さんがかわいそうだよぉぉお! と泣き出すから、ああもうわかったから泣くんじゃない。と渋々、本当に渋々、しかたなく、どうしようもなく、こいつを着る事になった。

 着替えたは良いものの、普段はミニスカートなんぞ着ないからとにかく股の風通しが良すぎて、ちょっと動いただけで下着が見えてしまそうな気がして敵わん。

 裾を押さえながらひょこひょこ不恰好に歩いて出ると、フクキタルが開口一番に、いや〜元が良いだけあってマ子にも衣装ですねぇ。と他人事のように言いやがる。メイショウドトウもこれに同意して、お人形さんみたいですっごくかわいいです。と和んで微笑み、ライスシャワーもウイニングチケットもうんうんと頷くからもう恥ずかしくて死にたくなる。

 そしてトドメとばかりに干物が作ったローテーションによって、私は午前いっぱいを厨房だけでなく接客にも立たされる羽目になった。

 やってくれたな干物め、この屈辱は忘れんぞ。

 

 ファン感謝祭の始まりを告げる花火がなると、少ししてすぐに客が入って来た。

 無理矢理に笑顔を作って、御帰りなさいませ御主人様。と挨拶すると、そこには変態と名高いアグネスデジタルが立っていたから息が止まった。

 思わぬ一番客にうわあと心中で嘆いたのも束の間、私の姿を見たアグネスデジタルが「は? 普段は女っ気ない強気なオラオラ系姉御肌なウマ娘ちゃんにミニスカメイド服着せるとか最高すぎてキレそうこれ提案したの何処の誰ちょっとこの神采配について熱く語り合いたいんだけどあとこのもぎたて♡にーちゅなにんじんジュースともえきゅん⭐︎オムライス〜愛の魔法で召し上がれ♡〜を魔法有りでくださいそれとツーショットチェキもいいですか」と何故か熱り立った口調で捲し立てて来たから、ツーショットを撮ってやった後に企画発案者の干物を厄介払いがてら投げつけておいた。

 

 初っ端からとんでもない客に当たってしまって、もうすでに気持ちが萎えてしまったが、感謝祭はまだまだこれからである。ここでやる気を失っていては先がない。

 午後まで頑張れば解放されるぞと何とか自分を奮い立たせて、私は次なる客へぎこちない笑顔を向けた。

 だが振り向いた先には笑顔のテイエムオペラオーが立っていたから、さすがに膝から崩れ落ちた。

 何でお前が来るんだとほとんど悲鳴に近い声で問えば、ジョセフィーヌがボクを導いたのさ! とまたわからん事を言い始めるから地団駄を踏みたくなった。

 ちなみにジョセフィーヌとはこいつ愛用の手鏡の名前である。鏡に名前を付ける意味がわからん。

 よっぽど追い返してやりたいが大事な客であるから無体にはできん。気持ちを押し殺してテイエムオペラオーを案内すると、私はなんとか笑顔で注文を取ってから厨房に引っ込んだ。

 注文はアグネスデジタルと同じくにんじんジュースとオムライスだったから、纏めて作って出す事にした。エアシャカールにケチャップでハートを書けと言ったら殺すぞと返されたのでしょうがなく私が書いた。

 アグネスデジタルの方をライスシャワーに任せて、私はテイエムオペラオーの方に品物を持っていった。そしたらこいつが、おや向こうみたいに呪文は言ってくれないのかい? と言うからお前本当にふざけるなよと歯噛みした。

 死んでも嫌である。あんな痛々しい媚びた科白を言うなど、末代までの恥にしかならん。

 そう返してフンと鼻を鳴らしてやると、そうかそうかつまり君はそういう奴だったんだな。と露骨に失望した様子で煽ってくるから思わずムッとして、そこまで言うならよろしい。お望み通りやってやろうじゃないか。と熱り立ってこれを受けてしまったから大変である。

 すぐに南無三乗せられたと口惜しくなったが、吐いた唾は今更飲み込めんのでもうやるしかない。

 手をハート型にして胸の前で構えて無理矢理に笑顔を作ると、意を決して、普段は絶対に出さないいかにも媚びたような声で「お、おいしくな〜れ♡おいしくな〜れ♡らぶらぶきゅん♡」と反吐みたいな科白を唱えた。

 一瞬の静寂のあと、テイエムオペラオーは素晴らしいとこれを拍手で称えた。アグネスデジタルがその後ろで尊いと呟いて息絶えた。

 やり切った。だが心中にあるのは羞恥だけであった。後悔先に立たずと言うのは、今この瞬間のためにあるに違いない。腹を切って死にたい思いである。

 

 テイエムオペラオーのあとには、恐ろしい事にスペたちが来た。ご丁寧にサイレンススズカも一緒にである。

 何故こうも知り合いばかりが来るのだ。もしや世界は私に何か恨みでもあるのではなかろうか。

 原型もなくなる程に破壊された傷心のまま対応したら、さすがに事情を察したのかほとんどの奴らが私を慰めてくれてからちょっとだけ持ち直した。

 しかしここで空気を読まないサイレンススズカに呪文付きのオムライスを頼まれて、さらにハルウララも好奇心を抑え切れず、呪文ってどんな事言うの? と言い始めたから、もうどうにでもなれと半ばやけくそにオムライスを全員分作って呪文を唱えてやった。

 ついでに流れでスペとツーショットも撮ったのだが、この写真は今あいつの携帯の待ち受けになっている。後生だから待ち受けにするのだけはやめてくれと言ったら、やめません! と言われてしまったから、私の尊厳は午前中だけでぼろぼろになった。

 

 世の中、そううまい話はないものである。




メイドさんはロングスカートに白のガーターベルトが至高だって有史以来ずっと言われてるから(過激派)

 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
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