夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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いつもよりちょっぴり短め。
DbDのバイオコラボ来たり、ハサウェイ公開されたりして忙しかったものでして、ハイ……。




 医者が言うには、ひと月と言うのが私の寝ていた時間らしい。

 サイレンススズカを助けた直後、私はあいつを抱えたまま跳ね転がって外ラチに激突したそうで、その時に酷く肋骨を折って血気胸と言う命に関わる大怪我を負ってしまい、出血多量で三日も生死の境を彷徨う事となったと言う。

 あと少しでも処置が遅れていたら、今頃はきっと河原で石を積んでいた程だったそうだ。

 そんな訳だからレース場は蒼然として静まり返り、当然ながらウイニングライブも中止で、マスコミもこの事故に大騒ぎで、私が寝ている間に世間は大変な事態になっていた。

 それを聞いて一瞬だけ、何だかずいぶんと大事だったのだなと他人事のように考えて、すぐに大勢に心配をかけてしまった事実を恥じた。

 無茶をしてすまなかったと謝ると、スペはもう死んじゃやだよと涙でふやけた声で言い、フクキタルは無言で苦しげに顔を歪ませた。

 治るのにどんくらいかかるのか聞くと、医者はしばらくは絶対安静でベッドからは動けないが、万事上手くいけば全治約半年で、レース復帰となるとリハビリも含めると一年はかかると言う。

 少なくとも二度と走れない身体にはなっていないようで、安心する。

 死んじまっては何もできんし、二度と走れなくなっても困る。五体満足で助かって、本当に良かった。

 また走れるなら良かったと言うと、あんな事故でしたが残念な結果にだけはならなくて良かったです。と医者は安堵の滲んだ声で付け足した。

 

 私が医者との話が終わってから少し経つと、泣き疲れてしまったのかスペが寝入ってしまった。

 フクキタルが言うには、私が目覚めたので安心したらどっと疲労が押し寄せてきたのだろう、と言う事である。

 ここひと月はほとんど眠れない中で毎日ずっと見舞いに来ていたと言うから、こいつにはとことん心労をかけてしまったなと悔いるばかりだ。

 静かに寝息を立てるスペの頭を撫でながらお前にも迷惑をかけたなと謝罪すると、フクキタルは悲しげな顔で俯いて、もう危ない真似はしないでください。と嘆願に近い声色で言った。

 私は、すぐに答える事ができなかった。同じような事があったら、私はきっと同じ道を選ぶだろうと言う確信があったから、素直に頷く事はできなかった。

 誤魔化すように寝ている間に何があったかを聞くと、フクキタルはぽつぽつと事故後の世間の動きを話し始めた。

 

 まず私が生死の境を彷徨っていた時分には、各方面でこの悲劇と私の捨て身の救助を称賛する報道があった。

 これが少し経つと、サイレンススズカが故障したのはトレーナーが無理な練習をさせたのが原因ではないか。トレーナーのウマ娘の体調を無視した強行が原因ではないか。とそんな義心と悪意の含まれた話が、話題性を求めた雑誌やテレビから出始めた。

 これに対して学園側は記者会見を開いて、この報道はまったく事実無根であり個人の名誉を著しく傷付けるものであると反論を行い、そしてこれに合わせて、試合前にサイレンススズカの精密検査を担当したメジロ家お抱えの医師が、彼女の体調はレース直前まで万全であったと発表したから、噂は早々に立ち消えとなった。

 そうすると次に出てきたのはサイレンススズカの故障と事故に関する話で、これは当時から今に至るまで続けられている。

 試合前の精密検査では身体に異常もなく、レース直前まで本人は至って健康で故障しようもない。そんな状況だったと言うに、何故今回の事故は起こったのか。

 医師の間では、サイレンススズカのスピードに身体が追いつけず脚が耐えきれなかったのではないか。と言うのがおおよその見解である。

 これはエアシャカールが試合前に出した結論とほとんど同じであったから魂消た。

 さても故障原因がわかった所で次に問題となったのは、いかにして今回のような事故が起こるのを防ぐかである。

 昔からレース中の故障が死亡事故に繋がった事例はあった。かのテンポイントの事故が良い例であろう。あのような悲劇を繰り返さない為にも、URA並びにトレセン学園は常に対応を続けて来た。

 そんな中で今回の事故が起こったのだから、とにかくURA理事会は今後どうして事故を防ぐべきかで紛糾した。

 怪我を予防するにても限度はある。ウマ娘にスピードを抑えて走れ、などと言う訳にもいかないし、まさか今更レースをやめるなんて事もできぬ。

 一応は転倒に備えた心構えと対応をウマ娘に学ばせると言う方向に纏まっているようだが、はたしてこれで完全な解決ではないからやはり議論は落ち着かないままらしい。

 

 委細を聞くと益々、大勢に大変な苦労をかけてしまったなと申し訳ない気持ちになる。

 元気になったらみんなに謝らなければなと呟けば、フクキタルはこれに頷いて、もうすぐみんな来ますから、まずはみんなにちゃんと謝ってください。と弱々しく笑った。

 しばらく経つと、知らせを聞きつけたのか、フクキタルの言う通り続々といろんな奴らが続々と集まって来た。

 

 最初に来たのはシリウスの奴らである。干物と一緒に病室にやって来た一同は、私の姿を見るなり泣き出してしまった。

 干物はその場にへたり込んで子供のようにしゃっくり混じりに泣き出してしまうし、ウイニングチケットはいつも以上にでかい声で叫び泣く。

 メイショウドトウとライスシャワーは咽び泣きを始め、エアシャカールもそっぽを向いて泣き顔を見せないようにしている。

 どいつもこいつも泣いてばかりで、おかげで部屋が涙で海になるかとさえ思った。

 居た堪れない空気の中にあって、私がおずおずと心配をかけてすまなかったと謝ったら、干物が、ほんとだよばか。と泣きながら叫んだ。

 これだけでも十分以上に苦しいのだが、他の奴らもいろいろと感情をぶつけて来たから心が痛んでしかたなくなった。

 まずメイショウドトウが、どうして貴女は無茶ばっかりするんですか。と怒って言うと、エアシャカールがこれに同意して、自分の身くらい大事にしやがれと悪態を吐く。

 ライスシャワーも本当に死んじゃうかと思ったんだよ。とぐずぐず鼻を鳴らして、ウイニングチケットはもう涙声が酷すぎて何を言ってるのかわからなかったが、とにかく私の身を案じて夜も眠れなかったと言うのは確からしい。

 更には寝ていたスペが起きてまた泣き出すから、もう収拾がつかん。

 みんなに多大な心配をかけて本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それはそれとしてこのままでは本当に部屋が涙でいっぱいになってしまいかねんので、とにかく謝り倒して何とか全員に泣き止んでもらった。

 

 これでようやっとひと段落して落ち着いた話もできるかと思ったのだが、次にはいつもの奴らが駆けつけて来たからまた涙の洪水になった。

 まず入ってきたハルウララとエルコンドルパサーが、生きててよかったと泣きながら抱きついてきたから、思わずぐえぇと頓狂な声を上げてしまう。

 それから続けてキングヘイローが開口一番、このおばか! あんな無茶をして、死にかけて! と私を懇々と叱り飛ばしてきたからこれを甘んじて受け入れた。

 説教を受けている間には、セイウンスカイは泣き笑いした顔で、まったく寝坊しすぎだっての。と頷き、テイエムオペラオーもこれに同意して、夕星の歌にはまだ早いさ。と涙を拭いながら言う。

 やっとキングヘイローがひと通り吐き出してすっきりして、これで説教も終わりかと思ったのだが、今度はいかにも怒った顔のグラスワンダーがやって来て、前々から思っていましたが、貴女は無鉄砲がすぎます。自分を大切にして、よく考えて行動して——と説教を始めたからげんなりした。とは言えこいつは己で蒔いた種であるから、やはり甘んじて受け入れる他にない。

 

 グラスワンダーの説教が終わると、今度はスピカの奴らがやって来たから、もう病室が満杯で足の踏み場もないくらいになった。

 一番に声を上げたのがウオッカとダイワスカーレットである。俺、先輩が死んじまったらどうしようかと思って。とウオッカが涙を溜めながら言うと、このバカったら縁起でもない事ばっかり言うんですよ。と返したのだが、そうしたら、お前だって似たような事言ってたじゃねえか! ちょっと変な事言わないでよ! といつもみたいに言い合いを始めてしまったから、お前ら相変わらずだなと少し元気になった。

 トウカイテイオーはぼろぼろ泣きながら、みんなに心配かけて良くないよー! と説教され、同時にマックイーンからもまったくあんな無茶をして! と説教を受けたから、もう立つ瀬もない。

 ふたりの説教に割って入ってきたゴールドシップは気安い様子で、よお元気そうじゃねえか。と笑ったので、死んだあいつに追い返されちまったと返したら、んじゃあそいつの分も生きねえとな! と言われてしまった。

 最後には沖野とサイレンススズカがやって来た。

 沖野はまず私に、スズカを助けてくれてありがとうと礼を言い、それから済まなかったと謝ってきた。サイレンススズカもごめんなさい、私のせいでこんな事になって。と涙ながらに言うから、お前らは何にも悪くないだろうと首を振った。

 今回の件は不幸な事故で、誰も悪い奴はいない。あえているとするなら、無茶をした私だろう。

 もう少し上手く助けられたかもしれないし、あるいは事故自体をなくす事ができていたかもしれない可能性もあったのに、全部を無鉄砲でふいにしてしまったのだから、あらゆる責は私にある。

 それを言うと沖野は、バカ言うな。お前らは何にも悪くない、悪いのはトレーナーである俺だ。と言い、サイレンススズカも、みんなから言われていたのに無視して走った私が悪いの。と罪の被りあいになったから一向に話が解決しない。

 結局横からゴールドシップが、もう全員悪いってことでいいんじゃね。と呆れて言い、周りもそうだそうだ。自分たちだけ悪者になるな。とほとんど野次るみたいに言うから、今回の一件は私たちだけでなくここにいるみんなが悪いと言う事になった。

 

 まったくどいつもこいつも、私なんぞにそこまで思い入れる事もなかろうに、善い奴らばかりである。

 こんなにされては、もはや死ぬにも死にきれん。本当に、未練ばかり私に背負わせて、厄介な奴だらけだ。

 

 それなのに。

 心のどこか片隅で、死ぬならばそれでも良かったと思ってしまうのは、はたして私の弱さなのだろうか。




生きる意思はあるけど生きる目的がない主人公ちゃんの明日はどっちだ。

 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

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