夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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わたくし、土日は18時更新を心がけているんですが、何故か今日を平日だと勘違いして20時に予約しておりました。
頭わるわる〜。




 強がる事をやめようと決めたその日から、私は己の心の内をみんなに伝える事にした。

 あいつらはこんな事を言わんでも友達でいてくれるだろうが、それはそれとして、私自身がケジメとしてきっちりと謝っておかねば気が済まなかったのである。

 

 思えば私は、気の知れたみんなにさえも弱みを見せまいとして、ずっと独りであった。レースで負けた時でさえも強がってばかりで、己の殻に閉じ籠ったままだった。

 これは相手を信用していないのと同じである。本当に相手を信用しているのなら、きっと弱味を見せたって何とも思わんだろう。泣き言を吐き出して、子供のように甘えたりもできただろう。

 それをできなかったのは、私の不義理ゆえだ。気の置けない友達だと嘯きながら、心底ではまるで信用していなかった私の不徳が原因だ。

 だからこそきちんとみんなに謝って、ここからまた新しく、真に良き友人としての関係を始めていきたいと思った。本当の意味で、好敵手として競い合いたいと思ったのだ。

 

 私の謝罪を聞いたみんなは、呆れたように笑って、何だそんな事と許してくれた。今更そんな程度で友達を止めるものかと叱られもした。そしてふたりと同じように、次からはもっと私たちを頼ってほしいと、そうも言われた。

 少しは不義理に怒っても良いようなものなのに、そんなのは些細な事だと言ってちっとも怒らないなんて、本当に気の良い奴らばかりである。

 私はとにかくもう嬉しくなって、ありがとうありがとうと言いながらぼろぼろと泣いてしまった。初めてみんなの前で、私は自分を偽らずに泣いたのである。

 

 さても今年最後の心残りを片付けて、すっきりとした気持ちで新年を迎えた私は、二月に入ると腕のギプスも取れてやっと復帰訓練をする事になった。

 しかし復帰訓練とは言っても、そう仰々しいものではない。

 動けるとは言ってもまだまだ傷は深く、あまり動くと開いて大変になるので、最初は正しい呼吸法を取得しようと言うのである。

 たかが呼吸をする程度でそう苦戦することもないと思ったが、存外にもこれが辛くて大変だから魂消た。息をするだけがこんなにも辛いと思ったのは、生涯で後にも先にもこの訓練の時だけである。

 それから腕と合わせて胸周りのストレッチを行い、凝り固まった筋肉を解したりした。三ヶ月も寝転がっているとさすがにここも衰えるようで、呼吸訓練と同じくなかなか前のようにはいかぬから困る。

 とはいえ、せっかく今年から心機一転しようと言うのに、ここでへばっていてはあいつに申し訳が立たんので、毎日の訓練はきっちりとやり切って、まずは復帰訓練の初戦を難なく通過してやった。

 これで今度からは、車椅子で外に出られる。私の心は有頂天である。

 

 初戦と言えば、テイエムオペラオーも今月の頭にあったデビュー戦を勝ち、毎日杯で皐月賞への出走権を手に入れたらしい。

 あいつがまだデビューしていなかったのもまあ驚きだが、いきなりの重賞を四バ身差で圧勝した事のほうがよっぽど驚きだ。

 新聞でもチームリギル期待の新星として、ちやほやされているらしいと言うから、さすがと言う他ない。

 この調子だと皐月賞でも強いレースを見せてくれそうで楽しみである。

 そしてもうひとり、我らがシリウスからメイショウドトウも今月に無事デビューした。ただこっちはデビュー戦を二着と、あまり順調とはいかんらしい。

 負け方も元来の気弱が競り合いの弱さに繋がっている。と言うのが干物の談だが、何だか聞く限りでも前途多難な様子で心配になる。

 そこで見舞いに来た折、本人にどうなのかと聞いてみると、どうしても勝てるかどうか不安になって足が鈍ってしまうのだと言う。

 どうも口振りから察するに、学園の模擬戦でことごとくオペラオーに負け続けた事が、随分なトラウマになっているらしい。

 お前は強いのだからそんなに弱気になるなと励ましてみても、相変わらず私はダメダメですだの何だとの言って耳も貸さないから、こいつの頑固にはまったく呆れる。

 じゃあ走るのを止めるかと聞けば、それは嫌だと言う。自分の弱さを信じて疑わないくせに、挫折に屈したくはないなんてのはちぐはぐである。

 しかしこうも気弱では、勝てる勝負も勝てんままでますます気弱になるばかりだ。何とかしてやりたい所ではあるが、はてさてこの頑固をどうしてこじ開けられるかがわからん。

 

 ああでもないこうでもないとしばらく悩んではみたものの、やはり良い案はさっぱり思い浮かばなかったから、結局考えるのをやめてしまった。

 私は無鉄砲で頭もえらくない小娘だから、会長のようにいかにも含蓄ある事を言って気付かせるよりも、遠慮なくぶつかるほうがよっぽど簡単でわかりやすい。

 スペの時だってそうだったのだ。あれこれ気遣って遠回しに言うよりも、真っ直ぐ気持ちを伝えてやったほうがこいつの為にもなろう。

 そうと決まれば話は早い。

 私は指先を合わせてうじうじとしているメイショウドトウに、お前は勘違いをしていると前置きしてから、私の気持ちをすっかり伝えてやった。

 

 まず話したのは、これはこいつと初めて出会った時にも話したが、テイエムオペラオーに食い下がる事ができる時点で、他よりもよっぽど実力があると言う事だ。

 追いつけない事ばかりに注目していろいろと悩んでいるようだが、そもそも多くの強豪が所属するリギルにはいっている奴が相手だ。多くの面で向こうが有利なのだから勝てんのは当たり前だろう。

 それにトレーナーの差だってある。向こうは敏腕で鳴らした女狐で、こっちはサブ上がりの干物だ。どうしたって地力の面では劣る。

 そんな中にあって、あいつに根性で僅差まで食い下がるなんて、普通の奴にはまずできん事だ。

 だからメイショウドトウは強いと言うのは、これはもう疑いようもないのである。

 この私の論を聞いてさすがにメイショウドトウも、そうでしょうか。と少しだけ揺らいだ様子を見せたから、そうだともと力強く頷いてみせた。

 これで少しは前向きになれたかと思ったが、すぐにまた俯いてしまったからやはり頑固ではかいかぬ。

 こいつが前向きになるには、まだまだかかりそうだ。

 

 そうこうと悩んでいるうちに、気が付けばエルコンドルパサーが海外へ旅立つ日がやってきた。

 スペに押されながらいつもの奴らと空港に行くと、先にリギルの奴らも集まってエルコンドルパサーと、凱旋門賞が云々。なんて話をしている。

 挨拶をしたらエルが駆け寄って来て、来てくれてありがとうございマース! と全員に抱擁して回った。

 もちろん私もこいつの抱擁を受けたが、こいつの顔をこれから一年近く見られんと思うと何だか急に名残惜しく思えて、抱きしめる左腕にもついつい力が入ってしまう。

 今生の別れでもなかろうに、どうしてもこいつを手放すのを躊躇ってしまうから、私はいまだに未練に囚われているのやもしれん。

 寂しい気持ちを押して離れると、気持ちを察したらしいエルコンドルパサーがにやにやして、寂しくなっちゃいましたカ? と茶化して来た。

 こいつめ、私がやり返せないからって言いやがる。だが寂しい気持ちがあるのは本当で、別段隠すような事でもないから、私は控えめながら頷いて、お前の顔を一年も見れないと思うと悲しいぞと笑ってみせた。

 するとエルコンドルパサーは嬉しそうに笑って、また私を強く抱きしめると、みんなと離れるのは寂しいデス。と哀愁を滲ませた。

 そうして長い抱擁を終えると、エルコンドルパサーは不意に真面目な顔を作って、今でも道に迷ってるんデスか。と聞く。

 私は頷いて、まだどこに行けばいいかわからんと答えた。そうしたら何か決意したように私の眼を見て、なら私が貴女の目標になりマス。と胸に拳を当てた。

 秋天で私が死にかけた時、友を見殺しにした事を恥じてレースをやめようかと思っていたと、エルコンドルパサーは言う。

 勝った所でトロフィーを友人の命には変えられない。取り返しのつかない事をしてしまったと後悔して、もう走りたくもなくなった。

 だが、それでも走り続けようと思ったのは、私が息を吹き返して、生き続けようとしたのを目撃したからだった。

 負けても弱音を吐かず、死に瀕してもなお諦めなかった私の姿を見て、またみんなと、そして私と一緒に走れるような自分でいようと思ったから、走り続けようと決意した。

 そして、私が初めてみんなに弱音を吐いた時にその決意はいっそう強まった。

 自分と同じ弱い部分があるのだと知って、ならば次は自分が強さを見せて導になるんだと、そう思ったのだと言う。

 だからリハビリを終えてレースに復帰できるようになったら、まずは自分に追いつく事を目標にしてほしいのだと、エルコンドルパサーは私に真剣な眼差しで言った。

 凱旋門賞を走るウマ娘を目標にしろとは、まったく無理難題をおっしゃる。だが、壁は高いほうが超え甲斐があると言うもんだ。

 必ず追いついてやるから待ってろ。と拳を突き出して宣言すると、簡単には行きませんカラ! と拳をぶつけて、エルコンドルパサーはとびきりの笑顔を浮かべた。

 

 しかし束の間、これに割りこむようにスペが拳をぶつけてきて「私だっておんなじ気持ちだから!」と宣言したから流れが変わった。

 

 まずセイウンスカイが「私を忘れてもらっちゃあ困りますなぁ」と拳を出すと、キングヘイローもこれに合わせて「それを言うなら私たち、でしょう?」と拳をぶつけ、ハルウララも尻尾を大きく振って「私も私も! みんなとおんなじ気持ちだよ!」とこれに加わる。

 グラスワンダーも拳をぶつけて「でも、簡単に追い付かれるつもりはありませんよ?」と攻めっ気混じりに言い、テイエムオペラオーも「当然、すぐに追いつける目標なんてつまらないからね!」といつもの笑みを浮かべる。

 最後に残ったメイショウドトウは、気弱のせいで尻込みをして拳を出したり引っ込めていたけれど、お前も私の目標になってくれないか。と言ったら、少しだけ考えた後に意を決した顔で「わ、私も、貴女の目標になれるように……がんばりますっ」と拳をぶつけた。

 これで全員が私の目的になってしまったから、私もしばらくは道に迷わずに済む。リハビリもいっそう頑張れそうだ。

 お前も迷ったら私たちを頼れよと言うと、そうさせてもらいマース! と返して、エルコンドルパサーは気持ちの良い笑顔でサムズアップを見せてくれた。

 少しするとアナウンスが流れて、もうお別れの時間である。

 最後にみんなで頑張ってこいよと声援を送ると、あいつは右手を上げて、世界最強を証明してきマース! と気合たっぷりに宣言して、ついに異国へと旅立っていった。

 

 こうしてエルコンドルパサーの見送りも終り、さてどうしようか。せっかく空港まで来たんだし何か食って帰ろうか、なんて話をリギルの奴らと一緒にみんなと話していたら、女狐に声をかけられたから、ふたりきりで話をしている。

 女狐はまずスズカの事を出して、あの子を助けてくれてありがとう。と言い、それから私の怪我の調子を聞いて、復帰できそうで良かったわ。と安心したように溜め息を吐く。

 お前が私を心配する理由があるのかと怪訝に聞くと、警戒心の高さは聞いてた通りね。と苦笑して、彼女は私と目線を合わせるようにしゃがみ込んで「エルの友達で、後輩の担当なんだもの。心配して当たり前よ」と微笑んだ。

 後輩と言うのは、きっと干物の事なのだろう。あいつとは知り合いなのかと聞けば、しょっちゅう飲みに行く仲らしいから驚きである。

 意外かしらと聞かれて素直に頷くと、あの子は結構話題だったから。と私が来る前の干物の事を話し始めた。

 

 元々が有望株と言われていたくらいに優秀だった干物は、シリウスにサブトレーナーとして配属されるとすぐにフクキタルの担当を任された。

 新人の、しかもサブトレーナーが担当を持つなんて言うのは前代未聞だから、シリウスも思い切った事をするもんだとトレーナーの間でかなりの噂になっていたそうだ。

 フクキタルが菊花賞を取った時なんかは特に酷くて、良くも悪くもやっかみ混じりのいろんな話が飛び交っていたらしい。

 けれどフクキタルが怪我をして長期休暇にはいると、新人が調子に乗るからだとかそう言う話ばかりが出るようになって、次第にあいつも萎縮して孤立するようになってしまった。

 沖野や女狐のような良識のある奴がフォローして、完全にひとりにはならないようにはしていたが、それでも良い状況とは言えなかった。

 そんな中で、オグリキャップの引退と同時にシリウスを任されたとなれば、周りがどんな目で見るかは明白であろう。

 チームメンバーは軒並み消えて、残ったのはフクキタルとメイショウドトウだけで、味方もいない。

 一時期はもうトレーナーを辞めるかまで悩んでいたと言うから、干物の心労はいかほどであったかは察するに余りある。

 そんな中で現れたのが私だった。

 干物に少しでもやる気を出してもらおうと、こっそりリギルの試験を見学させていた時に、干物は私を指してもう一度だけやってみたいと言った。

 堂々と夢を語り、周りのやっかみにも動じず、負けて悔し涙を流す私の姿に、干物は昔の自分を重ねたのだ。

 そこからの顛末は、この通りである。

 

 女狐はそこまで話して、だから貴女にはずっとお礼を言いたかったのよ。と私の手を両手で握った。

 気にかけていた後輩が潰れずに立ち直れたのは、貴女がこの学園に来てくれたおかげだから。と真摯な態度でそう言った。

 そこで初めて、こいつは悪い奴じゃないのだと気が付いた。

 今の今まで私はこいつを、勝利の為には冷徹になるような薄情な奴だと思っていたのだが、どうやらそれはまったくの思い違いだったらしい。

 目付きこそ女狐のように鋭いが、人並み以上に優しく思いやりのある、トレーナーの鑑みたいな女だ。

 私は申し訳なくなって、私はどうやら貴女を誤解してたようだと謝った。そうしたら東条は和かに笑って、いいのよ、慣れてるから。と頭を撫でてくれた。

 

 もしかしたら私は、自分でも思っていた以上に視野が狭くて、いろんなものを見落としてしまったのかもしれない。

 久しぶりに、家族へ電話してみようか。なんて柄にもなく思いながら、私は東条に押されてみんなの所へと戻っていった。




メイショウドトウに覚醒の兆しあり……?

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